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トゥースフェアリーと贈り物

作者: 駒田 窮

某賞落選作品。永代供養用なので、誤字脱字多めかもしれません。

お医者さん、弁護士さん、郵便屋さん、お巡りさん。

これらはすべて、人間の職業ですが、妖精の世界にも色々なお仕事があるようです。

たとえば、このお話の主人公であるトゥースフェアリーのジャックは、人間のこどもの乳歯を集めるお仕事についています。乳歯、というのはこどもの時に生えるちっちゃなかわいい歯のこと。妖精の世界では、こどもの歯は貴重な資源ですので、残さず集めて再利用します。

エナメル質や象牙質と呼ばれる部分は、通貨(お金のことです!)になり、歯髄とよばれる神経部分やセメント質は、妖精専用のお家を作るときの材料になります。みなさんの歯はこうして、妖精の世界には欠かせない資源になっているのです。ですからトゥースフェアリーというお仕事はちゃんとした妖精にしか務まりません。

しかしジャックはとんでもないうっかりさんでした。

集めた乳歯を落とし、こどもたちへのお返しの品を忘れ、ちゃんと回収した歯があったかと思えば、虫歯だらけのだめだめ乳歯。こんなありさまですから、ジャックはいつもみんなから怒られてばかりでした。

「こら! 今日も今日で何でもらった乳歯を落とすんだ!」

うっかり症はジャックにもどうしようもありませんから、しょんぼりして肩を落とすしかありません。次第にジャックは、仕事の先輩たちから「あいつはちょいとおかしいぞ」と見放されていくようになりました。


さて、ある日のこと。

ジャックは、6歳の女の子アニーの乳歯をもらいに人間界におりていました。

アニーはお父さんとお母さん、そしてお母さんのお母さん(お察しの通り、おばあちゃんですね!)と一緒に暮らしている、素直なかわいい女の子とのこと。いい子のためにはやっぱりやる気も出てくるというもの。

「さぁ、今日ははりきってお仕事するぞ!」

おや、人間の小指ほどしかない背丈に、気力がみなぎっているようです。ジャックは確かにうっかりさんなのですが、同時にすごく頑張りやさんでもあります。

どんなに向かい風が強くても何のその。落ち込むときは落ち込みますが、次の日にはぱっと切り替えてやる気満タンでお仕事に臨むのです。先輩たちには中々認めてもらえませんが、それはジャックのとてもいいところでした。

しかしそうはいっても人間界は冬。しかも年越し二日前の夜とくれば、寒さが身にしみるようです。ジャックは体を覆うように落ち葉にくるまっていますが、奥歯はがちがち、体はぶるぶる。唯一、瞳から熱気が立ち上るようなくらいやる気に溢れているのが、救いでしょうか。

そうしている内に、お母さんと手をつなぎながら、女の子がベッドにやってきましたよ。ちっちゃな手には白いハンカチが握られています。ふむふむ、どうやらあの中に乳歯が包まれているみたいです。ときおり女の子が笑顔を見せると、欠けた前歯のせいで猫さんのように見えて、思わずジャックも微笑んでしまいます。

「お母さん、フェアリーさんは来るかしら」

ベッドにはいると、女の子が眠そうに目をこすりながらそう聞きました。

「ええきっと来ますとも」

お母さんは、女の子からハンカチを受け取ると、それをしっかり枕の下に入れました。

(ほらジャック、しっかり乳歯の位置を確認しないといけませんよ!)

「でもおばあちゃんは、フェアリーさんはいないっていうの。そんなもの作り話だっていうのよ」

「あら、そんなことないわ。フェアリーさんはいますとも。おばあちゃんの時は……そうね、妖精さんがうっかり忘れてしまったのでしょう。でもいい子のところには必ずくるわ」

「うん。じゃあ、信じてみる」

「おやすみなさい、アニー」

「おやすみなさい、お母さん」


お母さんが去ると、すぐに女の子の静かな寝息が聞こえてきました。

さぁ、ここからがトゥースフェアリーのお仕事の時間。音を立てないように窓を開け、部屋の中にはいると、こっそり枕の下に手を伸ばします。

「うーん」

ぎくっ! 女の子がちょっとぐずりました!

でも寝返りを打つと、すぐにまた安らかな眠りの底に落ちて行ってしまったみたいです。ほっとしているのもつかの間。ジャックはハンカチの居場所を突き止めると、するすると隙間から抜いていきます。

「ビンゴ!」

ちっちゃなかわいい乳歯が、ころんと転がり出ます。今日は珍しくうまく行ったみたいですね。女の子を起こすこともありませんでした。さて、あとは妖精界に持って帰るだけ……。

いや、まだでした。ジャック、何か忘れてはいませんか?

「あ、いけない。きれいなコインをあげないと」

そうそう。女の子にお返しの品をあげないといけません。貴重な乳歯をもらったのですから。そしてトゥースフェアリーのお返しの品と言えば、きれいなコインと相場が決まっています。

「よいしょ、よいしょ。よし、いいぞ! 今日は調子がいい!」

こっそり枕の下に手を入れて、うまくセットできたようですね。

今度は本当にお仕事終了。さて、ハンカチを風呂敷包みにして担ぐと、ジャックは窓からさっと飛び立ちました。

そのときのことです。


『また妖精さんごっこしてたのかい。馬鹿馬鹿しいね』


苦々しい、そんな声が女の子の家の方から聞こえたのです。

思わず気を取られたジャックは、木の幹にぶつかりそうになってしまいます。


『お母さんたら。またあの子に昔話をしたのね』

『おまえがなんといおうが、妖精なんてのはいないのさ。現にあたしがこどものとき、一度も妖精は現れなかった。そしてお返しの品もなかったものさ。おまえも親になったのだから、馬鹿馬鹿しい幻想をあの子に教えるのはおやめ。教育に悪いよ!』

『あら、私はまだ信じているわよ。お母さんは昔のことに意地になりすぎなのよ。それに教育のことをいうなら、歯医者にもいかないお母さんもよくないわ』


一連の会話は木枯らしの隙間をぬい、くぐもってジャックの耳に届きました。かき消えてしまいそうなその会話を、ジャックはじっと耳を澄ませて聞き取ろうとしました。

「むむ、あそこだな」

振り返ると、一階のキッチンの窓に、二人の女の人の影がありました。

一人は、どうやらさっきの女の子のお母さんのようです。そして、もう一人のしわがれた声の持ち主は、もしかして……。ジャックは資料を取り出して、めくり始めます。

「あの子のおばあちゃんか! しかしなんて意地悪そうな声だろう!」


『けっ、うるさいね。あたしの虫歯なんて関係ないだろう。誰もあたしのことなんて気にしないさ。死ぬわけでもあるまい』

『それでも、年越しにはごちそうがでるのよ。そんなんじゃ一緒においしく食べられないわ』

『ほっといておくれ。とにかく、いいね。もう妖精なんて馬鹿馬鹿しい話はおやめ』


ばったん! とても大きいドアの音がして、あとはしーんと静まりかえりました。

『困ったものだわ』

お母さんの言葉に、ジャックも大きくうなずいてしまうのでした。


★★★


妖精界に戻ると、ジャックが一番にしたことは公文書館で調べ物をすることでした。

公文書館では、歴代のトゥースフェアリーたちのお仕事内容が保管されています。

「いったい、おばあさんの担当は誰だったんだろう。文句を言ってやらなくっちゃ!」

そう、ジャックの頭にずっと引っかかっていたのは、あの意地悪そうなおばあさんのことでした。話を聞いてみれば、おばあさんがまだ小さかったとき、当時の妖精がお仕事をおろそかにしたことが、おばあさんにはとってもショックなようでした。

「自分のところには妖精さんが来ない。きっと妖精さんはわたしのことが嫌いなんだわ」

きっと、昔のおばあさんはそう思って悲しんだことでしょう。そしていつしか、妖精さんなんていない!という考え方を持つようになったのかもしれません。それは妖精側にとっても悲しいことです。


「おや、ジャック。今日は精がでるね。その調子でいつもお願いしたいものだ」

「やい、資料ばっか見ても仕事はうまくならねーぞ! ちゃんと訓練もするんだぞ」

「うっかりジャックがあんな真剣な顔してら!」


公文書館には色々な妖精が出入りしますから、ジャックが苦手な先輩も行き来します。当然冷やかされたりもするわけですが、ジャックは全く気にするそぶりを見せません。彼の頭の中は、答えを求めているだけで、他のことは目に入っていないのです。実はジャックのうっかり癖は、この集中力の裏返しだったりするわけですが、それはまた別の話。

そして、時計の針が何周目かしたころ。

「見つけた! この一家だな」

求めていた解答は、古い古い、かび臭い資料の端にありました。ジャックは小さな指で文字をなぞり、当時の担当妖精の署名に向かって、一心に資料を読みふけります。

資料には、当時の担当妖精がとんでもない「うっかりもの」だったこと、そしてその妖精が当時小さな女の子だったおばあさんへのお返しを、道中でなくしてしまったことがきっちり書かれていました。そして、その妖精の名前は……

「なんてこった! これはぼくのことじゃないか!」

資料の末尾にはジャック、と焦ったような文字で名前が走り書きしてあります。どうして、今まで忘れてしまっていたのでしょう。自分のことながら、ジャックも自分で自分に腹が立って仕方がありません。

考えてみると妖精の寿命は、人間に比べて目のくらむような長さです。おばあさんが小さい女の子のときなんて、ジャックにしてみればついこの間のこと。気づかないのも仕方ないのかも知れませんが、彼にしてみればひどい衝撃でした。

「ぼくはなんて馬鹿なんだ! 全然気づきもしないなんて!」


それからジャックはあまりに落ち込んで、丸一日寝込んでしまいました。

さすがの彼も、今度ばかりはこたえたようです。それもそのはず。おばあさんの人生に、ジャックのミスが深い影を落としてしまったのです。自分だけお返しのプレゼントをもらえなかった彼女は、寂しかったに違いありません。それは自分に娘や孫ができても変わりません。何で自分だけ……。そういう気持ちは決してなくならないものです。

寝込んでいる間、ジャックは、こんな夢をみました。

年越しの晩。いつもは静かな街の夜を、花火がにぎにぎしく彩ります。人々の顔にも笑顔の花が咲き、広場に集まったこどもたちの顔が、花火が弾けるたびにぱっと照らされては消えていきます。その中には、あの女の子とお母さん、お父さんの姿があります。しかし、どこを探してもおばあさんの姿はありません。

女の子の家では、おばあさんが一人だけぽつんとキッチンの窓から花火を見つめています。虫歯ではれあがったほっぺたをなでながら、自分用に家族が残してくれたケーキを小さくフォークで切り分けて口に運ぶのです。痛いねぇ、全くとグチをこぼしながら。目に涙を溜ながら。

「うわぁぁぁ!」

本当に嫌な夢でした。ジャックは寝汗でびっしょりになったパジャマを脱ぎ捨てて、カレンダーを確認します。年越しの晩は、明日に迫っています。妖精であるジャックは、予知夢(未来を見通す夢のことです)を見ることができますから、あの光景が現実になるのも時間の問題です。

「でも、今更どうすることができるだろう」

ベッドに力なく腰掛けながら、つぶやきます。おばあさんが心に抱き続けた悲しさは、時間とともに心に刻みつけられたものです。うっかりものの一妖精である彼には、どうしようもないのです。

でも、と心の中で何かが叫びます。

「違う。それでも諦めるのは、違う。ぼくには責任があるはずだ!」

そうですね。ジャックのいいところは、落ち込んでも必ず立ち上がるところです。

どうやら彼は、そんな自分のいいところを見失いかけていたようです。でも、もう心配ご無用。きっちりとお仕事用のユニフォームに着替えたジャックの目には、絶望なんかありません。いつも通り、やる気にあふれたジャックそのものです。

でもジャック、おばあさんのために何をするつもりなんでしょう。


おや、ジャックが全速力で飛んでいったのは、妖精界でも有名な工務店ですね。乳歯でできた素材や建材を売っている場所です。実は日曜大工が大好きな彼は、このお店にはよく通っているのです。当然、ちょっとぽっちゃりな店主さんとも顔見知りです。

「よう。ごきげんようジャック。もう今年は仕事終わりかね」

「まさか。今から今年一番の大仕事です」

「ほう。それはおもしろそうだね。で、その大仕事のためにに、ウチの店で何かが必要なのかい」

「ええ。たとえばですが、人間の虫歯を一晩で治すことは可能でしょうか」

「変なことを聞くね。人間たちはそういうとき、歯医者に行くだろう」

「いや、その人は歯医者が大嫌いなようなのです。だから、ぼくがこっそり夜に忍び込んで治してあげるつもりなのです」

なるほど。確かに、おばあさんはコインでは喜びそうにありません。

それにコインをあげるのは、人間にもできること。おばあさんを喜ばせるには、妖精だけができることでなくてはいけません。ジャックはトゥースフェアリーの名にかけて、妖精の存在を知らしめるつもりのようです。

「そいつは本当に大仕事だ。しかしおまえさん一人でできるもんかね」

「やらなければいけません」

「ふむ、こりゃ本当におもしろくなりそうだ」

店主のおじさんが、頼もしく腕まくりをして人間の顎の図を取り出し、なにやら書き足していきます。

「ウチに来たのは正解だよ、ジャック。なんせ歯という歯がごろごろしているからね。機材も貸してやれる。あとはおまえさんの力量しだいだ」

「やってみせますよ!」

そういうジャックの瞳には、めらめらと闘志が揺らいでいるのでした。


★★★


一年の終わりが、もう間近に迫っていました。

女の子のお家でも、ごちそうの準備に大忙しだったようで、お家の人はみんな早く寝付いた様子。これはジャックにとって好都合です。

「またおじゃまするね」

女の子の部屋を窓越しにのぞいて挨拶すると、ジャックはすぐにおばあさんの部屋に向かいました。自分の身長の倍もあるような大きなリュックを背負い、真っ白な歯を数珠繋ぎにして担いでいます。大変な大荷物ですので、おばあさんの部屋を見つけても入るまでに一苦労。壁に当てて音を出さないように、慎重に足場を選びます。

いたいた、おばあさんです。ソファに腰掛けながら、苦しそうに寝息を立てています。片手には食べかけのビスケット。これはいけません、おばあさんは今日も歯磨きをしないまま眠ってしまったようです。

「ちょいと失礼」

ジャックがおばあさんの肩に登って口をのぞき込みます。でも様子がおかしいですね。彼の顔はみるみる内に真っ青になっていきますよ。

「うわぁ、なんじゃこりゃ!」

それもそのはず。おばあさんの口の中は虫歯だらけ。まるで岩肌に開いた穴のようにぼこぼこと広がっているのです。虫歯なんて一つか二つ、とたかをくくっていたジャックの予想を大きく越えていました。

「こんなの、一人じゃどうしようもないや……」

力なく、ジャックはその場に座り込んでしまいました。今度ばかりは、もうどうしようもありません。ジャック、きみはよくやったよ。


「なんでえ、諦めるのかい。諦め癖はうっかり症よりタチが悪いぜ!」

肩を落としたジャックの背中にかけられたのは、こんな威勢のいい声でした。

うーん、どこかで聞いたことがある気がしますね。ジャックは驚きとともに振り返ると、月の光に照らされて、いく人もの体つきのしっかりした妖精の仲間たちが窓辺に立っていました。

「すまないね、みんなに話してしまったよ。放っておけなかったのさ」

工務店のおじさんが、人垣の真ん中で照れ笑いしています。その横には、今までジャックをからかっていた先輩たちの姿。その中には、公文書館でジャックにちょっかいを出してきた妖精も何人かいました。

「みんな! どうしてここに?」

「おまえさんの悪い癖で、またおっきな悩みを一人で抱えてるんだろうって思ってよ。みんなを誘って様子を見たらこれだからな」

肩を組んできたのは、トゥースフェアリーの中でも古株の一人。他のみんなもうんうんと頷いています。

「俺たちはいつだって待ってたんだぜ、おまえが助けを求めてくるのをよ」

「どれどれ、うわ、こいつはひどい。妖精人生ではじめて見る虫歯の行列だ! これは妖精界の歴史に残る大仕事になるな!」

「でもこの人数ならやれるぜ。機材も歯も持ってきた。さぁ、夜明けまで時間がない、とりかかろう!」

つるはしに丈夫なロープ、小型クレーンに、特性接着剤。バケツリレーのように、次々に材料が部屋の中に運び込まれます。ジャックは、その光景をあんぐりと口を開けて見守ることしかできません。

「ジャック! おまえがリーダーだぞ。指示してくれ!」

「は、はい!」

でも、呆然としている時間などありません。おばあさんが目覚める前に、すべてを終わらせなければいけないのですから。

妖精たちは、それぞれ手分けしながら作業を進めます。力自慢はつるはしをふるい、経験豊富な者はジャックにアドバイスを。のど自慢はおばあさんの目が覚めないよう、子守歌を歌う係についたようです。

こうして妖精たちの奮闘は、夜明け直前まで続けられたのでした。


★★★


朝起きると、おばあさんはいつもと違う自分に気がつきました。

いつも重いあごまわりがすっきりして、鈍い痛みも感じません。そのせいか、苛立ちで始まる朝が今日はさわやかに感じられるのです。

洗面所に行って、顔を洗います。いつもとの違いに戸惑いつつ、おばあさんは鏡に向かってにかっと歯をむき出しにしました。

「あれまぁ!」

いつもはヤニだらけで黄ばんだ歯が、なんてことでしょう、今日は真っ白です!

虫歯なんて影も形もなく、生まれ変わったような純白の歯がきれいに整列しているではありませんか。

「アニー、アニー、みんなぁ、見ておくれ大変だよ!」

おばあさんは飛び上がって家族を起こし、自分の口を見せました。きらっと光る宝石のような歯に、みんな腰を抜かして驚きます。でも、女の子だけはすぐに状況を理解して、その場でジャンプしておばあさんの手を取りました。

「妖精さんだわ! おばあちゃんに妖精さんが来たのよ!」

「あたしに、妖精が……?」

「だってそうでしょう。一晩の内にこんな奇跡を起こすなんて、人間にはできないわ」

おばあさんは呆然として、口に手を当てたままでいます。助けを求めるように、自分の娘に目を向けますが、彼女はこういうばかりです。

「アニーの言うとおりよ、お母さん。言ったでしょ、妖精はいるのよ」


★★★


広場には大勢の人が集まっています。みんな、しきりに時間を気にしながら、手にはクラッカーを持っています。そんな人だかりの中に、女の子とおばあさんの一家の姿もありました。みんな口々に花火への期待を言い合っていますが、女の子だけは不思議そうに隣のおばあさんを見上げています。

「おばあちゃん、どうして夕飯のチキンを一個残したの。好物なのに。せっかく食べられるようになったんだよ?」

「今日はそういう気分だったのさ。ほら、始まるよ」

ひゅうぅぅぅ、どーん。

胸を打つような音とともに、空高く、大きな一輪の花が咲きます。

その瞬間広場は、歓声とともにクラッカーの弾ける音で満たされます。

「ハッピーニューイヤー! 今年もいい年でありますように!」

おばあさんの口から、笑顔とともに、そんな言葉が発せられます。


★★★


花火で街がこうこうと照らし出されたその瞬間、おばあさんの家の窓辺からさっと飛び立つ何かの群れがありました。羽虫でしょうか。ブーンと音を立て、どこかに消えていってしまいました。

窓辺には、骨だけになったチキンが一つ転がっています。お皿の下に敷かれたナプキンには、何かのメッセージが書いてあります。


"忘れんぼの小さなお友達へ"。


恥ずかしそうなよれよれの字で、そこには確かに、そう書いてあります。





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