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傀儡に堕ちた森

ヴィクトリア歴3年11月16日


 森の境界もろともエルフの軍勢を焼いた炎は、13日の午後から降り始めた豪雨によって14日の朝方には鎮火した。焼け残った木々と燃え尽きた灰に雨が交った事によって、森の境界は泥沼の様になり、歩くにも一苦労な状態となっていた。そんな森の境界を超えて降伏する様にと出した使者が森へと入ったのが15日の午前だ。使者が殺されておらず、降伏勧告がエルフの王宮へと届いているのであれば、今日の朝には姿を現すはずだった。


「期限は今日中。来ないという事は、もう一戦するつもりでしょうか?」


 天幕は準備され、兵士達はエルフの使節を迎える準備を整えていた。敵とは言え、使節は礼をもって迎える。それが、礼儀というものだ。非礼に対して非礼で返すのでは、まるで子供だ。知性と品性が疑われる。


「森の境界線の焼け跡からは、推定ではありますが、敵軍の3分の2程の白骨と焼死体が見つかっております。敵にもう一戦やる余力は無いでしょう」


「そうですか。ならば、待つとしましょう」


 参謀からの報告を聞いた俺は椅子へと腰掛け、リーナが気を利かせて持ってきてくれたお茶へと口をつける。今日は柑橘系に蜂蜜だろうか。爽やかな香りに優しい甘さが口の中へと広がる。どんよりとした景色と、それに伴って落ち込む気分を晴れやかにする様な味だ。


「流石はリーナ。色々と考えていますね?」


「いえ。私は単にこのお茶が良いかと、何となく思っただけです」


 照れたように笑うリーナを見ながら、それこそ才能なのではないかと感心する。その時々によって最適な味のお茶を淹れられるとは、経験を積んでもそうそう出来る事ではない。


「これなら、待っている時間も苦にはなりませんね」


 そう言って微笑むと、リーナは嬉しそうに微笑みながら、お茶菓子を出してくれた。


「こっそり持ってきたクッキーです。少し湿気ったので、さっきもう一度焼いたのですが、どうでしょう?」


 リーナが出てきたクッキーは普通の物と変わらずにサクサクしており、味にも問題はなかった。このお茶に合わせるには少々甘いと他の者達には言われるかもしれないが、俺にとっては問題なかった。


「将軍閣下と参謀の皆さんも、良ければどうぞ」


「これは、ありがたい」


「支給品に甘味は少ないからな」


 リーナが進めるクッキーに、レオンシオ将軍と参謀達が手を伸ばす。彼等も甘味には飢えているのだろう。何時もは厳つい表情も、今ばかりは僅かに緩んでいた。それを見ていたリーナの顔も嬉しそうに綻ぶ。


「さてさて。どうなるでしょうかね?」


 お茶とクッキーで暇を消化しつつあった俺は、ゆっくりとエルフ達が来るのを待つことを決めた。

それから5時間後。周囲を散開して見張っていた騎兵達が森から出てきた馬車を発見し、本陣へと誘導してきた。馬車にはエルフの軍が掲げていた物と同じ旗がつけらており、エルフ側の使者である事は容易に想像出来た。


「儀仗兵整列!」


 指揮官の指示に従い、磨き上げられた甲冑とマントを身につけた儀仗兵達が馬車の扉と俺が立つ位置の間へと二列縦隊で通り道を作る。通り道には丁寧にも真紅の絨毯が敷かれ、履いている者さえも汚さぬように配慮がされていた。


「捧げ剣!」


 儀仗兵たちが抜剣し、剣を胸の前で構える。それを待って兵士の一人が馬車の扉を開けて使者に下りるように促す。エルフ達の使者が馬車から姿を現す。


「おや。これは意外ですね」


 使者として姿を現したのは、まさかの女王本人だった。あの傲慢な女王が自ら使者として降伏をしに来たのは少々だが、俺を驚かせた。あの女王の事だから、どうせ適当に身分のあるものを名大にするだろうと思っていたからだ。

 エルフの女王は数日前と変わらず美しい姿であったが、あの王宮で見た時のような自身に満ち溢れた姿ではなく、どことなく怯えた様子であり、馬車から下りようとする時も躊躇う様に一瞬、ほんの僅かに身を引いていた。それを、お付と思われる侍女に促される形で下りていた。


「ようこそ。エルフの女王。歓迎いたします」


 そんな女王とは対照的に、俺は余裕のある笑みを浮かべて、自信を漲らせながらエルフの女王へと近づいていく。周りの兵士達は微動だにしないが、僅かに視線を動かして俺とエルフの女王を見比べていた。


「それでは、女王。私達の未来の為の話をしましょう」


 俺は下りたまま動かない女王を促して調印の準備を整えた天幕へと入った。中には六人が向き合って座れるように設置されたテーブルと椅子が置かれていた。

 俺はアーニャが引いてくれた椅子へと座り、俺の右隣には国防軍第一軍のレオンシオ将軍が座り、左隣には第一軍の参謀長が座った。それに対して対面のエルフ側は女王が一人で座ったおり、空席が強調される。


「それでは、最初に確認です。エルフ側は我等に降伏するという事でよろしいですか?」


「これ以上に犠牲は望みません」


「つまり、降伏すると?」


「そうとは・・・・・」


「ここまで来てはぐらかすおつもりですか?」


 俺は威圧するように語気を強めて話し、エルフの女王は落ち着きなく視線を彷徨わせていた。


「降伏か、戦争の継続か。如何しますか?」


 降伏するならば良し。もし戦争を継続するならば、今度は森へと分け入り、虱潰しにしていくだけの事だ。費用も労力もかかるだろうが、この森の木々が手に入り、尚且つエルフ達の持ち物が全て手に入るならば、釣り合いは取れるだろう。

 エルフの女王は数分ほど視線を彷徨わせ。俯いたり、用意された飲み物へと手を伸ばしていた。俺達はその間、黙って女王の様子を眺めていた。


「いい加減決めて頂けませんか? それとも、また森を焼きましょうか? 今度はあなた方の国が有る辺りまで・・・・・」


 勿論そんな事はしない。単なる脅しだ。最初に火をつけたのはエルフの軍勢を焼くためだし、雨ですぐ消えると考えていたからだ。今度は雨が何時降るかも分からなければ、どれだけ焼けるかも分からない。エルフの軍勢も消えた。状況はかなり違う。もう、アーニャに言ったような状況ではないのだ。口ではどう言っても、この森の木々は魅力的だ。やむを得ない場合は火も付けるが、そうでないならば出来るだけ残して手に入れたい。


「そ、それは、それだけはやめて下さい!」


 しかし、エルフの女王には十分効果があったようだ。俺は内心ほくそ笑みながら、エルフの女王にもう一度確認を取る。


「では、降伏するのですね?」


「はい。降伏いたします」


 エルフの女王はやや俯き加減に、か細い声で降伏することを了承した。


「では、賠償の支払いについてですが、まずエルフ達が不当に所持している略奪品の即時返還・・・・・」


 俺は紙に書かれた降伏の条件を読み上げていく。戦利品の返還。賠償金支払などから始まり、十にも及ぶ要求がエルフ達に突き付けられる。


「最後に、エルフの国は我がヴィクトリア王国の属国となる事。税金の代わりに毎年決まった数の木々を納める事とします」


「そんな! あんまりではないですか!?」


「これが嫌ならば、無理やり実行するだけです。大人しく差し出すか、奪われるかですよ?」


 エルフの女王は悔し気に引き下がり、俯く。ようやく彼女にも自分の傲慢がどんな結果を招いたのか分かったのだろう。


「我が国の選んだ人間を特別顧問官として王宮に置き、何かを決める場合は彼の意見を聞き、必ず取り入れる事。大使館を置き、我が国と連絡を取れるようにすること。いいですね?」


 もはや女王は意気消沈した様子で俯くだけで、何の反応も示さなかった。


「では、ここに調印を」


 文書とペンを差し出せば、彼女は一瞬躊躇うも大人しくサインし、エルフの国は降伏した。

 ヴィクトリア王国は新たに属国を獲得し、建艦に必要な木材も獲得した。


「これにて争いは終了ですね。お互い多大な犠牲を払いましたが、水に流すとしましょう」


 俺は席から立ち上がり、外へと向かう。調印が無事に終了し、木材と予想外の属国をも手に入れる事が出来た。万事上手くいった。


「軽く食事でも如何ですか?」


 断られることは予想できたが、あえて誘ってみる。意趣返しなのだから、徹底的にやるのも悪くはないだろう。


「いえ・・・・・」


 女王はただ一言断り、侍女が代わりに深く頭を下げていた。

 俺はそれだけ確認すると、天幕の外へとです。後は本国に帰還するだけだ。予想外の遠征とはなったが、戦果は十分。建艦に使う以外は他国に売りつけるなり、自国での建設に使うなりすれば、それなりの収入にはなるだろう。


「将軍。撤収の準備をしなさい。私はモンターニュ王国の王宮に立ち寄り、此度の結果と支援への感謝を述べてから王宮へと戻ります」


「では、護衛に軽騎兵をつけましょう」


「そうですね。では、残りの部隊は即時本国へ帰還。別命あるまで待機としましょう」


「特別顧問官の選定。大使館職員の選定。木材を運ぶルートを決め、モンターニュ王国との調整もしなければなりませんね」


 軍務卿としての仕事はいったん終わり、外務卿としての仕事が王宮では待っている。僅かに王宮に帰りたくないとも思ってしまうが、そう言う訳にもいかない。

 俺は気分を変える為に、手に入れた広大な森へと目を向けた。


「数年後には、この木々が大艦隊へと姿を変えるわけですか」


 広大な甲板。巨大なマスト。張り巡らされたロープ。勇壮な姿の帆船を思い描き、それらが巨大な艦隊となって海を征く姿が頭へと浮かぶ。


「この大陸が終われば第二、第三大陸ですか。どこまでも征きましょう。そして、多頭の蛇の旗を打ち立てましょう」


 ようやく足掛かりを得た気分だった。ゆっくとだが、着実にヴィクトリア王国は世界を統べていく。そんな実感に気分を高ぶらせ、俺は帰りの馬車へと乗り込んだ。

結局二話いけなかった・・・・それに、二日遅れた。申し訳ありません。

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