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産声

大変遅くなり申し訳ありません

<(_ _)>〈 ゴン!〕

個人的な事情も一旦落ち着きましたので、少しは改善される予定です……

ヴィクトリア歴5年8月9日 セルブラント王国


 いつの時代でも、言葉が騒乱を生んできた。


「これで全部だな?」


「はい。積み残しはありません」


 鎧に身を包んだ兵士が制服姿の役人に答える。制服の男は徴税官であり、兵士はその護衛であった。兵士は全部で10人。彼等は村人達が見つめる中で税として徴収した小麦を荷馬車に積み込んでいた。


「よし。では、街へと戻るぞ」


「承知致しました!」


 彼等は上から言い付けられた仕事を忠実にこなし、街へと戻ろうと馬へと跨った。しかし、そんな彼等の前に一人の少女が立ち塞がった。少女は徴税官と兵士をじっと睨みながら、両手を広げて行く手を遮った。


「なんだ? さっさと道を空けろ!」


 遠くまで遣いに出された徴税官は、やっと帰れると思った矢先に邪魔をされた事に苛立った。


「お願いします! 来年には必ず足りない分をお支払いします! ですから、今年の税を何とか減らして下さい! このままじゃ、今年の冬にはみんな食べる物もなく死んでしまいます!」


 村の農民たちは老若男女問わず痩せていた。彼らは出来うる限り必死に小麦を育てた。それでも、税として納める分を育てるのがやっとであった。


「何を言うか! これは税として納める分であり、国全土で飢えている者達を救うために必要なのだ!」


 税として小麦を持って行かれる村々はどれもが悲惨だった。しかし、町の状況はそれ以上に悲惨だった。路上には、あばら骨が浮いた状態の人々がか細い息をしながら座り込み、餓死した上に路上に放置された死体をネズミが齧っていた。そして、そうして増えたネズミをまだ動ける者達が奪い合っていた。公職についており、裕福であるはずの徴税官でさえも、頬がげっそりとしている程だった。だが、遠く離れた町の状況など、単なる村娘が知る由もなかった。彼女には、自分の住む村が世界のほぼ全てであり、守るべき物だった。そして、未だに自分が見ぬ町では、人々が笑いながら暮らしていると幻想を抱いていた。


「私達に死ねというんですか! 周りを見てください! みんな、こんなにも痩せてぼろぼろになってまで、麦を育てたんです。それなのに、全部持っていくなんて!」


「娘! いい加減にしろ! 道を開けぬというのなら、力ずくで排除するぞ!」


 自分達はまだ余裕のある場所から危機的な状況に陥っている場所を救うために小麦を運んでいる。それなのに、娘は自分達を盗賊かなにかを見るような目つきで睨み付け、小麦を返せと言ってくる。徴税官には、それが無性に腹立たしかった。彼は言いたかった。動けるだけまだマシではないか。そう叫びたかった。だが、疲労と空腹が叫ぶ気力を奪っていた。


「いいえ。どきません! 街では私たちから奪った小麦でパンを焼いて、それを齧りながら楽しく遊んでいるんでしょう? 私たちは、こんなにも惨めな思いをしているのに! 私達は、他人を肥え太らせる為に小麦を作っているんじゃありません!」


 その一言が引き金であり、娘の運命を決定づけた。


「・・・・・え?」


 一瞬の静寂。護衛の一人が娘の言葉に耐えかねて剣を抜いた事。そして、娘の胸に躊躇なく剣を突き刺した事を、突き刺された娘を含めた全員が理解できなかった。娘の意識が消えるその直前まで考えていたことは、どうして自分の胸にこんな武骨な鉄の塊が生えているのかという疑問だけだった。

それを見ていた全員が、何が起きているのか分からなかった。


「黙れ」


 静かに、だが怒りと憎しみを込めてつぶやかれた言葉は、静まり返ったその場にはっきりと響いた。

 自分達のよく知る娘の命が奪われた。その事実が全員の脳にようやく認識されたのは、剣で刺された娘が口から血を溢れさせ、地面にゆっくりと倒れ伏した時だった。


「い、い、いやぁぁああぁぁああああぁ!」


「嘘・・だろ・・・・?」


「そんな。どうしてっ!?」


 先ほどまでの静寂が嘘のように、徴税官と娘を遠巻きに囲んで成り行きを見ていた村人達が一斉に悲鳴や非難の声を上げ、喧騒に包まれる。


「引き上げるぞ」


 そんな喧噪のなかで、徴税官の冷たい声が放たれる。血だまりに倒れ伏す娘と言い合いしていた時の激しさは既になく、その声は酷く冷淡であり、死体を見る瞳もまた冷たかった。

 娘の一言は、徴税官達を激怒させていた。まだ、恵まれているとも知らずに、それ以上に酷い現状に曝されている者達を幻想を根拠に非難した。特に、娘に剣を突き立てた騎士の怒りと憎悪は酷かった。彼の家族は今にも死にそうなほどに痩せ細っているにも関わらず、騎士を今回の任務に送り出した。自身が死にそうにも関わらずだ。家族よりも健康的な娘が、家族よりも恵まれている娘が、そんな幸運を自覚せずに喚き散らし、町に住む痩せ細った家族を肥え太っている等と言った。自身の事よりも、夫が義務と名誉を果たす事を願った家族を冒涜された。それが堪らなく許せなかった。

 彼等は激怒し過ぎているが故に、酷く冷徹になっていた。もはや、彼等の目には、目の前で喚く村人達など、どうでもいい道端の石ころと同じものに見えていた。


「おい! 答えろよ!」


 この村の人々は悲劇的な事に勇敢であり、仲間思いだった。だから、目の前で同村の娘を殺した騎士を引き留め、問い詰めようとした。

それが更なる悲劇を産んだ。


「邪魔するな。腹が減るだろ?」


「嫌ぁぁあ! 貴方ぁああ!」


 騎士に掴みかかろうとした村人は別の騎士に腹を刺され、そのまま蹴倒された。男は溢れ出す血をどうすればいいのか分からず、手で腹を抑えたまま血だまりに沈み、男の妻が悲鳴を上げながら駆けよる。


「邪魔するものは切り殺しても構わない。これは王命である」


 徴税官が静かに言い放つが、そこには嘘が含まれていた。王は徴税するように命じ、幾分手荒な行為も許してはいたが、民を殺すことまでは許可していなかった。しかし、徴税官は、まるで民を殺してでも小麦を集めるように国王が指示したかのように言ってしまった。


「そんな・・・・・」


「国は俺達に死ねと言っているのか?」


 何も知らぬ農民達は、徴税官の言葉を真実だと受け取った。国に小麦を出さなければ殺される。しかし、小麦を渡せば自分たちは飢えてしまう。

どうあっても、自分たちには死ぬ未来しかない。農民たちの頭には、その結末がはっきりと浮かんでいた。しかし、どうすればいいのか。その答えが瞬時に浮かぶほど利口な者は、この中には居なかった。


「行くぞ。時間が惜しい」


 あまりの衝撃に呆然と立ち竦む農民達を邪魔な雑草でもかき分けるかのように手荒にどかし、徴税官と護衛達は村を出て行った。後に残された村人達が、ようやく動き出すころには、馬車は遠くへと消えていた。




・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・




 国が農民達を殺そうとしている。その証拠に、ある村では二人の村民が役人が連れてきた騎士に惨殺された。

 時間が経つにつれて、この事件は人から人へと口伝いに広まり、ややその内容を変え、農村だけではなく街に住む人々にまで不信感と憎悪をばら撒き、もとからあった不満を増長させた。

 広まった噂に影響を受けた村の中には、徴税官を殺して小麦を守った村まであった。これに対して国は、村に反乱の意志ありとして大規模な討伐隊を差し向けることで小麦の回収を強行した。


「こんどは、村一つが消されたらしい」


「そんな。あの村には親戚がいたんだぞ!」


「西も東も酷い有様だそうだ・・・・・」


「国は俺たちを見捨てた。このまま死ぬのか?」


 一ヶ月後。セルブラント王国国内で噂を知らぬ者はいなくなり、民たちの間には国に対する不信感と自分達よりも恵まれた貴族全体への憎悪が育った。そして、それを敏感に感じ取った首脳部は、国境の警備に就いていた軍の半数を王都とその周辺の街へと移動させ、治安の回復に勤めさせた。飢餓と脱走で減っていた警備隊の穴は埋められ、治安は回復した。しかし、それは一時的な物に過ぎない事は、政府も分かっていた。

 季節はまもなく秋だが、自然の恵みにも限界がある。間もなく来る冬への備えもない。絶望、諦め、悲嘆、怨嗟、怒り。黒い感情が国全体を覆い始めていた。

 10月8日。治安の引き締めを行って1ヶ月が経とうとしていた頃。王都全域で、まるで示し合わせたかの様に同時に暴動が発生した。市民たちは数にものを言わせて警察署や監獄を襲うと、囚われていた市民を解放し、武器を強奪した。


後に、歴史書に記される十月革命はこうして引き起こされた。


今回は短いですので、次の投稿は明日になります。纏めて一話でも良かったのですが、話の中で数日経つので、分けさせて頂きました。

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