巨木の森
ヴィクトリア歴3年10月2日
夏は完全に過ぎ去り、日中でも涼しいと感じる日が増えてきた。水田で米を育てていれば、黄金色の絨毯とそれを収穫する人々を見れただろうが、我が国で育てているのは小麦であり、この時期は悲しい事に収穫後の何もない畑しか広がっていない。この様な事を考えると、無性に米や醤油、味噌などが恋しくなる。醤油、味噌は正直何とかなるが、米だけは何ともならない。未だ未発見だ。
「陛下。此方が報告書になります」
今の食生活に不満がある訳ではない。どの料理も大変美味であり、食べ放題である。甘味が少ない事を覗けば、ほぼ満足である。あるのだが、やはり米が食いたい。肉料理でも魚料理でも、一緒に出てくるのはパンだ。これが米だったらと思う事は何度もあった。
「陛下。此方が件の調査報告書です」
「本当に、どうにかならないでしょうか?」
「陛下?」
ポツリと漏れた心の声にアーニャが怪訝な顔をしてくる。俺は、何でもないと首を振り、報告書に視線を落とす。報告書は、以前のパーティーで聞いたモンターニュ王国の森についての調査報告書だった。あのパーティーの後、俺はモンターニュ王国の国王に国内の森の調査許可を出す様に要請した。モンターニュ王国の国王はクラスメイトだったが、本名で要請するわけにもいかずアナスタシアの名で要請したが、これが中々に難航した。しかし、パーティーで話したモンターニュ王国の代表の後押しもあり、何とか調査許可を取り、現地の住民と森に精通したものを雇い調査を開始した。しかし――
「これで、何度目でしょうか?」
「調査に出た者達が帰らなかった回数は5回。行方不明者は57名になります」
調査は悪戯に行方不明者を増やすだけとなっていた。収穫らしい収穫と言えば、森の木々はどれも巨大で、伐採を行えるのであれば、良質な木材が大量に確保できるという事だった。これは嬉しい報告だった。我が国は軍艦を大量生産し、海軍の増強に努めている。その為には、良質で巨大な木々が必要だ。この森は、軍艦建造に必要な木々が大量に生えているのだ。しかし、原因不明の行方不明が多発している不気味な森に人を大量に送り出すわけにもいかず、今のところは絵に描いた餅状態である。
「こうなれば、木々を伐採しながら進むしかありませんか」
「ですが、許可されているのは調査のみです。多少は目を瞑ってくれるでしょうが、大規模に伐採を行えば抗議が来るのは明白かと・・・・・」
「伐採の許可を取り付けましょう。条件は、調査期間中に伐採した木々をモンターニュ王国の市場に無償で提供するのでいいでしょう。あの国は復興に木材が必要でしょうし、それが無償で手に入るならば許可も出るでしょう」
俺はすぐさま書状をしたため、それをアーニャへと渡す。アーニャはそれを外務省へと届ける為に部屋を出て行った。
「これで、少しは調査が進むと良いのですが・・・・・」
俺はそう言うと、机に積み上げられた書類へと手を伸ばした。
「何と言いましたか?」
伐採の許可はすぐに下り、伐採しながらの調査はすぐさま実行に移された。それが二週間前の話だ。だが、調査は思いもよらない形で失敗に終わった。
「調査隊は壊滅。貴国の護衛と伐採に雇われていた我が国の者達合わせて101名全員が死亡していたのを、伐採された木を受け取りに行った我が王国の商人が発見したとの事です」
目の前で跪いて報告してくるのはモンターニュ王国の兵士だ。正式な通達の前に早馬で知らせに来たのだろう。服や体が所々汚れていたが、内容が内容なだけに気にしている場合ではなくなった。
「死因は? 魔物の襲撃ですか?」
「いえ。全員矢によって胸か頭を射抜かれていたそうです」
「矢傷・・・・・。そういう事ですか・・・・・」
これでようやく理解できた。いや、謎が解けたと言うべきだろうか。今回の調査で幾つかの疑問が残っていたのだ。聞き取り調査の段階で分かった事だが、森に入った者は消えるが、森の近くで生活を営んでいた幾つかの村からは一人も失踪者がいなかったという事。魔物の仕業であれば、近くの村にも被害が出ているはずだった。しかし、そんな報告は一つもなかった。だが、これだけでは何らかの理由で森から出られない魔物という事で納得がいく。しかし、今回調査隊の死因は矢傷によるもの。魔物は矢を使わない。ならば、盗賊だろうか。だが、盗賊ならば森から出て付近の村で略奪などを働くだろう。それに、盗賊では完全武装の軍団を殲滅することは出来ない。
「総合すると、森から出ることができず、弓矢などの道具を使い、軍団を壊滅させることができる存在ですか」
「森に居て、弓矢を使う存在・・・・・エルフでしょうか?」
「恐らくはそうでしょうね」
「ですが、エルフの村は何処も小さいものです。大きくとも200人程度ですよ? そんな人数で軍団を殲滅できるんでしょうか?」
「リーナ。では、村でないとしたらどうでしょうか? エルフの王国がその森にあるとしたら?」
「私は見た事が無いので何とも申せません」
「しかし、王国があるのであれば、森から出てこないことも理解できる。軍団殲滅も調査隊への攻撃も、全て防衛戦闘という事か」
恐らく、イライザの言ったことが真実だろう。軍団も調査隊も侵略者として殺されたのだろう。
「現在より調査対象の森はエルフの王国と仮定します。それを踏まえ、何とかコンタクトをとるのです」
「承知いたしました。外務省と軍務省への通達はいかがいたしますか?」
「外務省へはリーナが行ってください。エルフの文化や価値基準の説明を行ったうえで、外交官の選定を――」
「はい。陛下」
「イライザは軍務省へと行ってください。王都防衛の任に就いている第一軍から護衛隊を選出するようにと――」
「承知した」
リーナとイライザはすぐさま部屋を出て目的を果たしに走っていった。俺は報告を行った後も不動の姿勢で部屋に残っていた兵士に目を向ける。
「ここまでご苦労でした。後で褒美を取らせましょう。今夜はゆっくりと休み、疲れを癒してください。明日、護衛を付けてモンターニュ王国の王都まで送らせます」
「感謝いたします。女王陛下」
「セレーナ。彼に食事と今夜の部屋を与え、馬の方も丁寧に世話するように馬屋番に伝えて下さい」
「承りました。では、此方へ」
兵士はセレーナに導かれて部屋から出て行った。
それから一時間後。書類と格闘していた所にノックが響く。
「陛下。失礼いたします。外務卿補佐官のアルマン・ジャン・ド・プレシード様をお連れ致しました。軍務卿補佐官のエーリヒ・フリードリヒ・ルーデンドルフ様もご一緒です」
俺は入室の許可を出し、アーニャが扉を開けた。
開かれた扉を潜り、アルマンとエーリヒが入ってくる。俺は二人が跪く前に手で制し、席に着くように指示した。
「さて。ここまで来るまでに大まかな説明は受けたかと思います」
俺の確認に頷く彼等にアーニャがお茶を淹れる。リーナはお茶請けの焼き菓子を用意し、イライザは壁際で直立不動の姿勢をとる。
「アルマン。外務省はエルフと対話できると考えますか?」
俺は単刀直入に聞く。
「陛下。正直言申し上げます。不可能ではないでしょうが、かなり難しいと予想されます。彼等は排他的な種族として有名であり、その王国の政府関係者となれば人間と対話を望むとは思えません」
「分かっています。しかし、不可能でないのでなければやりなさい。我々には、艦隊を作り出すための木材が必要なのです。あの森は、その為に必要な理想的な木々が溢れています。彼等から譲歩を引き出し、木々を伐採できるようにしなさい」
「畏まりました。努力いたします」
「エーリヒ。場合によっては軍を動かすことになるかもしれません。そな場合、国土防衛に問題は?」
「無いと思われます。治安維持は警備隊が完璧に行っており、周辺国に脅威はありません。万が一、他国の侵攻があったとしても、それぞれの国境を守護する軍で撃退は可能です」
「では、王都守備の第一軍を動かしても問題は無いわけですね?」
「その通りです。女王陛下。第一軍は装備も整っており、実戦経験も豊富です。エルフという初めての相手であっても遅れはとらないかと――」
「分かりました。必要があれば第一軍を動かします」
「承知いたしました」
「それぞれ最善を尽くしなさい。全ては王国の繁栄のために」
二人は礼をして部屋を退出していった。
「後の問題は、エルフたちがどの様な反応を示すかですね。話し合いに持ち込めれば重畳。最悪は、こちらの正規の外交官が殺されることでしょうか?」
可能性としては無い訳ではない。むしろ、そちらの可能性のほうが高いだろう。此方は現時点で排他的なエルフ達に侵略者と言うレッテルを張られている。そんな私たちが、いきなり友好的に話し合いをしましょうと言われても出来るだろうか。答えは否。出来るわけがない。
「応じたとしても、条件は厳しいでしょうね」
話し合いに応じる条件は予想も出来ない。賠償金なら払えるが、エルフ達がそんな物を求めるとは思えない。責任者の首と言われても、用意できない。なぜなら、この調査の責任者は俺なのだ。出来る話では無い。なら、どこまでなら呑めるだろうか。
「はぁ~。侵略できれば楽なのですが、死んだのはモンターニュ王国の民。我が国でも何人かは殺されておりますが、不幸な事故で済ませられる人数ですからね。強硬にやれば、他国からたかられるのは目に見えていますし・・・・・。大義名分が欲しいですね」
席を立ち、窓の外を眺めれば夕暮れである。俺は沈みゆく太陽をうんざりした気分で眺めてから、カーテンを閉めた。その夜、俺は長い時間エルフ達の事について考えていた。




