白翼の少女
「面を上げなさい」
あの海戦から一週間。俺は王宮で自分が呼びつけた人物を見下ろしていた。
あの時、俺の腹を貫通したボルトは内臓だけではなく、太い血管までも傷つけ、俺に致命傷を与えていた。乗り合わせていた船医は精一杯の努力をしたが、命は助からないと判断したらしい。当然だった。医療技術が発達していない世界で、それも船の上で外科手術を行って血管の傷をふさぎ、内臓を修復など出来るはずもなくい。船医にできるのは目に見える傷から血が出ないようにする程度だったらしい。それでも、ロッドフォード艦長は諦めなかったらしい。すぐさま指揮を二番艦のアドメテーに任せて、艦をヴィクトリア港に寄港させることを決意たらしい。艦の秘匿命令が俺から直々に出ていたが、ロッドフォード艦長は迷うこともなかったらしい。
「陛下の命が助かった時に、どのような罰も甘んじて受ける」
そう吠えたロッドフォード艦長は、今月中に叙勲される予定である。
日が沈んだ暗闇のヴィクトリア港にペイトーは無事に寄港し、俺はすぐさま港の軍病院へと移送されたらしい。夜ということが幸いし、民衆たちに俺の負傷はばれることがなく、騒ぎも起こらなかった。巡回中だった数名の警備隊員と当直の兵士には目撃されたが、その者達にはすべて忘れるように指令が出ている。喋った場合はどんな罰があるかも説明されているはずなので、民衆に広まることはないだろう。
軍病院に運び込まれた俺は既に虫の息だったらしい。顔は死人のように真っ青になり、息もしているのかしていないのかわからないほどだったらしい。そんな俺が助かったのは、残念ながら軍病院の医者達の腕がよかったからではない。
「面を上げなさい」
一段下がった位置に跪き、ようやく面を上げた17歳程の少女のおかげである。
「名は何というのですか?」
蜂蜜のように透き通った金色の髪。白磁のように白い肌。美しいというよりも、幼さを残した顔は可愛らしいという表現が合いそうな美少女である。
「私は、セレーナと申します。神聖レヴィア王国より参りました。本日は偉大なる女王陛下との謁見の機会を与えていただき、恐悦至極に御座います」
そんなセレーナには白く美しい翼が生えている。アーニャによれば、翼人種らしい。背中に白い翼を持つ人種であり、勿論飛ぶこともできるらしい。
「私としても、命の恩人に会って感謝を述べたいと思っていたので構いません。それで、神聖レヴィア王国とは?」
「はい。この大陸とは別の大陸にある宗教国家です」
他の大陸の事はほとんど情報がない。なぜなら、大陸間を行き来できるほどの長距離航海に耐えられる船が今までなかったのだ。最近建造されたオーケアニス型ガレオン船ならばできるだろうが、確証はないし、今はさせる気もない。
「どうやって海を渡ってきたのですか? 私の記憶では、大陸間を行き来できるほどの長距離航海に耐えられる船はないはずですが? それとも、神聖レヴィア王国にはその様な船があるのですか?」
もしも、そのような船が既に建造されていいるのならば、それは脅威である。攻め込まれる可能性が0.01%でもあるのならば、備えるべきだろう。各港に大砲と防壁を設置し防備を固め、軍艦の更新と建造を急がせる必要があるだろう。
「いいえ。そのような船は私が知るどの国にも存在しません」
俺の不安はセレーナの一言で氷解した。
「それでは、どのようにして海を渡ってきたのですか? まさか、その翼で飛んできたのではないでしょう?」
しかし、どうやって海を渡ったのかは依然として不明であった。
「はい。私の翼では海を渡りきるほど飛ぶことはできません。私は船を使い、島伝いに海を渡ってきました」
「島伝いに?」
「はい。商人や漁師たちの船に乗せてもらい、島を伝ってこの大陸に参りました」
セレーナを見る限り、嘘を吐いている様子はない。
俺は記憶の底を探り、神が見せてくれた地図を思い出す。思い出してみれば、確かに小島らしきものがあった。
「なるほど。これは、早急に調査する必要がありますね」
ヴィクトリア王国は旧カルディナ王国を併合した時に海に面する土地を獲得し、大砲を主武装とする艦船を有する新式の海軍を編成しつつあるが、基本は大陸国家である。武装は優れていても操船技術や海上戦闘経験では他国に劣るだろう。さらに、海図が圧倒的に不足していた。小島の位置や深度や岩礁などが詳細に記録された海図が無さすぎるのだ。会戦に臨むにしても、海図は絶対に必要である。
「リーナ。アルマン外務卿補佐官に連絡してください。各国沿岸部に護衛艦を伴う調査船を派遣することを大使館を通して通達するようにと。名目は、各国商船の安全な航海に必要な航路の開拓にでもしておいてください」
「畏まりました」
リーナは恭しく礼をして退室する。
「イライザ。ルーデンドルフ軍務卿補佐官に連絡してください。大陸周辺に調査船を出すので、護衛艦を手配するようにと。期限は設けませんが、国防上の重要問題です。できるだけ迅速に行動するようにと」
「承知した」
イライザもリーナに続いて退室していった。
「失礼しました。それでは、この国に来た理由を聞かせてもらえますか?」
最大の疑問であった海を渡る方法は解消された。しかし、セレーナがこの国に来た理由が不明だった。
「はい。女王陛下。私がこの国に来た理由は、神の啓示によるものです」
「神の啓示ですか?」
意識せず、セレーナを見る目が細まる。俺自身、神と会ったことがあるので存在自体は信じている。しかし、セレーナに啓示を与えた存在が本当に神とは限らない。最悪、彼女の想像が生んだまやかしの神かもしれない。
そんな疑念とともに目を細めた俺に対し、セレーナは当然の反応だといわんばかりに頷いた。
「疑われるのはごもっともです。私自身。あの日の夜に、瀕死の陛下と会わなければ私は国に帰っていたでしょう」
「それは、どういうことですか?」
「はい。神は私に仰いました。ヴィクトリア王国に渡り、女王を救え。それこそが世界のためになる、と・・・・・」
そう言ったセレーナに嘘を吐いている様子はない。しかし、だからといってそのまま信じる気にはなれない。
「それと、こちらをお渡しするようにと」
そう言ってセレーナは懐から何かを取り出す。見たところは紙のようだが、ここからでは詳細を知ることはできない。
「こちらへ」
俺は指示を出して、近くに立つ衛兵にセレーナが出した紙を持ってくるように指示を出す。衛兵は指示通りセレーナから紙を受け取ると、恭しく俺に差し出した。それを、俺の傍に立つアーニャが受け取り確認し、それから俺へと渡される。
「これは――」
「女王陛下?」
紙を見て驚きの声を上げてしまった俺を、アーニャが訝しげに見てくる。俺は、何でもないと示し、紙を脇へと置く。
「いいでしょう。貴女が私に仕えたいと思うのならば、そのように取り計らいましょう」
「感謝いったします。女王陛下」
「ここにいるアーニャと同じく、私の護衛兼侍女ということになりますが、良いですね?」
「はい。異論は御座いません」
俺は満足げに一度頷く。決まったならば、事は早いほうが良い。
「それでは、明日から私の下で働いてもらいます。覚えることは多いと思いますが、頑張りなさい」
「誠心誠意お仕え致します」
「アーニャ。色々と教えてあげてください。いいですか?」
「畏まりました」
了承するアーニャはどこからどう見ても侍女である。関係を知らない者達には、彼女が俺に憎悪を抱く貴族令嬢とは想像もできないだろう。
イライザが俺の下に来た時もそうだったが、どうしても最初の頃を思い出す。俺は彼女がここまで侍女として成長したことに複雑な思いを抱いてしまう事を禁じえなかった。
「それでは、次に褒美の話に移りましょう。何か望みはありますか?」
俺の言葉にせーレナがポカンとした顔でこちらを見つめてくる。
「命の恩人に何も渡さなかったとなれば、品格を疑われてしまいます」
俺はそこで悪戯げに微笑む。
「それとも、私の品格を貶めるのをお望みですか?」
対するセレーナはハッとすると、急いで顔を伏せた。
「め、滅相もございません。陛下の品格を貶める意思など微塵も・・・・・」
「そうですか。それならば、何が望みですか? 私にかなえられる範囲であれば、何でも叶えましょう。褒賞金が欲しければ与えましょう。権利が欲しければ与えましょう。名誉が欲しければ与えましょう。土地が欲しければ与えましょう」
俺は歌うように告げる。
「貴女の望みは?」
セレーナは暫く顔を伏せたままだっが、ようやく顔をあげた。
「それでは、家を一軒いただけないでしょうか?」
「家ですか?」
「はい。私に付いてきた者たちが5人いるのですが、その者たちが住む家をいただけないでしょうか?」
セレーナの申し出は謙虚すぎるものだった。功績に対して望みがあまりにも小さすぎる。
「本当にそれで良いのですか?」
俺の問いにセレーナは黙って頷いた。褒美にしては少ないと思うが、本人がそれを望むのならば良いだろう。
「良いでしょう。それでは、王宮の近くの家を与えましょう。権利書などは後で侍女に届けさせます。それまでは、客室で休んでいなさい」
「畏まりました」
壁際に控える侍女にセレーナを案内するように指示を出し、俺は部屋を出て執務室へと向かった。
「アーニャ。王宮近くにある家のリストを」
俺がそう言った直後に、アーニャは三枚の紙を差し出してくる。
「こちらになります。どれも、内務省や警務省が押さえているものです。権利書も直ぐに用意できます」
俺はアーニャの仕事の速さに舌を巻きつつ、リストに目を通す。
「では、これにしましょう」
俺はリストの中の一つを選び、その物件の権利書を委譲するように要請する書類を作る。
「それでは、アーニャ。頼みましたよ」
「畏まりました」
アーニャは綺麗な礼をして、部屋を出て行った。リーナもイライザも戻ってきていない部屋には、俺一人だけが残される。
「さて・・・・・」
俺はセレーナが持ってきた紙を机の上に置く。
「どう見ても、手紙ですね」
セレーナが持ってきたのは手紙だった。それも、丁寧に差出人と宛先が書かれ、切手まで貼られた元の世界使用のである。
「随分と面白い啓示ですね」
俺は装飾の施された専用のペーパーナイフを手に取ると、手紙を開封する。
「はてさて。神は私に何をお伝えくださるのか・・・・・」
静寂に包まれた部屋の中で、俺は僅かな興味を胸に手紙に目を通した。




