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ニートでも、やる時はやる。

 朝から追いかけっこを強制された後、無理矢理学校へと送還された俺の心境は、とてつもなくナーバスであった。

 普段からナーバスなのはさておいて、それでもナーバスな俺を前に、腕組みをして怒り心頭状態のマリーが今にも罵声を浴びせて来そうだった。

 それでも、未だに見た目だけで済んでいるのは、一応に暴走したベルモットを止めた実績を上げてしまったからだろう。

 実は、追いかけっこをしている際。ベルモットが怒りに身を任せて大暴れしたのだ。そう、国民を顧みない暴走に、彼女自身気がついていなかったようだ。その暴走を、それとなくいなしながら、国民への配慮をもって俺が制御したのだ。そのおかげで、国民への損害はゼロになったわけである。


 なので、マリーとしても怒りたいのは山々だが、手の付けられない状態だったベルモットを諌めてくれたという名誉の前には、何も言えなくなってしまったのだ。

 まあ、実際のところ、俺が寝坊さえしなければ起こりようもなかった事件ではあるが。それは言わぬが花というやつだ。


「……はあ。今回の件は不問とします。以後気をつけるように」

「……はい」


 実に素晴らしいことだ。以後気をつけるようになんて、気をつければ次も許してもらえる可能性があるってことだろう。もし、次も寝坊したらベルモットを暴走させよう。

 などと、バカなことを考えている間に話は終わった。マリーに怒られてしょんぼりとしてしまったベルモットに、教員室を出てから声をかける。


「災難んだったな」

「ええ。主にあんたのせいでね」

「おいおい心外だな。これでも街に被害が出ないようにしてやったんだが?」

「私が怒り狂った理由を忘れたわけ!?」

「お、なんだなんだ。今度は学園で暴れようってか?」

「くっ……」


 もうすでに泣きそうな顔になるベルモットを見るなり、そろそろ可哀想だと思えて来た。

 どうも、ベルモット相手にはSっ気が抑えられないようだ。なんともいじめ甲斐のある性格とでもいうのだろうか。いや、ただ久々の人付き合いを楽しんでいるだけかもしれない。

 俺はベルモットの頭をポンと叩くと、人を殺せそうな視線で睨まれる。


「まーなんだ。お前は硬すぎるんだよ。人生、俺みたいに適当な方が案外楽しいもんだぜ?」

「あんたのは適当なんじゃなくて、ただただ諦めてるだけでしょ?」

「まあ、そうともいうな」


 ベルモットのホラ見たことか、と言いたそうな目は、半眼でまるでダメな大人を見るような目であった。

 だが、だからといって何を感じるでもない俺は、ベルモットの力の張りように違和感すら感じていた。どこか、気が抜けていない。それほど男と歩くのに慣れていないのだろうか。それとも他の要因があるのだろうか。

 聞いてみるのが早いのだが、こういう手合いはそういうことは他言しない。自分の心に押し込んで消え去るのをただ待ち続けるのだ。

 こういう場合、何を聞いても無駄なので、無駄な努力は早々にしないが吉だ。


「どうでもいいけど。面倒ごとに首を突っ込むんじゃねーぞ?」

「はい?」

「お前が面倒ごとに巻き込まれると、俺の責任問題になっちまうからな。結局俺が面倒な目に遭う。それは面倒だから、変なことに首を突っ込むなよって話さ」

「……あんたって、こう…………なんでもない。ほとほと呆れ果てたわ」


 そりゃどうも。呆れられるのは慣れてるし、子供に何を言われようと訓練されたニートの鉄の心には何一つ届きはしないのさ。

 そう。だから、壁に手をやって俺ってそんなにだめなやつかなって呟いているのは幻だ。早く治って俺のメンタル。


「そういえば、一つ聞きたいんだけど」

「あぁん? 俺は今、ど畜生の心無い言葉にやられたメンタルを必死こいて復元してるんだから、つまらないことを聞いたらマジで張り倒すぞ」

「意外にクリティカルヒットしたのね。じゃあひとつだけ。どうして、あんたはそんなに強いの?」

「……んなこと知ってどうする」


 知ってもどうにもできない内容。

 俺がどうやって強くなったのかなど、知ったところで実践しても強くなれるはずはない。そもそも、機獣使いと生身の戦い方では根本的に鍛え方が違うのだ。だから、知っても得をしないことを、どうして知りたがる?

 でも、俺の言葉は彼女を靡かせない。ただじっと、俺の回答を待つ彼女の瞳は、強さの秘訣を知りたいというよりは、自分が負けた要因を知りたいという目に見えた。

 負けた理由を、敗北の落とし所を、未だに探しているのだろう。律儀なやつだ。以前に病室で与えた甘い誘惑を振り切ったというわけだ。

 ならば、言わねばならないだろう。非常に恥ずかしいことこの上ない、強さの秘訣というやつを。


「好きな女がいた。俺はそいつにいいところを見せたくて、強くなったんだ」

「…………バカにしてる?」

「いいや、至ってまともさ。真面目で馬鹿げてる。男が強くなろうと思うのはな。愛国心だとか、正義だとかじゃない。自尊心の保守と、異性へのアプローチなのさ」


 男はつくづくもってバカだ。クソ野郎で、自分勝手だ。でも、それが男なのだから仕方ない。

 事実、俺が強さを求めたのは、そんな理由だ。隠しようも、褒めようもない理由だけれど。俺は後悔したことはない。

 しかし、そんな理由で敗北してしまったと知ったベルモットの表情は、暗かった。

 ショックというよりは、何か考え事をしているような風だ。もしかしたら、自分の中で整理しているのかもしれない。ベルモットの返事を待っていると、ようやくしてベルモットが口を開く。


「じゃあ、あんたの好きな人って誰なの? この国にいる人じゃないんでしょ?」


 俺が違法国民であることを病室で知ってしまったために、そういう心配をしたのか。まあ、俺の好きな相手を知ったところで、ベルモットには最初からどうすることもできないのだから、言うはずはない。

 けれど、ただ言わないのは味気ない。ここは少し、いたずらを以て返答しよう。


「質問は一つの約束だ。だけどまあ、その答えは俺のテストで満点を取れたら答えてやるよ」

「なっ……言ったわね! 絶対満点を取ってやるんだから!」


 絶対に俺を打ち負かすと息巻く少女に、大人ができることといえば、ただ見守るのみだと言う。

 たしかに、この様子ではいずれ打ち負かされるだろう。こりゃ、気合いを入れてテストを作らないとだな。

 大手を振って負かすと宣言するベルモットに連れられて、俺はかなり遅れたホームルームを開始するために、教室へと案内されるのだった。

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