祭り準備
部屋の窓から外を見れば、そこは一面の銀世界である。季節は十二月。この世界に来てから二度目の冬である。部屋の暖炉では薪が勢い良く燃え、寒さを打ち消していた。
「フラクト王国は既に降伏し、カステル王国の一部となりました。フラクト王国の軍と政府を指揮していた貴族は軒並み処刑され、その領地はカステル王国の貴族たちに分配された模様です」
「その他の戦線は、雪の為に停滞し、にらみ合いが続いています」
暖かな部屋の中では、軍務貴族たちが各国の状況を報告しあい、そのまとめをしていた。当然、軍務卿である俺も部屋の中にいた。しかし、どの報告も興味や関心を引く物ではなく、予想できたことばかりであった。
「陛下。お時間です」
そんな中、アーニャが次の予定を告げてくる。
「分かりました。それでは、みなさん。私はこれで失礼します」
俺が席を立つと、座っていた貴族たちも立ち上がり、敬礼を送ってくる。俺はにこやかに笑い、手を挙げてそれに応えつつ、部屋を後にした。
軍務省の廊下は、季節が冬ということで寒かったが、雪国出身であり、なおかつドレスまで着ている自分にはそこまで寒くはなかった。
私は、軍務省の前で待たせている専用馬車に乗り込むと、城へと向かった。
「陛下。こちらが報告書になります」
俺専用に作られた馬車の中は広く、六人乗っても大丈夫であり、現在は四人が乗っていた。そんな馬車の中、アーニャが報告書を出してくる。
俺が一日のうちに処理しなければいけない書類は多くはないが、一日中書類を眺めていられるわけでもないため、このような移動時間をも利用しなければ、一日のうちに終わらなかった。
「旧カルディナ王国王国のリバプール港で海軍工廠が始動ですか。これで、今まで民間に委託していた軍艦の建造や修理を委託しなくて済みますね。こちらは、各軍からの報告ですか。第六軍への補給物資が遅れる・・・・・」
書類は殆どが軍務関係のものだったが、いくつかは外務関係のものも混じっていた。
「リトシア王国が関税の関税の免除ですか。まぁ、こうなるでしょうね。しかし、我が国の商人だけ撤廃して良かったのでしょうか?」
「陛下。少しいいだろうか?」
書類に目を通していた俺に、対面に座るイライザが話しかけてきた。
「何かありましたか?」
「いや、私の祖国に関係ある話だと思ってな」
「そういうことですか。リトシア王国が関税の免除をしたのです。我が国の商人限定でですが」
「ふむ。その事についてはいいのだが、先ほど陛下が言っていた、我が国の商人だけでいいのか、という言葉だが、何かあるのか?」
イライザは先ほどの俺の言葉について聞いてきた。
「そうですね。この対応はあまり良いものでは無いでしょう」
「何故だ。他の二国もやっていることだろう?」
「リトシア王国と他の二国では、関税撤廃に至った道のりが違いますから、結果も変わってくるでしょうね」
「具体的には?」
「リトシア王国が困窮するかもしれませんね」
「な?! どうしてだ?」
驚くイライザに、俺は詳しく説明を始めた。
「良いですか。セルブラント王国とダリア王国の二国は、戦後会談の席で我が国に要求されて、ヴィクトリア商人に対しての関税を免除しました。しかし、リトシア王国は自発的に関税を免除しました」
「ふむ。それだけ聞くと、何も悪いようには聞こえない?」
「それではアーニャ。あなたがヴィクトリア王国の商人だと仮定したらどうですか?」
俺は、隣で黙っていたアーニャに話を振る。
「いきなりですね。・・・・・まぁ、正直に言えば、今更関税を免除されてもといった感じです」
「そうですか。それでは、リーナ。貴女がカステル王国商人だと仮定したらどうですか?」
「ふぇ?! そ、そうですね~。ヴィクトリア王国の商人さんだけが関税を免除されて、自分たちは今まで通りなんて、納得いかないです」
アーニャとリーナの意見を聞いたイライザは、この問題に気付いたようだった。
「ヴィクトリア王国商人は確かに戻って来るでしょう。いえ、それどころか、今までよりもやってくる商人は増えるかもしれません。しかし、それ以外の国の商人は離れて行くかもしれませんね」
此方を立てれば彼方が立たず、彼方を立てれば、此方が立たず。リトシア王国の状態は、見ていて哀れに思えてくるものだった。
そうこうしている間に、馬車は王宮に着き、私たちは中へと入った。
廊下を歩き、執務室の前まで来た時、向こう側から侍従が歩いてきた。
「陛下。月島陛下より、お伝えしたことがあるとの事です」
「直接話す事なのですか?」
「はい。他の陛下方にも集まるように伝えを出されていました」
「そうですか。それでは、直ぐに向かいます」
「月島陛下は会議室でお持ちです」
侍従はそう言うと、お辞儀をして去っていった。俺はアーニャ達を引き連れ、そのまま会議室へと向かった。
暖炉の火で温められた会議室には、すでに月島、芳賀、小松の三人が揃っていた。三人は部屋の中心に置かれた円卓を囲むように座り、談笑していた。
この会議室は、俺たち国王専用の会議室である。俺たち以外の貴族も参加する会議には、もっと広い別の部屋が使われる。もっとも、この会議室が使われたのはたったの数回で、ほとんどは花々が咲き誇る中庭で行われていた。
「忙しいのに呼び出して悪いね」
部屋に入った俺に、月島が声をかけてくる。
「いいえ。忙しいのは皆同じですし、構いません」
俺は首を横に振ると、空いている席に座った。アーニャ達は、壁際に移動し、控えた。
「そう言って貰えると、助かるよ。それで、最近の調子はどうだい?」
「いつも通り、変わりありません。外務省は、他国との貿易拡大やら協定やらの取りまとめに動いていますし、軍務省は他国の戦争の経過を観察、分析中です」
「とりあえず、順調そうだね」
俺は月島からの話に答えながら、用意されていたお茶を口に運ぶ。冷えていた体を、温かいお茶が体の中から温めてくれる感触は、とても心地よい。
「さて、みんな揃ったことだし、本題に入ろうか」
月島の発言にカップを置き、表情を引き締める。芳賀と小松の二人も、俺と同じく表情を引き締めていた。
「皆も、周辺国で起きている戦争については知っているだろう」
俺は周りに合わせてただ頷いた。
「不謹慎かもしれないが、その戦争のおかげで、我が国の国庫は今までにないほど、金であふれている」
月島の発言に、俺と小松は表情を変化させずに頷き、芳賀は僅かに顔を歪めて頷いた。
「その金を使って、新年を祝う祭りを開こうと思うんだ」
「祭りですか?」
「そう。国庫に唸っている金を使って食料を買い込み、それを民間の店に与えて、かなり安い値段で料理を民に提供してもらう。ほかにも、劇団なんかを呼んで、盛大に新年を祝う」
「なるほど。集中した富を市場に還元するのですか。良い案です」
「人気取りも出来る」
万が一に備えて蓄えておくことも必要だが、ため込み過ぎはよくない。インフラや下水道整備などの公共事業でちょくちょく金を市場に流しているが、今回の戦争の発生でかなりの量が入ってきた。
「しかし、場所はどうするんだ? この雪だぜ」
「王都の郊外を除雪すれば場所は確保できます。体力作りということで、第一軍団にやらせましょう」
「それがいい。次に屋台だが、人が集まるかどうかだね」
「メリットを提示してやればいい」
「どのようなメリットがあるんだ?」
「簡単だ。味はいいが知名度が低くて売れてない店はたくさんある。出店出店の際に、店名と住所を提示すれば、今度は店まで食いに来ると言えばいい」
「なるほど。味が良ければ、民は再びその料理を食べに、店を訪れますね」
「大会形式にして、順位付けするのも良いかもしれないね。そうすれば、みんなのやる気も上がるだろうしね」
「それもいいだろうな」
「劇団も呼ぶってことだが、舞台なんかはどうする?」
「民衆に金を出してやってもらいましょう。この季節は仕事が無いという者も多いでしょうから」
「演説なんかはどうする? やるかい?」
「やった方が良いだろう。時に分かりやすく権力者の姿を示すことも大切だ」
「それでしたら、今回は私は辞退します。私は建国記念日の演説で満足しましたので、今回は御三方にお譲りします」
「ズルいぞ。ここは平等に決めるべきだ」
「その通りだね」
「急に腹痛が・・・・・」
「大丈夫ですか?! 芳賀を医者の所に連れていきますので、失礼します」
「おい。逃げるな」
話し合いは冗談を交えながら着々と進み、夕方には終了した。
執務室に戻った俺は、第一軍への除雪命令書の作成や、報告書のチェックなどを行っていた。
「陛下。そろそろ休まれてはいかがですか?」
そんな時、扉を開けてアーニャが入って来た。窓を見れば、外は既に真っ暗だった。
「そうですね。それでは、この書類を片付けたら休みます」
俺はそう言って、机から僅かに上の位置まで積み上がった書類を示す。
「それでは、お茶をお入れしましょう」
「すぐ終わりますから」
アーニャは俺が止めるも、そのままお茶を淹れ、俺へと差し出してきた。
俺は、せっかく入れてくれたのだからと思い、お茶へと口を付けた。そして、再びペンを走らせた。
アーニャは黙って俺の仕事が終わるのを待っていた。静かな部屋に、ペンを走らせる小さな音だけが響く。そして、お茶が冷めきる頃に、ようやく仕事が片付いた。
その後、俺はアーニャに手伝ってもらい、寝間着に着替えるとベットへと横になった。
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