十月革命
ヴィクトリア歴5年10月8日 セルブラント王国王都中央区 仮司令部
「ともかく、国境から余剰戦力を抽出しろ!」
「王都の西地区でも暴動が発生! 監獄と警察署が襲撃を受けています!」
「南地区の武器庫が炎上中。治安活動中の兵士が襲われました!」
「北地区を警邏中の部隊を西地区に回せ! なんとしても鎮圧するんだ」
「連絡がつきません。不確かですが、暴徒に一部の兵士が合流したとの情報も入ってきております」
「いったい、どうなっているんだ!? 王都全域で同時に暴動なんて!?」
暴動は今までにもあった。しかし、少数の市民による行動は一瞬で鎮圧できた。しかし、今回の暴動は大規模かつ同時に発生。兵力の分散と空腹による士気の低下。そして、友人や家族に武器を向けれないと離脱した兵士が暴徒に合流した事で、鎮圧は不可能となりつつあった。
「暴徒の一部が中央区に侵入。貴族の館を襲撃し、略奪と暴行を行っています!」
混乱する治安指揮所の中に飛び込むように入ってきた兵士が悲鳴に似た報告を上げる。
「なんだと!?」
「被害は広がりつつあり、館に火を放つ程の徹底ぶりです」
指揮所は一瞬の沈黙に包まれた。指揮所にいた指揮官と兵士達は、今回の暴動を単に大規模なだけだと思っていたからだ。どれだけ大規模だろうと、数を頼りに暴れるだけで、国を動かす貴族を襲うなどの蛮行はしないだろう。そんな事をすれば、国自体が機能しなくなる。だから、市民は貴族を襲わない。心のどこかに、そんな思い込みが生まれていた。しかし、そんな思い込みは無惨に砕かれ、現実が突きつけられた。
「・・・・・・中央区以外は破棄する」
沈黙を破り、指揮官が静かに宣言した。
「指揮官殿!? それでは、市民達に被害が!」
「王宮のある中央区を守る事が優先だ。それに、規模的に市民の殆どが暴動に参加していると思った方がいい」
指揮官は当然貴族出身であり、家に残る家族の事が心配であった。彼は、王宮を守るという本音と建前が半々程度の考えから決断を下した。
「残っている兵士達は中央区に集結。中央区に侵入した暴徒を鎮圧した後に、中央区に続く道と王宮前にバリケードを構築する! 急げ!」
部屋から伝令が走り出し、各地区の暴動を必死に抑えようとしていた部隊に命令が伝達される。彼等は、罵倒と理不尽な暴力を何とか防ぎながら中央区へと撤退していき、その過程で数人が怒れる市民の生贄となった。
「バリケードの構築と撤退してくる部隊の収容を急げ。まだ撤退しきれていない部隊も残っているぞ」
「使えるものを積み上げるんだ。出来るだけ高く、堅牢にだ!」
「王宮の正門の前にもバリケードを構築しろ! 攻城兵器はないが、正門に火をかけられたら万が一にも突破されるかもしれん」
「指揮官殿。ヴィクトリア大使館は如何いたしますか?」
「条約に基づいて護衛する。貴様の小隊を連れて大使館を防衛しろ」
「了解致しました!」
中央区に繋がる道には家屋から持ち出された机や椅子、ベットなどが乱雑に積み上げられて簡易的なバリケードが構築され、暴徒がこれ以上はいる事を防いだ。また、先に入り込んでいた少数の暴徒は兵士によって殺されたために、都市中枢への被害は最小限に抑えられた。バリケード後方には小型のバリスタが設置され、弓兵と槍兵が護衛に配置された。
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ヴィクトリア王国歴5年10月15日 ヴィクトリア王国王宮
過ごしやすくなりつつも、僅かな寒さを覚え始めた会議室の中に、月島、小松、芳賀、俺の四人が集まっていた。
「今朝がた、セルブラント王国の大使館から鳩が来ました。状況は中々に悪いようです」
お茶で口を湿らせた俺は、努めて平静に話題を切り出す。既に、外務省では前後の情報収集が始まっており、それに加えてヴィクトリア王国内に一時的に逃れてきた他国のレジスタンスの監視が二段階引き上げられた。
「暴動と書いてあるけど、革命だろうね。軍務省や外務省に何か情報は来てないのかい?」
「正直、貧困からきた不満が爆発したとしか言えません。ただ、大使館からの報告では王都の各地区で一斉に暴動が起きたそうです」
気になるのはその一点だけだ。想像できる暴動は、何処か一か所で発生したものが波及していくものだ。革命だとしても綺麗すぎる。それが、何やらキナ臭いものを感じさせていた。
「十月革命か。まるでロシアだな」
「あちらは正確には11月らしいぜ? まぁ、今はそんな事は重要じゃないけどな」
「問題となるのは、現地にいるヴィクトリア王国籍の人間をどうするかです。暴徒の怒りはセルブラント王国の貴族に向いていますから、普通に考えれば襲われることもないでしょう。しかし、相手は暴徒です。何が起こるかわからない恐ろしさがあります」
各国に設置した大使館はその全てが万が一に備えて堅固なつくりをしている。梯子なしでは乗り越えられない石壁が設置され、その周りには簡易だが幅の広い堀が掘られている。もし、堀を埋めようとすれば大使館の上階から弓で狙えるように設計されており、門も鉄製で格子状に作らせている。市民の暴動で襲撃された程度では、早々に落ちはしないが、楽観はできない。
「救出するとして、どれだけかかるんだ?」
「速度重視の騎兵編成ならば、15日程度ですね。現トスカナ州までそれくらいでしたから。問題は、王都中央区までどうやって行くかです。暴徒には離脱した元正規兵まで混じっていますから、速度重視の軽騎兵では無視できない損害が出る可能性がありますし、職員の安全も確保できません」
「食料はどれくらい持つんだい? 暴徒達は飢えているし、食料を手に入れる為に行動しなきゃないだろう? 包囲が解かれるまで持ちこたえられる分はあるのかい?」
「食料は一ヶ月分ですね。こういう事態に備えて、研究開発局で考案された缶詰や瓶詰の保存食は、海軍の次くらいに備蓄させていますから」
「最悪のシナリオは、食料目当てに大使館へ押しかけることか・・・・・」
「それが一番危険です。武器の備蓄も食料と同じく一か月分はあります。ですが、暴徒の数から計算すれば、もっと早く尽きるかもしれません。医薬品もです」
この場にいる全員がそれを危惧していた。暴徒の大部分は飢えと政府への不信感から爆発した市民で、とりあえずは自分達を苦しめる政府を打倒し、食料を手に入れようとするはずだ。たとえ、それが大国の大使館であろうとも、彼らは躊躇なく踏み込んで食料を奪うだろう。今はまだ中央区まで侵入できておらず、食料が貯蔵されていることも知られていないだろうが、時間の問題だ。
「犠牲を出さずに大使館職員を救出する方法は、北方に配置した第二軍と第七軍を動かし、セルブラント王国の王都を包囲する事でしょうか? 包囲を解くのと引き換えに、大使館職員を開放するように要求するのです」
「問題は? それが一番安全な策なのに一番最初に提示しなかったのには、何か問題があるんだろ?」
「簡単な理由です。総計で24,360人の兵士。80門の12ポンド野砲。さらには、これに補給部隊もつけなくてはなりません。これだけの大軍を動かすには、自国民の保護という理由では薄すぎます。もはや、周辺は同盟国ではありますが、彼らに付け入る隙を見せたくはありません。さらに、大群ゆえに動きが遅い。救出部隊に犠牲は出ませんが、到着までに大使館が攻撃されている可能性が残ります」
神のルールによって合併がこれ以上無理なのだから、今の同盟国とはいずれ決着をつけなければならない。今はまだ、ヴィクトリア王国の戦力が巨大であり、周辺国がお互いを信用しきれていないために安全だが、それもいつまで続くか分からないのだ。
「北方の革命に周辺国の警戒。世界すべてが将来的には敵だからね。なかなか楽じゃないよね」
「なら、外交で何とかならないのか? 革命だとして、リーダー的なのはいるはずだろう? 仮に、彼らを革命政府と認めて、職員の国外退去を認めてもらうのはどうだ?」
「良い手だとは思いますが、解放と引き換えに食料は要求されそうですね。彼らが誠実ならばいいですが、何度もたかられるのはごめんですよ? まぁ、それも彼等にリーダーがいればですよ。キナ臭いものはありますが、確証はありませんし偶然かもしれません」
セルブラント王国に設置した大使館の職員数は約80人。これに、大使館防衛のための兵士が60人である。一回の取引で済めばいいが、下手をすれば10人ずつに分けての計14回ほどの取引にされるかもしれない。人命がかかっている以上は、交渉ではこちらが下手にでるしかない。更に言えば、リーダー的存在がいる可能性も低ければ、組織化が進んでいるかもわからない。下手に代表を出せと言って、離反した元正規軍の将軍でも出てこられれば面倒だ。
「う~ん。なぁ? 俺らが出張るのってだめなのか?」
唐突な芳賀の発言に全員が何を言っているんだと言う表情になる。
「いや。別に外交や軍事に任せてもいいけどな。正直、これが一番早いだろ? 能力を使おうぜ?」
「やむを得ないかもしれませんね。実際、これなら安全で且つ効率もいい」
俺達が出るならば出費はないし、不幸な犠牲も生まなくてすむ。軍事や外交でも決着はつくが、これが一番効率がいいならば悩むこともないだろう。
「習熟はどうかな? こっちは一応、そこそこのものは出来るようになっているよ」
月島がそう言って無造作に手を振ると、テーブルの中央に山積みの林檎が現れる。赤く熟した林檎は色合いや大きさは勿論、微かに香ってくる匂いまでがその存在を確立させ、まるで本当に林檎がそこにあるかのようだった。
「ほ~。なかなかだな」
小松が林檎を一つ手に取りながら、幻術の精度を褒める。もし、目のまえで使わずに、最初から幻術を展開されていたら、俺達は見事の騙されていたと思わせる程の出来栄えだ。
「まぁ、俺もそこそこには出来るようになっている。今じゃあ、一日五時間程度なら使っても頭痛はしない」
「それだけ使えるならば十分でしょう。あとは距離の問題ですが?」
「王都内ならいいんだが、それ以上となるとノイズが酷くなる。王宮に居ながらの管制は無理だな」
それでも、小松の能力は十分役に立つだろう。大使館内はそこそこ広いし、人員も多い。彼の能力で呼びかけて貰えば非難もスムーズだろう。
「大使館からの脱出手段は二種類だな。俺の転移と加畠の空輸だろ?」
「ええ。別に空輸でなくとも、地中を移動でも大丈夫ですよ? 地龍がいいか、ワームがいいかは実際試してみないと分かりませんがね」
「実際、身に付けてるものに触っていれば転移に巻き込めるから、当日の俺はてるてる坊主的な格好になるな」
「威信もへったくれもない姿ですね」
冗談めかしていう芳賀のてるてる坊主姿を思い浮かべ、実際それっぽい姿になりそうだと笑ってしまう。
「人命優先だろ。甘んじて受け入れるぜ」
「必要な物はポケットマネーで揃えておくよ。こういうのは僕の仕事だしね」
「お願いします」
「計画実行は一週間後くらいか? もっと持つかもしれないが、暴徒たちが中央区に踏み込むならそれ位だろ?」
強固なバリケードにバリスタ等の防衛兵器、さらに兵の練度差と防衛の優位性を考慮すればそれくらいだろう。犠牲無視の数のごり押しならば数日だろうが、それができる程統制が執れているとも思えないので、それ位だろう。
「でしょうね。では、計画実行は一週間後。各自準備をしましょうか」
俺たちはそれぞれに席を立つと、別室で待機していた侍女や侍従を呼び、それぞれを伴って執務室へと戻るべく部屋を出た。俺はアーニャを伴って廊下を出ると、執務室に向かうまでに話した内容を簡単に聞かせる。本来な、情報漏洩や裏切りを警戒して話さないほうがいいのだろうが、アーニャならば裏切る心配もないし、誰かに漏らすこともないだろう。考えられるのは誘拐されて尋問された場合だが、厳重な警備によって守られている俺の傍にいれば、まず安全だろう。
「では、四人だけで行かれるのですか?」
「そのつもりです。護衛は邪魔になりますから」
「ですが、危険では? 一週間後に中央区が持ち堪えているという確証はありません。暴徒の中に元正規兵が混じっているのならば、弓やクロスボウで狙われる事も十分考えられます」
「ドラゴンを見て逃げない人間が存在するでしょうか?」
「では、正面から堂々と押し入るつもりなのですか?」
アーニャの疑問に首を縦に振ることで肯定する。仮に中央区に暴徒達が跋扈し、大使館を包囲していたとしても、龍の姿を見ればそれどころではなくなって逃げだすだろう。
「反対しても行かれるつもりなのですね?」
「勿論です。危険な状況下にある多数の国民を助けるには、これが最善です」
「では、着替えを準備いたします。最初からドラゴンの姿であるならば、現地で身に着けるものが必要となるでしょうから」
「動きやすい物がいいですね。そういえば、軍に支給する新しいモデルの軍服があったはです。それにしましょうか」
大砲に続き国防軍に配備しようとしているマスケットは既に試作品まではできている。大砲の完成から三年。小型化による強度の問題が残るが、それ以外は何とか解決した。試作品は改良と試験が繰り返され、間もなくその問題も解決さるだろう。そうなれば、軍隊はマスケットと大砲によって近代化される。鎧は身を守る道具から行動に制限をかける拘束具に成り下がるだろう。その時の為に、服屋には新しい軍服のデザインを作らせていた。
「分かりました。では、装飾は最低限に陛下用の物を至急作るように申し付けます」
「装飾は必要ですか?」
「女王陛下が一般の兵士と同じ服を着てい事が後に分かれば威信に関わります。それに、威厳のある服装で救出に向かわれたとなれば、大使館の職員に視覚的な安心感を与える事が出来るかと思います」
「・・・・・そう言うものでしょうか?」
アーニャが静かに頷くのにどうにも懐疑的になってしまう。威厳やら威信やらが必要な場面があるのは分かるし、それが時に兵士の自身ややる気を奮い立たせることも分かるが、救出作戦に必要かは疑問だ。
「まぁ、アーニャに任せます。準備をよろしくお願いしますね?」
喉に引っ掛かりを覚えながらも疑問を飲み込み、俺はアーニャに全てを任せた。後は当日になってからだが、そこまで心配はないだろう。
「畏まりました」
了承したアーニャを引き連れ執務室に向かう俺は、久しぶりに空を飛び、気ままに力を行使できる口実ができたことに僅かに喜びを感じていた。
最近は戦略ゲームとか暇なくてやってないですけど、反乱とかゲリラとか怖いですよね。気づいたら隣の国が政権変わってたとか、まじ笑えない……
:(´◦ω◦`):ガクブル




