北方遠征Ⅲ
北方遠征第一軍と第二軍による挟撃で、四ヶ国軍は壊滅した。もはや、敵国に我々を止める術はなかった。四ヶ国の降伏は時間の問題であった。
「アンゼルム王国軍がトスカナ王国に移動中!?」
しかし、我々の予想は裏切られた。
「はい。また、バイエル王国とシュレビヒト王国の軍もトスカナ王国へ向かっております!」
「どういう事ですか。敵ははまだ戦う気なのですか!?」
「そのようです」
先の会戦で軍を失った三ヶ国は、本国に残っていた数少ない警備兵をかき集め、トスカナ王国へと向かった。また、会戦で生き残った敗残兵もそれに合流。その数は3,000にまで膨れ上がった。
「敵軍は無傷のトスカナ王国軍6,000。それに、移動中の敵軍3,000を合わせ、計9,000。こちらは、第一軍23,000に第二軍の4,500。計27,500」
圧倒的な差が存在した。
敵もこの事は知っているはずである。なのに何故戦おうとするのか、俺は理解出来なかった。
「理解できません。ここまで兵力に差があるのに、それでも戦おうとする理由が」
「国を捨て、民を捨て、それでも戦おうとする。それが王たるものがすることでしょうか?」
向かいにすわるアーニャが顔を顰めて呟く。
「敵も引き際が分からなくなっているんじゃないですか?」
今度は隣にすわるリーナが思いついたように言う。
「いや、攻撃三倍の法則がある。敵も防衛戦なら希望があると思っているのだろう」
アーニャの隣に座るイライザが軍人らしい意見を述べる。
「はぁ〜、理由はどうであれ、降伏しないなら叩き潰すしか無いでしょう」
何を考えているかは分からないが、三倍の規模の敵を止められると考えているのなら、その考えを粉砕するのみだ。
そんな事を考えている時、馬車に伝令兵が寄ってくる。
「陛下。まもなくトスカナ領に入ります」
「敵兵は展開していませんか?」
「広く斥候を放っていますが、今の所確認されていません」
「分かりました」
兵士は報告を終えると、隊列へと戻っていった。
その後も進軍を続けた北方遠征軍は、トスカナ王国王都まで半日の距離にある街、マルカブルクへと到達。ここでも、今まで占領した街と同じように、敵兵による抵抗はなく、これを無血占領した。
そして、マルカブルクで一日休養を取った後、敵王都を目指して進軍を再開した。
マルカブルク出発から半日。北方遠征軍は予定通り王都に到達。レオンシオ将軍指揮の元、攻撃を開始した。
「投石機を前に出せ!」
攻城兵器が前方に出され、それに続く形で軍が前進していく。
「ふむ。高い壁に堀か」
「苦労しそうですね」
レオンシオ将軍と俺は、軍の後方から敵の王都を眺めていた。敵の王都は高い街壁と深い堀に守られていた。また、堀は王都を囲むように幾つも掘られ、さながら塹壕のようであった。
「敵兵は壁の上。堀に伏兵などはいませんか・・・・・」
敵兵は全て、壁の上に展開していた。備え付けられた兵器を動かし、弓を構えて、我軍が射程に入るのを待ち構えていた。
投石機はゆっくりと前進していき、その射程に街壁を捉えようとしていた。しかし、王都を囲むように作られた堀が邪魔をする。
「くそっ!あと少しだって言うのに!」
「堀を埋めるか、板をのせて渡れるようにするしかないか?」
投石機は堀を超えられず、手前で停止してしまった。そして、それを狙って、敵の防衛兵器が攻撃を開始する。
真っ赤に焼けた石が、停止した投石機めがけて飛んでくる。
「退避しろ!急げーー!」
そして着弾。焼けた石が投石機の近くに降り注ぐ。その内のいくつかが直撃し、投石機が破壊される。
「投石機を後退させる。ここのままじゃいい的だ!」
敵からの石弾が次々に飛んできて着弾する。兵士達は着弾時の衝撃で吹き飛ばされ、直撃したものはミンチになった。
それを見たレオンシオ将軍は冷静に命令を下す。
「全軍を射程外まで撤退させろ。今日はここまでだ」
命令は直ちに伝えられ、投石機を放置してジリジリと進んでいた兵たちが、潮の引くように退却をする。
「確かに、これなら希望も湧くでしょうね」
俺は、敵軍が降伏しない訳を知った気がした。そして、今夜にでも、将軍や指揮官たちと作戦を立てる必要があると思った。
北方遠征軍は、王都攻撃を停止した後、軽騎兵を広く放ち、敵の伏兵などに注意しつつ、王都を包囲するように展開。その後は何もなく、両軍動けぬまま夜を迎えた。
「それでは、それぞれの考えを述べて下さい」
その日の夜、俺は早速将軍と指揮官を集め、作戦会議を行った。
「敵の守りは固い。無理には攻めれませんな」
「軽騎兵の報告によれば、周囲に敵が伏せている可能性はないそうです」
レオンシオ将軍とクレイグ将軍が口を開く。
「このまま包囲し続け、敵の矢玉が尽きるのを待つべきかと」
「いや、堀に板を渡すなり、埋めるなりして攻撃すべきです?」
続いて、各指揮官たちも意見を述べる。
「兵糧攻めという手もある」
「しかし、それでは時間がかかり過ぎる」
「ならば、堀を無理に突破して突撃するのか?」
「だが、それでは兵の犠牲が大きくなる」
意見は包囲による兵糧攻めか、堀を突破しての突撃かで別れる。
「残念ですが、どちらも採用できません」
しかし、俺は二つの意見を却下する。
「何故ですかな?」
「我々に残された時間は僅かです。内務省と財務省が、これ以上の長期化は許容できないと通告してきました。これ以上の出費と食料の消費は、戦後の事を考えて出せないと・・・・・また、犠牲の大きく出る突撃も容認できません」
レオンシオ将軍の質問に、俺は丁寧に答える。そしてその瞬間、司令部に怒気が溢れる。
「何だと!本国に居る内政屋どもめ!」
「勝利は目前だぞ!ここで止めるなどあり得ぬ!」
「本国の者どもは前線の状況を理解できていないのか!」
「しかし、戦後の事を考えれば・・・・・」
「貴様臆したか!?」
「本国の馬鹿貴族どもめ!」
司令部に詰める殆どの指揮官たちが怒りを露にする。しかし、中には戦後の事を考えて、停戦やむなしとする者もいた。
「陛下。内務省の者達の言葉など無視しましょう!」
「そうです。奴らは何も分かっていません!」
そして、怒っている者の数人が、本国の意志を無視するように、俺に進言する。俺は、そんな彼等を睨むことで黙らせる。
「いいですか。我々国軍は、国の意志で動く物です。国が戦争を止めろと言うなら、我等は止まらなくてはならないのです」
「ですが陛下――」
「黙りなさい!」
話そうとした指揮官は、俺が大声を上げたことで黙る。
「私の話は終わっていません」
「も、申し訳ありません」
「だから、最初に時間が無いと言ったのです。これ以上長引く前に、王都を陥落させなければなりません」
時間はなく、短期で陥落させなければならない。しかし、犠牲も抑えなければならない。両立しない条件が、司令部を苦しめる。
長い沈黙が場を支配する。誰もがこの状況を打開する作戦を考えていた。
俺はその様子を見て、犠牲を容認することにした。認めたくはないが、仕方が無い。苦渋の決断である
「仕方ありません。多少の犠牲もやむ――」
「失礼しま~す」
犠牲を容認しようとした直前、一人の男が司令部へと入ってきた。
「何の用かね?今は作戦会議中だよ。セリノ君」
レオンシオ将軍がセリノと呼んだ男は、レオンシオ将軍の質問を無視し、俺の前まで来ると跪いた。
「初めまして陛下。私の名はセリノ・プール。研究開発局の職員です」
「なぜここに研究開発局の職員が居るのですか?」
「新兵器の試験を実戦でやりたいと、出発直前に開発局から言われまして、同行させました」
レオンシオ将軍が俺の質問に答える。
「新兵器?」
俺はレオンシオ将軍が発した一言に注目する。
「はい。陛下が最優先での研究を依頼した物・・・・・大砲です」
セリノが答える。
「!!。何門ですか?」
「試験用に6門持って来ております。人員を貸していただければ直ぐに動かせます」
俺はセリノから視線を外し、レオンシオ将軍の方を向く。
「レオンシオ将軍!」
「ハッ!」
レオンシオ将軍は席から立ち上がり、その場に跪く。
「軍から人員を割き、セリノ指揮の元、大砲を使用できるようにしなさい」
「畏まりました」
「クレイグ将軍!」
「ハッ!」
「市街地戦の指揮を執りなさい」
「必ずや勝利して見せます!」
俺は両将軍の返答に満足し微笑むと、司令部に居る全員を見回す。
「明朝、攻撃を開始しなさい。壁に籠る敵に、目にもの見せてやるのです!」
「「「「ハッ!」」」」
その夜の作戦会議は、俺の激励の言葉で終了した。偶然持ってきていた大砲のおかげで、苦渋の決断を免れた俺は、司令部の外で、ひっそりと胸を撫でおろした。
星の瞬く夜は過ぎ去り、決戦の朝になった。
「大砲の固定完了!」
「火薬は慎重に扱って下さいね。量を間違えると大変なことになりますから」
「了解です!」
昨日、我軍の行く手を阻んだ堀からだいぶ離れた位置で、大砲の準備が進んでいた。
「砲身内異常なし!」
「火薬、砲弾、装填完了!」
「よし。命令あるまでそのまま待機」
北方遠征軍の兵士全員が見守る中、砲撃の準備が整った。
「砲撃よ〜い。撃て!」
セリノの合図で、6門の砲が一斉に火を噴く。轟音。この大陸初の砲声が、空気を振動させる。そして、少しの間を置いて、今度は王都の街壁で轟音が鳴り響く。
「弾着確認!命中2。至近弾1。遠玉3」
「この距離からの射撃ならば、まあまあの結果ですか・・・・・角度修正。修正後にもう一度射撃」
「了解!」
セリノが指示を出し、遠弾をだった大砲の角度が調整される。
「射撃準備完了!」
「撃て」
再びの砲声。そして、少しの間を置いて、着弾した弾が壁に亀裂を生じさせる。
「命中4。至近弾2」
「射撃続行」
断続的に砲声が響き、飛来した弾が次々に街壁に突き刺さる。そして、徐々に壁が崩れ始める。
「よ~い。撃て」
第5射目が行われ、ついに壁の一部が根元から崩れる。
「よし、前進だ。歩兵部隊は壁が崩れた部分に向かって進め。弓兵も前進し、歩兵を援護しろ」
それを見たクレイグ将軍が前進命令を出す。
「大砲は移動せよ。突入経路を増やすのだ」
レオンシオ将軍が砲を移動させ、再び射撃させる。
「敵の攻撃に気を付けて前進だ!」
「弓兵は射撃を絶やすな!敵の頭を抑えろ!」
命令を受けた歩兵たちが堀に板を掛け、次々と突破していく。弓兵たちは、敵が頭を上げられない様に矢を射続ける。
「何だよ!一体何なんだよ!この攻撃は!?」
「俺にだって分からないよ!もの凄い音がしたと思ったら、いきなり壁が揺れたぞ!」
「くそっ!またあの音だ。いったい何なんだよ・・・・・また壁が崩れたぞ!?」
敵は未知の攻撃に混乱し、集中した防衛戦闘が行えないでいた。また、命令の混乱によって壁の上で防衛することになった敵兵たちは、砲撃によって発生した壁の崩落に巻き込まれる事となった。
「よし!取り付いた」
「待ち伏せに注意しつつ、崩れた個所から侵入しろ!」
そうこうしている間にも、最前列の兵士たちが壁に到達。大砲によって崩された個所から侵入し、街へとなだれ込んで行った。
「くそ!入ってきやがった」
「増援を寄越せ!俺達だけじゃ無理だ」
「この侵略者共が!――ぐふっ!」
混乱の影響か、崩れた個所にはさほど兵士がおらず、歩兵たちは僅かな抵抗を排除し、壁の奪取へと向かった。
壁の上では未だに少数の敵兵による射撃が続いていたが、侵入した歩兵によって瞬く間に制圧された。
「撃ち方止め。撃ち方止め!味方の歩兵が壁の奪取を開始した」
壁の奪取は短時間て行われ、敵は街の内部へと戦闘を続けながら下がっていった。
「報告!壁とその周辺を制圧。敵軍は市街の中心部に向けて撤退していきます」
「よし、門を開けて騎兵を入れろ」
クレイグ将軍の指示によって、閉じられていた門が開けられ、騎兵たちが侵入して行く。騎兵達は広い通りを走り抜け、邪魔する敵兵を蹴散らして行った
「俺達は小道を制圧する。全員続け!」
「バリケードだと?そんなものさっさと壊せ!」
「勝利は目の前だ。死ぬんじゃねぇぞ!」
歩兵部隊は、敵の設置したバリケードを乗り越え、敵を追撃した。そして遂に、王城へと到達。一時間の戦闘によって、立て篭もる敵兵を一掃した。
「終わりましたか」
戦闘開始から半日。トスカナ王国王都は遂に陥落。王城の塔の頂にヴィクトリア王国旗が翻った。
「陛下!トスカナ王国の国王を捕らえました」
俺の元に、元クラスメイトが兵士に囲まれて連れてこられる。
「他の3人はどうしたのですか?」
「まだ見つかっておりません。現在、全力で捜索中です!」
「よろしい。トスカナ王は王城の部屋にでも監禁しておきなさい。後ほど、どうするかを決めます」
俺がそう言うと、怯えた元クラスメイトは兵士達に連れていかれた。
「長かったですね。ですが、ようやく終わりです」
俺は、ボロボロになった王都を見ながら、一人呟いた。
長く続いた北方戦争は、トスカナ王国の降伏で幕を閉じた。




