気になる話
ヴィクトリア歴3年9月16日
ヴィクトリア王国周辺で起きた戦争は大量の死者と負傷者を作り出し、当事国の財政と人口に打撃を与えた。そんな戦争も、一年を経てようやく終結した。戦勝国は勝利の美酒に酔いしれ、敗戦国は地図から消えた。
今日は戦勝国の代表を招いた同盟締結が行われる予定である。条文は既に外務省が作成済みであり、俺も勿論確認した。後は、今夜のパーティーで各国代表と共に立食し、にこやかに会談すれば俺の仕事は終了である。そういう事で、夜まで暇な俺はイライザの孤児院へと来ていた。
あの傷を負った時以来仕事にひまが出来ず、ルナとは会えていない。いい加減あって無事な事を伝えるべきだと思い、今日はこうして足を運んだのだ。
「さて、ルナちゃんはいるでしょうか?」
会って最初に何を言うべきだろうか。そう考えながら俺は孤児院の扉を開き、中へと入った。時間は僅かしかない。行き帰りの時間を考えれば10分程しか会えないだろう。何処かに出かけていれば、今日は帰るしかない。
「お姉さん?」
中に入ってすぐにルナと出会う。どうやら、これから出かけるようで小さなカバンを持っていた。運が良かった。
「ルナちゃん。久しぶりで――」
「お姉さーーん!」
ルナは持っていたカバンを放り投げると、そのまま走ってくる。俺は腕を広げて、床を踏み切って飛んできたルナをキャッチする。
「お姉さん! お姉さんお姉さんお姉さん!」
「あらあら」
ルナは涙で顔を濡らしながら、絶対に離さないとばかりにギュッと抱き付いてきた。俺はルナを優しく撫でながら、彼女が泣き止むまでずっと抱きしめていた。
たった4分程だろうが、体感としては長い時間が過ぎた。ルナは既に泣き止んでいたが、一向に離れる気配は無かった。
「ごめんね。今まで会えなくて」
俺はルナを撫でながら話しかける。
「傷はすぐに塞がったから会いに来たかったのだけど・・・・・」
ルナは何も話さないが、俺の背中に回された手に力がこもる。
「仕事がなかなか終わらなくてね。今の今まで来れなくて、ごめんね」
俺の身体に押し付けられたルナの頭が僅かに横に振られる。
「でも、ルナちゃんが無事で良かった。危険な目に合わせてごめんね」
ルナが更に頭を押し付けてくる。
「陛下。そろそろ王宮へお戻りになられませんと・・・・・」
何時もははっきりとものを言うアーニャもルナの様子を見て今日はおずおずと言ってくる。
「そうですか・・・・。ルナちゃん。残念だけど、今日はもう帰らなくちゃいけないの。ごめんね」
ルナは離れたくないとは口にしなかったが、俺の身体に押し付けた頭を振り、背に回した両手に力を込めた。
「ルナちゃん・・・・・」
俺は一度ギュッと力強くルナを抱きしめると、ルナから身体を話した。ルナの顔は涙で濡れ、鼻は赤くなり、目は充血していた。
「また来ます。今度は、ゆっくり話しましょう」
俺はルナを残し、孤児院を出た。
「ただいま。ルナ? どうしたの?」
お姉さんが帰った後、私は動くことも出来ずにその場にいた。お母さんが帰ってきたという事は、いつの間にか、あれから一時間も経っていたらしい。
「ねぇ。お母さん」
「なに?」
「お姉さんを守るにはどうしたらいいかな?」
「いきなりどうしたの?」
ずっと考えていた。もしも、私に自分を守れる力があれば、あの時、お姉さんは傷付かなかったんじゃないか。最低限、避けられるだけの体力や判断力なんかの平凡な力が備わっていれば、あんな事にはならなかったんじゃないか。だから、力が欲しい。お姉さんを守れる力が欲しいのだ。
「そうねぇ。陛下を近くでお守りするなら、軍人になるのが良いのかしら? 陛下は軍務卿を務めていらっしゃるから」
「そうなんだ」
「ルナ。もしかして、軍人になるつもり?」
お母さんが真剣な顔で私を見てくる。私は、今まで育ててくれた大切なお母さんに対して、頷いた。
「そう。本気なのね? なら、止めないわ」
「いいの?」
「ええ。ルナが決めた道を進みなさい」
「ありがとう。お母さん」
「いいのよ。娘が自分の人生を歩もうとしているのだもの。止めるわけにはいかないわ」
お母さんはそう言うと、晩御飯の準備の為に奥へと行ってしまった。私はお母さんの後を追いながら、これからについて考えるのだった。
「まさか、これ程とは・・・・・」
「流石は大陸一の巨大国家」
ヴィクトリア王国王宮の大広間で行われるパーティー。贅の尽くされたパーティーでは、招かれた他国の大使たちや代表たちが驚きの声をあげていた。自国の王宮で行われるパーティーと比べて、自国のものが劣っているとはっきりと感じたのだ。
ヴィクトリア王国王宮は他国の王宮と比べても大きいものではない。しかし、他国の者達を招く場所、謁見の間やパーティーで使われる大広間などは国土の広さに見合う絢爛豪華を演出するために、度々拡張と改装が行われていた。
「お客様方は圧倒されておられるようですね」
「まぁ、それなりにお金はかけたからね」
「おかげでサイン用のインクまで不足する始末だ」
「いや。それは局員のミスで補充されてなかっただけじゃなかったか?」
俺達四人は少し離れた場所で各国の大使、代表達を見ていた。彼等は広間の絢爛豪華さに驚き、並べられた料理と酒に顔を緩めていた。
「財力を見えやすい形で誇示する。まずは、成功ですね」
「さて。後は挨拶だ。向こうからやって来るとは思うが、四人纏まっていると来にくいだろう。ばらけるか」
「そうだね。それでは、各々の分野で何か収穫があることを祈ってるよ」
「おいおい。ハードル上げんなよ」
俺達はそれぞれ別の方向へと分かれた。すると、すぐさま目敏い出席者たちが寄ってくる。
「アナスタシア女王陛下。美しいと噂の陛下にお会いできて光栄にございます」
「カステル王国のヴェネル卿でしたか。楽しんでおられますか?」
最初にやって来たのはカステル王国の代表であるヴェネル卿だった。カステル王国はどの国よりも早く隣国を併合し、自国領は寸分たりとも荒れてはいなかった。
「ええ。勿論です。我が国は戦争で疲弊してしまい、このようなご馳走にはなかなかあり付けませんからな。食べれる時にと、下品ながら堪能させて頂いております」
「あら。どの国よりも早くに戦勝国となった貴国はそこまで疲弊していかったと記憶していますが?」
「他国と比べればそうでしょうが、労働人口の減少で今年はどの分野の生産も落ち込みましてな」
「そうでしたか。我が国は同胞への支援は惜しみませんよ?」
ヴィクトリア王国の力は巨大だ。今回の戦争で疲弊した国々に支援を行うくらいの余力はある。それこそ、他国と比べて圧倒的な余裕のあるカステル王国に要らぬ支援をするほどには、我が国は余裕がある。
「その旨。帰って我が王に伝えさせて頂きます」
「よろしくお願い致しますね」
「ええ。それでは、私は失礼いたします。陛下を何時までも独り占めしていては、夜の廊下で刺されそうですからな」
「あら。お上手ですこと」
ヴェネル卿は俺の下から離れ、他の国の代表達の所へと向かっていった。
それを見た者がすぐさま俺の下へと駆け付け、数分ほど話して去っていく。それを数回程繰り返し、俺は一度人混みから離れた。
「これで同盟国関係者の全員とは話しましたね」
「はい。各国一名ずつではありますが、歓談されました」
「では、少し休憩といたしましょう。流石に喉が渇きました」
壁際に陣取った俺はイライザとアーニャを周りに立たせて壁とし、リーナから飲み物を貰う。そして、周りの者達の話し声に耳を澄ます。
「それで、彼の国の令嬢はそのごどうなったのですか?」
「それがですな。使用人と駆け落ちしようとしたところを見つかりまして。令嬢は家へと連れ戻され、使用人の男は奴隷落ちしたとか」
どこの世界でも他人の色恋沙汰は格好の話題らしい。
「貴国は羨ましいですな。併合した国は鉱山を多く有していたとか」
「いえいえ。ほぼ採り尽くされ、今ではゴミも同然ですよ。絞ればもう少しは出るでしょうが、期待は出来ませんな。それよりも・・・・・」
此方は相手国の内情を聞き出そうとしている様だ。だが、相手も分かっているのか、適当にしか答えていない。
「それにしても、よく貴国が勝てましたな。失礼ながら、負けるものと考えておりましたが」
「失礼ながら、私も同じでしてな・・・・・」
「いやいや。当事国の私が一番驚いていますよ」
何とも不思議な会話だ。話している方向を探れば、バイセムル王国とフランケン王国、モンターニュ王国の代表達が話していた。
「どのような奇策を?」
「いや。新兵器ですかな?」
「いえいえ。その様な大層なものではありませんよ。運です」
「運ですと?」
「ええ。敵の大軍が運よく蒸発しましてな」
何とも気になる話だ。俺は壁際を離れ、三人の方へと歩み寄っていく。
「蒸発とは? 詳しく聞きたいですな」
「そのままの意味ですよ。指揮官が反旗を翻したか、兵たちが軍から脱走したか定かではありませんが、敵の大軍が消え去ったのですよ」
「ほう」
「なんでも、我が国と敵国に跨る広大な森を通り抜けて、国境に展開していた我が軍の背後を強襲しようとしたそうです。しかし、森に入った軍は何時まで経っても出でこず、その内に我が軍が国境に展開していた防衛軍を蹴散らしまして。勝利と相成った訳です」
「それは興味深いですな」
「確かに、興味深い話ですね。私にも聞かせて頂けますか?」
歩み寄った俺は強引にその話へと参加していく。
「これは、アナスタシア女王陛下。今宵は素晴らしいパーティーに参加させていただき、感謝に堪えません」
「女王陛下」
「貴国との同盟に感謝を」
「楽しんで頂けているようで、準備したかいがあったというものです。それで、話の続きを聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ。勿論ですとも」
モンターニュ王国代表は先程の話を更に詳しくしながら、もう一度話してくれた。
「では、その大軍は未だに消息不明ということですか?」
「ええ。出身が分かっていた兵士達の故郷の村や町を訪ねてみましたが、帰郷したという話も聞きません」
「なるほど。実に不思議な話ですね」
「そうでしょう。それで、森の近くにある村の者達にも話を聞いたのですが、これがまた不思議でしてね」
「どのような話でしょうか?」
「我々も気になるね」
最初は暇つぶし程度に聞いていたバイセムル王国とフランケン王国の代表も、今では興味を持っているようだった。
「村人たちの話によると、かなり昔から森に入った者が失踪する事件が発生していたようです。村に伝わる言い伝えでも、森に入った者は二度と出てこれないとあるそうです」
「なるほど。ですが、偶然なのでは? 大軍は広大な森の中で遭難。食料が尽き、兵士達は脱走と餓死で大軍は自然消滅。あり得そうな話ですが。村人たちの話も、入った者が村人の目に留まらない位置から森を出たからではありませんか?」
「女王陛下の仮説はありそうですな」
「ええ」
バイセムル王国とフランケン王国の代表はこの仮説に賛同していたが、モンターニュ王国の代表は首を振った。
「実を言いますと、我が軍も敵の後方攪乱用にと小さな部隊を森へと送ったのです。勿論、森の歩き方に精通したものをガイドに雇い、遭難も考慮して余分に食料を持たせました。ですが、誰も帰っては来なかったのです」
四人の間に嫌な沈黙が流れる。周りは楽しそうに歓談しており、この四人の間だけが沈黙している。それはまるで、住宅の密集する場所に不自然にある空地のようであり、この四人だけが別の空間に隔離されたかのようだった。
「一度、調査する必要があるかもしれませんね。魔物か異変か、手遅れになる前に解明するべきでしょう」
「そうですな」
「そうするのがよろしいかと」
「出来ることがあれば、言ってくださっても結構ですぞ?」
「それでは、私は失礼いたします。どうやら、酔いが回ったようです」
「そうですな」
「私もそろそろ・・・・・」
「皆様。残りの時間もどうぞ楽しんでくださいませ」
俺は三人から離れると、再び話しかけてくる相手への対応へと戻った。
「有益かどうかは分かりませんが、気になる話は聞けましたね。さて、森には何があるのでしょうか? せめて、障害となりえないものであって欲しいですね」
その日、暗闇と静寂に沈む街の中で、唯一王宮だけは明るく喧騒で満ちていた。




