深夜の密談
「総員抜剣。突撃!!」
「「「「「うぉぉおおおおーー!!」」」」」
指揮官の掛け声で抜剣した騎兵たちが、気勢を上げて突撃していく。その迫力は、少し離れた所で見ていた此処にも伝わってきた。俺は、そのあまりの迫力に、味方であるにも関わらず、一歩下がりかけた。しかし、周りの目もあることから、何とか踏みとどまることができた。
「如何でしょうか。陛下」
「素晴らしいと思います。これ程の迫力は、他国の騎兵では出せないでしょう」
「彼等の殆どは、先の遠征で第一軍に所属していた者達です」
北方での作戦行動は、それに従事した兵たちの練度を更に高めたらしい。特に、騎兵達はそれが顕著に出ているらしい。
午前の執務を終え、昼食を取り終えた俺は、王都近郊に陣を敷く国防軍第一軍の視察に来ていた。そして、先程から俺の案内と説明をしてくれているのは、第一軍のレオンシオ・ウィロビー大将である。
「陛下。次はあちらをご覧下さい」
レオンシオ将軍が指さす方向を向くと、弓兵の一団が射撃訓練をしていた。
「構え。放てー!」
指揮官の命令に従い、弓兵たちが一斉に矢を放つ。そして、放たれた矢は放物線を描き、的の置いてある地点へと降り注いだ。矢は次々と的に突き刺さり、外れた矢も的から2m以内に突き刺さった。
「見事です。これならば、敵の弓兵と打ち合っても負けることは無いでしょう」
その後、数回行われた斉射によって、的は針鼠のようになり、その周辺は、足の踏み場もないほど矢が突き立っていた。
「陣形変更。対騎兵陣形だ!」
今度は、弓兵から少し離れた所を見る。そこでは、歩兵たちが陣形変更の練習をしていた。
「遅い!最初からやり直しだ!!」
指揮官たちが怒鳴りながら、やり直しを命じている。
「あれでは遅すぎます。騎兵の突撃をもろに受けてしまうでしょう」
隣のレオンシオ将軍も指揮官たちと同じことを言っていた。
「実戦では、騎兵が突撃してくる恐怖もあり、更に遅くなるでしょう」
「はい。こればかりは、体が勝手に動くようになるまで練習するしかありません」
歩兵たちは、再び指揮官が指示した陣形を練習していく。その度に、指揮官たちはやり直しを命じていた。
「ところで、砲兵は何処ですか?」
「彼等は此処から少し離れた所におります。ご覧になられますか?」
「ええ。もちろんです」
「承知いたしました。おい、誰か儂の馬を引け」
レオンシオ将軍の命令で、一頭の馬が兵士によって連れてこられた。
「さぁ、陛下。参りましょう」
レオンシオ将軍はひらりと馬にまたがると、俺に対して手を差し伸べてきた。俺は将軍の手を取ると、抵抗もせず馬の背に引き上げられた。
傍から見れば、絶世の美女がナイスミドルの老将軍に手を差し伸べられる、という絵画にもなりそうな状況であり、これが世の女性たちであれば、一度は経験したい出来事かもしれないが、中身が男性である俺にとっては、何の感慨も湧くことは無かった。
陣を出て暫くすると、雷鳴の様な腹に響く音が聞こえてきた。
「陛下。ここからは徒歩で向かいます」
そう言うと将軍は馬から降り、俺が降りるのを手伝ってくれた。
「何故ここで降りるのですか?」
馬から降りた俺は、歩きながら将軍へと質問した。
「これ以上近ずくと、馬が砲声に怯えてしまうのです」
「そうでしたか」
俺が納得して頷くと、将軍はさらに説明を続けた。
「はい。訓練で徐々に慣らしてはおりますが、時間がかかりそうです」
「当分は戦争もありません。十分に訓練を行い、実力を発揮できるようにして下さい」
「承知いたしました」
大砲が発明されたとは言え、剣や槍が未だ現役の現在では、騎兵は頼りになる戦力である。その戦力が、大砲によって使い物にならなくなるのは、好ましいことではない。
「あちらでございます」
将軍が指さす方向を見れば、的に向かって火を噴く砲と、砲の周りで盛んに動く兵士達がいた。既に砲声は耳を抑えたくなるような大きさで、数時間もここに入れば、難聴になると確信が持ててしまう程だった。
「これは陛下。この様なところに何用でしょうか?」
俺達が近づいていくと、大砲の近くで何かを書いていた男が気付き、此方を出迎えてくれた。
「私は第一軍の視察に来たのです。セリノ研究員。貴方こそ、このようなところで何を?」
その男は、トスカナ王都攻略戦で即席の砲兵隊を指揮した研究開発局研究員のセリノであった。
「私ですか?私も陛下と同じく視察です。もっとも、兵士たちではなく大砲の方ですが」
「そうでしたか。それで、大砲の方はどうですか?」
「はい。破損は少なく、耐久性は今の所問題ありません。しかし、射程や精度に関しては、未だに改良の余地があります。これらについて改良を加えれば、大砲はより優れた兵器になるでしょう」
「それならば、改良に尽力しなさい。これからの戦争には、これが必要です。より優れた大砲を所持した側が、より有利に戦争を進めることになります」
大砲は強力な兵器だ。遠距離から一方的に敵兵を虐殺し、守りを打ち砕く。その有用性と実績は、元の世界の歴史が物語っている。開発された年代から現代に至るまで、大砲は進化し、あらゆる戦争で威力を発揮し続けた。それは、ミサイルが開発された現代においても変わることは無かった。
「畏まりました。このセリノ、陛下が満足なさるような、優れた大砲を造ってご覧に入れます」
「期待しています」
その後、数十分程砲兵を視察した俺は、レオンシオ将軍と共に国防軍第一軍司令部へと戻ってきた。
「レオンシオ将軍。今日は視察の案内ご苦労でした」
将軍の私室に入った俺は、将軍を労った。彼の案内のおかげで、第一軍を詳しく知ることができた。
「私も、陛下の案内という大役を果たすことができ、光栄に思っています」
「そうですか」
レオンシオ将軍の返答を聞いた俺は、用意されたお茶で喉を潤した。茶葉は将軍の私物なのか、軍で支給されている物よりも香り高かった。
「ところで将軍。あなたは、大砲に付いてどう思っていますか?」
「陛下?」
「どう思いますか?」
将軍は、突然の質問の意図の不明さに困惑しながらも、腕を組んで考え始めた。
「そうですな。有用な物であることは理解しています。野戦においては敵兵を蹴散らし、攻城戦においては、既存に攻城兵器を凌ぐ攻撃力を持っています。また、防衛戦においても、あれは有効でしょう」
将軍は数分黙った後、そう答えた。俺は、その解答に満足し、笑みを浮かべた。
「貴方は素晴らしい。これからも、第一軍を任せます。今後とも、王国の為に働いてください」
「ハッ。レオンシオ・ウィロビー。陛下と王国の為に、身を粉にして働く所存にございます」
将軍は席から立ち上がると、その場で礼をとり、忠誠を示してくれた。
将軍を含めた第一軍の視察を終えた俺は、すぐさま王宮の執務室へと戻った。
「お帰りなさいませ、陛下。メモを預かっております」
部屋へ戻った俺を待っていたのは、机に積み上げられた書類と、手紙を手にした一枚の紙を持ったアーニャだった。
「誰からですか?」
「月島陛下からです」
そう言うと、アーニャはメモを渡してきた。そこには、密かに話がしたい、という事と場所と時間が書かれていた。
「ありがとうございます。それでは、仕事を終わらせましょうか」
「はい」
俺は、視察中の短時間に溜まった書類を片付けるべく、机へと向かった。
深夜。朝早くから夜遅くまで働く使用人さえ寝静まり、警備の兵士だけが起きているような時間帯。俺は一人、月島の部屋を目指して廊下を歩いていた。
スキルを使い、足音を殺し、兵士の目を搔い潜り、俺は月島の部屋へとやって来た。
「お待たせしました」
扉を開け部屋に入ると、中は薄暗かった。
「待っていたよ。まぁ、座りなよ」
扉を閉め、導かれるままに椅子へと腰掛ける。月島は、テーブルを挟んだ向かい側へと腰を下ろし、予め用意されていたカップに飲み物を注いだ。
「侍女が淹れた物には数段劣るけど、それでも良ければどうぞ」
俺は感謝しつつ、カップに口を付けた。
「確かに、数段劣りますね・・・・・それで、今晩のお誘いはどういった事ですか?」
カップを置いた俺は、呼ばれた理由を聞いた。
「別に大した理由があった訳じゃないよ。ただ・・・・・」
彼はそこで一呼吸置くと、真剣な顔つきになった。
「ただ、今後どうするか聞きたかったのさ」
「今後とは?」
「国の今後さ」
「それならば、一週間ほど前の報告会で決めたではないですか」
俺は、やれやれと首を振った。しかし、月島はその事じゃない、と呟いた。
「聞きたいのは、国の安定化が終わった後だよ。つまり、飛び地であるトスカナ領の治安を回復させ、農村を復興させ、インフラなんかを整備した後の事だよ・・・・・既に何か考えているんだろ」
月島はそう言って、俺の方をじっと見つめてきた。
「ハァ~。そんなに見つめないでください。気持ち悪いですよ」
俺はため息をつくと、彼から視線をそらした。
「別に、確固たるものは何もありません。ただ、漠然とした考えはあります」
「それでもいいさ。とりあえず、君の考えが聞きたい」
俺は再びため息を吐くと、ゆっくりと考えを話した。
「最初にしようと思っていたのは、軍の改革です」
「改革?」
「はい。一週間ほど前の報告会で、研究開発局に予算を回すことは、話たはずです」
「ああ。既に各省に割り振る予算は決めたよ。軍務省から研究開発局に予算を回す事も反対は無く、既にそのように取り計らったよ」
「ありがとうございます」
毎度のことながら、月島の仕事の速さには舌を巻く。本当にありがたい限りである。
「いいさ。こちらとしても、断る理由はないからね。それで、話の続きだけど」
「そうですね」
俺は、月島に促されるままに、話の続きを話す。
「今回、研究開発局に予算を回したことで、彼等の活動は活発化するはずです。活動の活発化。それが意味する事は――」
「研究と開発の促進。つまりは、新しいものが発明されるまでの期間が縮小される」
月島は俺の言葉を引き継ぐようにして、俺が言おうとする言葉を発した。
「その通りです。それは当然、新兵器の開発も早まるという事です」
「つまり、その新兵器を主体とした軍に作り替えると?」
「ええ」
「ふ~ん」
俺達は二人揃ってカップに口を付ける。
「それで、その新兵器とは何だい?」
「気づいているのでしょう?」
「大凡はね。でも、確認したいじゃないか」
「それもそうですね」
俺は納得して頷くと、カップをソーサーへと戻した。
「マッチロック式のマスケット。つまりは、火縄銃です」
「やっぱりね。予想通りだよ」
「大砲が導入された今、剣や槍での戦闘は誤射を招く可能性があまりに大きく、大砲の効果を十分に生かすことはできません」
マスケットの有効射程は短く、大砲の精度も良いとは言えない。しかし、それでも誤射の可能性は格段に下がる筈である。
「話は分かった。でも、射程を取りたいんだったら、弓でもいいんじゃないのかい?」
「確かに、現時点でいえば弓の方が命中率は高く、射撃速度も上でしょう。しかし、盾を掲げながら前進されれば、殆ど数を減らせないうちに接近されます。それに――」
俺はそこで言葉を切り、一息ついた。
「銃は習熟が早い。昨日まで畑を耕していた農民が、翌日には訓練された騎士を殺します」
銃の利点はここにある。銃の優れている点は、射程でも、殺傷能力でもない。そんなものは、訓練された兵士が使う弓の方が優れている。銃が優れている点は、訓練期間の極端な短さにある。勿論、組織的な運用をするのであれば、そこそこの訓練期間が必要だろう。しかし、装填し、構えて、撃つ、という事だけに限れば、銃の訓練期間はかなり短い。更に、射程距離は訓練期間に左右されない。同じ事を弓でやろうとすれば、数ヶ月――いや、数年単位の時間がかかるかもしれない。更に、射程距離は訓練期間に左右される。
「他にも、殺人に対する忌避感情の軽減効果があります」
「ん?初めて聞いたね。なんだい、それ?」
「殺人という行為は、それを行った人に対し多大な忌避感情を持たせます。そして、その忌避感情は相手を殺す距離によって変化します。素手よりも剣、剣よりも槍、槍より弓矢、と言うように殺す相手との距離が遠くなれば遠くなるほど、相手を殺したという実感は湧きにくくなり、その分、忌避感情も湧きにくくなります」
「ふ〜ん」
「更に、マスケットは命中精度が悪いですから、横一列に並ばせて斉射するという運用が取られます。そんな状況では、相手が誰の弾で死んだか判別はできません。結果、人を殺したという罪の意識を分散させることが出来ます」
「そこまで聞くと、弓より銃の方が良いと納得できるよ。それで、変えるのはそれだけかい?」
「いいえ。中身も変えます」
「どういう事だい?」
月島は意味が分からないというように、首を傾げていた。
「現在の国軍では、指揮官などの命令を出す立場にいる人物は、その全てが貴族出身です。その理由は、彼等が高等教育を受け、戦術書などを読める立場にあったからです。しかし・・・・・」
月島は、俺の言葉を黙って聞いていた。しかし、時折頷くことから、内容を把握し、理解している事が伺えた。
「貴族達は数が少ない。今後軍拡をしていく上で、指揮官不足になることは、容易に推測できます。それを防ぐためにも、平民出身の者からも、指揮官を採るようにしなくてはなりません」
「しかし、平民にそれだけの学があるのかい?」
「その点は問題ありません。現在、小松の働きのおかげで各都市に学校が設置され始めました」
小松は、建国当初から教育機関の設立を進めていた。その結果、現在では各都市に最低一つは、無償で通える国営学校が設置されている。この学校では、三年かけて読み書き計算の基礎をみっちり教え込まれる。
「読み書き計算が出来ても、それだけじゃあ、軍の指揮官は勤まらないだろ?」
「はい。ですから、軍学校を作ろうかと思います」
「軍学校か。それは良い案だ。確かにそれならば、平民出身でも指揮官になれるだろうね」
「はい。それで、創設の資金ですが――」
「分かってるよ。軍の拡大は国にとっても望ましいからね。そのためになる施設なら、国庫から出すよ」
「ありがとうございます」
月島の賛同を得られたことで、俺は安堵し、僅かに笑った。防衛省の予算から出すことも考えたが、今後のことを考えれば、別に予算を組んで出してもらったほうが良いことは
「それで、軍を改革した後はどうするんだい。僕としても、そこを一番聞きたいんだけど」
「そうですね。同盟を組むという話は、もうしましたよね?」
「したね」
「その、同盟を結んだ国と協力して、大陸に存在する国家を一つ一つ併合していきます」
「それはいいね。でも、何処の国と手を組むんだい。周辺国だけでも九つもるし、さらに遠くとなると二桁に昇るよ」
「とりあえず、周辺国から三ヶ国ほど選ぼうかと思っています」
「選抜方法は?」
「簡単ですよ。力を競わせます」
月島はそれを聞くと、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
「どうやるんだい?」
「簡単な事です。此方《こちら》が指定した国を攻め滅ぼせるだけの力があると示せたなら、同盟を結んでやる。こういう意味の書状を、同盟の打診をしてきた各国に送ります。もちろん、勝てそうな相手を用意します」
「受け取った相手は、合法的に領土拡大が出来て尚且つ、大国ヴィクトリアとの同盟も結べる」
「その通りです。なんとも美味しい話です」
「ああ、美味しいね。でも、乗るかな?」
月島の懸念は理解できる。この話は美味しすぎて、逆に怪しいのだ。普通であれば、裏があると感じて慎重になる。
「乗るでしょう。彼等は焦っています。我が国が大きくなることに、自国が小さいままでいる事に・・・・・」
しかし、俺には彼等がこの話に絶対に乗るだろうという自信があった。
「そんな時に巡ってきた提案。何かあると感じても、乗らずにはいられない」
「そういう事です」
俺は空になったカップにお茶を注ぎ、満たされたそれを口に運んだ。
「これで幾つかの国は無くなり、残った国も傷を負う。彼等が傷を癒す間、私たちは悠々と力を蓄える事が出来ます」
「そうなれば、他国が領土を増やそうと、我が国の優位は揺るがない」
俺達二人は、互いの顔を見てニヤリと笑った。その笑みは、とても厭らしく、あくどい物だった。
「今日は良い話が聞けたよ」
「そうですか?」
「勿論だよ」
彼はそう言うと、今度は厭らしさのない笑みを浮かべた。
その後、何気ない雑談を楽しんだ俺達は、朝日が昇る直前に分かれた。




