深緑の森
1月2日に投稿しようとしましたが、かなり遅れました。大変お持たせしいたしました。
今回はアーニャ視点です。
ヴィクトリア歴3年11月12日
到着当初は長閑だった森も、ここ最近はかなり刺々しい雰囲気が漂っている。おそらく、森の外周に到着したエルフ達が放つ殺気なのだろう。歴戦の第一軍の兵士達は慣れたものなのだろう。かなり落ち着いていたが、編入された新兵達の中には落ち着かない様子の者もちらほらと見える。
「報告。エルフの数は日に日に増加しているとのこと」
「ふむ。数としては我が方の数分の一といった所だが、森の中であれば脅威ですな。これ以上増える前に進軍すべきでは?」
「いえ。まだ待ちましょう。敵の王族を人質に取っている以上、時はこちらの味方です。焦る必要はありませんよ」
帰還されてから数日。陛下は将軍や参謀達と一緒の天幕で一日を過ごしていた。お茶を片手に意見を交わす参謀たちを眺め、時々口を開く。ただそれだけだ。
「アーニャ。最近は乾燥してきましたね」
「はい。季節ということもありますが、ここ一週間ほど雨が降っておりませんので」
「そうでしたね。水の確保は万全ですか?」
陛下はさりげなく後方参謀に視線を送る。
「はい。陛下。補給は滞りなく行われています。本国はもとより、モンターニュ王国からも調査支援ということで幾何かの物資が届いております。もちろん、水もしっかりと確保しております」
「よろしい」
後方参謀の説明に満足したのだろう。陛下は後方参謀に他の参謀達との会話に戻るように伝え、静かにお茶を楽しまれていた。
「アーニャ。私はしばらくここにいます。貴女も少し休んできなさい」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
私は一礼して天幕を出ると、私とイライザとリーナの三人に用意された天幕へと向かった。
「ん? アーニャ殿も休憩か」
「ええ。陛下から休むようにと・・・・・」
「まぁ、周囲は第一軍の兵士たちが固めているしな。私達が四六時中護衛に付いていなくても大丈夫だと判断したのであろう」
「イライザさ~ん。お茶が入りましたよ~。 あれ? アーニャさん」
「おお。すまないな。剣を振った後はのどが渇くからな。アーニャ殿も飲むだろう?」
「ええ。頂ます」
「今、カップを用意しますね~」
私とイライザは席へと座り、リーナももう一つカップを持ってくると席へと座った。この光景も最近は日常となってきている。城に居る時はこの中に陛下が加わるのだが、今は不在だ。陛下は何時も甘いお菓子を頬張っておられた。甘いものが好きなのだろう。お忍びで買うものの中にも焼き菓子が多かった気がする。ご自身はあまり口を開かず、お茶とお菓子を楽しみながら私達の話を微笑みながら聞いていた。
「最近陛下はお忙しそうですよね~」
「エルフ共との戦が近いからだろう。その事についてリーナ殿は思うことは無いのか?」
「別にないですよ~。この森のエルフは傲慢すぎます。それに、陛下に無礼を働いたのですから、当然の報いですよ~」
「随分淡白なのだな。もう少し、同族に対する情と言うものがあるかと思っていたのだが・・・・・」
「人間だって他国の人間は平気で殺すじゃないですか~。そんな感じですよ」
「なるほど。そう言われれば、納得してしまうな・・・・・」
「同じ村のエルフが死んだら嫌だし悲しみますけど、昨日今日出会って、しかも印象最悪の人が死んでもそこまでショックではないですよ~」
「ふむ。そう言うものか。ところで、陛下はどの様にして森を攻略するつもりだろうな?」
「森に入るのは自殺行為ですよ〜。森という場所にいる限り、エルフ達はほぼ無敵です〜」
「そうですね。他国の例を見ても、1万近い兵士が殲滅されていますから・・・・・」
「そうなると、森の外に引きずり出さねばならないな・・・・・ 」
森へと入れば木々の間からだけではなく、木々の上からも矢を射掛けられるだろう。そうなれば、兵士達は前後左右の他に上も警戒しなければならない。人間、頭上からの攻撃には警戒が薄くなるものだ。もしその様な攻撃に会えばかなりの損害と精神的消耗をする事になるだろう。しかし、平原では彼等はただの弓兵に過ぎない。騎兵の突進で殲滅できるだろう。軍事について何も知らなかった筈なのに、自然とこういう発想になるのは陛下の影響だろうか。
「そうなると、アイツが役に立つんですね~」
「うむ。実際にどう使うかは分からぬが、エルフの王子がエルフ達を森から釣り出す餌になるだろう」
「後は、騎兵を突っ込ませるだけですね」
「うむ。アーニャ殿もそう思うか。森から出れば弓に卓越したエルフとてただの弓兵だ。騎兵にはかなうまい」
軍事に明るいイライザもそう思っているという事は、将軍たちや陛下も恐らく同じ考えだろう。
「本当にそれで終わるでしょうか?」
「ん? リーナ殿は何か疑念でも?」
「いえ。本当に騎兵でエルフ達が蹴散らせるのでしょうか?」
「ふむ。弓兵と言うのは遠距離から矢を射かける兵種だ。その訓練には膨大な時間がかかると言う特性上、近接戦闘の訓練はあまり行えない。だから、一気に接近でき、近接戦闘も出来る騎兵は弓兵の天敵なのだ。丘陵の上や障害物の奥などに陣取られている場合は別だが、平地ならば弓兵に勝ち目はない」
「ですが、馬程度の速度なら簡単に急所を射れますよ?」
「なに?」
リーナの発言にイライザが眉を顰めた。
「鳥になると的も小さいので警戒されれば難しいですけど、真っ直ぐ突っ込んでくる馬なら結構簡単ですよ?」
リーナの弓の腕前は知っていると思っていたが、まだまだだったらしい。船上で見せたあれでもリーナにとっては簡単な作業だったのだろう。
「特別な訓練も受けていない私でも出来るので、あの森のエルフの兵隊なら楽にできるかと・・・・・」
「ふむ。そうなると、騎兵では無理か?」
「ですが、歩兵を突撃させるわけにもいかないでしょう」
「重装歩兵ならどうだ? それも、フルプレートに盾で武装させてだな・・・・・」
「被害は出ないでしょうが、エルフ達がまともに相手するかは怪しいですね」
フルプレートアーマーに盾。確かに矢など通さずに前進できるだろう。しかし、そうまで防御に特化させれば、その重量で機動力は最低。体力の損耗も著しく、たどり着けたとしてもかなり疲れた状態で戦うことになる。しかし、たどり着ければ白兵戦はできないと思われるエルフたちを一方的に殺戮できるだろう。だが、エルフ達がまともに相手してくれればである。彼らが森の中に引っこんでしまえば重装甲な彼らが追いつく可能性はほぼゼロだろうし、木に登られてしまえばお手上げだろう。
「弓兵では命中精度、連射速度共に相手にならぬしな。やはり、騎兵しかないか」
「陛下はお分かりなのでしょうか」
「一応お伝えしておきます。陛下や将軍が何か良い案を出してくれれば良いのですが・・・・・」
確信があるわけではない。しかし、このまま騎兵を突撃させた場合の結末が、嫌になるほど鮮明に思い描けてしまう。
思いのほか想像に耽っていたらしい。気が付けば、まだ温かかったお茶は冷め始めていた。私は思い描いてしまった凄惨な光景を言葉にせぬように、お茶を口へと流し込んだ。
「それでは、そろそろ陛下の下へ戻ります」
「分かった。何が起こるとも思わぬが、一応敵地の目と鼻の先だ。陛下を頼むぞ。アーニャ殿も気をつけろ」
「分かっていますよ。リーナ。お茶、ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
リーナの笑顔に背を向け、陛下の天幕へと向かった。
「なるほど。では、近日中に降ると」
「近くの農民たちからの情報です。近日中に降り始め、長雨になるとのことです。毎年のことなので、ほぼ間違いないと」
「あら? アーニャ? まだ休憩していても良いのですよ?」
「いえ。十分に休めましたので、陛下の傍へと戻らせていただきます」
陛下は、そうかと頷くと、話し合いへと戻られた。
「雨で地面がぬかるめば、騎兵の機動力が死にますね」
「早々に仕掛けるのが得策かと・・・・・」
「そうですね。では、明日にでも仕掛けましょう。指揮はレオンシオ将軍に任せます。作戦は大丈夫ですね?」
「はい。陛下。万事抜かりなく」
「よろしい。では、作戦は明日の朝から開始します。今夜は明日に備えて兵士たちにしっかりと食事をとらせ、早めに休ませなさい。酒なども少しならば許します」
「承知いたしました」
「では、後は任せます」
陛下はそう仰られると、天幕を出て行かれた。私は将軍や参謀達へ一礼すると、陛下に続いて天幕を出た。
「アーニャ。馬の準備をお願いします」
「どちらへ向かわれるのでしょうか?」
「後方に設置された攻城兵器群を見に行きます」
「畏まりました。少々お待ちください」
私は陛下から離れると、預けてあった自身の馬を取りに行く。陛下が相乗りされることを考慮して買った馬は体躯も立派で体力もあった。さすがに、重騎兵達が乗る馬ほどではないが、それでもなかなか立派な白馬であった。私は、世話係の者に鞍と手綱を着けてもらうと、難なく跨り陛下の下へと戻る。
「お待たせいたしました」
「そこまで待っていませんよ。では、行きましょうか」
私は陛下を後ろに乗せ、ゆっくりと馬を進めた。
「アーニャ。前にも言いましたが、私が前に乗ってそれを抱えるように操作するほうが安定するらしいですよ?」
「陛下が前に乗られると、まったく視界が通らないのですが?」
「なら、少し屈みますよ?」
「それよりも、能力で変身して移動されては如何ですか?」
「私に毎回肢体を晒せと?」
「ならば、乗馬を覚えられては如何でしょうか?」
「いえ。なかなか時間がとれないので・・・・・」
「でしたら、これで我慢してください」
「はい・・・・・」
そんな話をしながら、私はついでにとばかりに先程リーナたちと話したことを陛下へと伝えた。
「なるほど。しかし、騎兵突撃が一番効果が望めます。攻城兵器や大砲で攻撃することもありですが、森に入られては意味が合いませんからね。まぁ、最終手段はありますが・・・・・」
含みのある言い方をされた陛下の口元は三日月型に歪められていた。
「着きましたね」
陛下との他愛のない会話をしながら後方へと移動していけば、そこには投石機であるトレビュシェットや大砲などの高火力の攻城兵器がずらりと並んでいた。その光景は一種の興奮と高揚感を抱かせるのは十分であり、陛下も満足そうに笑みを浮かべていた。
「女王陛下?」
そんな所に声を上げて近づいてきたのは、ヴィクトリア王国研究開発局職員のセリノだった。
「準備は順調ですか?」
陛下は馬の上からセリノを見下ろすようにして声をかけられた。
「はい。トレビュシェットはすでに組み立てが完了し、いつでも攻撃可能な状態です。大砲も整備は万全で、数発程度の砲撃での損傷も無いと断言いたします」
「それは上々。少し見て回りますが、良いですね?」
「もちろんです」
私は陛下が示す方向へと馬を進めていく。巨大なトレビュシェット。綺麗に磨かれた大砲。集積された大砲。すべてが綺麗に整理され配置されている。その様は計算されて作られた庭園に植えられた木々のように整然としていて、一種の美しさがあった。
「あちらは油樽に火薬樽。こちらは砲弾に、榴弾砲ですか。セリノは相も変わらず優秀ですね」
陛下はあちらこちらを見まわしては満足そうに言葉を零していた。
「もう十分です。天幕に戻るとしましょう」
「よろしいのですか?」
一時間経っていないだろうに、陛下は満足されたようだった。
「ええ。明日は早いですから、休むとしましょう」
「畏まりました」
私は天幕の方向へと馬をむかせると、走らせる。
「おい! それに火を近づけるんじゃない! 燃え上がるぞ!」
去り際に砲弾を集積している辺りからセリノ研究員の声が聞こえたが、私はそれに構わずに馬を走らせた。いよいよ決戦だが、私には陛下が敗北する様が想像できなかった。しかし、リーナが話してくれたことが、一抹の不安として心に残ったのだった。




