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神の名のもとに

ヴィクトリア歴6年 12月17日 ヴィクトリア王国 王宮 会議室


「それで、どうするべきかな?」


「静観はするべきではないでしょう。国家保安局からの報告では、既に火種がくすぶり始めていると」


 暖炉の炎が赤々と煌めき部屋の中を温めていく。お茶と書類が置かれたテーブルを四人で囲みながら、それぞれが書類を見つめ、目を通していた。茶器も、椅子もそれぞれが好きなものを選んでいるので統一感などなくバラバラだが、唯一同じなのは全員が顔を顰めているということだ。


「セルブラント王国内は軍の統制下で確実に回復しつつあり。既に、食料の安定供給によって餓死者は激減。軍への信頼はうなぎ上りか。厄介だな」


「食料の出所は? 海外からの輸入でもでもない限り、同盟国内に裏切り者がいるってことだろ? やばくないか?」


「国家保安局に探らせましたが、尻尾すら掴めませんね。同盟国内に不穏な動きはありませんし、まるで降ってわいたかのような状況ですよ」


 当然、協定違反を疑い調べさせた。しかし、外務省からも軍務省からも、国家保安局からも上がってきた結果は()だった。まさに、セルブラント内で突然湧いたかのような状況だった。どれだけ巧妙に隠そうとも、どこかに影くらいはあるはずだと思っていたが、ここまで微塵も痕跡がないとなると、裏切りの存在が本当かどうかも怪しくなってくる。代わりに、セルブラント()同盟国(味方)問わずそこそこの数のスパイを見つけたが、何時でも排除できるならば、今は利用してやろうと捨て置かせた。


「諸国の姿勢は?」


「満場一致ですよ。どの国も表向きはあの国の回復を望んではいません」


「なら、攻めるのか?」


「理由はどうする。リトシアが保護してる国王一派を利用すんのか? 俺達が保護してる貴族からでもいいが」


「それも手ではありますが・・・・・」


 亡命政府からの支援要請。立派な大義名分になるだろうが、もはや国王と貴族に求心力はない。既に、民達の心は軍に掌握されている。今更国王を一派を擁立して復権させたとしても、民達が再び離反することは目に見えているし、ともすれば費用だけが嵩みそうだ。


「各国の不穏分子の出鼻を挫き、セルブラントへ攻め込むには、神の御名を使うのがいいでしょうか」


「神は怒っておられる・・・・か」


 国王を排したセルブラント王国で民の暮らしがよくなれば、王権神授説は崩壊する。神が国を統治せよと王に与えた権利が侵害されても、神がなんの罰も下さないとなれば、臣民はその正当性を疑う。ともすれば、社会主義なんかが蔓延りかねない。未だその思想は発生していいが、これからいつ起こるかもわからない。ならば、今のうちに芽はつぶしておくに限る。


「神の名のもとに、罪を悔い改めよ。セルブラント侵攻はこれで名分が立つでしょう。後は各国の調整です」


「また特別予算か。まぁ、余裕があるからいいんだけどね」


 各種インフラ整備に農業改革、教育、莫大な軍の維持費。これらを含めても特別予算を捻出する余裕があるのだから、内務省と財務省には頭が上がらない。


「後は、戴冠式の準備ですね」


「戴冠式? 誰のだ」


  全員が不思議そう顔でこちらを見てくるので、自分を指さして見せる。


「もちろん、私のですよ」


 執政を行っているのは()だが、正式にはアナスタシア(・・・・・)ということになっている。アナスタシアは俺を殺し、王位を奪ったことになる。今までは有耶無耶にしていたが、王権神授説の正当性のために他国を攻めようというのなら、これを機に正式に戴冠式を執り行い神から王権を授けてもらうのを知らしめたほうがいいだろう。


「神の怒りを知らしめる存在が神から正式に王権を授かっていないのは問題でしょう?」


「それもそうだね。それで、いつやるんだい?」


「そうですね。では、一月三日でどうでしょうか? 新年祭が終わった直後ですし、そのままの勢いでやってしまいましょう」


 新年を祝う祭りの後に新たに正式な女王の戴冠を行う。タイミングとしてはなかなかではないだろうか。民衆は新たな年と幕開けとともに神に選ばれた女王の誕生を目にする。なにかを感じ取らせるには、丁度いい舞台となるだろう。


「開戦は3月にします。主力は北方の防衛を担当している第二軍団と第七軍団。予備として機動力のある第六軍団を使います。空いた北方の守りは東の第九軍団を一時的に再配置するこで間に合うでしょう」


「約37,000の侵攻軍か。支える内務省に気持ちにもなってくれよ。ただでさえ、維持費が膨大なのに、衣料品に替えの服やら武器屋ら・・・・・考えただけで嫌になるよ」


「なら、貴方が戦地に出向きますか?」


 首を左右に振りながら、やれやれと言ったようにため息をはく月島の様子にからかうように答える。


「今回は戦時中にも警務省に働いてもらいます」


「ん? 何かやることがあるのか?」


「ええ。ありますよ。今回は、我が国の領内を通るフランケン王国軍輸送体の警護と監視を警務省にお願いします」


 我国の南方に位置するフランケン王国が軍を送るには、我国の領内を通過するのが最短であり最適だ。それは、輸送線にも当然言える。軍にとって物資の補給は欠かせず、輸送線はアキレス腱とも言える。当然、物資を狙って野盗が動かないと言う確証もなく、護衛が少なければ遠慮なく襲ってくるだろう。しかし、輸送を維持するための護衛というのはなかなかに大変だ。それを、警務省でやってくれるならば、フランケン王国側も楽だろうし、我々は恩が売れる。どちらにとっても悪くない話だ。


「遂に戦後だけじゃなく戦時中まで忙しくなるのか。だが、兵隊のお行儀まで面倒はみれないからな?」


「ええ。今のところは大丈夫そうですが、規模が大きくなれば治安を乱すものも出てきそうですね。そろそろ、憲兵隊を設置すべきでしょうか?」


「頃合いじゃないかな? 古今東西、組織が置きくなると末端まで目が届かず、末端は悪さをしがちだ」


 どれだけ人格が優れていようと、人間というのはちょっとしたきっかけで悪事を犯しがちだ。監視の目というのは馬鹿にできないもので、それがあるからこそギリギリで踏みとどまるなんてこともあるだろう。


「では、追加予算をお願いしますよ?」


「仕方がない。占領地を荒らされるよりはましだ」


「まぁ、警備隊じゃあ役不足だろうしな」


「戦闘能力が違いすぎる」


 俺達はそれぞれ微かに笑うと、お茶で口を潤す。


「さてと。それじゃあ、それぞれ準備にかかろうか?」


 月島の言葉にそれぞれ頷くと席を立ちあがり、部屋を出ていく。俺は執務室に入ると、軍の移動命令書や物資の運搬計画書等の書類に何枚も判を押していき、場合によってはサインしていく。




・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・




ヴィクトリア歴7年1月3日


「ここに、アナスタシア・オルド・ナイアに王権と象徴たる冠を授ける」


 僅かに緊張した面持ちの月島が俺の頭へと冠を載せる。転移直後にも被らなかった王冠はなかなかに重く、不思議と緊張感を与えてくる。俺はゆっくりと立ち上がると、居並ぶ貴族達へと自信を顕示するかのように胸を張る。全員が軽く礼をして忠誠と祝福を示す。これで、改めて正式に王位に就いたわけだ。

 居並ぶ貴族達の間を通り抜け、王宮の門から月島、小松、芳賀と馬車に乗り、民衆が詰めかける大通りへと走り出す。

 屋根がなくオープンな作りの馬車に乗り、歓声をあげる民衆へと微笑みを浮かべながら手を振り返す。それだけで、民衆の歓声はさらに大きくなり、熱狂していく。戴冠式の効果は悪くはないようだ。


「効果はあったようですね」


俺は手を振り続けながら、顔を動かすことなく月島へと話しかける。


「新年祭のお祭り気分の延長でだろうね」


「タイミング的にもバッチリって感じだぜ」


「ああ。民衆としても娯楽の延長線上って感じはあるだろうな」


 雪の積もった白銀の世界であるにも関わらず、大勢の人間の熱気か寒くは感じない。馬車は大通りを進み、王都を一周すると王宮へと帰還する。そして、その後は貴族達を招待しての晩餐会を行い、深夜になってからようやく部屋へと戻ることができた。しかし、着替えてベットに横になっても一向に睡魔は襲ってこず、落ち着かない気持ちに部屋を出る。そのまま、ふらふらと人気のない廊下を彷徨い、執務室まで来てしまった。どうせ部屋へ戻っても眠れそうもないと思い、そのまま執務室の扉を開けて中へと入る。

深夜の執務室は暗く、今日一日一度も火の焚かれていない暖炉は寒々しく、それが余計に肌寒さを感じさせた。俺は一人で執務室の椅子に腰かけると、突如として肩が重くなり改めて自身の重責を痛感する。昼間に王冠を被ったときに予想よりも重く感じたのは、何も単に重量が重かっただけではないだろう。伴う責任の重さというものを無意識に自覚したのかもしれない。それを考えると、漠然とした不安に襲われる。部屋の暗さが急に質量を持ったかのように、体へとへばりついてくるような感覚に陥り、体が重くなる。


「陛下。まだお休みになられませんか?」


このまま暗闇に押しつぶされそうな感覚に陥りそうになったところに、ノックもなしにアーニャがやってくる。手に持った燭台の蝋燭が暗闇を部屋の角へと追いやり、体にへばりついていた重さがふと軽くなる。


「アーニャ? もう休んでいるのかと思っていましたが、起きていたのですね」


「なぜだか目が覚めてしまいました」


「そうですか。私は、どうにも眠れずに」


 椅子に座るように手で示すと、アーニャは俺の対面へ椅子を移動させて向かい合うように座った。もはや体にへばりつく様な重さは消え去っていた。


「自分の戴冠式を傍目から見るのは、不思議な気分だったでしょうね」


「ええ。貴重な経験でした」


 相変わらず感情が読めない無表情だ。ぼんやりとした暗闇がより一層表情を読めなくしていた。


「・・・・・不思議ですね。改めて戴冠式を受けると重責に押しつぶされそうでしたよ」


 先程までに感じていた肩の重圧を思い出すかのように、首を傾けて右肩を見る。何時もの様に微笑もうとするが、顔が少し歪んで自嘲気味な笑みになってしまう。そうして、再びアーニャの方を向けば先程よりも、ほんの少しだけ顔が歪んでいた。普段から見ている者でなければ分からない様な僅かな変化だったが、確かに感情がにじみ出ていた。


「見損ないましたか?」


 貴族を粛正し、他国を併呑し、エルフの森を焼いた男が今更何を言っているのだろうかと呆れられたと思い、ふと口に出てしまった。アーニャは何も言わない。ただ、静かに俺の顔を見つめるだけだ。それが十分ほど続いた頃にようやくアーニャが口を開いた。


「・・・・・陛下は、そんな感情からは無縁だと思っていました」


 やや俯き加減にそんな事を言ったアーニャの顔は無表情ではなかったが、それが何の感情なのかは俺は分からなかった。


「いつだって、悩んでいますよ。これで良いのか。最適解と言えるのか。大きな事を進めている間は、まるで真っ暗な洞窟を手探りで進んでいるような、そんな錯覚に陥ります」


 何をやるにも初めてだし、楽しくもある。実際、自分の思った通りに事が進み、思い通りに国を動かすのは気分がいい。しかし、それと同時に、時々大きな不安に襲わるることもある。今まで成功してきたのは、単に運が良かったのと、効率的な政治体制を知っていたからであり、失敗してもおかしくなかった事でさえ多かった。


「陛下も・・・・・」


 一旦言葉を切り、少しだけ口を噤むアーニャ。まるで、次の言葉が見つからないか、何と言えばいいか分からないようだ。


「陛下も人なのですね」


「ふふっ」


 ようやく口から出てきた言葉の意外さに、思わず笑ってしまう。まさか、アーニャに人と思われていなかったとは驚きだ。


「まさか、人と思われていなかったとは驚きです。ふふっ。今まで何だと思っていたんですか?」


「何でしょうか? 自分でも分かりません。ただ、自分とは、自分達とは違った存在に時々思えてしまっていました」


「私は人間ですよ。笑いもすれば悲しみもします。ただ、毎日を精一杯頑張っているだけの人間ですよ?」


 僅かに小首を傾げて悪戯気に笑って見つめると、アーニャは何事かを考える様に黙ってしまう。しかし、その眼は俺を見たままピクリとも動かなかった。


「・・・・・陛下の所業を考えれば、どちらかというと人より魔物。いえ。魔王ではないですか?」


 ほんの僅かに顔を綻ばせ、冗談めかして言うアーニャに今度こそ声を上げて笑ってしまった。そして、今までの事を考えて妙に納得してしまう。


「確かに、魔王と呼ばれるのも悪くないかもしれません! 明日からそう名乗ってみましょうか?」


「やめて下さい。乱心したのかと思われますよ?」


「あら。残念。折角、アーニャが名付けてくれたのに」


 そう言ってもう一度声を上げて笑うと、窓の外が明るくなり始めているのに気づく。どうやら、思ったよりも話し込んでしまっていた様だ。


「アーニャ。そろそろ寝ましょうか。もう、長くは眠れないでしょうが、明日も忙しいですから少しでも眠っておきましょう」


「はい。陛下」


 俺が立ち上がると、アーニャも燭台を持って立ち上がった。そして、先に進んで扉を開けてくれた。俺はそのままアーニャを引き連れて寝室へと向かう。空からは星も消え始め、もうすぐ夜明けとなるだろうが、少しは眠れるだろう。


「それでは、アーニャ。おやすみなさい」


「はい。おやすみなさいませ。魔王陛下(・・・・)


 珍しく冗談を言ったアーニャを見送りながら、俺は部屋へと入る。


「私が魔王なら、アーニャが勇者でしょうか?」


 ふとそんな思いが口から出る。それも悪くないかもしれない。そんな事を考えながら、俺はベットに入る。程なくして睡魔が襲来し、俺の意識は闇に呑み込まれた。

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