ニートでも、グダグダしたい。
理事長室を後にして、たっぷりとマリーの説教を受けた俺とベルモットは、なし崩しに二人で学園内に設置されているカフェへと足を運んだ。
時間的なこともあって、カフェには人が居ないことが幸いして、俺とベルモットは少しだけ二人で、今の状況を整理することにした。
「……それで?」
「何よ」
「俺とお前が婚約するとかしないとか、そういう話だよ」
「……」
嫌な沈黙だ。この、はっきりとしない空気は、俺が嫌いなものに違いない。
購入したコーヒーを一口煽って、俺は少し気まずそうなベルモットを追求することにした。
「どうなんだ?」
「どう……って。どうも――」
「どうにもならないところまで行ってるとかじゃないよな?」
「うっ……」
やっぱり。嫌な予感的中だ。
大きくため息を付いて、俺はうなだれるように顔を下に向けた。
この三日間。嫌な予感はしていたんだ。いや、嫌な想像をしていたと言ったほうが、いっそのこと正しいのかもしれない。婚約云々の噂を聞いてから、ベルモットがどうにかしてくれるなどと思ったことはそう多くない。むしろ、姫であるという以前に、学生という立場であるベルモットに、自分が犯したミスで起きた事件をうまく収束させるなんてことができるはずがない、と思うのが必然だ。
それが、国全体で大騒ぎした事件ともあれば、なおのことである。
俺の考えが甘かった。噂を聞いても、一向に国からの招集が掛からなかったから、デマカセだったんじゃないかって、そう思ってた俺が馬鹿だった。
少し元気をなくしたような顔のベルモットに、俺はもう一度、息を吐いてから話しかける。
「まあ、そうなっちまったなら、仕方ない」
「し、仕方ないって、わ、私と結婚するつもりがあるっていうの!?」
「はぁ? 何バカなこと言ってるわけ? んなわけ無いだろ。終わっちまったことにとやかく言うよりは、これからのことを話し合ったほうが賢明だろ」
「あ、ああ……そういうこと」
と言っても、現状において、お呼びではない俺がしゃしゃり出るのも考えものだ。こればっかりは、時期を間違えると、大抵の場合とんでもないことになる。ならばいっそ、俺はとりあえず手を出さずにいることがある意味正解なのかもしれない。
いや、まあ。ただ面倒くさいだけなんだけれどね?
そもそも、金はあるのに働かなくちゃいけないとか、働くには私を倒しなさいとか、倒したら私と結婚しなさいとか。勝手な御託並べた挙げ句、最終的に結婚したくないんだけどどうすればいい? とか、人生舐め腐ってるだろ、このお姫様。
俺だって、結婚なんてしたくないわけじゃないが、少なくとも国のお偉いさんと結婚だなんて、まっぴらごめんだ。
ここは利害の一致で、ベルモットに情報を逐一報告してもらうとして、手を出せるところになったら、全面的にしゃしゃり出ていけばいい。それが一番面倒事が少なくて済む方法だな。
なんともまあ、図られたように俺のクラスにベルモットもいるわけだし。
「それで、これからはどうするつもりなの?」
「とりあえず、これまでとこれからのお偉いさん方の俺たちに関する話題を、逐一俺に報告してくれ。何か指示することがあれば、報告されたときに言うし」
「報告って……一体いつすればいいのよ?」
「それは、ほら。今度から俺、お前のクラスの担任になるみたいだし? ちょいと人目のつかないところに呼び出してくれたり、適当に話しかけてくれれば、なんとでもなるだろ」
「あなた……本当に適当なのね……」
悪かったね、こちとら適当で二十歳まで生きてきたんだよ。結果的に生きているんだから、結果オーライだっての。
にしても、酷いめぐり合わせだ。まさか、受け持つクラスにまでベルモットがいるなんて……。ここまで出来すぎていると、マリーの親父さんがなにかしたんじゃないかとも思えてくるが、まさかするはずはないだろう。しないと思う。マリーの親父さんを信じたい。
おや? と。ふと俺の脳裏を過るものがあった。
というのも、つい先程、理事長室で俺がマリーの親父さん、つまるところ理事長に問い正した文言だ。確か、俺が受け持つクラスは問題を抱えた、所謂、問題児クラスだったはず。その中に、ベルモットが加入している? この聖都において、学生の中では右に出るものはいないと言われるベルモットが、問題児?
嫌な予感が、ふと過る。
それは、風が頬を撫でるような、柔らかな感触ではあったが、確かに感じたもので。
それを、言葉で表すことは非常に困難ではあるが、ただ一つだけ言えることは、的中すれば面倒なことに変わりなく。
そして、それを知るには、残念ながらベルモットに真実を告げてもらわなければならなくて。
ゴクリと、生唾を飲んで、俺はベルモットに問うてみた。
「な、なあ?」
「今度は何よ?」
「そういえば、お前って、俺の受け持つクラスの一人だろ?」
「まだ、新担任のことは聞いていないからなんとも言えないけれど、名簿に私の名前があったのなら、そうなんじゃないの?」
「てことは、だ。俺の第一印象なんだけどさ……」
できれば、ノーと言ってほしかった。いやむしろ、否定してくれなければ、俺はマリーの親父さんを恨まなくちゃいけない予感さえしていた。
どうか、俺の思いすごしであってくれ。まさか、俺が受け持つクラスが、問題児クラスではなく、問題を多分に持った天才集団のクラスであるだなんて言わないでくれ。
祈る気持ちを胸に押し入れて、第一印象を語った。
「問題児クラスだよなーって、思ったんだけど……」
「……まあ、確かに。他のクラスと比べたら、問題発言や問題行動が多いクラスね。客観的に見たら、問題児クラスと言っても過言ではないかもしれないわ」
「ほっ……」
「でも、素行に問題があったとしても、私が所属するクラスは、我が学園が誇る最優秀な生徒が切磋琢磨する、最高のクラスよ」
あっと。俺がぽかんとしている眼の前で、ベルモットはウィンクして、少し小悪魔っぽく、
「それに、天才って問題児が多いって聞くじゃない? 素行に問題があったとしても、実力が高ければ、些細なことは許してもらえるものよ」
あーうん。なんとなく、この時期に無理やりに俺が学園に入れさせられたわけがわかった気がする。要するに、誰もこの天才問題児たちを面倒見るのが嫌だって、そういうことなんだな!?
空を見上げるなり、晴天の空が憎らしく、どっと出てきた疲れは、きっと気後れでもしてしまったからなのだろうと、自分自身に嘘を付く。そして、俺は小さく、
「帰って、ぐだぐだと人生を消費したい……」
と、そうつぶやくのだった。