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ニートでも、甘い夢を見せたい

「負けてませんっ!!」


 まるで、子供の叫びのような純粋な声が部屋いっぱいに響いた。


 ここは保健室。試合を終えた俺とベルモットは、戦いの傷を癒やすために一旦、保健室へと運ばれた。そこのベッドの上で目覚めたベルモットが、開口一番に自分は負けてなどいないと駄々をこね始めたのだ。もちろん、審判でもない保険の講師に文句を言ったところで、勝敗など変わるはずもなく。ただ、保険の講師を困らせるだけであった。


 いいや、困ると言えば、ベルモットの隣でベッドを使わせてもらっている俺も、聞いている分には困るわけだが、ベルモットが意図的にそうしているのかと言えば、そうではないと信じたい。というか、そうであって欲しい。じゃないと、俺の心が持たない。

 何はともあれ、試合は便宜上・・・、俺の勝利で決着が着いた。なぜ、便宜上なのかと問われると、俺とベルモットの戦いは数多くの目に触れた。けれど、上の者たち、特にこの国を統べる者たちからすれば、国の象徴でもあった姫が、男に・・敗北したなどと、他国に知られるのが嫌なのだ。


 まったくもってどうしようもないご時世である。高が戦いで勝った人物が男であったというだけで、隠匿するべきだという意見が出るなど、笑いものでなくてなんとするか。まあ、そのせいで俺たちの戦いがなかったことになれば、御の字になるのは俺なのだから文句も言えやしない。


「私は負けてない! 少し手加減があっただけ! ただそれだけなの!!」

「……」


 負けず嫌い。今までの待遇を聞けば、そう言いたくなる気持ちはわからなくはない。いや、確かに手加減があったから、負けたと言っても間違いではないが、それにしては強情な気もする。


 一体、どんだけ勝利に拘ってるんだ?


 息を潜めて聞いている限り、彼女の言葉はただの言い訳にしか聞こえなかった。その認識を改めさせたのは、憎たらしくもマリーの登場と彼女たちの会話であった。


「いい加減に認めなさい。あなたは負けたのよ、ベル」

「マ、マリーさん……。で、でも――」

「たとえ、ベルが本当に手加減をして戦っていたのだとしても、負けたのはベル、あなたよ。シドーのことを見くびって、力を抜いて戦ったのはあなた。そして、シドーに押されている自分を信じたくなくて、最後の最後まで本気で戦おうとしなかったのもあなた。負けた理由も、敗北する要因もわかっていて、理解しようとしない。あなた――」


 一息。


「少し、甘えすぎよ?」


 その先、ベルモットの声は聞こえなかった。今、ベルモットがどういう顔をしているのかもわからなかった。

 マリーが言っていることは正しい。残酷なまでに正しいのだ。けれど、それはベルモットには――十四、五歳の少女に理解して受け入れろなど、悪魔の所業と言える。いつかは知らないといけない現実。でも、今はまだ、夢の中に居ても良いのかもしれない。


 俺は、別段体に怪我をしているわけでもなかったのでベッドから起き上がると、仕切りとなっているカーテンを開いて、二人の方に顔を見せた。


「マリー。お前は言いすぎだ」


 俺の呆れ顔に驚いたのは、俺が言葉を告げた幼馴染ではなく、その話し相手であったお姫様の方であった。どうやら、マリーは俺が最初からベルモットの隣のベッドで寝ていることを知っていた風で、やっと出てきたかと言う顔であった。


 まさか。俺がベルモットのために重い腰を上げることを予想していた?

 無理難題を提示した、いわば敵としか見なすことが出来ないベルモットのために、俺が一言を入れることを?


 分の悪い賭けをするものだ。まったくもってマリーらしくない。

 でも、そんなマリーの浅はかな予想を、見事的中させてしまった自分に、不意に笑いが起こってしまって、驚いている顔のベルモットに俺は告げる。


「ベルモット。マリーの言っていることは確かに正しい。お前が手加減をしなければ、俺は十中八九、負けてた。敗北の原因は、お前の力量の見誤りだ」

「……っ」


 勝利を観られた者に、勝利を得た者に、そう言われてしまえば、もう信じるしか無いだろう。認めるしか無いだろう。現実は、己の敗北で終わってしまったという、残酷さ極まりないものを受け入れるしか無い。キツく噛み締めた歯から漏れる音が聞こえる。悔しいのだろう。憎まれてもしかたない。誰も、誰一人として、俺が勝つことなど思いもしなかったのだろうから。


 でも、


「でも、もしも。もしも、俺がそう思わせたのなら?」

「……え?」

「例えば、俺がお前に手加減させるようなことを匂わせたのなら、敗北の原因と理由は大きく違ってくるはずだ」


 ニッと。俺は、歯をキツく噛み締めて涙を流しかけているベルモットに、そんな言葉をかける。

 先程まで弱々しく泣きそうになっていたベルモットが、何を言っているという顔に変わって俺の方を見てくる。

 俺は、ベルモットの正面に移動して、ベッドの手すりに手を付いてベルモットの瞳を見ながら語り始める。


「敗北の原因は、お前が手加減をしたからだ。これは揺るぎない事実だ。でも、俺が、お前に自分は弱いと。手加減を必要とするほど弱い存在なんだと思わせたとしたら。お前が、手加減をせざるを得なくなる状況にしたのが、俺だったとしたら。お前が負けた理由は、俺が聡かったから、っていうものに変わってくる」

「なっ……」

「ありえないって? 本当にそうか? じゃあ、なんでお前は俺に手加減をした? 無意識か? だとしたら、どうして無意識で手加減なんてしたんだろうな?」

「……男、だから…………?」


 そう。全てはそこに至る。


 ベルモットは終始、男は弱いと言い続けた。男の戦い方は古臭いと、自分たちには必要のないものであると断定した。だから、その弱い存在である俺に本気で戦うことは、そうだと言い切った自分を裏切るから、手加減をしてしまった。


 ……なんていうのは小地付けだ。


 本当は理由なんて無いんだろう。あったとしても自分が強いから手加減をしなければならないという、無意識の力のセーブが、きっと現実的な理由になるんだろう。


 俺が語ったのは夢のような甘い理由だ。

 現実を忘れさせる甘美な妄想だ。


「そ、そんな後付の理由なんて……」

「意味がないって? じゃあ、もう一度勝負するか。まあ、気が済むまでコテンパンにしてやるよ♪」

「~~~~っ!! もうっ! アンタなんて、大っきらい!!」

「嫌いで結構。俺はお前に好かれようとは思ってないんでね」


 フフンと、鼻を鳴らしていると。俺とベルモットの一連の会話を聞いていたマリーが呆れたように俺たちの会話に終止符を打つ。けれど、その終止符が非常に魔の悪いもので……。


「喧嘩はそこまでにしなさい、二人共。これから、同じクラスの生徒と教師になるんだから、今から喧嘩なんてしていたら、間が持たないわよ?」


「……は?」

「……え?」


 俺とベルモットは同時にマリーを凝視すると、腹の底から這い出た疑問がマッチングして、次の瞬間にはお互いを見合っていた。

 数秒お互いの顔を見た後、俺は苦笑いを、ベルモットは苦虫を噛み潰したようなブサイクな顔をした。


 衝撃の事実を前にした俺たち二人と、静かになった病室では、絶望の音楽が密かに流れており、これ以上のひどいことは起こりようが無いと誰もが確信をしていた、その時。


「失礼する」


 新たに一人の年老いているが、決して老人とは言い難い風貌の男性が、威厳を含んだ圧のある声色で入室してきた。しかも、数人の付き人を引き連れてだ。


 その男性の登場で、俺はさらに嫌な顔をする。というのも、現れた男性は少なくともこの国に住んでいれば、誰もが知っているであろう人で。この場において、いや、このタイミングに置いて、俺が最も会いたくない人物でもある。


「お、お父様……」


 ベルモットの捻り出したような言葉は、はっきりと父親であると断言するもので。

 俺とマリーにとって、特に俺にとっては会うだけでも犯罪者に認定されかねない御仁で。


 ゴクリと生唾を呑んで、重くなっていく空気の中で、彼が次に言葉にするものは……。


「結婚式の日取りを決めたいのだが、君が私の娘のフィアンセかな?」

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