動乱
大変遅れてすみません。絶対に失踪はしませんので、完結まで温かく見守ってくださいますよう、お願いいたします。
ヴィクトリア王国の北 カステル王国とフラクト王国の国境
「今日も異常はないか?」
「今のところありません」
アルカディア王国から各国へ運ばれた同盟に関する書状は、周辺国に波紋を呼んだ。カステル王国が指定されたのはフラクト王国であり、フラクト王国が指定されたのはガベル王国であった。しかし、各国に渡された書状には攻撃指定の国の名前しかなく、どこの国から攻撃されるかは書かれていなかった。そのため、各国は疑心暗鬼となり、国境には通常の倍の数の兵士が配置されていた。
「カステル王国の奴ら攻めて来るんですかね?」
「わからん。しかし、攻めてこなければそれでもいい」
フラクト王国の兵士たちは砦の見張り塔からカステル王国側の砦を見張っていた。
「いつも通り静かなものです」
「そうか」
俺は階段を上りながら、見張りの報告を聞いていた。ここに着任してから早くも1ヶ月が経つが、何も起こらない日々が続いていた。
「このままいけば、今年は戦争はないかもしれんな」
既に10月に入り、夏の暑さはもはや感じられず、徐々に肌寒い日が訪れるようになってきた。もう少しすれば雪が降り始め、軍を動かすには難しい季節となる。
冬。雪が降り積もるその季節は、軍隊が動くことを困難にする。降り積もった雪が移動を困難にするだけではなく、マイナスになる気温によって兵士たちは凍傷にかかり、最悪の場合凍死する。食料や薪などは通常よりも多く消費され、兵站線には多大な負荷がかかる。
そんな季節に軍が動けば、たとえ勝ったとしても、戦後の財政は厳しいものとなるだろう。
しかし、俺の予想は直後に外れることになった。
「隊長!」
「どうした!」
見張りの突然の叫びに、俺は急いで階段を上り、見張り塔へと上がった。そして、見張りが叫んだ理由を知った。
「門が・・・・・開いて行く?」
今まで決して開かなかった敵砦の門が、ゆっくりと開いて行くのだ。そして、完全に開ききった門からは、敵の軍勢がぞろぞろと列をなして出てきた。その中には攻城兵器やはしごなども含まれており、明らかに、この砦を落とすという意思が見受けられた。
「警報を鳴らせ! 急げ!」
「は、はい!」
見張りがすぐさま異常を知らせる鐘を鳴らすと、砦の中はハチの巣をつついたかのような騒ぎとなった。
「五千、六千、七千、・・・・・、一万一千、一万二千」
砦が騒ぎ出す中、俺は敵砦から出てくる軍勢の数を把握し続けた。しかし、門から出てくる列は途切れることなく続いた。
「一万五千だと!?」
そして、ようやく途切れた列を数え終えた俺は、敵の多さに動揺を隠せなかった。俺は急いで塔を駆け下りると、伝令役の兵士が待機している馬小屋へと向かった。
馬小屋に着くと、そこにはすでに鞍がつけられた馬と、伝令役の兵士が待機していた。彼は現在の状況を理解しているのか、緊張した面持ちで待機していた。
「敵の数は約一万五千。本格的な攻勢だ。この事をいち早く国王陛下に伝えてくれ」
「了解しました」
俺は敵の規模や構成を走り書きしたメモを彼に渡すと、彼はそれを懐へしっかりとしまった。
「よし、行け!」
「ハッ!」
彼は馬に飛び乗ると、砦の裏門から王都へ向けて走り去った。
俺は彼が裏門から砦を出たのを確認すると、急いで防壁へと登った。
「状況は?」
「敵は攻城兵器を展開し、攻撃の準備を完了しております。間もなく始まるかと」
「こちらは?」
「こちらも準備は完了しております。既に兵士たちは配置につき、矢も分配しました。歓迎の準備は万端です」
「よろしい」
俺は素早く周りを確認する。兵士たちは体をわずかに震えさせ、顔には恐怖と不安が滲んでいた。しかし、だれも持ち場から離れる様子はなく、武器を構えて敵と戦う意欲を見せていた。
俺は鞘から剣を抜くと、注目を集めるように剣を掲げた。
「よいか。ここが早期に陥落すれば、王都まで敵を拒むものは無い。敵は易々と王都まで進軍し、防備の不十分な都を蹂躙するだろう。そうなれば、我らが家族は戦火に巻き込まれることとなる!」
俺の言葉に兵士たちが聞き入っていた。
俺は劣勢を強いられる見方を鼓舞するために、精いっぱいの言葉を紡ぐ。
「しかし、我らがここで時を稼げば、その分だけ王都は防備を固め、我らの家族は守られる。王国の為、家族の為。全兵、責務を果たせ」
「「「「おおーーーーー!!」」」」
こんな安っぽい演説だが、効果はあったようだった。兵士たちの顔から恐怖と不安が消え、敵を打ち倒す決意の表情が浮かぶ。
「敵の投石器、射撃を開始しました!」
「――伏せろ!」
そんな俺たちの気勢を制すような形で、敵の投石器が石を放ってくる。石はまるで獣の様に唸りを上げながら俺達へと襲いかかってきた。俺の指示で兵士たちは身を隠すが、運の悪い者達は壁ごと投石に砕かれ、赤い染みと化した。
「前進! 砦にこもる軟弱者たちを叩き潰せ!」
「弓兵前へ!」
敵の投石から身を隠す中、敵軍が全身を開始する。陣形を組んだ万規模の軍が整然と行進する様は見とれるほど綺麗だが、上空から命を刈り取る巨岩が降る中では、悠長に眺めてもいられなかった。
「攻撃用意! 弓兵、バリスタ、準備いいか!」
「「「おう!」」」
敵が誤射を恐れて投石をやめたタイミングで、俺は弓兵と備えつけられたバリスタを操る兵士たちに指示を出す。敵兵は弓兵を前にだし、その後を梯子を担いだ歩兵が続いていた。
「今だ。撃てぇー!」
敵兵が完璧に射程に入った瞬間に、城壁から矢と弩が空に放たれ、放物線を描いて無防備な敵弓兵に降り注ぐ。盾を持たない敵弓兵はバタバタと倒れたが、全体からすらば僅かだった。
「打ち返せ。敵兵は少ないぞ!」
そして、すぐさま敵兵が倍近い数の矢で打ち返してくる。
俺たちは遮蔽物に隠れるが、何人かが敵の矢を体に受けて倒れ伏す。
「死者と負傷者は城壁から降ろすんだ! 自力で歩けぬ者には肩を貸せ! その他の者は射撃を続けろ!」
猛烈な射撃で頭もまともに上げられない中、敵の歩兵が梯子を持って走って来た。そして、砦の壁に次々と梯子が立て掛けられ、敵兵が昇ってくる。
「白兵戦だ。剣を抜け!」
敵の猛烈な射撃で此方はほとんど射撃できず、敵はやすやすと登ってきた。
壁の上で壮絶な白兵戦が始まった。怒号、悲鳴、懇願。それらが戦場を飛び交い、喧騒を一気に拡大させていく。
「敵は少ないぞ! 数に任せて押しつぶせ!」
敵の指揮官の指示に、敵兵たちは勢い付き、津波のように押しよせてくる。
「くたばれ!」
「そっちがな!」
「フラクトの豚が!」
「カステルの卑怯者が何を言うか!」
しかし、俺達はそんな敵兵を切り伏せ、殴りつけ、蹴り落とし、何とか攻撃を跳ね返していた。
「一時撤退だ!」
そして、俺達の抵抗の激しさに、簡単に落とせると思っていた敵指揮官が遂に動揺し、撤退命令を出した。敵は雪崩を打って梯子へと殺到し、今まで防戦に徹していた俺達は、今までの鬱憤を晴らす様に攻勢へと出た。
「放てー」
だが、敵との乱戦が解けたせいで敵の弓兵が再び射撃を開始した。俺達はやむなく盾を掲げ、身を隠した。
「クソッ! 損害報告!」
「今の防衛戦で5分の1が死傷しました。ですが、その他は意気軒高。まだまだやれます」
「良し!」
その日。合計三回の攻勢が行われたが、フラクト王国側はこれらを全て防ぎ切った。
ヴィクトリア王国王都 軍務省会議室
「カステル王国はフラクト王国へ侵攻。既に国境を突破したとのことです」
「越境に際して戦闘が起きたらしいが?」
「はい。フラクト王国側の砦は昨日を喪失。砦内の兵士は徹底抗戦の末、指揮官から末端の兵士に至るまで戦死したとの事です。一方のカステル王国軍は2000の兵士を失いました」
戦闘から五日後。両国大使館から戦闘発生の報告を受けた俺は、直ぐに軍務省へと足を運び、現状の報告を行わせた。出席できたのは俺、軍務卿補佐官のエーリヒ、国防軍第一軍大将のレオンシオ、その他職員達である。
「しかし、不思議なのは、何故フラクト王国側の防備が万全ではなかったのかだ?」
「どういう事でしょうか?」
レオンシオ将軍は、この会議開始から腕を組んで黙って報告を聞いていたが、ここにきてその口を開いた。
「カステル王国軍の規模は一万を超えるのであろう?」
「はい。報告では一万五千の大軍でだあったそうです。後方支援の部隊を含めますと一万八千に届くようです」
「それ程の大軍の動き、なぜフラクト王国は気付かなかった?」
「気付いていたのでしょう。しかし、防げなかったのです?」
俺はレオンシオ将軍の疑問に答えるべく口を開いた。
「陛下。それはどういう事でしょうか?」
「フラクト王国はカステル王国が軍を動かしたことには気付いていました。しかし、それが砦に伝わる前に、攻撃が開始されたのです」
俺は地図の近くに行くと、カステル王国軍の移動経路と日程を記していった。そして、それが徐々に進むにつれて、会議室にいた全員の顔が驚きで歪んだ。
「この様な行軍速度。聞いたことがない!」
カステル王国軍の行軍速度は異常であった。
「カステル王国軍の詳細な編成は分かりますか?」
俺はこの異常な速度で大軍が移動した理由に検討はついていたが、確信を得るために、先程から報告を行っていた職員に聞いた。
「はい。歩兵8000。弓4000。騎兵3000。さらに後方に輜重隊3000の様です」
「それだけですか?」
「はい。他に特筆すべきことはございません。強いて上げるならば、馬車の数が異常に多い事だけです」
「馬車だと?」
「はい。将軍閣下。荷馬車、幌馬車など、種類や大きさはまちまちでありますが、大量の馬車が確認されております」
「まさか」
「将軍の予想通りだと思いますよ。彼等は大量の馬車に兵士と武器を詰め込み移動したのです。それに、カステル王国は街道などの整備にも力を入れていました。それらを使ったとすれば、今回の移動の速度も説明できます」
将軍以外の者達は未だ信じ切れていない様で、首を傾げていたが、俺はそれらを無視して話を進めた。
会議はその後、報告から今後どうするかに移り、最終的に、今後とも両国の戦況をつぶさに観察するという事に決まった。
それから一週間後。カステル王国とフラクト王国の戦闘を皮切りに、牽制しあっていた各国が一斉に戦争へと突入した。




