愚かな民に鉄槌を
ヴィクトリア歴7年3月27日 セルブラント王国領内
四方を山に囲まれた盆地。南北を一直線に貫く街道以外は緑の草原が広がるこの盆地に、現在は占領地維持の兵を除いたヴィクトリア王国国防軍第二軍団、第七軍団、第六軍団の30,000名と敵軍の40,000余名の計70,000余名がお互い睨みあうように陣を敷いていた。四方から中心に向けてなだらかな傾斜が続くこの盆地に布陣してからどちらも動きはない。こちらは、機動力のある第六軍団を最右翼に配し、第二軍と第七軍が中央と左翼を担当する。中央と左翼の前面には工兵によって馬防杭を設置し、敵騎兵が斜面を登ってきた際の防御とする。完全に受けの布陣であるが、数的劣勢を考慮すればこれがいいだろう。さらに、こちらが待っていれば相手は動くしかなくなる。なぜならば、俺達が敵をこうして拘束していれば、他の同盟軍は何の障害もなく進むことが出来るからだ。だからと言って、我が軍の前から他の軍へと向かえば背後を襲われかねない。向き合った時点で彼らは突っ込む以外の選択肢を失っていた。
「数の差は一万。不利といえば不利ですが、防御側ならば何とでもなるでしょう」
斜面に布陣する自陣を眺められる位置に将軍と参謀と共に立つ。第二軍団総司令ジェームス・ヘイミッシュ・マーティン大将。能力は可もなく不可もなく。大将になれたのだから優秀なのだと思うが、レオンシオ将軍やクレイグ将軍と比較するとどうしても見劣りしてしまう。
「陛下。こちらを」
セレーナに差し出された望遠鏡を手に取り、引き伸ばして覗き込む。大まかな布陣は遠くからでもハッキリわかるが、どの装備のどの部隊がどこに配置されているのか。それを探るには望遠鏡は便利であった。
「敵軍左翼がやや厚い様ですね。編成は・・・」
「右翼、中央は統一された装備と整った隊列から元正規兵の部隊でしょうな。左翼は前面は隊列は整っていますが装備に統一感がないので傭兵。その後ろは、民兵でしょうか? そのさらに後ろに正規兵と。傭兵と民兵を使い潰して正規兵で突破ですかな?」
「それと、督戦隊としての役割もあるのでしょうね。血気盛んな民兵も、いざ始まってみた時に士気を維持できるかは疑問の残るところですからね」
「では、砲撃目標は左翼と中央ですかな?」
敵軍の配置から砲撃目標を定める将軍へと僅かに笑みを浮かべた顔を向け、首を横に振る。確かに、未だ未知の攻撃である砲撃が元正規兵の集団を襲い粉砕すれば、彼らがいることで士気を保ち、逃げるという選択肢を潰されている民兵たちは逃げ散るだろう。だが、この侵攻の目的は王制を打倒した市民に罰を与えることだ。神に選ばれた王を自分達が害せばどんな恐ろしいことが起きるのか。二度と繰り返せぬ様。また、それを見た各国の民が要らぬ考えを起こさないようにしなければならない。ならば、求めるのは勝利ではなく殲滅である。野戦において、兵士が市民がセルブラント王国の民が一人残らず殺されたとなれば、未だ無事な都市の市民たちも思い知るだろう。
「目標は左翼の民兵達です。動揺と混乱で身動きがとれなくなったところに砲弾の雨を降らせてあげなさい。愚かな民に鉄槌を下すのです」
「承知いたしました」
伝令によって中央の第二軍団を構成する部隊と部隊の間、歩兵部隊と凹の字を組むように展開する砲兵部隊に砲撃目標が伝えられる。後は敵が動き出すばかりとなったところで、こちらの準備が終わるのを待っていたかのようなタイミングで敵軍が動き出す。敵軍右翼がこちらを包囲するかのように部隊を移動させて翼を伸ばし、中央と左翼が前進してくる。
「数の利を活かして半包囲してきましたか」
「砲撃目標を変更されては如何でしょうか? 長距離からの砲撃であれば、彼等の移動を妨害し、意思を挫くことも可能かと思われますが?」
「それが理想ですが、目標の変更はありません。延翼している敵軍右翼の部隊へは弓兵隊で対処しなさい」
弓兵隊が的の動きに合わせて位置を移動し、砲兵隊が指定された向きへと砲を指向していく。等間隔で並べられた大砲の砲口が迫り来る敵へと向けられ、そこへ兵士達がよく訓練された動きで砲弾を入れる。
「よーい! 撃てぇ!」
一斉に火を噴く大砲から12ポンドの砲弾が敵軍目掛けて飛んでいく。ライフリングもないただの大砲の精度はお世辞にも良いとは言えない。何発かは明後日の方向へと飛んでいき、何発かは敵軍に到達する前に地面へと着弾し、土砂を飛び散らせる。しかし、敵軍へと飛び込んだ砲弾は物理エネルギーによって敵兵をなぎ倒し、運の悪い者は身体の一部をもぎ取られて悲鳴をあげる。初めて見る未知の攻撃と遠雷を思わせる砲声に目に見えて民兵の集団が動揺する。そして、追い打ちをかけるように、運悪く身体の一部を吹き飛ばされただけで済んでしまった味方の悲鳴が、士気を削っていく。
目に見えて進撃速度が鈍る。
「第二射。撃てェ!」
再びの轟音。足が進まなくなってしまった敵軍へと再び砲弾が飛び込んでいく。1列に並んでいた数人が纏めてなぎ倒され、地面で跳ねた砲弾が前列を進んでいた敵兵の頭を綺麗にもぎ取る。手を失った兵士が血が流れる腕を胸に抱いて蹲り、足を無くした兵士がその場に倒れて喚き散らす。
「第三射! 撃てぇ!」
砲声が鳴り響く度に、12ポンドの鉄の弾が人を肉塊へと変えていき、赤黒いシミを作り出していく。恐怖と混乱によって進撃前までの士気を完全にへし折られた敵軍は止まってしまい、そこへ砲弾が次々と飛び込んでいく。もはや、民兵隊はただの的へと成り果てていた。
規則的に動く砲兵達から目を離し、敵軍の右翼へと視線を向ける。ゆっくりと翼を伸ばして包囲の形を作っており、距離は詰めてきているが射程には入っておらず、未だ睨み合いが続いている。こちらも敵に対するように部隊を動かし、曲線を描くように部隊を展開していく。
「民兵隊はほぼ壊滅。督戦隊もこれでは手の施しようがないでしょうね」
「問題は我軍の左翼ですな。このまま敵に合わせて延翼すると数の差から列が薄くなり脆くなってしまいます。だからと言って延ばさなければ、側面を敵にさらすことになります」
大将が望遠鏡を覗き込みながらつぶやいたのを聞き、同じ方向を望遠鏡で覗く。劣勢に立たされると、単純な数というのがどれだけ厄介か実感する。手数の少なさから、どうしても対処できる手が限られ、一手遅れをとってしまう。
「高々一万人の差だと思っていましたが、思いのほか厄介ですね。将軍。何か手はありますか?」
「では、敵右翼が我が軍左翼と接敵した後に我が軍右翼の騎兵隊を民兵隊に突撃させ、そのまま機動させつつ交戦中の敵右翼軍の後背を脅かすというのは如何でしょうか?」
「いいでしょう。その間、左翼は持ちこたえられますか?」
「十分可能かと思われます」
「では、そのようにしなさい」
「畏まりました」
大将が命令を出し、それを受け取った伝令たちが動いていく。その間にも敵軍は動き、ゆっくりと間合いを詰めてきていた。
高地を取っていた我が軍の弓の射程へと敵が踏み入る。統一された動きで弓が引き絞られ、矢が放たれる。曲線を描き、矢の雨が敵軍へと降りかかる。殆どが盾に遮られるが、隙間に飛び込んだ矢が敵兵を負傷させ、刺殺し、作られた縦の壁へと穴を開ける。
「第二射。放てぇ!」
「穴を開けるな! 前に出ろ!」
流石に矢の対応は慣れたもので、被害を最小限に抑えつつ前進してくる。全身速度は目に見えて鈍るが、じりじりと間合いを詰めてくる。さらに、応射でこちらにも被害が出始める。敵との間合いが詰まるたびに双方射撃ごとの被害は増えていく。そうして、ついに敵軍が突撃し両軍がぶつかる。
「突撃! 目にもの見せてやれ!」
「迎え撃て! 絶対に突破させるな! 食い止めるんだ!」
激しい剣劇と鎧と盾がぶつかり合う音が鳴り響き、悲鳴と怒号が響き渡る。剣が振るわれ、槍が付きだされ、盾で弾かれる。
射撃戦故にどこか現実味の薄かった戦闘が急に生々しく、現実味をもって伝わってくる。それと同時に、離れた位置にいる俺のところにまで、血の匂いが漂ってくる。
「右翼の第六軍に突撃を命令。左翼は防衛しつつ後退せよ! 無理に撃退する必要はない。時間を稼ぐんだ」
「砲撃目標を敵軍中央へ変更。甚大な被害を与えるには手遅れでしょうが、陣形を乱せば第六軍の騎兵が突撃しやすくなるでしょう」
命令が伝達され、待ちに待ったタイミングを逃すことなく全軍が動き始める。
「待ちに待った突撃命令だ! 行くぞ!」
「全員続け! 一人も逃がすなよ!」
第六軍団の軽騎兵4500名と第二・第七軍の軽騎兵1420名の合わせて6000名近くの騎兵が混乱で四散した敵軍左翼へと切り込んでいく。混乱で方陣を組んで迎撃することもできず、左翼の傭兵と民兵、督戦隊は麦の穂を刈り取るように次々と倒されていく。当然、敵軍中央の部隊が左翼の援護に動こうとするが、砲撃による混乱で動くことが出来ず、さらに各軍団の重騎兵が乱れ始めた所に突撃し陣形を引っ掻き回す。そこに、中央の第二軍が前進し正面からぶち当たる。隊列を組み前進する第二軍に対し、重騎兵と砲弾で陣形を崩され、立て直す時間もなかった敵軍はじわじわと押され始める。
「順調ですね。後は左翼を防御しつつ、右翼の騎兵を機動させて包囲すれば終わりです」
後は時間の問題。ここで敵軍を撃破すれば、今後は障害なく進むことが出来るだろう。そんな事を考えながら今後の展開を想像していた時、伝令が勢いよく駆けてきた。
「報告! 最左翼を担当していた部隊が撃破されました。敵の側面攻撃により左翼が崩壊しつつあります!」
敵軍を抑えていた左翼が決壊の兆しを見せたのだった。
「思ったよりやるようですね」
「そのようですな」
突然の報告に同様の騒めきが広がる司令部にあって、俺と大将の二人は努めて平静を保ちながら会話をする。その様子に司令部の騒めきも程なくして収まる。
「包囲は間に合いませんね。騎兵はようやく敵軍左翼を掃討したところですし、攻撃中の第二軍を呼び戻すわけにもいかないでしょう」
「予備戦力として部隊を待機させていなかったのが裏目に出ましたな」
「仕方がありません。戦力差一万で遊ばせておく部隊などありませんからね」
ここで穴をふさげる戦略予備を準備していれば楽だったろうが、一万の戦力差の前にそんな余裕はなかった。大砲の活用に敵の民兵部隊。ある程度の有利はあったが、今戦っている部隊のどれかが抜けていたとしたら今の状況にはなっていなかっただろう。
「本陣の護衛を右翼の穴埋めに回しましょう」
「ですが、それでは本陣が無防備になりますが?」
「左翼が突破されれば同じことです。本陣の護衛で左翼を支え、その間に敵の中央を撃破。その後、敵軍右翼を包囲して殲滅します。私も出ます」
「陛下が? 承知いたしました。私はここで引き続き全体の指揮をいたします」
俺は将軍の対応に頷くと様子を察して準備を整えて戻ってきたアーニャが騎乗する馬の背に跨る。当然のようにイライザとリーナも準備を整え後ろへと並ぶ。
数分の後に本陣防衛のために残されていた歩兵大隊300名が整列し、指揮官の少佐を筆頭に指示を待っていた。
「これより、崩壊しつつある左翼の援護に向かいます。この戦闘の結末は、諸君の働き如何にかかっています。総員! 臆することなく義務を果たしなさい」
「承知いたしました! 大隊前進!」
少佐の号令の元、大隊が前進していく。アーニャが駆る馬の背に相乗りし、俺自身も部隊の後ろを付いていく。
目視した戦線は最左翼が崩壊し、側面からの攻撃を受けた左翼全体も徐々に崩壊し始めていたが、僅かに戦線を維持していた。戦線全体の崩壊を防ぐために左翼側面を攻撃している敵部隊を攻撃し、再び戦線を構築する。
「総員突撃!」
部隊が一気に加速し我が軍の側面を脅かす敵を横合いから思い切り殴りつける。思いもよらない側面からの攻撃に敵の統制がわずかに乱れた。
「リーナ。敵の指揮官、部隊長を狙って狙撃できますか?」
「この距離からなら問題ありません」
馬上から軽やかに飛び降り、矢をつがえると間を置かずに放つ。矢は敵部隊の頭上を飛び越え、やや後方で指示を出していた男の頭を射抜く。さらに矢は敵部隊の頭上を次々と飛び越えてゆき、隊長や指揮官、指示を飛ばす兵士を射抜いていく。指揮官を失った敵部隊は側面からの攻撃による混乱から立ち直ることもできず、じわじわと後退していく。
「戦線を維持しなさい! ここを持ちこたえられれば我々の勝利です!」
俺の声を聴いた部隊の指揮官達が驚いた顔でこちらを振り返るが、そんな余裕はないだろう軽く睨むと、すぐさま指揮に戻る。
「無理せず下がりながら戦線を再構築させなさい。撃退する必要はありません。弓兵は掩護。当てる必要はありません」
防御に徹しながら後退する我が軍を追撃しようとする敵軍を矢の雨が阻む。側面攻撃の緩和によって崩れ始めていた戦線が僅かに持ち直す。
「伝令! 第二軍団が敵中央軍を撃破。第六軍団が第七軍団正面の敵を包囲するために機動中!」
「このまま防御を維持。敵が撤退するタイミングで攻勢に転じます」
敵軍後方に騎兵が上げる土煙が移動していく。敵軍全体がざわめき始め、動揺が攻勢を鈍らせる。もはや、敵軍右翼に第七軍を突破する勢いは微塵もなくなっていた。そして、遂に後方で悲鳴と馬の嘶き、鉄どうしがぶつかる音が響いた。
「全隊前へ! 決着をつけるぞ!」
「前へ。さらに一歩前へ!」
後方を脅かされた混乱と他の部隊が撃破されたという事実に敵の戦意がみるみる衰えていく。最初の優勢は見る影もなく、敵軍の死傷者が目に見えて増えていく。及び腰の敵兵に容赦なく剣が振り下ろされ、命を刈り取っていく。最早、決着はついていた。
戦闘開始から8時間後。敵は統率を失い、散り散りになりながら敗走した。騎兵部隊の追撃によってさらに損害を与え、一時崩壊しそうになるも、我が軍の勝利で戦闘は幕を閉じた。敵軍による組織的抵抗はこれが最後で最大規模だろう。後はゆっくりと領土を切り取りながら懲罰を与えていくだけだ。
沈みゆく夕日はセルブラント王国の今後を暗示している様だった。
いつの間にか半年以上経ってました。。。本当に申し訳ありません




