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Rabbit, Love it  作者: kiki
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私が月を見上げても、月は私を見ていない

 



 私がまだ永遠亭に来て日も浅かったある夜のことです。

 ふと夜中に目を覚ましてしまった私は、永遠亭の縁側から遠くの空を眺めていました。

 視線の先にあるのは、半分に欠けた月。

 いつもは月を見ても何も感じないのですが、その日は少し様子が違っていて、月を見ているだけで胸がきゅっと締め付けられるような痛みが走ります。

 寂しさ、とでも呼ぶべきでしょうか。

 本当はもっと複雑で面倒な感情だったのですが、言葉で表すのならそれが一番無難な表現でしょう。

 こんな私にも故郷を想う気持ちがあったのかと、当時は随分と驚いたものです。

 普段は無いことでしたから、ほんの気まぐれのようなもので。

 一時的な、いわゆる軽いホームシックだったのでしょう。


 ――自分で捨てたくせに、なんて都合の良い。


 情けなさに居てもたってもいられなくなった私は、草木も眠る丑三つ時に、一人ふらりと散歩に出ることにしたのです。

 自室にあったオイルランプを手に、淡く照らされた道を歩いていきます。

 獣の声どころか虫の声すら聞こえず、不自然に静かな竹林に不気味さを感じながらも、それでも妙な感傷に耽るよりはマシだと自分に言い聞かせ先へと進んでいきました。

 しばらく歩いていると、静寂の中、微かに何かの音が聞こえるようになってきました。

 人里にはまだ遠い場所でしたから、人工的に鳴らされた音とも考えられません。

 不審に思い、音の鳴る方の空を見上げてみると、微かに光っているのが見えました。

 私はそこでようやく思い出します、姫様と妹紅さんが夜な夜な殺しあっている、という話を。


 ――この先に、憧れの姫様が居るんだ。


 私の足は自然と音の方へと向き、そのスピードも次第に早くなっていきました。

 今になって思えば、余計なことに首を突っ込むべきではなかったのです。

 知らないままの方がいいことだってあるのですから。


 結論から言えば、恋は冷めませんでしたが、私は大きなショックを受けることになりました。

 なんたって、姫様は全身に返り血を浴びながら、時にハラワタまでむき出しにしながらも、それでも笑いながら殺しあっていたのですから。

 単純にグロかったですし、それに姫様は見たこともない醜い表情をしていて、私には憧れていた姫様とそれが同一人物とは思えませんでした。

 数十年が経過した今でも、あの時の姫様の姿を忘れることはできません。

 例えどんなに愛おしさが膨れ上がっても、上書きすることすら叶わないのです。

 ああ、私がまっとうな妖怪で居る限りは二人の関係に割って入ることはできないのだな、と。

 私がどんなに頑張ろうと、あそこまで感情をむき出しにさせることはできないのだろうな、と。

 当時は――そして今までも、途方も無い無力感に苛まれ続けてきました。

 都合の悪い現実から目を背け、ただただ綺麗な姫様だけを愛で、好意を募らせていったのです。

 憧れだけならそれでも十分でした。

 そして、憧れでは終われないと決断したのは私自身。

 そう、今の私は姫様の恋人なのです。

 多く物を得た一方で、より強い責任を背負わなければなりません。

 永遠の命と向き合うこともその一つ、師匠と話を付けることもその一つ、そして目を背けていた現実と向かうことも、その一つ。


 おそらく姫様は、今晩も妹紅さんとの殺し合いをするつもりでいたのでしょう。

 夜中に永遠亭を抜けだして、竹林のいつもの場所へ行って。

 ですが、隣に私が居たらどうなるのでしょう。

 恋人でも何でもない妹紅さんを選ぶのか、それとも恋人である私を選んでくれるのか。

 私は姫様を信じています。

 私に愛してると言ってくれた姫様を、私とキスをした姫様を、必ず私を選んでくれるのだと、強く、強く。






 ――なーんて、気合を入れて望んだ夜だったわけですが。


「ぷっ……それで、結局は何もできずに負けたってわけ?

 因果応報ね、姫様にとってあなたは所詮その程度の存在でしかなかったのよ、ふっ、ふふっ」


 師匠のこんな楽しそうな顔、初めてみました。

 私は苛立ちながらも言葉を返せず、無言のまま夜空を仰いだのですが、無駄に明るい小望月の光が私の気分をさらに逆撫でするのでした。

 そこまで光るならいっそ満月になりなさいよ、と憤った所で現実が変わるわけではありません。


「師匠言ってましたよね、私はいつ死ぬかもわからないから姫様に好かれたんだって」

「それは事実でしょう?」

「だったらこれはどういうことなんですか」

「あなたがどれだけ命を賭けられても、輝夜にとっては命を賭けるに値しない、そういうこと……ふふっ……じゃないの?」


 いちいち笑わないでくれませんか、傷つくんで。


「あの子はね、藤原妹紅と殺しあうことで自分が生きているという実感を得ているのよ」

「よくわかりません」

「命の価値観なんて人それぞれだものね、ましてやただの妖怪であるあなたと、蓬莱人である輝夜とでは価値観が合致しないのも当然のことだわ。

 一つだけ間違いなく言えることは、優曇華と一緒に過ごす時間より彼女との殺し合いの方が重要だった、ただそれだけ。

 それ以上の意味なんて無いわ、深く考えるだけ無駄よ」


 師匠に聞かされるまでもなく、その現実を一番痛感しているのは私でした。

 彼女よりも私を優先してくれるはずだと勝手に思い込み、そして勝手に傷ついて。

 こうなるってわかってたくせに、それでも強行したのは私なのですから、きっと悪いのは私なのでしょう。

 それでも憎まずにはいられないのが私の性なのです。

 憎き彼奴の名は、藤原妹紅。

 姫様が私と一緒に眠ることを拒んだのは、彼女と殺し合いをするため。

 私が姫様を騙してまで同衾したがったのは、私が彼女以上なのだと証明するため。

 そして突きつけられた結果は、ご覧の有様。


「輝夜を奪われた私が味わった痛みが少しはわかったかしら」

「こうなるって予想してたんですか?」

「自尊心の強い優曇華は自分の優位を証明したがるだろう、とは思っていたわ。

 まさかこんなに早く実行するとは思わなかったけどね、そこに関しては評価してるわよ、私が思ってるより輝夜への気持ちは強かったのね」

「てゐにも同じこと言われましたよ、みんな私が本気だってわかってくれないんです」


 てゐや師匠が想像した程度の想いだったのなら、ここまで辛い気分を味わうこともなかったのでしょうか。


「けど、だったらどうしてこんな遅い時間まで起きてるんです? いつもならとっくに寝ているはずですよね。

 本当は私が今夜実行するだろうってことに気付いてたんじゃないですか?」

「誰かさんのせいで色々考えてしまって、眠れなかっただけよ。

 おかげでこうして優曇華の情けない顔を見れたのだから、結果的に良かったんでしょうけど」


 以外です、師匠ってばまだ立ち直れてなかったんですね。

 もっとドライな性格だと思っていたのですが、姫様に関しては例外なのでしょうか。

 それとも、表に出さないだけで実は情に厚かったりするんでしょうか、だったら普段からもっとそういう部分を見せて欲しいものですが。


「で、少しは諦める気になった?」


 今日の敗北は認めるしかありません。

 しかし、姫様も開き直って無言で出て行ってくれれば諦めもついたのですが、布団をぬけ出す寸前に耳元で「ごめんね」なんて囁かれたら、往生際も悪くならざるを得ません。

 ほんとタチ悪いですよね、とんだ魔性の女ですよあの人。


「あの子、面倒でしょう?」

「それを師匠が言いますか……」

「私だから言えるのよ。

 甘える時は輝夜の方から来るくせに、こちらから手を出すと見向きもせずに避けてしまうのよね」


 まさにその通りで。

 嫌な夢を見たからって私に泣きついてきたのが今日の朝。

 そして私を置いて出て行ったのが同じ日の夜。


「心当たりあるって顔してるわね」

「まさに今の状況がそれですから」

「私は悪意だけであなたと輝夜の関係を否定してるわけじゃないのよ、ほんの少しだけど優曇華が苦労しないようにって善意も混ざっているの」

「九割九分が悪意のくせによく胸を張れますね」

「一分の善意に感謝しておきなさい」


 師匠から見習うべき事はたくさんありますが、その不遜さだけは見習いたくないものです。


「そもそも、師匠は勘違いしてるんですよ」

「私が輝夜のことに関して何を勘違いしてるって?」

「面倒だから諦めると、師匠はそう言っていましたが――」

「むしろ面倒だから良い、でしょう?」


 それはまさに私が言おうとしたことでした。

 心を読まれたのでしょうか、私は驚いて反射的に師匠の顔を見ました。

 師匠は「それぐらいわかるわよ」と言いながら物憂げに笑います。


「師匠も、だったんですか?」

「だからこそ魔性の女なのよ、あの子は」

「……本当に面倒ですね」


 その面倒臭さすら魅力にしてしまうなんて。


「まったくよ、魅入られた方はたまったものじゃないわ。

 そのくせ、結局は私に見向きもしてくれないんだもの」


 こちらを向いてくれただけ、私は幸せものなのでしょう。

 考え方によっては、傍に居られるだけ師匠だって勝ち組なのかもしれませんよ。

 世の中には難題をふっかけられて苦労した挙句、こっぴどく振られた男どもがいるそうですから。


「明日、妹紅さんに会いに行こうと思います」

「そうね、いずれは話さなければならない相手でしょうし、いいんじゃない」

「もし勝つようなことがあったら、姫様は妹紅さんのこと忘れてくれますかね」

「真っ向勝負した所で、あなたが忘れられる可能性の方がはるかに高いと思うわよ」

「師匠、少しは弟子を励まそうとは思わないんですか?」

「飴と鞭ってやつよ」

「師匠の場合は飴だって投げつけてくるじゃないですか!」


 喩え話ではなく、本当に投げつけてくるんですから恐ろしい人です。

 そもそも物理的な飴は要りませんから、あれ例えだってわかってます? もっと優しさを、心の温もりをください。

 私、師匠に傷めつけられるたびに、見た目以上に傷ついてるんですからね。


「はぁ……そうね、真面目な話をすると、もしあなたが消し炭になったとしても、あの子が優曇華のことを忘れることはないと思うわよ」

「さっきと言ってること逆ですけど」

「さっきのはジョーク、これは本当。

 あの子の教育係である私が言うんだから間違いないわ。

 財産も権力も容姿も性格も、ありとあらゆる要素を満たした人間が束になっても輝夜が興味を持つことなんて無かったのに、一体あなたのどこが良かったのかしら」


 今のはまさに飴と鞭ですね。

 普段は鞭ばっかりなんですから、一度ぐらい素直に褒めてくれたっていいと思いますよ。


「知ってますよ、なんでも過去に五人の男に言い寄られたとか」

「たまたまあの時の話が逸話になってるってだけで、合計したら五人じゃ桁が一つも二つも足りないわよ」


 一流の、誰もが羨むような人間が束になっても姫様は一切靡かなかったわけです。

 そうなると、確かに師匠の言うとおり。


「……なんで私、告白成功したんですかね」


 正確には”私ごとき”ですかね。

 師匠の話を聞いていると、つくづく奇跡だったんだなあと思い知らされます。


「でしょう? 結局、輝夜以外には誰にもわからないのよ。

 あの子は昔から変わっていたわ、ずっと付きっきりだった私だってわからないことだらけだもの。

 既存の尺度で測ること自体が無駄なんでしょうね、そういう意味では、今回のあなたの行為も一概に自信過剰とも言い切れないわ」

「何を信じたらいいのかわからなくなってきました」

「あまり無責任なことはいいたくなけど、他人を信じられないのなら自分を信じるか無いんじゃないかしら」

「早速裏切られてるんですが」

「じゃあ諦めるの?」


『いいえ諦めません』と言わせて私を発奮させる、師匠なりの励ましたいのだと思いたいのですが。

 師匠、そこで嬉しそうな顔しちゃうと台無しですってば。


「諦める気なんてありません、とりあえずの第一目標は千年なんですから、それまでには私しか見えないぐらいに惚れさせてみせますよ」

「あら生意気ね」

「師匠の言い付け通りに自分を信じることにしましたから、生意気に見えるって言うんならそのせいだと思いますよ」

「私としたことが、余計なことを言ったかしら」

「はい、おかげさまで」


 皮肉には皮肉で返すぐらいがちょうどいいのです、師匠の機嫌がいい時に限りますが。

 私の根拠の無い自信に安心したのか、師匠は満足気に笑いました。

 諦めて欲しいんだか応援してるんだかさっぱりわかりません、姫様も大概ですが師匠も師匠です。


「さてと、そろそろ部屋に戻らないとまずいことになるわね」

「まずいって、何がです?」

「実は起きてたことがわかったら、輝夜はどんな顔をすると思う?」

「あー……」


 今の姫様なら泣いちゃうかもしれませんね、しかも元凶が私となると慰めることもできません。


「でも姫様、さっき出かけたばっかりですよ? まだまだ帰ってこないんじゃないですか」

「念には念を、よ。

 それに、先に寝ていたはずのあなたが寝不足になっていたんじゃ輝夜も怪しむでしょう」

「なるほど」


 バレるのはもちろん、疑われることも回避しないといけないわけですから、慎重すぎるぐらいでちょうどいいのかもしれません。

 ここは師匠の言うとおり、寝た振りでもいいので布団に潜り込んでおくことにしましょう。


「それじゃ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい師匠」


 部屋に戻るように促した師匠自身がそこに留まっていたのが気になりましたが、師匠の考えてることなんて私が想像するだけ無駄なのです。

 気にせずに振り向くこと無く、私は自室へと戻って行きました。




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