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98 猫の手

 魔人サミジナが残心を解き振り下ろした小太刀を右手で血振ちぶるいすると静かに黒の艶消し鞘に収めた。

(うん?何かがおかしい・・・・・・ ?)


 気付いたホムンクルスが、叫んだときには全てが手遅れであった。

『馬鹿忍者、後ろよ!』


『ぐほっ、主殿!力が戻られたか、これは重畳。それにしてもお主の気配に気付かぬとは忍びとしてこの恥辱をそそぐほか先代に合わす顔がござらぬ!』

 ドッガーン!

 

 黒煙と刹那の炎が忍びの骸を焼き尽くした。周囲の温度は鉄をも溶かすほどの高温に達していたが、シャム猫は平気な顔で血塗れの前脚を舐めていた。

 

『ほんと、最後の詰めが甘いんだから。じゃあ、決着を着けましょうかシャム猫さん。どうやってサミジナの春花の術を破ったのか知らないけれど、そんなことに興味は無いんだけど』


 ゆらりと立ち上がったホムンクルスの服は先ほどまでいたるところが破れていたが今は魔導の力で新品のように修復されていた。その服は静かな湖面を映すように小さなさざ波が流れるようだった。


「ふん、猫の生理的弱点がわたしにも通用するなんて一体誰が言ったのかしらね?私は猫を超えたネコ、言わば超猫スーパーキャットね。まあ、ただの忍者にはわからないのよ。所詮は下賤な忍の知恵ね、浅はかだわ。あんまり可笑しくてさっき途中で笑いそうになったわよ。でも、到頭最期まで気付かなかったようだけど」

『ふっ、どうでもいいのよ。そんなこと。猫には珍しく熱に強いみたいだけど、これならどう? 冥府の氷(コキュートス)!』

 ホムンクルスの魔導の力が周囲を一変させた。


 シャム猫の顔が嘲笑を浮かべたまま凍り付き、絶対零度の冷気に呑まれ氷像の様に立ち尽くす。シャム猫の周囲も一面が厚い氷に覆われていった。


『ふう、こっちは効いたみたいね。やはり獣は寒さには弱いのね。忍者サミジナ、お前の敵はとってやったからね・・・・・・』


 怪しい殺気に、ホムンクルスはバク転でその場を離れた。

『痛っ』

「ほう、今の心臓を狙ったネコパンチを避けるとは。案外やるもんだ、うん。冷え切った体に、極上の魔導の血はいいもんだねぇ」

 シャム猫が右前脚の爪に付いたホムンクルスの血を旨そうに舐め上げ、眼を細める。


『ふうん、熱も冷気も克服するとは超猫も伊達じゃないようね。

 あんまり、使いたくはなかったけれど。しょうがないわね』

「ふん、ハッタリはよすんだね。もう、お前に私を葬るほどの手段と力はないはずさ!」


 シャム猫は余裕の表情で髭をぴくぴくさせる。


『まあ、正直そうなんだけどね。私の力じゃお前を倒せないみたいだね。

 でもね、自分の力が足りなければさあ。それじゃあ誰かの力を借りればいいってことだよね。

 幸い、もうこの大陸に生かして置くほどの命は残ってないみたいだしさ。

 いくよ、マスター!力を貸してっ』


「な、なにを?」


 膨大な魔導の力が、どこからか現れ・・・・・・




 シャム猫のいた辺りには、何も残らなかった。

 たった一つ、右の前脚を除いて。


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