恋敵の反応
翌朝、目を覚ました私の隣には、気持ちよさそうに眠る姫様の姿がありました。
上体を起こし、見下ろす形で私は無防備な姫様をじっと見つめています。
凄惨な殺し合いをしてきた後にもかかわらず、服にも顔にも汚れ一つありません。
姫様は、不自然なほどに今日も綺麗でした。
胸がきゅっと締め付けられます。
別に妹紅さんと逢引をしたというわけでもないのに、理屈では納得できない感情が私の心臓に居座っています。
そいつはいっちょまえに被害者面して、姫様は浮気をしたんだと主張しているのです。
浮気なんかじゃない、ただの殺し合いじゃないですか。
私なんて抱き合ってキスしたんですよ、わかります? キスですよ、キス。
殺し合いがなんだって言うんですか、私達の愛に敵うわけがないんです、反論があるならかかってこいって話ですよ。
――じゃあどうして、姫様は『ごめんね』と言ったの?
ぐうの音も出ないクリティカルな反論に、威勢の良かったポジティブな私は言葉を失ってしまいました。
そうなんですよね、姫様自身が悪いことだと認識していなければ、謝罪の言葉なんて出てこないはずなんです。
ただの殺し合い以上の意味があるからこそ出てきた一言。
キスよりも価値のある殺し合いがこの世に存在するのかと言われれば、私の価値観で言えばノーです。
しかし彼女たちの、蓬莱人の価値観ではイエスである可能性は、十二分にある。
「ぁ……鈴仙」
姫様の瞼が薄っすらと開き、私の姿を捉えました。
私の名前を読んで、頬を緩めて、幸せそうに笑ってみせます。
嘘なんて、無いはずなのに。
その笑顔を素直に喜べない私が居ました。
「おはようございます、姫様」
誤魔化すように、不安を微笑みの仮面で隠してしまいます。
姫様は私の頬に手を伸ばして、感触を確かめるように指先で何度か撫でました。
仮面を剥がそうとしているのでしょうか。
いや、姫様は私を疑っている様子はありません、純粋に触れたくて手を伸ばしたのでしょう。
「おはよう、鈴仙」
本来なら祝福すべき初めての朝になるはずだったのに、このもやもやは何なんでしょうね。
私、思い知らされました。
後回しでもどうにかなると考えていましたが、悠長にしている暇は無さそうです。
これは姫様の問題ではなく私の問題。
やはり私は、すぐにでも彼女という壁を乗り越えなければならないようです。
行商を口実にしていつもの格好に着替え永遠亭を離れた私は、付いてきたがる姫様をどうにか説得して引き剥がし、とあるぼろ小屋の前へとやって来ました。
永遠亭から人里に向かう途中、少し寄り道するだけでたどり着ける場所ではあるのですが、私がここに足を運ぶことは滅多にありません。
姫様を通して間接的に知り合いではありますが、積極的に関係を持つほど親しい間柄でもありませんから。
こんなことでもなければ、私から訪れることはないでしょう。
久しぶりに見た小屋は前に見た時以上に植物が生い茂り、外壁もボロっちくなっていて、あたりの暗さも相まってとても人が住んでいるようには思えませんでした。
私は玄関に近づくと、少し乱暴に扉を二度叩きます。
ノックの音に反応して、中からごそりと何かが動く音がしました。
どうやら、目当ての人物は幸いにも外出していなかったようです。
小屋の主によって内側から扉が開かれると、薄暗い屋内から気だるげな少女が顔を覗かせました。
「おはようございます、妹紅さん」
「誰かと思えば、朝から珍しい客だな」
藤原妹紅。
彼女こそが、姫様の心に巣食う厄介者、そして私が乗り越えるべき壁でもあります。
本来なら他人の家に訪れるには早過ぎる時間なのですが、妹紅さんは何かと安請け合いをして外出をしている事が多いお人好しらしいので、この時間が家にいる可能性が一番高いと踏んだのです。
予想は見事に大当たり、場合によっては日をまたぐことも覚悟していたのですが、存外に早く決着を付けることができそうじゃありませんか。
「姫様のことで話があるのですが、できれば中で話せませんか?」
「ちょうど良かった、私も永遠亭の連中に聞きたいことがあったんだ。
さあ入ってくれ、大した物は出せないけどな」
招かれるがままに妹紅さんの家へと足を踏み入れます。
屋内も外観と変わらずボロボロで、置かれている家具も最低限の物しかありませんでした。
『無駄に質素に生きてる』とは姫様の弁ですが、まさにその通り、ひょっとすると必要最低限すら満たせていないのではないかと思ってしまうほど、あまりに寂しい部屋です。
姫様の話を聞く限りではそう貧乏というわけでもないようですし、意図的にストイックな生活をしているのでしょう。
行商に行った時、よく慧音さんが妹紅さんの事を心配して嘆いているのを聞くのですが、今はその気持ちがよくわかります。
お人好しなら、せめて友人に心配かけない程度の生活水準を保てばいいのに、妙な所で抜けてるんですね。
「じろじろ見てどうしたんだ、特に何もないだろう?」
「何もないから驚いてるんです、こんな寂しい家でよく生きていけますね」
暇つぶしの道具すら無さそうですし、私はここじゃ生きていけません。
「酷い言われようだな、まあ言われ慣れてるがな」
慣れるほど言われても変わらないということは、本人に変える気がさらさら無いということです。
私がこれ以上言った所で機嫌を損ねるだけですし、私の言葉で妹紅さんが変わるとも思えませんから、触れるのはやめておきましょう。
本題は別にあるのです、時間を無駄にしている場合ではありません。
私がちゃぶ台の近くに腰を下ろすと、ヒビの入ったお湯のみに入った緑茶が運ばれてきました。
「……うわあ」
地味な嫌がらせですかね、それとも素でやってるんでしょうか。
私がまじまじと湯のみを凝視していると、妹紅さんは申し訳無さそうに口を開きました。
「気分を害したんならすまなかったな、使えるものは使い続ける主義なんだ。
それに、普段はこんなぼろ小屋に客が来ることも無いからな、応接用の道具なんて用意してないんだよ」
なるほど確かに、人を呼ぶ造りじゃありませんよね、この家。
最初から呼ぶつもりが無いと言うのなら、まあ納得出来ないこともありません。
よくよく見てみると座布団はおろか寝具すらないみたいですし、この人どうやって生活してるんでしょうね。
「ちなみに、どうしてもお客さんを呼ばなきゃならない時はどうしてるんです?」
「慧音に場所を借りてるかな」
「……それでいいんです?」
「め、滅多に無いんだから別にいいだろ」
まあ本人が良いって言うんなら私は何もいいませんが、最低限の見栄ぐらいは張ったほうがいいと思うんですよね。
と言うか、妹紅さんだったらその気になれば自力で家ぐらい建てられる気もしますし、この人実はストイックなわけじゃなくてただの面倒くさがりなんじゃ……。
「それで? 輝夜の話ってのは一体なんなんだ」
「妹紅さんの方も聞きたいことがあるって言ってましたよね」
「ああ、私の方も輝夜の話なんだがな。
今日来たってことは、昨晩に私と輝夜がやりあった事は知ってると思っていいんだよな?」
知ってるも何も、それが直接的な原因ですから。
「知らなければ来ませんよ」
「だったら、たぶんお前さんの話こそが私の疑問の答えなんだろうさ。
昨晩の輝夜はいつにも増して様子がおかしかったからな、その理由を知ってるんだろう?」
「具体的に、どうおかしかったのか先に聞かせてもらってもいいでしょうか」
「殺し合いの途中だってのにぼーっとしやがって、終始心ここにあらずって感じだったな。
情けない話だが、いつもなら戦いは輝夜有利で進むんだよ。
だけど昨日は違った、これっぽっちも手応えを感じないぐらい、一方的に私が優勢だったんだ。
さすがにここまでやる気が無いと勝っても全く嬉しくない、むしろ相手にされてないみたいでムカついてきてだな、やる気が無いなら帰れって怒鳴りつけたんだ、そしたら……」
「どうなったんですか?」
「本当に帰りやがったんだよ! ほんの二十分か三十分程度しかやりあってないってのに」
「そんなにすぐ!?」
「ああ、さんざん煽ってやったから激昂してくれるかと期待してたのに、拍子抜けしたよ」
待ってくださいよ、もし姫様が妹紅さんと別れて真っ直ぐに永遠亭に帰ってきたのだとしたら、私が寝た直後に姫様が帰ってきたってことになりませんか?
確かに昨日は部屋に戻るとすぐに布団に潜り込んで、自分でも驚くぐらいあっさりと眠ってしまいましたが、そのすぐ後に姫様も布団に入ってきたのだとしたら――
あれ、そういえば確か、師匠は私が去った後もしばらく外を眺めていたはず……。
もしかすると、あれは師匠が姫様が戻ってきているのに気付いていたからでは無いでしょうか。
だとすると、師匠があのタイミングで部屋に戻るように言ってきた理由も納得できます。
「どうした、随分と驚いてるようだが」
「驚くというよりは、自己嫌悪ですね」
姫様が上の空だった原因は、間違いなく私にあると思います。
姫様も姫様なりに悩んでくれていたのでは無いでしょうか。
悩んで、悩んで、その結果、最終的に選んだのは私の方だった、だからこそすぐに帰ってきてくれた。
なのに私ったら、身勝手に裏切り者扱いして、姫様を疑って。
そんな自分が、恥ずかしくてたまりません。
姫様だって私のこと同じぐらい想ってくれてるんですもの、だからこそ恋人同士になれたんです。
それを私が疑ってどうするんですか、こんなんじゃ千年先まで愛せるなんて口が裂けても言えませんよね。
「んん? さっきの話のどこにお前が自己嫌悪するような要素があったんだ」
「少し複雑な話になってしまうのですが。
まず前提として、私と姫様はお付き合いしてるんですよ」
「へえ、お前と輝夜が」
てっきりてゐや師匠と似たようなリアクションを取られると思っていたのですが、妹紅さんはあっさりと信じてくれました。
唯一素直に信じてくれる人が怨敵である妹紅さんだなんて、ちと皮肉が利きすぎてませんか。
これじゃ喜ぶべきか嘆くべきか判断つきませんよ。
「……って、はぁ!?」
……と思ったのですが、やっぱりそうですよね、信じてくれませんよね。
一応、私と姫様は同居しているんですから、恋人になることだって可能性としてはありえるわけじゃないですか。
でも、それを一番傍で見ていた永遠亭の住人ですら信じてくれないのですから、部外者である妹紅さんが信じてくれるわけがないんです。
「言葉通りです、恋人ってことですよ」
「ほ、本気で言ってるのか?」
「冗談でこんな話を広めたら師匠に何されるかわかりません」
「しかしな、いくらなんでも……」
「何か困ることでも?」
殺し殺されるだけの仲なら、そんなに焦る必要も無いはずなんですが。
それとも、憎んでいるのも好意の裏返しで、実は姫様のことが好きだったとか、そんなふざけたことを言い出すつもりじゃないでしょうね?
「困ると言うか、困惑してる」
「だから何でそうなるんです?」
「いや、だってお前……趣味悪すぎるだろ」
そこですか。
想像だにしていなかった反応に、むしろ私の方が困惑してます。
「姫様って、輝夜だろ? 間違いなく、あの蓬莱山輝夜のことを言ってるんだよな?」
「それ以外に私の姫様なんていませんよ」
「つまり、あれか。
普段酷いことをされすぎて洗脳されたとか、そういう」
「どうしてそうなるんです!? 違いますよっ、私は純粋に姫様のことを愛しているんです!」
「怪しげな薬を使われたんじゃ」
「紛れもなく私自身の感情です!
妹紅さんは殺し合いの時の姫様しか知らないからそういう風に考えちゃうんですよ」
妹紅さんも姫様も、殺し合いの時は性格がまるっきり変わってしまうんです。
普段は表に出さない悪意をむき出しにして、お互いのどす黒い感情をぶつけあうわけですから、性格が変わってしまうのもやむを得ないことなのかもしれません。
ですが私は、あれが姫様の本性だとは思いません。
「いいですか、姫様は明るくて優しい素敵な人なんです」
「それ言わされてないか?」
「信じないなら勝手にしてください、妹紅さんが姫様の魅力に気付かないって言うんならそっちのが都合いいんですから」
「あー、すまんすまん、私だって出来れば疑いたくは無いんだが、頭の中にある輝夜のイメージとお前の話す輝夜のイメージが一切一致しなくてなあ。
常日頃から一緒に暮らしてるお前がそう言うんなら、間違ってるのは私の方なんだろう」
「そうなんです!」
ようやく理解してくれたようです。
まあ、納得はしてくれてないみたいですけど。
別に、姫様の魅力を知らないなら知らないままでも構いません、ライバルは少ない方が良いに決まってますからね。
「となると、だ。
昨日の輝夜の様子がおかしかったのは、お前さんのせいってことか?」
「たぶん、そうだと思います。
一緒に寝ていた恋人を置いて、こっそり妹紅さんに会いに行ったわけですから」
「……い、一緒に寝てたのか?」
「いかがわしいことはしてませんからね!」
「い、いや、別に良いんじゃないか、恋人なんだし」
良いって言うくせに、なんで微妙に引いてるんですか。
そもそも重要な部分はそこじゃありません、私より妹紅さんを取ったって所なんですから。
「つまり、あれは恋人を置いてきたことによる罪悪感のせいだったってわけか。
ふうん……あの輝夜が、罪悪感ねえ」
妹紅さんの知る姫様のイメージと合致しないのはもうわかりましたから。
重要なのはそこじゃないんです。
「この際、妹紅さんが信じようが信じまいがどちらでも構いません。
私が言いたいことは一つだけです、姫様との殺し合いをやめてもらえませんか」
「なるほどね、それがお前の話ってわけか」
私の言葉を聞いて、妹紅さんから先ほどまでのちゃらけた雰囲気は消え失せました。
あまり良い反応ではありませんね、すんなりと私の要求を受け入れてくれそうな雰囲気では無いようです。
姫様と同じく、妹紅さんもあの殺し合いに生きる歓びを見出しているのかもしれません。
お互いに嫌い、憎しみ合いながらも、二人は求め合っているのだと。
それが事実ならば、余計に捨て置くわけにはいきませんね。
どんなに姫様が私を愛してくれても、その心の片隅には常に妹紅さんっていう異物が居座り続けるわけでしょう?
そんなの、私は許せません。
ワガママと言われようが譲る気はありません、姫様は私だけの物なんです。
「なあ、もしその要求を私が飲んだとして、何の得があるって言うんだ?」
「厄介な兎に付きまとわれないで済みます」
「お前、もしかしなくても面倒な奴だろ」
「それが愛情ってやつです、愛は例外なく面倒な物なんですよ」
私の返答に妹紅さんはすっかり毒気を抜かれてしまったようで、大きくため息を吐いて苦笑いしています。
しかし妹紅さん、それ以外にどんな答えを期待していたのでしょうか。
ひょっとして本当に私が見返りを用意しているとでも思ってたんですかね?
ぶっちゃけた話、師匠やてゐはまだしも、妹紅さんがどうなろうと知ったこっちゃ無いですから。
必要なら手段なんて選びません、私と姫様の関係を邪魔する輩なんぞ、困るならいくらでも困っちまえって感じです。
「はぁ、見返りを求めるだけ無駄ってことか。
まあ、どちらにしろ私だけが続けた所でじきに終わってただろうけどな」
「どういうことです?」
「私も輝夜も一方的な殺戮をやりたいわけじゃないんだ、なのにあの有様で、殺し合いなんて続けられるわけがないだろ。
夜な夜な私と会うのを恋人さんが許可してくれるなら、免罪符を得た輝夜は今までどおりに私に会いに来るかもしれないけどな」
「それは嫌です」
「だろ?」
つまりこれって、放っておけば問題は解決してたってことですよね。
もしかしなくても、私が妹紅さんに会いに来たのって丸々無駄な行動だったんじゃ。
わざわざ姫様を寂しがらせてまで出てきたっていうのに、とんだ無駄足でした。
「露骨に”無駄足だった”って顔するなよ、言っておくが私は巻き込まれた方だからな、輝夜の恋愛事情なんざに全く興味は無いんだ」
「それは知ってますけど、世間一般じゃ”興味無い”なんて言い訳は通用しませんよ。
事情を知らない誰かが、夜な夜な家を抜けだして人気のない竹林で二人きりで会ってる、なんて聞かされたらどんな想像すると思います?」
「私と輝夜に限ってんなこと考えるわけが……」
そこまで言った所で、妹紅さんの表情が急に凍りつきました。
どうやら思い当たる節があったようです、ざまーみろ。
「浮気者」
「ち、違うぞっ、実際は浮気なんてしてないんだ、私は何も悪く無い!」
「女たらし」
「待て、その理屈だと私と輝夜が本当にそういう関係だってことになるぞ、いいのか!?」
「甲斐性なし」
「濡れ衣だ、人間関係はきちっと整理してるからな!」
「ヒモ」
「ぐごっ……」
最後の一言が見事にクリティカルヒットしたようで、妹紅さんは額に冷や汗を滲ませながら黙り込んでしまいました。
自覚、あったんですね。
そりゃそうですよ、いくら質素な生活をしてるからって、客人を呼ぶときに慧音さんの家を借りるってどういう関係性ですか。
「慧音さんの家を使うのは、客人を呼ぶ時だけですか?」
「いや……食事も厄介になってる」
「どれぐらいの頻度で?」
「夕食は、ほぼ毎日」
道理で生活感のない家だったわけです。
不老不死でも腹は減るらしいですからね、見渡す限り食料の欠片もないこの家で暮らせるわけがありません。
「なるほど、夕食だけ食べて、慧音さんが恥ずかしそうに”今日は泊まっていかないのか?”って聞いてくるのを毎回スルーしてるわけですね」
「今は、もう聞かれてない」
慧音さんも無駄って気付いたんですね。
そのくせ夕食だけは振る舞ってると、泣けてきますよ。
「その、生活費は、入れてるからな」
これまた見事な言い逃れですね。
「だったら余計に、毎晩別の女と逢引してるのは酷いですね。
慧音さん何回ぐらい泣かせたんです?」
「泣かせてないって!
あいつはそういうの理解してくれてる……はず、だから」
やだやだ、典型的なダメ人間の台詞じゃないですか。
追い詰められるごとに顔も情けなくなっていってますし。
さっき一瞬だけ見せた威圧感は何だったんです、ハリボテですか?
「これって、もしかしてお互いにとって良い機会なんじゃないですか?」
「だから私が辞めなくとも輝夜の方が……」
「ですけど、妹紅さんはまだ名残惜しいんですよね?
本当は私に許可を出して欲しかった、慧音さんを泣かせてでも姫様との逢引を続けたかったんでしょう?」
「お前、輝夜に似て嫌なやつだな」
「姫様に似てるなんて、そんなに褒められたら照れちゃいますよう」
「加えて面倒だ……入れるんじゃなかった」
姫様に似てるって言われたのは嬉しいですけど、心ない言葉に傷ついてないわけじゃないですからね。
図星を突かれたからって、嫌なやつ呼ばわりは酷くありません?
妹紅さんより私を選んでくれた姫様と違って、妹紅さんは慧音さんより姫様を選んだ、それは紛れも無い事実じゃないですか。
私はそんな妹紅さんの行いを、素直に軽蔑すべきだと思いますよ。
「ちなみに、妹紅さんと慧音さんはお付き合いしてるんですか?」
「親しくはしてるがそういう関係じゃないよ」
「なるほど、愛が足りなかったわけですね」
「ああ、お前みたいに頭が茹だってるわけじゃないからな」
親しいだけなら、まあわからないでもないですね。
とは言え、慧音さんがどう考えてるかは私にはわかりませんが。
でも、妹紅さんがうろたえてたって事は、多少は悪いことをしている自覚があったってことですよね。
恋人ではない、親しくしているだけの相手なのに、どうして罪悪感を抱く必要があるんでしょう、すごく不思議ですねー。
「茹だってみるのも悪く無いですよ、そうやって姫様は殺し合い以外の生きがいを見つけたんですから」
「慧音相手にか?」
「他に相手がいるのならそれでもいいんじゃないですか。
ただ、いつまでも言い訳を続けていても碌な結末にならない事だけは確かだと思いますよ」
まあ、これはあくまで常識内の話ではありますし、不老不死にとっての常識はまた別にあるのかもしれませんが。
「……私はさ、あいつほど悟れちゃいないんだよ。
永遠の命ってのは思ってた以上に厄介なんだ、千年ちょっと生きた所で理解できる物でもない。
そんな私がようやく見つけた”生”を実感できる方法が殺し合いだったんだ。
血肉を撒き散らしながら命を奪い合うその瞬間だけ、私はかつて普通の人間だったあの時のように自分の命を感じることができる。
それを簡単に辞めるなんて――千年以上かけてやっと見つけた方法なんだぞ、次の方法がそう簡単に見つかるものかよ。
違う方法を見つけられたのは、長い時間を生きて広い世界を見てきた輝夜だからだろ」
「んー、そうでしょうか?」
蓬莱人で無い私が何を言った所で妹紅さんに通じるとは思えません。
ですが、生への欲求と慧音さんへの想いの狭間で揺れている等身大の人間相手なら、多少は偉そうな口をきけるかもしれません。
「恋は盲目ですよ、妹紅さん」
「何を言いたいんだか」
「無理に広い視野を持とうとするから、一つのことに夢中になれないんじゃないですか?
浅く広くもいいですが、狭く深く潜り込んでみると、案外違う物が見えてくるかもしれませんよ」
一般論で言えば広い視野を持つことこそが正しいのでしょうが、私はそうは思いません。
妹紅さんと私の中にある姫様のイメージがまったく異なるように、角度次第で見える世界って違うものですから。
「深入りするほど、いずれ後悔するとわかりきってるのにか?」
「先の後悔を考える前に、まずは心の底から悔やめるぐらい夢中になってみるべきだと思います」
「……」
そんな苦虫を噛み潰したような顔をされましても。
「……ちっ、なんで感心してるんだよ私はっ」
心のどこかで中途半端な自分に嫌気が差してたからじゃないですかね。
私よりもずっと正義感の強いはずの妹紅さんが、ヒモ呼ばわりされてもしょうがない現状に満足してるのはおかしいと思ってたんですよ。
まあ、それほどに姫様との関係が魅力的だったからなんでしょうが、私が干渉した以上は現状維持なんて許すわけがありません。
妹紅さん的には、姫様が私を選んで殺し合いの場には来なくなり二人の関係は自然消滅ってことでケリを付けるつもりだったんでしょうが、私はそれじゃ満足しませんから。
アドバイスは決して善意からではありません。
芽は、徹底的に潰さないと。
「さて、妹紅さんの決意も固まった所で、私はおいとまさせてもらいますね」
残ったお茶を一気に飲み干すと、私は立ち上がり早々に出口へと向かいます。
まさかここまで言われておいて、いつもの場所で姫様を待つほど情けない人ではないはずですから、私の目的はこれで達成されたはずです。
だったらこれ以上長居する必要はありません。
「結局、お前はなにをしにきたんだよ」
妹紅さんは私の背中に向けて、不機嫌そうにそう言いました。
「さあ、人生相談ですかね?」
もちろん冗談ですが。
私は妹紅さんと違い、見返りも無しに他人にお節介を焼ける善人ではありませんから。
実際の所、私の都合の良い方向に誘導しただけです。
「相談のふりしてかき乱しただけだろ」
「停滞は淀みの原因ですよ、たまにはかき乱さないと腐ってしまいます」
「逐一言い負かしてくれるな」
言い負かされてる自覚あったんですね。
でも、今日の妹紅さんがしょぼすぎるのが悪いんですよ。
「伊達に永遠亭で暮らしてませんし」
「はっ、結局はお前もあの伏魔殿の住人だったってわけだ。
油断して招き入れた時点で私の負けだな」
伏魔殿とは言い得て妙です、少なくとも二人は悪魔が住んでいますから。
しかし住めば都といいますし、伏魔殿もそう悪い場所ではありませんけどね。
たちが悪い分だけ頼もしさはありますから。
それに今は姫様だっていますし、少なくとも私にとっては天国みたいな場所ですよ。
「永遠亭に戻ったら輝夜に伝えておいてくれ、私はもうあの場所には行かないってな」
「言われなくとも」
それに、わざわざ言わなくても姫様は二度とその場所には行かないと思いますから。
私が生きてる限り――つまりは永遠にね。