姫でも、文句の一つも言いたい
その男は、明くる日の夕暮れにやってきた。
前もって来るということは知らされていたが、まさか男だとは思いもしなかった。そもそも、こんな大事なことを前日に伝えるというのは酷な話である。だから、私は講義の一つでもしようと、堂々と理事長室に乗り込んできた次第である。
「理事長! これはどういうことですか!」
「……えっと、何がですかな、姫殿? それとも、グレイスワース=ベルモットさんと言ったほうがよろしいですかな?」
「そんなことはどうでもいいです! それよりも、前任のクリストファー先生が事故で長期入院することは知っていましたが、その後釜に男の教師が来るだなんて聞いていません!」
「あー、それは……」
言葉尻を濁すように、理事長は私から目を逸らして言いよどむ。この態度でやましいことがあるのは丸わかりだった。最初から、男性の教師が来るということ自体おかしいことなのだ。それに見合う理由を持ち合わせていなかったということだろう。
だからといって、私は容赦はしなかった。たとえ、この学校の経営をしている立場であったとしても、この国の全ての《機獣》使いたちの繁栄のために、全力を尽くしている私の言葉であれば、無視することは出来ないだろう。もしも、そんな事をすれば、この国の民たちの疑念の声は絶えずブリュンヒルド家を襲うことになる。
それをわかっているからこそ、変なことを言えない理事長の態度は、実は正しいことになるのかも知れない。
しかし、大人の威厳なるものを持ち合わせなければいけない立場の理事長は、私の曲がらない信念の言葉に、観念と妥協の言葉を返してきた。
「そのことなんだが、ベルモット姫。あなたも考えを改めたほうが良いと思うんだ」
「私の考え?」
「はい。女子こそが、現代における最大の武力であるという考えですよ」
「何を言うのかと思えば、なにを『当たり前』なことを……。つい二、三十年ほど前であれば、私だってそんな事は言いません。ですが、今は《機獣》が主軸の時代。各国は《機獣》の保有量で競い、より良い《機獣》使いの保有人数で情勢が変わる。これが今の世の中です。それくらい、理事長でしたらわかっていますよね?」
現在、《機獣》というのは世界の優位性おいて、大きく関わりを持つ、一つのファクターになっている。そして、《機獣》をより上手く扱える人材は、どこの国であっても宝である。さらに言えば、《機獣》は女性にしか扱うことが出来ない。だからこそ、今の世の中は女性の発言力が高くなっているのだ。
それを知らないはずがない理事長は、一体何を持って私の考えを改めろと言っているのかわからなかった。別に、男は闘いに必要ないからと、差別をしているわけでもない。要は適材適所というものを実際に行っているだけに過ぎないのだから。
一体理事長は何が言いたいのか。それがわからなくて私の怒りはさらに加速した。
「確かに、昔の戦士団が作り出した戦略の数々は凄まじいものです。でも、もうそれは骨董品になってしまったんですよ? 《機獣》が扱えない男性は、もう戦う術を持っていないんです」
「そうです。もう通常の武具では《機獣》には手も足も出ない。そこは肯定せざるを得ない。ですが、噂では《機獣》に対抗し得る武装を帝国が編み出したとか」
「噂では、その武装は通常の武具とは比べ物にならないくらいの重量があって、扱える人物のほうが希少だと聞いていますが?」
所詮は噂だ。本当のところはわからない。それでも、噂でさえも《機獣》を超える武器は開発されてはいない。もっと言えば、男性が《機獣》を扱うなどという噂は一向に流れては来ない。
クリストファー先生は女性の、しかも《機獣》戦のスペシャリストだ。《機獣》との戦いにおいては、この私すら超える逸材であると言える。そんな先生の後釜に、どこの馬の骨ともわからない男性が入るなんておかしい。たとえ、兵士崩れの老人であっても、教えられるのは時代遅れの戦術程度だろう。そんなものを今更教わったところで、私にも、私の同級生たちにも必要のないものだ。
私は、私が言っていることに何一つとして間違いはないと考えて、さらにはこの学校のために、この発言をしに来た。私たちが、この国の未来が、安寧を手に入れるために《機獣》は絶対に必要なものである。その必要なものに、不必要な教官などいらない。
私は、何一つとして間違ってなどいないはずだ。
「では、今日来る彼が、あなたよりも強いと言ったら……どうしますか?」
「……男が、私より? それは素手の戦闘で、ですか? それとも――」
「いいえ、《機獣》戦において、ですよ」
「なっ……」
現在までの公式の記録において、ただの一度も男性が、《機獣》で武装した女性に勝てたという事実は残されていない。非公式なものであったとしても、この国にそんな記録は皆無だ。
ブラフ。虚偽の可能性もある。でも、自信に満ち溢れた理事長の言葉には、それらは一切感じられない。では、理事長は本気でそんな夢物語のようなことを言っているのだろうか。考えるだけ無駄だ。この理事長は、私の考えも及ばないことを考えているに違いない。でなければ、今日まで男性でありながら《機獣》の専門校の理事長になどなれてはいない。
しかし、一応の信頼を持っている理事長であっても、このことは私以外にも不満を持っている生徒がいることを理解したほうが良い。私がこの事を良しとしても、他の者が黙ってはいないだろう。であるならば、無駄な論争や分裂を巻き起こさないように、私が出張らなければならない。そもそも、理事長は自信を持って、私より強いと言ったのだ。聖都一の強さを持つと、聖都民たちに言われている私が黙っている訳にはいかない。
私は沸騰していた怒りを鎮ませ、淡い闘争の炎の燃料へと変えた。
私より強い人物がいるのはいい。いずれこの国を統べる立場にある私は戦場へは迎えない。だから、この国に私より強い人物がいてくれたほうが、私としては安心できる。しかし、それが男であるなどあってはならない。今の常識として、男は女より弱いのだから。
「いいでしょう。私も考えを変えるのはやぶさかではありません」
「では――」
「ただし、公式戦において、私を負かしたらの話です」
「……はい?」
「ですから、私と件の男の公式戦を行い、その勝負において、私が敗北することがあったなら、認めましょう。理事長は正しかったと、世間に宣言しましょう。私は殿方に負けた、か弱い女子であったということを声を大きくして宣言してあげます」
「いや、何もそこまでしなくてもですね……」
「ですから、私が勝った暁には、この学校を私が頂き、国営でこの学校を運営していきます」
「はい!?」
理事長は私の言葉に驚き、座っていた席から立ち上がった。そして、それでは横暴がすぎると、少し焦ったような顔で言ってきた。
「そ、それだと、万が一彼が敗北した時に、私が負うリスクのほうが大きくないですか? ほら、私、無職になってしまいますし……」
「急に弱気になりましたね。やっぱり、嘘だったんですか? ……まあ、いいでしょう。今の条件で容認出来ないのであれば、その条件に私の身も追加しましょう」
「は? え、はい?」
「ですから、私が敗北した場合、私は男性に負ける、か弱い女子であることを認め、この体を件の教師に売り渡すということですよ。所謂、婚約というものです」
「はいぃぃぃぃ!? いやあの――」
「そのかわり、私が勝ったときは……覚悟していてくださいね!」
元々、私より強い殿方であれば婚約することをお父様――国王――と約束していた。姫である私は、国を統べるために前提として殿方との結婚が必須だった。でも、私より強い男などいるはずもなく、婚約だって未だ果たせずにいた。十五の私ではあるが、若すぎるということはないだろう。
条件はイーブン。認めなければ、理事長は嘘を言っていたことになり、どの道、理事長の席を失う。挽回するには、私の持ち出した勝負に勝利するしかない。
全てを承知の上で、理事長は渋った顔で首を縦に振った。
「では、勝負は一週間後。それで――」
「お父さん? シドーを連れてきたけど」
「だから、そろそろ縄解いてもらえませんかね、マリーさま!? さっきから、すれ違う女子に、何こいつ変態? って眼で見られながら、すれ違いざまにパンツを見まいと苦労してるんですが!?」
勝負の日付なりを決めようとしていたところに、ノックもせずに入室してきた人物がいた。一人は、私が認める数少ない強者の一人、ブリュンヒルド=マリー。そして、もう一人、と言って良いのかわからないが、ぐるぐる巻きにされた何かであった。
声からして、ぐるぐる巻きにされた何かは男であることがわかる。マリーさんの言葉から、その何かの名前はシドーだと思われた。
「マリーさん……?」
「あら、ベルちゃんがいたのね。もしかして、込み入った話だったりしたのかしら?」
「いや……私が職を失うかも知れないって話さ……。そして、ホントにマリーはバッドタイミングで登場するね……」
すっと、理事長が私の横を歩いていったかと思うと、本当に呆れたような顔でぐるぐる巻きにされた何かを見て、申し訳ないと言う態度で私の方を見直すと。
「紹介しましょう。このぐるぐる巻きにされた彼が、臨時教師のナミカゼ=シドーくんです……」
「……はい?」
私は、信じられないと、愕然としてしまった。
まさか、私たちに勉学を教える教師たるものが、拘束されて登場するなど考えもしなかった。
一同が黙ってしまったせいで、理事長室には嫌な静けさが起きてしまう。何よりも、一週間後に戦う相手がこれだと言われて、私は平常心を保てそうになかった。




