傲慢の末路
大変遅れて申し訳ありません
「では、せめて遺体は返していただけるのでしょうか?」
「いえ。死体は森の土に還すのがエルフの習慣です。森から生まれ、森へと帰る。それに則り、彼等の死体は返還できません」
「では、遺品は?」
「そちらは賠償として頂戴します。不幸な事故とはいえ、我らは侵略を受けた身。その賠償として彼等の鎧や武器、食料などは頂戴いたします」
一週間も待たされた末に行われた会談は謝罪から始まり、調査隊やモンターニュ王国軍部隊の遺体、遺品の返還の話へと移った。しかし、こちらが求めるものは全て拒否されており、会談は全く進んでいなかった。ここまで来ると、もはや相手方に真面に取り合う気が無いのではと疑ってしまう。
「では、適正な対価をお支払いし、買い取るという形で遺品を譲渡するというのは如何ですか?」
「ええ。それならば良いでしょう。ですが、その対価とは?」
「通常通り貨幣では如何でしょうか?」
「話になりませんね。我等エルフは人間が交換に使う金属に価値を見出せません。そんな物を持っていても、ここでは何の役にも立ちませんから」
「では、食糧では如何ですか?」
「食糧ですか。我が国は全て自給自足できる為、外部から食糧を輸入する必要性はありません。しかし、民の食生活を僅かばかり豊かに出来るというのは、魅力がないとは言い切れませんね」
「では、交換レートは如何致しますか?」
「そうですね。そちらの貨幣を基準に交換で構いません。しかし、我々はそれが適正なのか分かりませんので・・・・・」
つまりは、貨幣基準でと言いながら納得しなければ交換に応じないと言うわけだ。剣一本にしても小麦30㎏一袋と交換するとしたら、大体80袋近くなる。まぁ、遺品にしても剣でなく鎧や指輪、日記などピンキリとなるだろうし、我が国とモンターニュ王国で折半すれば貨幣基準であれば問題はないだろうが、問題は彼らが納得するかどうかだ。こちらが「これで適正です」といっても、相手が「嘘ついてんだろ。やっぱ返さないわ」等といえばそれでご破算である。つまり、相手に返す気がなければどれだけ物を積んでも遺品は返ってこないのだ。
「それはそうと、アナスタシア女王。一つお伺いしたいことが」
暫し黙考していた俺にちらりとリーナを見たエルフの女王が口を開く。その顔は美しく笑っていたが、俺はその笑顔を見て言い知れぬ不安を感じた。
「お伺いいたします」
返答した直後、エルフの女王の笑みが深くなる。それは、猫がネズミを甚振って笑っているような印象を俺に与えた。
「貴国には其方の侍女の様にエルフが暮らしているのですか?」
「ええ。我が国では少数ですが、村や町でエルフが暮らしています」
「なぜでしょうか? もともと我等エルフは森から出たがらないものです。それは、この森のエルフ特有のものでは無く、全てのエルフに共通するものだと断言できます」
俺は努めて平静に女王の言葉を聞いていたが、背には冷たい汗が流れていた。
「それを踏まえた上でもう一度お伺いいたします。彼女たちはなぜ森の外で暮らしているのですか?」
黙るしかなかった。統合以前、四ヶ国にはかなりの数のエルフの奴隷がいた。彼らは見目麗しいということで観賞用や愛玩用、夜の相手として売買されていた。人間の奴隷と比べればかなり少数ではあるが、それでもかなりの数だった。しかし現在、彼ら国内で生活しているエルフ達は奴隷という身分からは解放されていた。警務省による治安向上の一環で行った違法奴隷商人の一斉逮捕。そこから内務省が各地に売られた違法奴隷であるエルフ達を保護したからである。一度保護されたエルフ達のその後は様々であり、自分を大切にしてくれた元主人たちと共に過ごしたいと奴隷ではなく使用人として再就職した者もいれば、新たな人生を始めたいと生活支援を受けつつ第二の人生をスタートした者もいた。ただし、当時推し進められていた農地の開拓と、公共事業の名のもとに行われた街道敷設と整備によって森が次々と伐採される状況にあり、森への移住は認可されなかった。今尚、その状態は続いており、エルフたちからは度々請願が届いていた。
「奴隷として、森から無理やり連れ出された。違いますか?」
「彼らは現在は奴隷ではありません。我が国の民として、村や町で生活を営んでいます」
「今がどうであれ、彼らが故郷から無理矢理連れ出された事実は変わりません。彼らを開放してくださいますか?」
「先程も申し上げましたが、彼らは奴隷ではありません。貴国に移りたいと言うのであれば、我々は止めません。勿論、手続きは必要になりますから、暫く時間はかかるでしょう」
「そうですか。では、遺品とエルフ達の交換では如何でしょうか? エルフ達の即時移住の感謝の印として、遺品を返却するというのは?」
「・・・・・」
言葉に詰まる。先ほどの会話でエルフ側に返却の意思が薄いことは分かっている。おそらく、ここでこの提案を蹴れば遺品の回収はかなり絶望的だろう。しかし、エルフ達の交換も難しい。一見して、森に住みたいエルフ達の要望とエルフ達を森へと住まわせたい女王の要望、そして、遺品を回収したいこちらの要望すべてを満たしているが、これから長い付き合いをしていく上では聞き入れがたいものだ。もし、ここで頷けば、エルフ達の間にエルフの女王は人間に囚われていた同胞を解放した、という噂が立つだろう。理由はどうあれ、彼らは森へと帰れずにいる。今回の話は、それを憐れんだ女王が救いの手を差し伸べたように映るだろう。では、一方で私たちはどう映るだろうか。偏見も交えれば、自国のエルフ達の生活を盾に物資を渡すように要求した悪者という風にエルフ達の目には映るだろう。こうなれば、エルフ達の間で我が国に対するイメージは一気に悪くなる。武力で制圧して従わせる事も出来るが平和的な付き合いをしていくなら、この交換は受け入れられないのだ。
「・・・・・先ほども言いましたが、彼等は民であり、交換可能なモノではありません。移住は、彼らの自由意思によって、手続きを終えた上で行われるでしょう」
「そうですか・・・・・理解いたしました。では、今日はこれでお開きにしましょう。午後からは執務がありますので、また後日に」
「ええ。こちらも時間はさほどありませんが、もう数日なら大丈夫でしょう」
エルフ達は女王を筆頭にぞろぞろと部屋を出て行った。全員がこちらに会釈ほどの礼もしなかったが、酷い者など視線も向けてこなかった。
「では、こちらへ」
俺たちはサラに連れられて部屋へと戻った。途中では何人ものエルフ達とすれ違うが、全員が一瞥するだけであり、一週間前と何も変わらない。彼らにとって、どれだけ地位が高かろうが人間というだけで自分たちより下だという認識なのだろう。
「次の会談は明日との事です」
部屋に付き、他の侍女から紙片を受け取ったサラはそれを読み上げ、他のエルフ達とは違って礼をしてから去って行った。
「はぁ~。もう、嫌になりますね」
俺はベットに身を投げ出すと、リーナの目も気にせずにゴロゴロと転げまわる。
「陛下~。せめてドレスは脱いでくださいよ~」
俺はリーナの言葉に構わず、ゴロゴロと転がり続ける。ここまでの長逗留は予想していなかったが、着替えのドレスは最低限だがあるのだ。少しくらい皺を作っても問題ないだろう。
「う~。アーニャさんの言葉はすぐに聞く癖に、私のは無視するんですか~。酷いですよ~」
ようやく気の済んだ俺は転がるのを止めて立ち上がり、むくれるリーナに微笑む。
「リーナは怒ることが少ないですから、ついついそこに甘えてしまうんですよ」
「本当ですか~?」
ジト眼で見てくるリーナの視線を微笑むことで誤魔化し、ドレスを脱ぐのを手伝ってもらう。
「陛下とアーニャさんって本当にそっくりですよね~」
「ええ。双子ですから、そっくりなのは当然でしょう?」
リーナの唐突な質問に、俺は作られた話で答える。俺とアーニャの関係は破綻しないように細かく作りこまれている。真実を知るのは、俺とアーニャ、外務卿補佐官のアルマンと軍務卿補佐官のエーリヒ、そして軟禁状態にあるアーニャの母親だけである。
「私の村には双子なんていませんでしたよ~」
「双子は通常の赤子よりも体が小さい場合が多いですからね。その分、死んでしまうことも多かったと聞いています」
「そうなんですか~。陛下たちは運が良かったんですね~」
ドレスを脱ぎ終わり、椅子へと移動した俺の髪をリーナが櫛で梳かしてくれる。
「陛下はいつ頃から魔法が使えるようになったんですか?」
「うーん。気づいたら出来るようになっていたとしか・・・・・」
「えぇ~。気づいたら出来るようになっていたなんて、凄いですよ~」
実際は娯楽好きな神様に与えてもらった力だが、そこら辺をそのまま話すと面倒なので、話をさらに作る。
「そういえば、この前ようやく空を飛べるようななったと、アーニャさんから聞きました~」
「ええ。ようやくですよ。肩甲骨から羽が生えているイメージを明確にし、そこから動かすとなるとかなり大変でした」
以前から暇を見つけて練習していたのだが、人には存在しない機関を動かすのはかなり難しい事だった。依然、トロールと戦った時のように痛みでも与えてやれば認識しやすくなり、動かすコツにもなっただろうが、なまじドラゴンの体が頑丈で剣程度では傷一つ付かないから苦労した。結局、イメージに頼るしかなく、結構な時間を有したのだ。
「どうでしたか? 空を飛ぶって~」
「自由という言葉が相応しい感覚でした。何もない広々とした大空を風を切って飛ぶというのは、やみつきになる快感でしたよ」
「陛下~。私も飛びたいです~」
「暇があれば、乗せてあげますよ?」
「本当ですか? 約束ですよ!」
「ええ。約束しましょう」
リーナの満面の笑みに微笑みで答えながら俺はベットへと移動した。
「少し眠ります。夕食は食べますので、起こしてください」
「分かりました~」
俺は交渉で疲れた体と脳を休めるためにベットに横になった。そして、リーナが起こしに来るまで短い睡眠をとるのだった。
そして翌日。たっぷりの夕食と睡眠をとった俺は、昨日の疲れを回復させ、会談へと望んだ。顔ぶれは昨日とほぼ変わらなかったが、エルフ側に青年という言葉が合いそうな男性エルフが一人増えていた。女王の右となりに座っている彼は、こちらを見ると露骨に嫌悪した表情を浮かべ、視線を逸らして俺の後ろに控えるリーナを見ると、そちらには憐憫の表情を浮かべた。
「それでは、昨日の続きと参りましょうか」
エルフ女王の言葉に俺は頷くことで同意をし、一先ず青年のことは無視して会談を進めた。
「では、このような条件では――」
「しかし、それでは民が――」
「ここは、此方としても譲るわけには――」
「ならば、此方としても――」
話は予想通りかなり難航した。国内のエルフを引き渡せという相手の要求を拒んだ時に望みはかなり薄くなったとは思っていたが、まさしくその通りであった。エルフ側は此方が提示したものに関心がなさそうに頷き、譲歩すれば譲歩するだけ条件はつり上がる。さらに、此方が渋ればご破算にしようとしてくる。だが、強制外交に打って出て示威行為をしても、彼らの態度は変わらないだろう。森の前の行進や演習程度では彼らのプライドは折れない。だからと言って、彼らを制圧しようと森に分け入れば、弓で釣る瓶打ちにされて大打撃をこう。唯一無傷で恐怖を与えられる方法は森を焼くことだが、できればこの方法は取りたくない。最終目的がエルフの森の木々を確保することだからだ。森に火をつけるのはいいが、これで全焼なんてことになれば目も当てられない。結局、平和的に提供してもらうために、交渉を続けるしかないのだ。
「今日はここまでのようです」
エルフ女王の言葉に部屋の窓を見れば、そこから入ってくる光は夕日の物だった。時間を忘れるほど必死に交渉にあたったが、成果は何もなく手ごたえすらないという事実は、俺の精神に多大なる疲労を与え、それに引きずられるように体から力が抜けてどっと疲れが来る。
「今日は有意義な話ができたと思います。明日には結論が出せればよいかと」
何とも皮肉げな女王の言葉が俺へと突き刺さる。
「では、今日は――」
「母上。その前に私からこの者に伝えたいことが」
女王が閉会させようとしたとき、今まで黙っていた青年が口を開く。その目線はまっすぐに俺へと向けられていた。
「どうしたのかしら? ルーイ」
「母上。なぜ、彼女は人間の側にいるのですか?」
ルーイと呼ばれた青年はリーナを指し示し、エルフ女王へと質問する。
「彼女は自由意思でアナスタシア女王に仕えているらしいわ。そうですね? アナスタシア女王」
「ええ。彼女は自分の意志で、私に仕えてくれています」
女王の言葉に俺は肯定を返し、リーナも頷いた。
「しかし、彼女はエルフです。人間達といるよりも、私達と共にここで過ごす方が良いに決まっています」
「それはそうだけど・・・・・」
こちらの事情を知っているエルフ女王は困ったような顔で息子のルーイを見ていたが、その口に端がわずかに痙攣しているのを俺は見逃さなかった。彼女は、この状況を楽しんでいる。
「ならば、彼女はここで過ごすべきです。ということで、彼女をこちらへ引き渡して頂けますか?」
なにが、ということでなのかまったくわからない。そもそも、こちらは納得していないのだ。話にならない。それに、そんな事はリーナが決めることで、私たちが強制することではない。
「リーナ。全てはあなたの自由意思です。手続きなどは特別にこちらでしておきますから、この国で生活したいと言うのなら――」
「陛下。私が居たいのは陛下のお側です。助けていただいたあの時から、その思いは変わりません」
俺の言葉を遮って放たれた言葉は断固とした意志が伺える物だった。そして、俺はその言葉を嬉しく思った。
「リーナはこう言っています。本人が拒否する以上、引き渡しはできません。彼女は物では無いのですから、私たちがどうこうする事は出来ません」
確固たる拒絶。ルーイにとってはリーナに良かれと思っての行動だったのだろう。そして、それが拒絶されるなんて思ってもみなかったのだろう。彼は信じられないというように目を見開き、こちらを見ていた。
独善的。他人の状況や心情などを考えず、自分の正義を他人に強要する。ただただ、それが最善だと信じて。
俺が最も嫌いなタイプだ。
「では、私たちはこれで失礼いたします」
俺は席を立ち、リーナ達を引き連れて部屋を出て行こうとしたが、それは席を立ちリーナの手をつかんだルーイの行動によって阻まれた。
「間違っている。エルフが森を連れ出され、そのまま人間と暮らすなんて・・・・・。エルフは森で生活すべきで、それが君にとって最良なんだ!」
まさか、他国の使節の従者に対してこの様な暴挙に出るとは思ってもみなかった。俺が唖然として身を固まらせている間にも、ルーイはリーナの手を引っ張る。
「や、やめてください! 離して!」
「君のためなんだ」
まさか、ここまで独善が過ぎるとは思ってもみなかった。止めるべきエルフの衛兵達は全く動かず、それを当然のものと傍観していた。さらに、相手は王族ということもあって、此方の護衛たちも動くのを躊躇っていた。
俺はようやく固まった体を動かし、ルーイの腕を掴もうとした。しかし、それよりも先にルーイが強引に手を引いた。
「キャッ――」
手を強引に引かれたリーナはバランスを崩し、さらにルーイが手を放してしまったことで、その体は床へと叩きつけられる形となった。
「リーナ!」
俺はすぐさま、自分がリーナを床に叩きつける結果となったことに呆然とするルーイを押しのけ、リーナに寄り添う。
「大丈夫ですか!?」
「うぅっ。頭を打ちましたが、それ以外は・・・・・」
リーナは呻きながら体を起こす。打ち所が悪かったのか額が切れ、結構な量の血が流れて顔を染めている。俺はハンカチを取り出すと、それをリーナの額へと当て、血を止めようと試みる。
「強く抑えてください。額は血が大量に出ますから・・・・・」
「申し訳ありません。陛下・・・・・」
リーナが謝りながら自分でハンカチを抑える。俺は他に外傷がないかなどを確認し、リーナに怪我を負わせた張本人に向き直る。ルーイは未だ呆然とリーナを眺めるだけで、女王を筆頭に他のエルフ達も動こうとしない。そんな彼らの態度に、一気に怒りがこみ上げる。
「私の従者が怪我を負ったのですが、それに対する対応はしてくれないのでしょうか? 治療は? 謝罪は? 無でしょうか?」
抑えきれぬ怒りが挑発的な態度という形で現れる。
「たかだか従者が怪我をした程度でしょう? それに、見たところ出血も収まってきている様ですが、これ以上治療が必要なのですか? それに、謝罪? あなたの従者がバランスを崩して自ら倒れたのでしょう? ルーイは彼女がバランスを崩すほど力を込めたようには見えませんでしたが?」
そんな俺の態度に、女王もそれなりに返してくる。
「それよりも、あまつさえ王族を押しのけるという行為に対して謝罪を要求したいのですが?」
「その必要があるとは思えませんが? 私は彼にどいて頂いただけですよ?」
「では、同族の王に逆らった事にしましょうか。彼女は人でなくエルフ。エルフであるならば王子であるルーイには従うものでは? 反逆罪でも適用しましょうか?」
「今まで引きこもり放置していたのに、ここにきて統治者の権力を振りかざすと?」
今までのまだ礼節のあった態度が崩れ、完全に此方を見下した横暴な態度でエルフ女王が接してくる。これを機に、もともと交渉を打ち切る気なのだろう。ともすれば、交渉などする気はなく、ただ謝罪に来させられただけだったのだろう。
「それが統治者というものではなくて? 衛兵! 彼女を連れて行きなさい」
最後の嫌がらせに、リーナを奪う気なのだろう。女王の顔は今までにない程に笑みで歪んでいた。衛兵が動く中、此方の護衛たちも俺を守ろうと円陣を組んで俺を囲む。
「私から奪うと? リーナを?」
「抗っても良いですよ。出来るものならば」
「上等。奪えるものならば奪ってみろ!」
交渉は完全に決裂。配慮も考慮も必要なくなった俺はパチンと指を鳴らす。たったそれだけで、俺の体は変化を始める。体は白銀の鱗に覆われていき、手足はゴキゴキと骨が変形する音を伴いながら前足と後ろ足に変化する。体はドレスを破って膨張し、背中らは皮膜のついた翼が生える。
「へ、陛下!?」
「いったい何が――」
「早く、陛下の体の下へ!」
初めて見る変身に呆然とする護衛達にリーナが叫び、一瞬の躊躇の後に護衛達は俺の体の下へと潜り込む。すでに俺の体は部屋いっぱいに膨張し、エルフの護衛や女王たちは潰されないように部屋から逃げて行こうとしていた。俺は尻尾を振るい、部屋の壁をぶち抜いて外への出口を作る。体を動かし、今度は前足で出口を広げる。そして、ようやく十分な大きさの出口を確保した俺は前足でリーナや護衛達を掴み、ついでとばかりに腰を抜かしたルーイも掴み、後ろ足で床を蹴って外へと飛び出した。
「キシャァァァアアアアア!」
甲高い声で一度吠えれば、何事かと周りの木々の枝の上で此方を眺めていたエルフ達は大慌てで逃げ出す。護衛たちが矢を射かけてくるが、そんなものは俺の鱗に全て弾かれた。俺はそれらを無視し、翼を羽ばたかせて高度を上げた。
広大な森が眼下に広がる。俺はここまで来た道のりを今度は空路で戻る。翼を羽ばたかせれば体は前へと進み、時々滑空を交えながら森の外へと向かっていく。日は既に地平線に沈み、どんどん暗くなって行くが、森の端はすぐに見えてきた。そこには大量の篝火が焚かれ、それに照らされる天幕と兵士たちが存在していた。まだ確認できないが、掲げられているのはヴィクトリア王国国旗と国防軍第一軍の軍旗だろう。俺は迷わずその上空へと飛翔し、上空で旋回して待機する。眼下では兵士たちが俺の姿に驚き慌てているが、その動きも瞬く間に収まっていく。見れば、指揮官と思わしき者たちが駆け回って混乱を沈めていた。
「陛下。あちらへ」
リーナが指差すほうを見れば、少数の騎兵の集団が陣地から離れてゆく。その中には、アーニャも含まれていた。俺は集団の誘導に従い、陣地から少し離れたところへと着地する。そして、リーナや護衛たちを開放し、再びアナスタシアのものへと姿を変える。
すぐさまアーニャが毛布を広げて俺の体を覆い、他の者たちは足元へと跪く。
「陛下。この様な方法での帰還ということは・・・・・」
「交渉は決裂。奪うしかありません」
跪いたまま問うてくるレオンシオ将軍に結果を伝える。
「承知いたしました。既に準備は完了しておりますが、如何いたしますか?」
「そのまま待機です。攻撃開始はこちらが指示します」
俺がそう言うと、レオンシオ将軍は押し黙った。
「そこの者はエルフ達の王子です。丁重に御持て成しを・・・・・」
俺は未だに腰を抜かしているルーイを指し示してアーニャに伝える。
「承知いたしました。イライザ」
「任された」
茫然自失状態のルーイは何も出来ぬままイライザに拘束された。
「では、陣へと戻りましょう」
「承知いたしました」
俺は護衛たちに囲まれて、アーニャが乗ってきた馬の後ろへと便乗する。
「アーニャ。普通は私が前で、貴女が後ろから抱える形で馬を操るのでは? この前、イライザからそう聞きましたが?」
「口を閉じないと舌を噛みますよ?」
言外の拒否にと馬が走り始めた事で強制的に口を閉じることになった俺は、暗闇に沈んだ森を眺めつつ陣地へと帰還した。




