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生贄の羊

今回も遅れてしまい申し訳ありません!

ヴィクトリア歴5年12月3日 カステル王国 ダーリング城 


 ヴィクトリア王国と北方諸国の中間に位置するカステル王国。この国は以前の戦争終結後から富国を推し進め、ヴィクトリア王国同様に国内の森林は農地へと姿を変えつつあった。そんなカステル王国には、王族の避暑地として湖畔に城が建てられていた。河畔を囲むように広がる森の中に建つダーリング城の会議室。そこには、そうそうたる顔ぶれが揃っていた。


ヴィクトリア王国外務・軍務卿 アナスタシア・オルド・ナイア女王

ヴィクトリア王国農務卿・研究開発局局長 芳賀武蔵王

リトシア王国全権委任大使 ヘルナー・フォン・カリウス伯爵

ダリア王国大使 エルンスト・アウグスト・マイナー伯爵

カステル王国外務大臣次席補佐官 レミリオ・ケアード・ヒースチン伯爵

セルブラント王国カステル王国駐在大使 エルピディオ・ベルナール男爵

バイセムル王国大使 バージル・ヒース・ウォルシュ子爵

フランケン王国大使 セベリアノ・ジェノベンテ・ランシマン子爵

モンターニュ王国大使 コンラッド・エイミス・カトラル子爵

サントン王国大使 ベルナー・オルト・マッケンゼン子爵


 以上の各国を代表する大使達が会議室に集まっていた。ヴィクトリア王国とその同盟国が集まっているのはともかく、何故北方諸国まで呼ばれているのかというと、会議の議題がセルブラント王国での暴動に関してだからだ。

 会議室では暖炉に薪がくべられ、室内は暖かさで満ちていた。テーブル上のティーカップからは湯気が立ち上り、バターとまだまだ貴重品の砂糖がふんだんに使われた焼き菓子からは、香ばしい香りが立ち上っていた。しかし、そんな茶会的な見た目とは裏腹に俺達の表情はあまりよくはなかった。なぜなら、会議は既に三日目。だと言うのに、話は何一つ進んでいないのだ。


「なあ、こういう時ってどうすればいいんだ?」


 大使達が隣に座る補佐官や仲の良い隣国の大使達とコソコソと耳打ちするのに交り、芳賀が俺へと耳打ちしてくる。


「とりあえず、何も言わず腕でも組んで考えているふりでもしていてください。全ては私がしますから」


 外交的な会議の場に場違いな芳賀がいるのは、この会議が長期化する可能性を考えた俺が連れてきたからだ。昼は会議。夜はパーティー、そして深夜は王宮に戻って執務だ。激務だが、この方が自国の大使を会議に出すよりも楽なのだ。大使を出すと、後々に会議中の書類が辞典並みになって俺の机へと届く可能性がある。それだけは御免だった。その為に、深夜に王宮へ帰ろうと考え、芳賀を引きずってきたのだ。幸いなことに、最近は暇らしいので丁度良かった。


「隣の部屋で待ってちゃ駄目なのかよ?」


「彼等がどう思うかですよ。自分達よりも地位が高い方が会議に出ずに部屋で寛いでいたらどう思います?」


「変に思うし、何かやる気がそがれると言うか・・・・・」


 そう言って納得したのだろう。この場から逃れられないという現実に落胆した芳賀は、肩を落とすとそれっきり静かにしていた。


「支援するしかないだろう。セルブラントの王政が打倒されれば、次は我々だ」


 この三日間で何度も発せられた内容がまた発せられる。しかし、そう言っている大使の顔を見れば、とりあえず言ってみたという表情で本気ではなさそうだった。


「しかし、我等が国はセルブラントとは違う。飢えは無く、経済もうまく回っている。彼等が王政打倒に立ち上がったのは、飢えと貧困からだろう?」


 この返答も何回目だろうか。5回目くらいまでは数えていたが、それ以上は数えるのを止めてしまっていた。大使達が話し合う内容は納得できる。暴徒達は極論してしまえば、空腹から暴れているのだ。どうにもならない空腹と腹を満たす方法を見いだせない政府に苛立ったのだ。今の民衆とはそう言うものだ。だから、腹を満たしてやっていればある程度は命令に従ってくれる。

 ヴィクトリア王国では教育を進めているが、それは都市部だけであり、農村部や開拓村では未だに識字率が低く、教育制度は普及していない。というのも、いらぬ知恵から民主主義なんて生まれられてはたまったものではないからだ。

 世界の統一。それが最終目標である現在、戦争はいずれしなくてはならない。しかし、民主制では反対が多数意志となった時にそれが困難になる。愛国心は育んでも、自立性や民主制は摘み取る。そうして、民衆を鎖を付けない奴隷にしていく。そんな、なんとも怖気のするようなことが今の世界では蔓延っている。そのため、民衆は自身の生活が保障されていれば、殆どの事は従う。そう慣習や周りの生活で身体に染み込んでいるのだ。法制度の改正で、ある程度自由が保障されたヴィクトリアでさえ、王の権威は絶対だ。他の国ではさらに強いだろう。王権神授説が本当であるにも関わらずと考えれば、彼等がどれだけ追い詰められているかもわかると言うものだった。


「だが、このまま王政が倒れ、その後に民衆達の生活が回復したらどうなるのだ。民衆達は自分達も自由を勝ち取ろうと、我らに武器を向けるぞ?」


「では、経済的に締め付ければ良いだろう? セルブラントには食料がない。輸出を禁じれば、革命をする余裕すら無くなるだろう?」


「我が国の民を飢え死にさせる気か!?」


 非人道的とも思える会話が囁かれる中で、カステル王国駐在のセルブラント大使がいきり立つ。この三日間は静かに会議の行方を見守っていたが、流石に我慢の限界が来たのだろう。しかし、そんな彼に対しての周りの反応は冷たい。俺自身も、正直言えばセルブラントにはこのまま衰退してもらった方が楽だ。競争国が何もしなくても滅んでくれそうなのだ。放っておけば出血死する獣にとどめを刺す為に剣を掲げて突撃する様なことはしたくない。下手をすれば、瀕死の獣に腕を噛み千切られるなんて事もあるのだから。


「では、ベルナール男爵殿はどちらが大事なのかね? 民衆か? それとも、貴国の国王陛下と貴族の御友人方かね?」


「そんなものは、国王陛下に決まっている。王あっての国だ」

 

 迷いのない言葉に、俺の隣で黙っていた心優しき男が眉を顰めるが、俺は何もしない様に机の下で芳賀の手を握って静止する。王や貴族にとって、民とは兵士であり、搾取する対象である。今はそれでいい。むしろ、民に地球の現代日本レベルの人権を等と考える方が可笑しいのだ。


「ならば、良いではないか。もはや冬だ。飢餓と病魔、そして寒さによって貴国の暴徒達は一掃されるだろう」


「不安要素があるとすれば、王宮内の食料だな。既に一ヶ月も包囲されている」


「だから、支援するしかないと言っている。狂った暴徒共を一掃し、国王陛下の救出を正式に依頼する」


 ベルナール男爵の言葉に何人かは思案する。この場合、出兵にかかる費用と救出時に売れる恩とを秤にかけているのだろう。

 セルブラントは北方戦争をほぼ無傷で勝利し、二倍の領土を手にしてからは軍備を増強していた。それが味方となるならば、悪くない見返りだろう。しかし、膨れ上がった軍は暴徒達に味方している。つまり、恩を売る相手は痩せ細って力の衰えた元大国だ。正規兵たちは日に日に暴徒達に合流している。割に合わない事は、大使達にもすぐ分かったのだろう。興味を失った顔でまた囁くような会話が再開する。


「諸君らに――」


「軍の準備に一ヶ月。移動に更に一ヶ月。それでも、王宮内の人間が生きていると言う保証があるならば、ヴィクトリア王国は直ぐにでも派兵しましょう。如何ですか?」


 大使達の意志を変えられず、諦め悪くなおも口を開こうとするベルナール男爵に対し、俺はゆっくりと告げる。二ヶ月。それだけ生き延びられる保証があるのか。答えはどう考えても否だろう。王都とはいえ、王宮に三ヶ月も籠城できる食料が貯めこまれていたとは考えずらい。さらに、一部を除き貴族達は家族を含めて王宮へと逃げている。そんな大人数で三ヶ月も食い繋げる筈がない。暗に諦めろと言ったが、彼は分かったのだろう。がっくりと肩を落とすと、口籠り気味に気分が悪いと告げて部屋を出て行った。

 彼が部屋を出ると、気にした素振りも見せず、むしろ清々したと言う様に大使達が茶菓子に手を伸ばし、茶を啜る。なぜなら、男爵以外がこの会議はセルブラント王国が滅亡、または首脳部が亡命した後にどうするのかを話し合う物だと分かっていたからだ。男爵がいる前で話すわけにもいかず、会議はこの三日間全く進まなかったのだが、あの様子ならば今日は戻ってこないだろう。これで、ようやく有意義な会議が始められるというものだ。


「正規兵は王を見放し、暴徒の包囲から脱する術はない。まず、滅亡と考えて良さそうですな」


「問題となるのはセルブラントの民だ。冬の間に減るとしても、このまま状況が良くならねば難民となりかねん」


「その可能性は低いのではないか? 大雨で農地をやられた民は少ない。長雨による麦の収穫難が原因であれば、来年天気が良ければ収穫は見込める。農民共や地主が農地を手放すか?」


 セルブラント王国が飢餓に陥ったのは雨にって麦が穂発芽を起こしたり腐ってしてしまい駄目になったからだ。それが二年にわたって続き、種蒔きする麦の母数が減った。農地はむしろ余っているのだ。


「それも、種蒔きにつかう作物が残っていればですよ。すでに食い尽くしていれば農地があっても何にもならないでしょう。彼等は逃げ出しますよ。そうでなければ・・・・・」


 食うものがないのならば、農民とて農地をすてて逃げるだろう。他人の善意にすがるのか、それとも奪うのか。慈悲を乞うと言うのならば、我が国は彼等の手をとって受け入れるだろう。作物も土地も余っているし、輪作の効果で虫害や干害、大雨や冷害が無ければ減ることは無いだろう。奪おうとするならば、その身に剣を突き立てるだけだ。


「セルブラントの民が逃げるとすれば、ダリア、カステル、そしてリトシア。三ヶ国に分散するのであれば、問題はないでしょう? それも無理なのであれば、ヴィクトリアが引き取りますよ?」


「カステル王国は問題ありません」


 最初に口を開くのはやはりカステル王国だ。工業化による国力の増強。その為には、人が必要だ。既存の農地や農村を潰している彼等には、新たな開拓民が必要なのだろう。


「我が国も問題はありません」


 海運で経済が潤っているダリアも難民の受け入れは問題ない様だ。少しの間ならば国が養えるだろうし、あの国も何かと人は入用だろう。


「リトシアは無理ですな。本国に確認してみない事には正確な事は言えませんが、ようやく経済が回復したところで難民を受け入れる余裕はありません」


 最後に口を開いたリトシアは無理なようだ。本国に確認してからと言っているが、無理だろう。ブラフという事もあり得るが、リトシア王国駐在の大使からも、ようやく経済が持ち直してきているようだと報告が上がってきているし、本当の事なのだろう。


「我が国に逃れてきた難民は、ヴィクトリアのトスカナ州へと送るという事でよろしいでしょうか?」


「問題ありません。カリウス伯爵。そこからは、我が国がやりますから」


 一度お茶で口を潤し、カリウス伯爵に答える。トスカナ州は飛び地という事で開拓民の送り込みも遅れていたし、丁度良いだろう。


「一番厄介なのは、王族と貴族が運よく脱出し亡命を希望したときですな」


「可能性は低いですがね」


 可能性は低いが、ゼロではないのだ。セルブラント王、木田亮一もスキルは持っているはずだ。それがどんなスキルかは知らないが、包囲される前に使わないならば攻撃用ではないだろう。だが、それを使って脱出する可能性はある。亡命政権を作る可能性もある訳だ。


「だが、受け入れるのか? 怒れる民衆の怨嗟の的だぞ?」


「では、見捨てるのですか? 相手は王族ですぞ?」


 普通ならば、貸し一つ。亡命を受け入れ、臨時でも亡命政権が樹立すれば大義名分は出来る。そこから、セルブラントへと貸した兵で攻め込ませ、国を取り戻せたならば大きな貸となる。だが、セルブラントは朽ちた果実だ。旨味は少なく、金を掛けなけても今後数年は赤字が続くだろう。ならば、このまま放置してある程度回復してからもぎ取るのが良いのだろう。

 それを大使達も分かっているのだろう。隣の親友は不満そうに眼を閉じた顔を歪ませていたが、大使達は嫌そうに顔を歪ませて、誰に押し付けようかとちらちらと他の大使達の顔色を窺っていた。何人かが此方を窺って来るが、我が国とてそんなお荷物はごめんだ。だが、使い道がないわけでは無い。


「先の北方戦争。その借りを今こそ返すべきではありませんか?」


 俺は我関せずといった態度で口に運んでいたティーカップをソーサーへと置く。にこやかに微笑んでいるつもりだが、どちらかと言えば嫌な笑みだろう。急な話にカリウス伯爵は怪訝な顔をする。


「リトシアは気高き国。劣勢にもかかわらず、先の戦では膝を屈することなく戦った素晴らしい国です。我が国も手を貸しましたが些細な物でした」


 伯爵は俺が何を言いたいのか分からないようで、俺の真意を見極めようと目を細める。他の大使は、この話の流れからリトシアがスケープゴートに選ばれたのではと僅かな期待を滲ませていた。


「セルブラントとダリア。この二国が救いの手を伸ばさなければ、我が国の救援はそもそも間に合わなかったでしょう」


「――ッ!!」


 そこまで言うと、伯爵は気が付いたようで息をのむと、顔色がどんどん悪くなっていく。本当は、セルブラントが誘いに乗って自分から参戦したのだが、ここは救済の為にとした方がやりやすい。


「今度は、貴国が救いの手を差し伸べるべきでは? それとも、民も王も見捨てて、貴国は無関心でいたいと?」


 こうまで言えば、リトシアとしても面子の為に呑まねばならない。先程は、カステルとダリアが承認する中でヴィクトリアに民を押し付け、今度はかつての戦争を引き合いに出されたのだ。一度目を断った以上、二度目はない。そして、ここで断ればリトシアの威信と権威は失墜する。馬鹿にされ、見下され、今後の立場は無残なものになるだろう。となれば、ここは嫌々でも飲むしかない。

他国の大使も状況が若ている様で、ここぞとばかりに冷たい視線を伯爵へと送り続けている。


「――。ほ、本国に確認してから出ないと確かな事は・・・・・」


「では、待ちましょう。時間はありますから」


 全権委任大使ではあるが、こんな問題をその場で決めてしまえば帰国後に吊し上げを食らうだろう。本国を説得しても、本国から断る様に指示されても、伯爵は後で責任を取らされるだろう。


「ん? どうしましたか?」


 カリウス伯爵との言葉遊びを終え、再びティーカップを手に取ろうとしたところで袖を引かれて芳賀の方を見る。何かと少しだけ顔を寄せれば、俺にだけ聞こえる声量で口を開く。


「いや。向かい入れてやればいいじゃないか。間には同盟国のカステル王国もあるし、そうそう此方までこないだろう?」


 どうにも、リトシアに押し付けるのは気が引けるらしい。確かに、ヴィクトリア王国とセルブラント王国の間にはカステル王国がある。クッションとすれば、ヴィクトリアに亡命政権が出来てセルブラント国民の怒りが収まらずに追いかけて来ても、そうそう手が出せないだろう。だが、カステル王国は同盟国だ。万が一にでも、怒れる民衆が流れてきたら、カステル王国に被害が出る。小さな貸しだろう。しかし、他の傷を負った同盟国ならまだしも、相手がほとんど無傷だったカステル王国なのが後々面倒くさいことになりそうで嫌なのだ。


「いろいろとあるのですよ。いろいろと・・・・・」


 全てを説明するのは面倒くさいし、周りの聞き耳があるために含みのある風にやんわりと伝える。


「まぁ、外交はお前の分野だから。そういうなら、異論はないぜ」


 そう言いつつも異論ありげな顔をしていたが、そこは芳賀も弁えているのだろう。また腕を組んで黙ってくれた。


 会議はその後も続き、難民の受け入れ数の割り当てが決められ、リトシア王国がセルブラント王国の亡命政権を樹立した場合は僅かばかりの支援金が会議出席国すべてから支払われる事となった。また、夜の舞踏会では秘密裏に同盟国間での、難民受け入れ国であるカステルとヴィクトリアに対する支援が取り決められた。

 この会議でヴィクトリアを中心とする同盟諸国は、北方の面倒事をリトシアへと押し付けることに成功し、自分達から離れた地域へと厄介事を封じ込める事にしたのだった。カステル王国は人的資源と各国からの支援を約束され、ヴィクトリアは各国からの支援金を確約し、同盟諸国への支援として行っていた食料の輸出量を減らすこととなった。

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