ニートでも、朝はゆっくりしたい。
機獣戦は、ひと昔前の戦争で機獣を扱う戦い方とは大分異なる。その際たる違いが、連携の有無だ。通常、戦争において、機獣相手に生身での戦闘は、生身の人間が何人いようと勝ち目はない。そのため、味方機獣がいない場合は即時降伏が常である。
が、機獣同士では話は違う。
自身が機獣を扱い、敵も機獣を扱う場合。勝負を決定付ける要因は、両者の機獣の性能と腕前だ。しかし、これはごくごく稀なケースで、機獣を持つことが国として当たり前の世界では、三人の部隊を最小クラス、《小隊》とし、最大四十二人の部隊を最大クラス、《旅団》と呼ぶ。
そのため、機獣戦は最低でも、敵味方あわせて六機の機獣が暴れまわる。その際に勝負を決定づけるのに、たしかに腕っ節や機獣の性能は関わってくるが、最もな要因となるのは連携となっている。
そして、俺の目の前には今、機獣を身に纏った少女が三人立っていた。
「おはようございます、先生?」
三人のうち、一人の少女には身に覚えがあった。ベルモットだ。
ベルモットは俺の方を見て、鳥肌が立つほど似合っていない笑顔を向けてくる。安堵させると言われる笑顔が、ここまで恐怖を感じさせるとなると、どうも怒りを隠しきれないようだ。
こういう手合いに慣れている俺は、普段通りに言葉を返した。
「お、おう。どうした、朝から?」
「朝から? もしかしなくても今、朝って言いました?」
「あー、うん?」
俺、何か間違えたかな?
見れば、太陽が高く昇っていた。明らかに正午だろう。まず間違いなく朝だ。
俺が不思議に思っていると、ベルモットは呆れたように頭を抱えた。その様子を案じるように、後ろに控えている少女たちが手を伸ばした。
ベルモットが、大丈夫だと手を払うと、そのままの表情で言う。
「いいですか。朝とは、日が出て昇り切る間のことを言うんです。今は、昼!!」
「あー。たしかにそういう奴らもいるな」
「むしろ、そう言う人しかいませんが!?」
朝の定義を語るベルモットを見て、どうも生き急いでいるとしか思えない俺は、かわいそうな目で見ていた。
どうやら、ベルモットはその年で労働をする身体を身につけようとしているようだ。なんと労しい!! ベルモットなら、王宮で一日中昼寝をしてても怒られはしないだろうに。
なんて、俺の勝手な予想は置いておいて。そろそろベルモットの話し方が気になって仕方ない俺は、ベルモットに尋ねた。
「んまー、それよりもだ。どうしたんだ、ベルモット? なんか他人行儀みたいな話し方になってるぞ?」
「べ、べつにいつも通りではないですか。教師に礼儀を持つのは当たり前ですよね?」
「いや、こないだのお前。あなたを認めるわけないじゃない、このクズ野郎、って言ってたよな?」
「く、クズ野郎だなんて、不躾な言葉は言ってないわよ!? ただ、男の戦いは終わったって言っただけじゃない!」
ハッと、ベルモットは感情的になった口を抑えた。
なるほど、周りの人間には高貴なお嬢様ってキャラで通してたのか。通りで……おや?
後ろに控えている少女たちをよくよく観ると、どうも俺が考えていたようなことではないようだと思えた。なぜなら、俺とベルモットのやり取りをみて、なんだかワクワクしているような雰囲気が見て取れたからだ。
どうもこのやり取りを見たかったようなきらいがある。どういうことだ?
「やっぱり、ベル。あんたセンセとお付き合いしてるんじゃないのぉ〜?」
「そ〜そ〜。隠すことないって」
「ち、ちがっ……これはただの言い合いで……」
……ははぁん? ベルモットはともかくとして、後ろの二人が俺の家にまで来たのは、俺とベルモットがもう出来上がっているのではないかと疑ってか。そして、ベルモットが妙に他人行儀だったのは、そうではないと証明するためだったと。
なぁんだ、と。俺は心の中でほくそ笑む。
そう言うことなら、最初からそう言ってくれよベルモット♪
「やあ、ハニー。寝覚めの悪い俺のために、わざわざお迎えに来てくれるとは……。結婚はまだ先だっていうのに、準備は万端ってことかな?」
「「やっぱり!!」」
「ちょお!? あ、あなたね!」
「あなたですって。今、あなた♪って言ったよ!」
「いや、そんな弾んだ声じゃ……」
「やっぱり二人は付き合ってるんだね!」
「だから、ちが……うぅ」
もうどうにもならないと、ベルモットが敗北を宣言したような顔で俺の方を見てきた。
仕方ない。もうちょっといじめてもやりたかったが、これ以上やると、マリーに言いつけられた時が怖い。俺は喉を鳴らして笑い、二人に冗談であることを明かす。
「すまんすまん。いじられたときのベルモットの顔が可愛くて、ついつい嘘を言っちまった」
「か、かわ……!?」
「ん? どうした、ベルモット。なんだか、顔が赤い気がするぞ?」
「別に嬉しいとか、そう言うわけじゃないから! 調子に乗らないで!」
「……? まあ、調子に乗るつもりはないからいいけど」
今時の子供が考えることなんてよくわからん。まあ、俺も人のことは言えない立場ではあるけど。
とにかく。武装状態の少女が三人も登場したもんだから、今度こそ俺の命を奪いにきたのかと思いきや、そう言うわけではないようだ。
ひとまずの安心を持ち、ではどうしてここにいるのだろうかと思い尋ねて見た。
「それで? なんでこんなところにいるんだ?」
「……あ」
「あ?」
「大遅刻したあんたを迎えに来たに決まってるじゃない、このバカぁぁぁぁああああ!!!!」
言うや否や、ベルモットの武装である巨大な戦斧を横薙ぎし、間一髪で避けた俺はいいとして、俺のそこそこ整理された部屋は半壊した。
「おいぃ!? なんなんだいきなり。情緒不安定か!?」
「うるさい! あんたなんて……あんたなんて、やっぱりあの時殺しておくべきだった!」
こういう女を俺はよく知っている。そして、こういう時どうすればいいのかを、俺は熟知している。
逃げるが勝ち。人類が編み出した最高にして最強の戦法だ。
するりと少女たちを躱し、破壊されていない窓から飛び降りた俺は、ベルモットに追跡されながらも全速力で駆けた。
「待ちなさい、このクズ、変態、童貞、イカレ◯ンポ!!」
「ちょっと言葉が汚すぎやしませんこと、ベルモット姫さま!?」
その後、約三十分もの間、ベルモットの機獣稼働時間が終了するまで、二人は死の追いかけっこを続けたのだった。