ニートでも、大人でいたい
決戦当日。
どこでこの事を聞きつけたのか、会場には俺とベルモット以外に、学校の生徒諸君や、それに連なる教師。さらには、街の人々までが集まってきていた。即席の会場には、集まってきたすべての人が座れるほどの席などありはせず、会場に入り切らなかった一般人は外で投影装置で戦いを見られるように配慮されたらしい。
ここまで大事になるとは考えていなかった俺は、今になって驚きを見せてはいたが、決してベルモットに臆したわけではない。そもそも、今のうちに臆してしまっていては、あとでマリーのやつから手痛い仕打ちがありそうで怖い。
一週間ほど、この日に向けて色々と考えてはみたが、やはりいい案は浮かばず。引き分けにしようにも、どうやってそうするのかがイマイチ練りきれていなかった。この事をマリーに言えば、確実に殴られるので隠していたが、今回の条件はかなり厳しいものであった。
「どう? 少しは緊張してきた?」
「……マリーか。緊張なんてしてないけど、どうかしたか?」
「別に。いい案は浮かんだのかと思ってね」
試合までまだ時間があって、暇を弄んでいた俺の待合室にマリーがやってきていた。普段と同じく少しみっちりとした服を着て、自分のボディラインを強調するマリーの服装とは裏腹に、顔はほんの少し心配そうにしていた。
茶々を入れに来たのだと思っていた俺は、そんなマリーの顔に呆気にとられてしまった。この一週間、マリーの様子がおかしいことは度々感じていた。俺のことを心配したり、勝敗にこだわるべき時にこだわらない。マリーの違和感が、俺には気持ちの悪いもので仕方がなかった。かといって、それを聞けるようであれば、俺はニートになんてなっていないわけで、マリーの違和感をそのままにして過ごしていた。
しかし、ここに至って、俺はその違和感に打ち勝つことができなかった。
「おい、マリー?」
「どうしたの?」
「お前こそどうしたんだ? いつもなら、是が非でも勝てって言うだろ? そうじゃなくても、いつものお前なら、そんな眼で俺を見たりしない」
「……別に――」
「隠すなよ。俺とお前の仲だろ? いつものようにメチャクチャ言えよ。無慈悲で傍若無人な暴力で俺を困らせろよ。心配するような眼で見られながら、優しくされるのはなんだか……気味が悪い」
気持ちが悪い。気味が悪い。もっと言えば、気色が悪い。
まるで、いつも持っているものが手元にないような、そんな感覚。試合前に、そんな感覚ではいられない。俺のための言葉。俺が、気持ちよく戦いに行くために必要な言葉だった。そして、その言葉にマリーの顔が仄かな驚きを帯びて、目を大きく開いたマリーの瞳は俺を写して止まっていた。
何を驚くことがあるのだろう。もしや、俺に言えないような重大なことだったのでは、なんて思ってしまったが。次の瞬間にはマリーの顔が赤くなり、瞳にはもう俺が写ってはいなかった。隠れるように顔を逸したマリーは静かな部屋で、ボソッと言った。
「…………じゃない」
「ん?」
「仕方ないじゃない。この試合に負けたら私のお父さんは無職になって、もしかしたら今までの地位だって危ういし。でも、あなたが勝ったらベルモットと婚約しなくちゃいけなくなるし……」
「……? 俺がベルモットと婚約することが、そんなに重大なことか? ……てか、俺は婚約する前に牢屋域だと思うんだけど」
「だって……」
マリーの声色が少し震えている気がする。最初、俺は泣くほど悩むことだったのだろうかと、本気で心の中で考えていた。しかし、マリーの手が震えていることと、耳まで赤くなっていることから、恥ずかしさで声色が震えているのだとわかって、もう何故なのかなどわからなくなってしまった。
ただ、マリーがそこまで必死になっている理由だけは知りたくて、マリーの告白に耳を集中した。
「だって! 私はシドーのことが――」
「ナミカゼ=シドーさん。準備は整っていますか? そろそろ会場へとご案内します」
「……で、俺のことがどうしたって?」
「なんでもないわよ! さっさと行ってきなさいよ、このバカ!!」
まさか、ここでいつもどおりの暴力が飛んでくるとは思わなかった俺は、マリーが放った大ぶりのビンタを受けて、そのまま呼びに来た案内人のもとへと、扉を突き破って飛ばされた。
▽ ▲ ▽
「この日を待ちわびたわ。自信に満ち溢れたあなたを倒すこの日をね」
「……そりゃどうも。俺のことを恋い焦がれてくれたなんて、光栄この上ないな」
「ばっ……そういうわけじゃないわよ!」
いや、知ってるよ。てか、冗談の一つも通じねーのかよこのお姫様は。
つい数分前に付けられたもみじマークが、今もヒリヒリと俺の頬を痛めつけてくる。ついでに俺の機嫌もあまりよろしくない。なんともまあ、快晴に似合わぬ最低な日である。けれど、今はそうも言ってはいられない。現に、目の前にはお姫様がいて、会場は観客で盛り上がっている。所謂、出来上がった状態の中に放り込まれた俺は、機嫌云々を棚上げして、目的通りのものを手に入れられるように立ち回らなければならないのだ。
そうして、俺はその立ち回り方をまだ知らないのだと、自分にツッコミを入れた。
結局、お姫様に引き分ける方法など見当がつかず、それでもそうしなければならないと運命が囁いてくるのを、最悪だと嘆くことをしないのは、それよりも最悪なことを知っているから。お姫様の力量の高さは正直知らないが、聖都一と噂されるのだから、それなりであるのは間違いない。
「男の戦いが、もう古いということを篤と味あわせてあげるわ。そして、この学校からあの理事長を追い出して、もっと効率的に、もっと強い《機獣》使いを数多く排出して、私は帝国に――」
「あー、別にお前の目論見なんざ正直どうでもいいんだけどよ。男の戦い方が古いだとか、男は弱いだとか、ちと癇に障るな」
「だって、本当のことでしょ? 現に、今の聖都では昔には無かった、女性だからこそ思い付ける戦い方で数々の勝利を収めてきた」
確かに、聖都は他国とは違って、奇抜な作戦で勝利を収めることが多い。それは、国王が《機獣》に重点を置き、さらには《機獣》使いに作戦を立てさせたからである。無論、作戦など立てる機会があまり多くなかった女性たちが考える作戦など、見たり聞いたりしたことがある者の方が少ないに決まっている。したがって、聖都が奇抜な作戦を立てて勝利を収めたのは当たり前のことではあるのだが……。
「勘違いしてるようだから言っておくけどな。別に、《機獣》を扱えるからって、女性が最強なわけじゃない。手に持った武力で、誰にも負けないやつが最強なんだよ。そして、その武力に差は大して関係ない」
木の棒でも、使いようによっては相手を殺害することだってできるように、《機獣》を持った女性に戦う知識を持った男が勝つことだってできるのだ。それが、どうして奇跡などと呼ばれているのかは知らないが、少なくとも、俺はそう思っているし、実際そういう場面を見てきた。
勘違いだと否定されたお姫様は、その眼に闘志の炎を燃やす。野心を抱いていたためか、それとも気に入らない男に反論されたからか、お姫様は完全に俺を敵であると判断したようだ。
さて、役回りはあまりよろしいものではない。それでも、男は戦う《機獣》を持っていないと勘違いしているお姫様に、少しばかりの現実を見せてやらないといけないな。
「かかってこい。お前がバカにした男が、お前の予想もしない事をしてやる」




