一世一代の大告白
「わっ、私っ! あのっ……姫様のことが好き、なんです」
膝の上でこぶしをきゅっと握って、ついでに目までぎゅっと瞑って、大げさに正座までして、恥ずかしくなるぐらいに全身ガチガチに強張ってて。
私、一世一代の告白をしてるくせに、まともに姫様の顔を見ることすらできなかったんです。
予め練っておいた計画なんて姫様の顔を見た瞬間に破綻してしまって、今の私はいわば破れかぶれ、それも現在進行形で。
次にふたりきりになったら告白しようって決めていたはずなのに、どうしてだらだらと雑談を三十分も続けちゃったんでしょう、そしてどうして何の前振りもなく突然に告白しちゃったんでしょう。
告白を済ませた今になって反省点が次から次へと浮かび上がってきます。
この反省点をできれば次に活かしたい所なのですが、結果がどうであれ次なんか無いのが人生。
時間を巻き戻す能力など持っていない私は、もはやまな板の上の兎よろしく、返事という名の刃が振り下ろされるのを待つことしか出来ません。
「好きっていうか、愛してます。
それはもう、年がら年中、絶え間なく姫様のことしか考えられないぐらいに愛してるんですっ」
ですが、気持ちに嘘は無いんです、”好き”も”愛してる”も紛れも無く私の本心なんです。
頭は混乱しきっていますが、自らの想いまで見失ったつもりはありません。
こんな言葉を躊躇いなく言えてしまうほどに、焦がれているのです。
昨日今日で突然に惹かれ始めたわけではなく、『鈴仙の姫様好きは病気だよねー』と言う言葉がてゐの口癖になってしまうほど、以前からベタ惚れでした。
厳密に言えば出会ったその瞬間から、月から逃げてきた私に救いの手を差し伸べてくれた姫様の姿が女神のように見えてしまったのですから仕方ありません、そりゃ惚れますって。
それからは、廊下ですれ違うだけでドキドキして、食事中なんかご飯を食べるその口元を見ているだけで不埒なことを考えちゃって、私ったら何を変な想像しちゃってんのよ馬鹿馬鹿って自己嫌悪しちゃうぐらい大好きになってしまいました。
そりゃあ私と姫様が吊り合わないってことぐらいわかってますよ、だって月人と玉兎ですから、月人にとっては私達なんてペットか奴隷か、その程度の存在でしかありませんから。
人間に例えて言うと、家で飼われている犬って所でしょうか。
飼ってる犬に本気で告白されたらどう思います?
ドン引きしますよね? 受け入れよう、番になろうと思える人間はとんでもないマイノリティですよね?
だからわかってるんですって、自分の身の丈ぐらい。
でもですよ、私だって好きになりたくてなったわけじゃありません、姫様があんなに可愛いから、不可抗力で好きになってしまったのです。
姫様が私のタイプど真ん中の姿をして生まれてきてしまったのが悪いんです、だったらその責任はそんな姫様を産みだした誰かにあると思いませんか?
つまり責められるべきは私ではなく、姫様のご両親か神様かそのあたりが妥当なわけで。
それでも我慢しろ! と言われましても、それは理不尽ってもんですよ。
一度走りだした恋は、成就するか壊れるまで止まりません。
師匠ほど完成した生き物であれば我慢も出来るのかもしれませんが、半端者の私はあらゆる不可能を可能にすることは出来ないのです。
出会いから数十年、どんなに抑えこんでも気持ちは膨らむばかり。
私のキャパシティはとっくに限界ギリギリでした、どうにかして発散しなければ過ちを犯してしまいそうなほどに。
頭の中はただでさえ姫様と姫様と姫様に埋め尽くされていたのに、笑顔を見るたびに、声を聞くたびに、触れられる度に、さらにさらに姫様と姫様で溢れて、パンクしそうになってしまって。
破裂したら私、きっと姫様を襲ってたと思います。
がばぁっ! って、寝てる姫様に漫画みたいにダイブして、口では言えないこと沢山しようとしたと思います。
でもそれは叶わなくて、私はきっと返り討ちにあって死んじゃうんです。
姫様にボコボコにされて、師匠にもズタズタにされて、心も体もノックアウトされるに決まってるんです。
姫様はもちろん、師匠のことだってそれなりには好きな自分にとっては最悪のバッドエンドです、それだけは絶対に嫌でした。
だったら、取る手段は一つだけ。
花は散るから美しく、ならばいっそのこと、まだ美しいうちに、惜しまれるうちに散ってしまえと。
非業の死を遂げるぐらいなら、せめて姫様に散らせて欲しい、そう考えての告白でした。
常識非常識なんて知ったこっちゃありません、犬扱いされてようがなんだろうがクソ食らえですよ、世の中に一人ぐらいペットと恋する飼い主が居たっていいじゃありませんか、アブノーマルばっちこいです。
要するに、当たって砕けろ。
進むも地獄、戻るも地獄、姫様を好きになってしまった時点で、私には回避という選択肢は残されていなかったのです。
「……?」
突然に告白された姫様は、鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとしていました。
でしょうね、もし姫様と私の立場が逆だったら、私だって同じような顔をすると思いますよ。
私が正座をして真面目な顔になったあたりから何やら重大発表があることは察していた様子でしたが、さすがに告白までされるとは思ってもいなかったのでしょう。
予め告白することがわかってたら、「どうしたの、急に似合わない顔しちゃって」なんて茶化しつつ、私の真似をしてお茶目に正座なんて出来ないはずですもんね。
おかげでシリアスなシーンのはずなのに、何やらシュールな絵面になってしまいました。
ですが悔しいかな、姫様はふざけていても、ただ正座をするだけで絵になってしまうのです。
オーラがあるといいますか、ロイヤル感溢るるといいますか、さすがお姫様としか言いようがありません。
そこに首をかしげる仕草を加える事で、ロイヤルとキュートの相乗効果が生まれ、私のハートは返事を聞く前からブレイク寸前でした。
いや、ブレイクしちゃ駄目でしょうよ私。
成就が難しいことはわかってますが、失恋はお断りです、結果が出るまでは一片の奇跡を信じてみようじゃありませんか。
「えっと、それは愛の告白?」
姫様は今更過ぎる確認をしてきます。
妙な解釈をされないために、わざわざ愛してるって言ったのに。
やはりペットから告白されるというのは、それほどまでに信じられない出来事だったのでしょう、ですから私は率直に返答します。
「イエスです」
「友情ではなくて、愛情?」
「はい、狂おしいほどラブなんです」
「そう、なんだ。
えっと……その……」
私の言葉の真意を完全に把握した姫様は、何やら困った顔。
自分の両手を頬に当てながら、何やらきょろきょろと視線を彷徨わせています。
けれども頬はちょっぴり桜色に染まっていて。
ほんのちょびっとですが、手応えを感じちゃったりして。
『期待したって裏切られるだけだぞ』と語りかけてくる冷静な私は、この際無視することにします。
「どうしましょう?」
私に聞かれても困ります。
「ごめんなさい、急に言われても困りますよね、何も返事は今でなくともっ」
「違うの、そういう困ったじゃなくってね、その……」
なら、どういう”困った”だって言うんでしょうか。
ちなみに私は困った姫様が可愛すぎて困ってますよ、どうしてくれるんですかこのときめき。
「鈴仙のことは、もちろん好きなのよ?
いつもお話したり、お散歩したり、鈴仙が隣に居るといつだって私は楽しくって、幸せだったわ。
だからね、私は鈴仙のことを大切なお友達だと思っていたの」
「それは……」
思わず耳がしわくちゃにしおれてしまいます。
玉兎ごときが姫様に友達扱いしてもらうだけでも十分に幸せすぎるのですが、おこがましくも私が求めたのはさらにワンステップ先。
しかし、姫様はお友達だと言います。
つまるところ、所詮は友達止まりだと、そういうことなのでしょうか。
「思っていた……はず、なのだけど」
すっかり意気消沈していた私でしたが、姫様の言葉はまだ終わっていなかったのです。
九回裏ツーアウト、逆転満塁サヨナラホームランの可能性はまだ残っていたのです。
「どうやら、それが思い込みだったみたいね」
「お、思い込み?」
想像もしていなかった言葉に、思わず声が上ずってしまいます。
落ち着きなさい私、ここで取り乱して台無しになったらどうするのよ。
「鈴仙に対する好意は友情だと思っていたの、だから自分の反応に、自分自身で戸惑ってしまって。
私の想像では、告白を聞いても冷静で居られるはずだったのよ?
なのに――まさか、あなたの言葉がこんなにも胸に響くなんて考えてもいなかったから」
姫様はこちらに手を伸ばし、私の手の甲に指先で触れました。
私にとって姫様の手は宝石のようなもので、自ら触れることすら憚るほどなのですが、まさか姫様から触れてもらえるなんて。
ただそれだけで、飛び上がりたいぐらい幸せだったんです。
なのに、私の幸せはそれだけじゃ終わりそうにありません。
姫様は、それが私の聞き間違いでなければ、それが行き過ぎた愛が引き起こした幻聴などではないとするのなら、私の告白を”嬉しい”と言っているような気がするのですが。
やっぱり聞き間違いですかね? これは私の、夢なのでしょうか。
「ただ言葉を交わすだけで楽しくて、姿を見るだけで嬉しくて、手に触れるだけで体が熱くなって、視線が重なると張り裂けそうなほどに胸が高鳴る。
ふふ、考えてみればこれで友達止まりなわけないものね、鈴仙もそう思うでしょう?」
絹のように滑らかで、やわらかな感触が私の手のひらを包みました。
私だって一緒です、手を握られただけで死んじゃいそうなぐらい体が熱を帯びて、心臓がドキドキしてます。
手の感触が、すぐそこにある姫様の顔が、香りが、温もりが、すべて私の弱点なんです。
あらゆる方向から一番弱いとこを責め立てられて、私は今にも幸せに溺れて窒息して死んでしまいそう。
現在進行形でこんなにも姫様のことを愛しく思う気持ちが膨れ上がっているのですから、仮に運良く生き残ったとしても、私は姫様のこと以外何も考えられないポンコツ兎に成り下がってしまうのでしょう。
ああ、なんて幸福な。
幸せ過ぎて、胸が詰まって、この幸せを姫様に伝えたいのに、高ぶる感情が言葉を紡ぐことすら許してくれません。
姫様は深く澄んだ瞳で私の方をじっと見つめて、返事を待っているのに。
困りに困って、困り果てて、末に私がたどり着いた結論は、言葉が駄目なら行動で示せばいいじゃないかっていう、兎らしい安直な判断でした。
「れ、鈴仙!?」
姫様の手を握り返し、その手を私の胸に導きます。
恥ずかしいとかそういうことを考える正常な脳なんて残っていなくて、ただ今は、これしか出来ないって、そう思ったからそうしただけのこと。
思えば、言葉で伝えるよりもずうっと恥ずかしいことをしてるんですけど、それすら判断出来ないほど私の脳はオーバーヒートしていました。
その手を私の胸の谷間に沈ませて、心臓の一番近い部分にまで導きます。
姫様の顔は今まで見たこと無いぐらい真っ赤になっていて、緊張のあまり唇を一文字に結ぶその姿を、この網膜に焼き付けられただけでも生きててよかったと思えるほどでした。
「姫様、わかりますか?」
「え、ええ、とても柔らかくていい感触だわ」
「……いや、そうではなく」
揉んだ感想を聞かされても恥ずかしいだけです、思わずエロチックな気分になってしまいます。
いい感触って言われたのは嬉しいですよ、何ならもっと触ってもらってもいいぐらいです、いっそダイナミックに揉みしだいてもらっても。
お望みなら生でもカモンです、むしろウェルカムで。
ですが私たちはまだ恋人としての階段を登り始めたばかり、そんなピンクでハレンチでセクシュアルなコミュニケーションはまだまだ早いと思うんです。
そもそも、私は揉んで欲しくて胸を触らせたわけじゃありませんから。
「心臓ですって! 私の胸がドキドキ言ってるの、手のひらに伝わっていませんか?」
「ああっ、そっち、そっちね! そうよね、鈴仙がいきなりそんな大胆な真似するわけないものね!」
姫様、実はむっつりさんなんでしょうか。
案外、”姫様が可愛すぎてつい襲いそうになった”とカミングアウトしても、むっつりな姫様だったら許してくれるかもしれません。
姫様イコール清楚という方程式が脳内世界の常識になっていたのですが、今のでちょっと揺らいでます。
黒髪ぱっつんですよ、着物美人ですよ、なのに清楚じゃないなんて、とんでもない背徳感じゃありませんか。
むっつり姫様もアリなんじゃないですかね、いやアリですね、むしろそっちの方がそそる!
……って、そんなこと考えてる場合じゃありません、今はもっとプラトニックに、気持ちを伝え合う時間なんですから。
「ええ、よくわかるわ。とても強く……私と同じぐらいに高鳴ってる」
「これが私の気持ちです、姫様を想う分だけ鼓動してるんです」
「ということは、私もそれと同じだけ、鈴仙のことを好きってことなのね」
姫様は空いた方の手を自分の胸に当て、私の鼓動と自分の鼓動とを比べているようです。
好きの尺度なんて人それぞれ、鼓動が同じだからって同じだけ好きとは限りません。
想いの大きさを知る術なんてありません、私にできることは信じることだけ。
なので、私は馬鹿正直に姫様の言葉を信じようと思います。
私を喜ばせるための社交辞令かもしれませんが、そんな可能性、ご都合主義的に無かったことにしてしまいましょう。
姫様と私は同じだけ想い合って、世界中の誰もが嫉妬するぐらい相思相愛、それが真実なのです。
「その、鈴仙?」
「どうしたんですか、姫様」
「私達これで……恋人になったのよ、ね」
「改めて言うと恥ずかしいですが、そういうことだと思います」
自分でもいまいち自信が持てないのは、姫様が私の告白を受け入れてくれた、という事実がどこか現実離れしているからかもしれません。
いっそ夢と言ってくれた方が、もしくはどこからともなく”ドッキリ大成功”の札をてゐがが出てくるとか、そっちのが納得してしまうほどの夢物語。
「なんだか、現実味がないわ」
姫様もちょうど私と同じことを考えていたようで、触れ合う手をじっと見つめながら、白昼夢でも見ているようにぼおっとした表情をしています。
どこかふわふわとした、地に足がつかない気分。
『落ち着け私!』という自己暗示も、のらりくらりと躱されてしまいます。
夢心地といえば聞こえはいいのですが、実際は蜃気楼のようにおぼろで、瞬きの刹那に風に吹き飛ばされそうなほどに不確かな物。
せっかく恋が成就したのに、そのあまりの儚さに、幸せ一色だった気分にほんの少しの不安が混じって、波紋を広げ、白を灰色に染めていきます。
誰よりも現実だと言うことを知っているのは私自身のはずなのに、色々と上手く行きすぎて自分ですらその現実を信じられないのですから困ったものです。
「まるで夢みたいにふわふわしてる」
姫様も私と同じく、夢心地のようで。
この場にいるのは私と姫様二人だけ。
つまり現実が成立しているのは私達の認識があるからこそ。
その二人が夢だと認めてしまったら、本当に夢になってしまうではありませんか。
「……私は、そんなのやです」
だから、私は否定することにしました。
夢なんて。
幻なんて。
私は確かな物が欲しいんです、儚いものを愛でられるほど達観しちゃいません。
浅はかだと笑ってくれてもいい、目に見えるものが全てじゃないと説教してくれてもいい、ですが私の心には、そんな綺麗事は届きません。
結局のところ、信じられるのは確かな感触だけじゃないですか。
言葉だけじゃ足りず、手のひらだけじゃ満足出来ないから不安が消えないんですよ。
もっと強く、浅ましく、姫様を求めたってバチは当たらないはずです。
だって私達、もう恋人なんですから。
「こんなに幸せなんです、夢でたまるもんですか。
私は姫様を好きで、姫様も私を好きで、それが絶対不変の現実なんです」
どうせ胸は触られたんだ――と私はやけくそ気味に、勢いに任せて姫様の体をぐいっと引き寄せました。
姫様は小さく「きゃっ」と驚嘆の声をあげましたが、さして抵抗せずに私の胸に飛び込みます。
あれほど遠く、天の上の存在だった姫様は、こうして抱きしめてみると思っていた以上に小さくて、女の子らしくて。
普段は妹紅さんと殺し合いなんてしているくせに、その体は深窓の令嬢みたいに細く柔らかなんです。
姫様より弱くて臆病者のくせに、柄にもなく思っちゃいましたよ。
この人のこと、一生守りたいって。
「もうっ、前言撤回するわ。やっぱり鈴仙は大胆だわ」
姫様は甘えた口調でそう言うと、私の背中に腕を回しさらに体を密着させました。
体のラインが全身でわかるぐらいに押し付けられて、否が応でも不埒なことを考えてしまいます。
姫様だって十分大胆じゃないですか、ここまで密着されて、抱き合うだけで我慢できる兎なんてそうそういませんよ?
「そうですか? ……いや、そうですね、きっとそうなんでしょう。
私はこれでも兎です、獣なんですから、我慢なんて利かないのが当然なんです。
想った分だけ求めます、触れます、抱きしめます。
こうなったら、姫様が困っちゃうぐらいベタベタしてやるんですから」
そう言いつつも、襲いかかりたくなる欲求を必死に抑える私。
相手が私で良かったですね、私以外の兎なら姫様はこの場でインスタントに食べられていたでしょうから。
「あら怖い。
ここまで情熱的だと、じきに食べられてしまいそうね」
「もちろん、いずれそうするつもりです」
私の大胆な宣言に姫様は一瞬だけ驚きましたが、すぐに優しく笑ってくれました。
何も急ぐことは無いのです。
私は妖怪で、姫様は不老不死、時間なんて腐るほどあるのですから。
さすがに千年後まで我慢できる自信はありませんが、少しずつ恋人っぽいコミュニケーションを重ねていって、いずれそこにたどり着くのが私の目標です。
理想は三ヶ月? これは長過ぎますかね、だったら一ヶ月……いや、ひょっとすると一年ぐらいがいいんでしょうか。
とにかく、大事にしたいんですよ。
だって私、本気ですから。
出来れば永遠に、この気持ちを守って、抱いて、育てていきたいと思っていますから。
「……怖くないかと言われれば、嘘になるわ」
実は私も怖かったります。
だって姫様を傷物にするなんて、ここが月なら、想像しただけでも即打首だと思いますよ。
月でなくとも、師匠にバレたら私どうなっちゃうんでしょう。
「けど相手が鈴仙だと思うと、不思議と恐怖が失せてしまうの。
だから私はその日を――鈴仙が私に触れてくれる日を、楽しみにして待ってるから」
もはや手を出してもオーケーと言っているようにしか聞こえないのですが……我慢する必要あるのかな、私。
いやいや、ここは誠意を見せないと、姫様だって”いずれ”と言ってましたからね。
せっかく奇跡的に姫様と恋人になれたのに、ここで事を急いて姫様を傷つけるようなことがあったら、たぶん私は私を許せなくなってしまいます。
一生守りたいと言っていたくせに、たかが数十秒ですらその誓いを守れないのか、と。
それだけではありません、姫様を泣かせたりしたら、自分自身を許せないの以上に、師匠が絶対に許してくれないでしょうから。
説教とかお仕置きなんてレヴェルではなく、鈴仙優曇華院イナバという存在がこの世から消え去ってしまうような、筆舌に尽くしがたい罰を下されるに決まっているのです。
つまりこれは私の決意でもあり、私の自己防衛でもあるわけですよ。
情けない話ではありますが、おかげでこうして姫様と密着しても我慢出来ているんです、つまり結果オーライということで。
それに抱き合ってるだけでも、これはこれで良いものです。
満たされていくんです。
もちろん、性的な意味じゃありませんよ。
姫様の気持ちが伝わってきて、私の気持ちも伝えられて、私達両想いなんだってことが体全体で感じられますから、心が満たされていくんです。
もう夢だなんて疑う必要もありません。
温もりが、柔らかさが、そしてこの鼓動が、痛いぐらいに現実なんだって教えてくれていますから。