報告会は踊らずⅢ
ヴィクトリア歴3年12月4日
エルフの国を攻略した俺は王宮へと戻るとすぐに会議を開くと伝言を受けた。俺はとりあえず体を洗い、身支度を整え、会議室へと向かった。別に3人に対してそこまでする必要性は無いのだが、彼らのお付きの侍女達に、威厳を保つためにも汚れている姿を晒すわけにはいかないのだ。
王宮の会議室に入ると中では暖炉に赤々と炎が燃えており、4つの椅子が用意された円卓の上にはお茶が並々と入ったティーポットと白磁のティーカップが用意されていた。少し早かったと思いながら、遅れるよりはマシだろうと思い直し、俺は椅子の一つへと適当に座った。
傍に控えるアーニャにお茶を注いでもらい、暖炉の炎が揺らめくのを眺めながらじっと待っていると、程なくして侍女を連れて、月島、小松、芳賀の三人がやってきた。どうやら廊下で合流したようだった。
「待たせたかな?」
「いえ、。そんなに待ってはいませんよ。たかだか数分といったところでしょうか」
「なら、良かった。疲れているところ申し訳ないとは思うけど、いい機会だしね」
「構いませんよ。そこまで疲れているわけではありませんし、私も全員に報告はしたいと思っていた所ですから」
「それじゃあ、早速始めようか」
それぞれは適当に椅子に座る。アーニャを含めたお付の侍女たちが持ってきた資料と報告書をそれぞれの前へと置いていく。
「軍務省と外務省の報告は長くなりそうだから最後に回すということでもいいかな?」
「それで構いませよ。では、先に内務省と財務省からお願いしますね」
全員の賛成のもとに月島が報告を始める。
「まず、内務省から。トスカナ州の復興だけど、一年かけてようやく全体の四割かな。現地の住民も総出で家を建てたり畑を元通りにしたりしてるけど、どうにも前のより作りが悪いみたいだね」
「すべてを元に戻すのにはもう二年。さらに豊かにするのに数年ですか」
「そうなると思うよ。どうやっても、現状の作業速度が限界だよ。税収も農村部では本国の二分の一程度にしてるけど、それでも生活が苦しい人はいるみたいだよ。各村と町に設置した市役所には陳情と生活保護申請の嵐さ」
現地住民に故意に被害を出したのはあの時だけだった。前線に張り付くトスカナ王国軍を引きはがし、敵が弱体化したところを叩くという作戦により味方の被害は抑えられた。しかし、もうすこしやり様があったのではないかと、時々思ってしまう。
「次に財務省からね。来年度の予算は作成中だけど、今年と配分はそんなに変わらないかな。セルブラント王国、ダリア王国の二ヶ国では関税がかからないし、活動も自由度が高いから市場の大体を我が国の商人が占めたらしいよ。おかげでその分の利益が本国に還元されてね。税収もその商人たちのおかげで若干増えたかな。所得の多い地域では税率の引き上げも行おうかとも思ってるけど、まだ決定はしてないよ」
「上げるならば徐々に上げるのが良いでしょうね。少しずつであれば不満は少ないでしょうし、余裕もあるでしょう」
「そうする予定ではあるよ。とりあえずは、相続税からにしようかと検討してる。所得税は各地で職業によってばらつきがすごいし、調査しなおさないといけないかもね」
「細かい部分は任せますよ」
「そうだな。人手が必要ならば警務省の方でも人材を回そう。辺境の開拓村では警備も必要だろうしな」
「財務と内務からはこれくらいだね。人口調査と税収の調査。インフラ整備の割合や就業率、失業率なんかの細かいのは渡した報告書に書いてあるから、目を通しておいてよ」
「なら、次は農務省からだな。主食である小麦の生産率はかなり高く、自給率は今のところ80%って所だな。他にも大麦、ライ麦なんかも生産してるから、ほぼ国内の需要は満たせてるよ。割合としては少ないけど、量としてはかなりを輸出もできてる」
報告書の円グラフを見れば、それぞれの麦が輸出されている割合は極僅かだ。しかし、全体量が巨大なために、それでもかなりの量となっていた。
「他にもジャガイモなんかのイモ類も育ててるし、今年は干害や冷害。虫の害なんかもなかったからな。それと、試験的にではあるが買い上げた畑で交配なんかも始めたぞ。研究開発局との合同だが、それぞれの特徴を持つ物ができたりしているし、二三年後には新種も市場に出せるだろ」
「いいですね。単一の植物だけを育てていた場合は、病気なんかで全滅しかねませんしね」
「ジャガイモ飢饉の愚を犯すなんて絶対いやだからね。そこらへんはよろしく頼むよ」
「研究開発局からはいつもどおり紙束に書いておいたから、それぞれ目を通しておいてくれ」
「相も変わらず、すごい量ですね」
「まったくだ」
初期のころよりも専門性の高いものになってきているのか、量は減っていたが、それでも成果だけを書き綴ったものが他の省の報告書よりも多いという有様だ。
「新兵器の設計図や理論などを纏めた物がありましたら私のところへと届けてください」
「分かってる。部屋に入りきればいいな・・・・・」
「あ~。小分けでお願いします」
「そうしておくよ」
「次は警務省だな。犯罪率の変動はないな。殺人や強盗。放火なんかは減ってきてはいるんだが、スリや窃盗なんかの軽犯罪は未だに減らんな。大規模なインフラ整備が落ち着いたから、じわじわと職にありつけない者が出始めている。国内の企業率が高いのが唯一の救いだな。後は、軍務省が進めている建艦計画でも人手が必要だからか」
「農地の相続ができてるのは長男だしね。新天地で開拓する者達もいるけど、七割は街で仕事を探そうと農村から流入している現状だよね」
「相続法を改定して兄弟全員が畑を分割で相続できるようにしてもいいが、それはそれで小農地が沢山できてしまうしな」
「出生率の増加はどうしようもありません。減少ならばともかく、増加ですからね。まさか、生むなというわけにもいきませんし」
「農村では畑を管理するのに人手が必要だからね。農村だと子供の手を借りないと管理できないし、どうしても兄弟は多くなって、相続できない人が増えるよ」
「それだからか、街よりも学校に通う子供の数が少ない」
「だからといって、ここで相続法を変えるのも問題でしょう。今はいいとしても、数年後か十数年後にはまた別の問題になりかねません」
「そうなると、少人数でも農地を管理できるようにしないと無理か」
「研究開発局のほうで頑張ってもらうより他はないのでは?」
「公共事業をまたやってもいいけど、そこまで酷い訳じゃないなら市場に任せるべきだね。政府がちょくちょく介入すべきじゃないよ」
「では、様子見ということにしましょう。酷くなる様であれば政府が公共事業か何らかの手段を取るという事でよいでしょう」
「ああ。それで今はいいだろう。それと、どうにも誘拐事件が多くなっている」
「誘拐事件だと? ずいぶん物騒なはなしだな」
「調査過程だが、どうやら奴隷商人の一部がやってるらしい」
「奴隷制の廃止でもしたらいいんじゃないか?」
「奴隷制自体は合法ですし、奴隷商人自体も食い詰めた者が最後に安全に身を売る最後の受け皿ですからね」
我が国では奴隷制は合法であり、公然と認められてはいる。生活保護は始まっているが、それでも無理であった場合や、本人に問題があり生活保護の審査から落ちた場合の者達が最後に頼るために廃止せずに残していた。
「奴隷といっても、虐待や過酷過ぎる労働は禁止されている。食事なんかもしっかり与えなくてはならないし、使い潰しができないように売値の最低値も決められている。買い手の殆どは資金力がなくて正規の雇用を行えない新興工場だったりするな」
良い言い方をするならば衣食住付きの代わりに給料のない終身雇用であり、酷く言うなら人の役に立つように飼育されたペットと同じ程度だろうか。
「職に就けるのと、生活保護のおかげで食い詰め者が減った結果、奴隷商人の稼ぎは減少したみたいだよね」
「自分達の商売が成り立たなくなったから、誘拐して違法奴隷にすると・・・・・」
「奴隷制を廃止すれば商人達は違法だからこの手の問題はなくなる。だが、今現在いる奴隷達が問題となる」
「着の身着のまま。住む場所も職もなく投げ出される訳ですからね。おまけに学もがない者が大半でしょうから盗賊なんかになりかねません」
我が国の奴隷人口は多くなく、総人口のだいたい5%程である。しかし、我が国の人口は280万人であるため14万人程の奴隷がいることになる。教養もなく、その日を生きる金すらなく、着の身着のままの13万人がある日突然に世の中に放り出されたらどうなるだろうか。間違いなく混乱が起きる。さらに、それらは数か所で規模もバラバラに起きるのだ。適切な食糧を送ることは勿論であるが、働き口を斡旋するのだって困難だ。下手をすれば、それだけで国が傾きかねない。
「現状維持。誘拐犯を虱潰しにしていくしかないんじゃないかな」
「それしか無いっぽいよな」
「警務省の方でもなんとか対策はしているが、根は深そうだ。完全な根絶には時間がかかるだろう」
「問題は、そういう組織が他の犯罪組織と連携し始めることですね」
「奴隷売買は金になるしごとではあるしね。そこからさらに非合法な組織に金が流れれば、最悪テロなんかにも発展しかねないかもね」
「組織犯罪対策特化の組織を設置するのも検討している」
「それがいいんじゃないか? ノウハウは育てておいて無駄にはならないだろ」
「組織をまとめる人材が必要であれば、傷痍退役した士官などを紹介しましょう。彼らの部下を纏める力は腐らせておくには勿体ないですから」
「なら、頼らせてもらう。設立する際は声をかけるよ」
「それじゃあ、そろそろ外務と軍務から報告を受けようか」
「では、まずは外務省から報告させていただきます。大きな動きとしては、研究開発局の職員と海軍と連携しての海洋調査ですね。各国への通達は終えて、すでに本格的な調査にはいっています」
「確か、大陸周辺に存在するかもしれない小島の調査だったかな?」
「ええ。大陸の地図はありますが、大陸間を行き来するための海図はいまだ不鮮明ですから。小島の位置や水深等の調査を行わせています。正確なものは戦略的にも重要ですので、各国に調査船航行許可の見返りとして提供するのは少し暈した物にする予定ですね」
「外洋に目を向けるのは少し早いんじゃないか? 我が国が大陸一の大国の地位に納まったが、いまだ盤石とは言えないんじゃないか?」
「不穏分子がいないとも限らん。トスカナ州での治安は本国と比べても僅かに劣るし、農村での納税遅延などと、反乱に繋がりかねない要素は多い」
「しかし、準備だけはしておくべきかと。沿岸部に領土を持つ国に上陸するにしても、正確な海図は必要ですし、軍艦も必要です。そろそろ、シーパワーを増強すべきと思います」
「財務省としては、予算の範囲内でやってくれるならそれでいいよ。軍隊が盛況であるなら、それに越したことはないしね」
「まぁ、任せてください」
「そう言うならば・・・・・」
「信頼はしているからな」
なんやかんやと言っても、三人とも最後には任せてくれるようだ。信頼してくれているからだと思うと、僅かに口元が緩む。
「次は軍務省からですね。まずは、全軍の状況から入らせてもらいます。現在、ヴィクトリア王国を防衛しているのは6個軍団。軍団一つは12,000人ですから、72,000人が国土を防衛していることになります。予算上で余裕があるので予備役などはいませんので、全員が精鋭ですよ」
「12,000人規模って、確か師団じゃなかったっけ?」
「そうなんですけどね。実際に合わせると、一軍団も組織できませんし・・・・・。なにより、師団より軍団のほうが呼び方もかっこいいでしょう?」
「まぁ、そうだけどよ」
「いいんじゃないか? 増えてきたらまた変えるだろ?」
「ええ。そこはおいおいやっていきますよ。今後は総人口を鑑みても倍にまでは増やす予定です。国土が広がったという理由もそうですが、今後に備えて経験の多い兵士を多く抱えておきたいですから」
「そうなると、現在の予算だと足りないんじゃないかな? 増やすことは出来ないよ?」
「そうですね。ですが、常時揃えておくのは現状より増やした10個軍団分にしておき、残りの2個軍団分は予備役としておきます。国境の防衛を2倍に増やすという形で配備する予定です」
「なるほどね。それなら、予算も少しは抑えられるかな」
「総人口は280万人だ。まだまだ余裕はあるし、それほどならば許容範囲内だと思うがな」
「俺も異存はないぜ」
「ならば、この計画はそのまま進めます。次に建艦計画ですが、最新のオーケアニス型戦闘ガレオン船を30隻程建造する予定です。まぁ、問題は大量の木材が必要だったことですが、それはなんとか解決出来ましたよ」
「それで制海権は確保できるのかい?」
「現状各国で使われている船はガレー船や小型帆船です。それらが相手であれば、この程度で十分ですよ。それに、これ以上は維持費が馬鹿になりませんよ?」
「海軍は金食い虫って言われているしな」
「ええ。ですから、現状はこの数を維持することでいきます。すでに、研究開発局に依頼してさらなる巨大艦の設計図を作ってもらっていますし」
「それで、その建造にエルフの国への突発的な侵攻が関わっているという事かな?」
「ええ。そういう事です。詳しい流れは報告書に書いています」
報告書には、エルフの国発見から属国にするまでの流れが書かれている。
「彼等の国には特別顧問官が置かれ、我が国の意のままに動くようにしました。税金は彼等の国の潤沢な木材によって支払われます」
「ふーん。上質な木材か。周辺国は復興で木材が幾らあっても足りない状況だしね。建艦計画であまった分でもかなり高額で売りつけられそうだね」
「安くしてもいいだろう。同盟国だ。恩を売っておくのも手ではあるだろう」
「そうだな。どちらかなら、今のうちに恩を売った方が良いなじゃないか。繋がりは薄くなったが、元クラスメイトだ。他の奴からの評判もあるだろうし、恩を仇で返すわけにはいかないんじゃないか?」
「なるほど。それも、ありですね」
「資金はまだ余裕があるし、そっちの方向で行こうか」
「それで問題は無いかと思います。それで、特別顧問官の選定ですが・・・・・。内務省の職員が良いと私は思います」
「うーん。此方の思い通りに動かすなら、外務省職員でもいいんじゃないかい?」
「不測の事態に備えてです。それに、細かい部分までは此方から指示を出せませんし、あちらの方で調整してもらう必要もあるでしょう。ならば、内務に精通した者の方が向いています」
「なるほどな。それなら、内務省の方がいいだろう」
「うーん。そういう事なら、選定しておくよ」
「よろしくお願いします」
「それじゃあ、こんなもんかな? 他に、付け加えたい事は?」
「ありませんよ」
「ないな」
「特にはないぜ」
「じゃあ、今日はこれで終わりという事で。次の報告会は追って連絡するよ」
月島の言葉で閉会となり、俺達は席を立った。
長い廊下を歩き、自室の扉を開けた俺は、王宮を留守にしている間に積み上がった書類の柱を見てそっと扉を閉めた。
「明日から、明日からでいいですよね?」
そう言って立ち去ろうと踵を返した先にアーニャの顔を見た俺は、渋々部屋へと入り、書類と格闘することになるのだった。




