ニートでも、尊厳くらい持ちたい
不服である。不満である。不遜である。
俺は今、非常に虫の居所が悪い。今までニートであることに不干渉であった幼馴染とその父親に、急に仕事をしろと言われて、やらされるのがまさか免許必須のはずの教職など、容認できるはずがあるまい。否、仕事をしたくない俺からすれば、もはや精神的暴力にほかならないわけである。
今にも聖都を統べる者共にこの事を言って幼馴染たちの暴挙を止めさせたいが、それが可能であるならば、俺はわざわざ幼馴染の力を借りてこの国に住んではいない。
俺には聖都民としての身分証明書が存在しない。さらに言えば、無理を言って聖都に匿われているという、少なからず幼馴染に恩義を浴びせられているわけである。すなわち、俺には幼馴染、およびその父親の命令という名の頼み事を断ることは出来ないのだ。
そんなこんなで脅しのような手法で職を得させられた俺は、その日の内にマリーの父親が経営する学校、ミルドラス機獣専門学校へとマリーと共に足を運んだ。
「あら、シドーくん久しぶりね」
「ええ、おばさん……。できれば、こんな形での再会はしたくなかったんですけどね……」
「仕方ないじゃない、お母さんに会いに行くって言ったらあなた、急に逃げようとするんだもの」
だからといって、全身を縄でぐるぐる巻きにしなくてもいいと思うんだ。ホントに身動き一つ取れないぞ……。それに、逃げようとした理由がちょっと違うし……。
そう、俺は確かに学校へとやってきてはいた。ただし、マリーによって全身を雁字搦めに縛られた挙げ句、街道を引っ張られてという形でだ。今だって、マリーの母親に対して地面にうつ伏せになって話している状況だ。
俺が逃げようとした理由は、マリーが今すぐ学校に行って書類にサインさせると言ったからで、決してマリーの母親に会いたくなかったわけではない。むしろ、マリーの母親は俺によく優しくしてくれたので会いに行きたいくらいである。
救いがあるとすれば、マリーの母親は少し天然が入ってるところがあるので、普通であれば怒るシーンである今でも、「そうなのぉ~?」なんて感じで少し困ったような顔をする程度で収まったことだろう。本当に良かった。マリーの母親に嫌われたら、最悪マリーの父親に殺されるところである。
「それはそうと、シドーくんがここにいるってことは……承諾してくれたのね!」
「ええ、そうよ、お母さん。快く受けてくれたわ」
いや、目の前に山を吹き飛ばした主砲を向けられたら快くもなにもないだろうよ。てか、この感じ……もしかして、教師に俺を推したのは、まさかマリーの母親か?
少し嫌な感じがして、俺はそっと縛られた体を動かしてやっと頭をマリーの母親へと向けると、作り笑顔に近いフレンドリーな顔で疑問をぶつけた。
「えっと、おばさんが俺を教師にしようと……?」
「そうよ。だって、シドーくん昔からそういうの得意そうだったし、絶対に合うと思うのよ。ええ、絶対似合うわ!」
「あ、はい……」
なんてことだ! まさか、俺の敵はおばさんだったなんて!!
確かに、ニートというのはこのご時世、微塵も良くは思われていない。でも、無駄にお金があった俺からすれば、必然のものであり、それを認めてくれていたと思っていたマリーの母親が、よもや俺に働けと言ってきているなど、心外ものである。
俺が心の奥から傷ついていると、その裏腹にマリーの母親は笑顔でこう告げてきた。
「もう、シドーくんったら水臭いわ! お金を使い込んじゃって一文無しだなんて……っ。あの人への支払いが出来ないかもなんて聞いたら、おばさん助けたくなっちゃうじゃない! しかも、私たちに心配をさせまいと、低賃金の重労働を毎晩していたなんて……っ!」
「……は、はい?」
いや、なんかおかしいぞ……? とくにお金を使い込んだ辺りとか。確かに、金は使っているが、まだ底は見えない。貯蓄だって……。
「いやあの、おばさん? 俺、お金ならまだ――」
タンと、俺の顔のすぐ前に足が立ちふさがり、おばさんとの会話を邪魔される。邪魔をした人物とは、ものすごい笑顔で、俺を見下ろすマリー。誰が見ても、それ以上は離さなくていいと、そう言いたいのは明白である。ということは、だ。おばさんに間違った情報を与えて、俺をこのミルドラス機獣専門学校の教師に推させた人物がいるとするならば……。
「お金を使い込んで、困っているのよね、シドー?」
こ、こいつかああああ!!
「い、いや、俺……」
「困ってるのよね?」
「だから……」
「困窮しているのよ、ね?」
「……あい」
怖い。これ以上、何か言おうものなら即《機獣》で風穴を開けられそうだった。少なくともマリーは冗談では済まない。
幼馴染故に、怖さを知っている俺は、渋々と肯定すると、マリーの母親はやっぱりという顔で本当に心配そうに色々と聞いてくる。俺は、マリーが嘘をついているとは言えなかったので、やむなく嘘でマリーの母親に対応していた。
しかし、ここに至るまで、マリーの意図が汲み取れない。どうして、俺を教師にさせたいのか。しかも、自分の母親を騙してまで。マリーは俺のことをよく理解している。仕事をしたくない理由だってわかっているのだ。逆を言えば、俺もマリーのことをよく理解している。
自分に利益が無ければ、マリーは絶対に肯定しない。行動すら起こさない。究極的な自分主義者だ。もしも、マリーが世界を救うことがあったのなら、それは十中八九、自分に不利益があるからで。世界を救ったほうが自分に利益があるからなのだ。
そんなマリーがわざわざニートな俺のケツを叩き、さらに自分の庭でもある学校に就職させるなど、どこに利益があるのだろうか。
結果的に、俺にはマリーの行動の意味がわからなかった。幼馴染といえど、流石に行動理念まではわからないようで、連れてこられた正当な理由はいつまで立っても理解できなかった。
長話はしないと、マリーは俺と母親の久かたの顔合わせを済ますと、父親の居場所を聞く。
「お母さん。お父さんはどこかしら?」
「あの人なら、たぶん理事長室にいると思うわ。なんだか、急に入った仕事が終わらないって、泣きべそ掻いてたから」
「忙しそうね……」
「大丈夫よ! シドーくんが来たって知れば、喜んで仕事を後回しにすると思うのよ!」
いや、それはそれで困るんだが……。親父さんめちゃくちゃ大変じゃん。
「それもそうね。じゃあ、理事長室に行ってみる」
「行ってらっしゃい。じゃあ、シドーくんもまたね」
「え、少しは親父さんの迷惑を考えないの、この家の女性は……」
「大丈夫よ。どうせ、シドーが来たって知れば、仕事を後回しにできる口実ができたって、嬉々として仕事を放り投げるから。お父さんも、案外あなた似ていて、仕事が好きじゃないのよね」
そりゃ、仕事が好きとかいうやつは神経がおかしいと思うけど。ちょっとくらいは親父さんを尊敬するとかしたほうが良いと思うんだ、俺は。
マリーの親父さんの散々な評価を聞くと、無性に会いに行きたくなってしまったが、それではマリーの思う壺であると思い出すと、なんとも言えない思いになってしまう。
「じゃあ、お母さん。私はいつもどおり、こいつの家で夕食は済ませるから。夜食分だけ残しておいて」
「わかったわ」
簡単な別れを告げて、分かれようとするマリーとおばさん。そして、理事長室へと歩き始めたマリーは、ロープを引っ張って俺という荷物をせっせと運び始めた。
……忘れていたが、俺今、縄で縛られてたじゃん!! 思えばこの姿って、かなり恥ずかしいものなのでは!? 明らかに教師になりますってやつの姿じゃないよね、これ!
「いや、そろそろこの縄解いてくれませんかね、マリーさま!?」




