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ニートでも、引きこもっていたい

 グレイスワース=ベルモットは聖都イディアムの姫である。


 しかし、称賛すべきはそこではない。彼女は、姫であるにも関わらず、その位にそぐわないことを数多く成し得てきた。その中でも特に称賛されたるは、今では各国の兵器と言っても構わない《機獣ビースト》を、自ら率先して専門校へ通いながら扱い、今日日きょうび、聖都では彼女の右に出るものはいないとさえ言わしめる使い手になったことだろう。

 もちろん、戦場に赴くことは立場上あり得ないことだが、彼女の強さは常軌を逸していた。それこそ、戦場で戦う兵士たちが訓練として彼女と戦うくらいには強かったのだ。

 母親譲りの銀の髪に、父親に似た威厳。必ずと言っていいほど男性が振り向くに違いない姿に、凛とした姿勢は大衆からの評価も高かった。


 そんな彼女が、どこの馬の骨ともわからない教師と《機獣》で戦うことになった。その知らせはすぐさま街中に広がり、戦いの場となった彼女が通う、ミルドラス機獣専門学校の生徒は、誰一人として彼女の勝利を疑うものはいなかった。他ならぬ彼女も、よもや自分がぽっと出の教師にまさか負けるなどとは思うはずもない。


 いざ、戦いが始まっても姫の優勢は必須。果敢に攻める彼女の姿は大衆の人々を魅了した。対する教師は防戦一方で、彼女の攻撃こそ当たらないものの、教師の敗北は時間の問題だと思われた……。


 しかし、戦闘の最中さなか、彼女は内心で焦りを感じていた。


(攻撃が一向に『当たらない』……っ!! どうして……!?)


 そう、大衆の眼には教師が姫の攻撃を『間一髪』で『辛くも』避けていると思っている。だが、こと《機獣》戦に関して言えば『間一髪』や『辛くも』などというのはあり得ないのだ。

 なぜなら、彼女が武器として扱っているのは、その身丈に合わない黄金の獅子が描かれた戦斧で、重さに物を言わせた攻撃は実に時速四十キロを超える。そんなものを、年端もいかない十五歳の少女の躯体で放たれて、避けられるなどあろうはずがない。


 それをわかっているからこそ、彼女は焦っているのだ。当たるはずの攻撃が当たらない。即死を避けるために致命傷になりそうな攻撃は、最初のうちは出してはいなかった。

 けれど、戦いが始まってから十分、二十分と経つうちに、彼女の攻撃はより実践的なものへ。つまり、金的や目潰しなど、卑怯な手まで使っている。その全てを、ぽっと出の教師は『間一髪』で回避する。


 こんなことがあって良いはずがない。聖都一の強さだと言われた自分が、聖都全民の期待を一挙に集めている自分が、負けるなどあってはならない。自分が得るのは、必ず勝利でなければならない。そのプレッシャーは強さから焦りへ。そして、判断ミスへと変化する。

 彼女は間違えたのだ。いつもならば、こんなミスはしない。気の知れたクラスメイトならば、尊敬すべき先達との試合であるならば、彼女は絶対にこんなつまらないミスはしない。


 彼女は、教師と自分との力量の違いを間違えたのだ。


 いくら彼女が振るう戦斧が土煙を上げようと、何度戦斧が地面を割ろうと、教師に彼女の攻撃は届かない。その時点で力量の差は歴然だった。

 涼しい顔で何度も回避する教師に対して、彼女の方は肩で息をするほど疲労していた。彼女は、身丈に合わない戦斧を振り回すのに体力を大幅に使う。だが、それを受ける教師は、なんと《機獣》を出してすらいなかった。いや、出せないというのが本当のところである。なぜならば、


「《機獣》の全体武装は、身体能力の大幅上昇の代わりに、いつも以上に体力を使う。そろそろ厳しいんじゃないか、姫さま?」

「涼しい顔して……痛いところを……突いてくるじゃないの……男のくせに・・・・・


 戦斧の刃を地面に立てて、にらみつけるように教師を見つめる彼女に、教師は困ったような笑みでそう告げた。


 《機獣》は女性にしか使えない。しかも、年齢を取れば取るほど、その能力は減衰する。つまり、男である教師には、根本的に《機獣》を扱うことが出来ないのだ。

 では、普通の人間が《機獣》と対峙して生き残ることができるのだろうか。否である。《機獣》とは、通常武器を装備した兵士が数百人いたとしても倒すことは愚か、歯向かうことすら出来ない代物だ。まして、殺意の籠った攻撃を避け続けるなど、貼り付け状態でマシンガンの弾を避け続けるのと同じである。


 その不可能に極めて近い行為を成し得た教師に、彼女はふと、今までどうして思いもしなかったのかと、不思議になるくらいの疑問にぶち当たる。そして、その答えを知っている教師に、彼女は質疑を投げた。


「あなた……何者なのよ……?」


 大衆からすれば今更の質問ではあるが、彼女からすれば今だからこその質問であった。勝利を確信していた彼女は、今では自慢の戦斧を杖代わりにしなければ立っていられないほどに疲労し、美しかった真紅のドレスは砂埃で小汚くなってしまった。大衆の目は疑いの瞳へと。そして、己のプライドは今はもうガラスの破片のように粉々にされた。

 そうしてなお、彼女は自分を無力化した、取るに足らない存在だと思いこんでいた教師に対して、こう問うたのだ。



 ――大衆の面前で、姫である自分の立場を危うくしてくれやがった、貴様は一体何なのだ、と。



 もはや逃げることは出来ない。


 彼女が勝利することに疑いすら持たなかった大衆は、彼女の痛々しい姿に心配そうな声が上がる。

 負けて当然だと思われた教師を、想定外の結果になりつつある彼女は憎らしい眼でにらみつける。


 全ての者が固唾を呑んで待ち続けた言葉は、とても今出すようなものではなかった。


「何度も言ってるだろ……。俺は元ニートの臨時教師、ナミカゼ=シドーだよ……」


 青年教師は呆れたように、服についた土煙を払いながら、彼女に最初に言った言葉と全く同じものを名乗ったのだ。

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