北方遠征Ⅱ
トスカナ王国国境部にあった街を占領した北方遠征第一軍は、翌日から作戦を決行。軽騎兵6,000を200ごとの隊に分け、補給路の襲撃と、近隣に点在する農村の略奪を開始した。
今回の北方遠征では、各軍の役割が決められ、作戦は段階的に行われる。
第一段階。第一軍による敵都市の奪取。
第二段階。第一軍よる敵国内の農村の破壊。
第三段階。第二軍による前線への攻撃と、それによる前線の押し上げ。
第四段階。第一軍と第二軍による敵軍の挟撃。また、それによる敵軍の殲滅。
以上の四つによって、北方戦争を集結させ、リトシアを救うのである。それでは、それぞれにはどのような意図があるのだろうか。第一段階では、第一軍がトスカナ王国内で活動するための拠点を確保する意図がある。機動力のある軽騎兵たちには必要ないが、僅かに含まれる歩兵と弓兵には必要だからだ。第二段階では、敵国の食料生産力の低下と、難民を発生させる意図がある。難民を発生させることで、物資の消費を増加させ、前線へと送られる割合を少なくすることが出来る。また、難民たちが野盗化すれば、治安は一気に悪化し、前線への輸送も野盗達に襲われる可能性も出てくるだろう。そうなれば、トスカナ王国は治安回復と我々の討伐のために、前線から幾分か兵士を帰還させなくてはならない。第三段階の目的は、リトシアからの戦線引き離しである。現在の戦線はリトシア王国の王都に近い。この状況では、不安になった貴族達が自分の命と財産の保証を約束に、勝手に降伏する可能性もある。この可能性を潰すために、戦線を王都から引き離さなくてはならない。第四段階では、敵の継戦能力を奪う意図がある。兵士がいなくなり、継戦が困難になれば、四ヶ国も降伏するしかなくなる。
既に第一段階は完了。作戦は第二段階に移動していた。
「報告!都市周辺に点在する農村は全て破壊致しました」
「うむ。農民への被害は?」
「抵抗した者が負傷した程度で、死亡したものはおりません!」
「よろしい。今後は行動範囲を拡大し、農村の破壊を継続せよ」
「ハッ!了解いたしました」
そう返事をした兵士は、踵を返して部屋を出て行った。見送った俺とグレイグ将軍は、再び向かい合って茶を飲むことを始めた。昼食後のティータイムである。
「計画は順調。後はトスカナ王国がねを上げて、軍団を前線から引き上げさせれば、勝負はつきますな」
「ええ、そうなりますね。後は第二軍の活躍次第といったところでしょうか」
俺はお茶の入ったカップを口に運ぶ。今日は果物を干したものだろうか。自然な甘さがある。
「それにしても、第二軍の将軍が羨ましいです」
「あら、何故ですか?」
クレイグ将軍が唐突に話題を変える。俺はカップをソーサーに戻してから、彼に対して口を開いた。
「あれほどの大軍を率いるのです。同じ軍人として、羨ましくない者はいないと思います」
クレイグ将軍は、心底羨ましいといった風にため息を吐いた。
「この先、我が国が領土拡大を続けるならば、貴方が大軍を率いる機会もあるでしょう。そして、私はこれで止めるつもりはありません」
俺は微笑みながら、クレイグ将軍に言った。
「貴方にも機会はありますよ」
そう言った後、俺は再びお茶を口にした。
リトシア王国西部 北方戦争前線 司令部
第二軍はリトシア王国に入ったのち、直ぐに前線に駆け付けた。これにより崩壊寸前であった前線は、何とか持ち直すことができた。それから一週間。第二軍は、元々あった陣地の補強を行い、強固な防衛陣地を構築、敵の攻勢を完璧に凌いでいた。
この第二軍の指揮を執っている将軍は、レオンシオ・ウィロビー。先のカルディナ王国戦でも将軍を務めた、ヴィクトリア王国で唯一、実戦における軍の指揮経験がある将軍であった。
「敵軍は我軍が到着したことで進軍を停止。それ以降、散発的な攻撃が繰り返し行われております」
「敵軍の戦力は?」
「三ヶ国軍の指揮官の話では約三万。現在、より詳しい数の把握と、兵種の確認を行っております」
この日、レオンシオ将軍以下部隊指揮官たちは、これまでの戦況の報告と今後の計画の確認の為に集まっていた。
「補給状況はどうなっている?」
「陸路を通じて、本国から続々と送られてきております。鮮度の問題で補給できないものは現地で調達しております」
「よろしい。第一軍の状況はどうか?」
「今朝、早馬により報告が来ました。第一軍は一週間ほど前にトスカナ王国国境部の街を占領。現在は敵補給路の襲撃と敵国領内の農村を襲撃中とのことです」
「分かった。それでは計画通り、我軍はこのまま、前線の維持を継続する。攻勢はトスカナ王国軍の離脱が確認されてから行う。王国に勝利を!」
「「「王国に勝利を!」」」
レオンシオ将軍は、軍議が終わると天幕を出た。彼が向かったのは、陣地に張られている、無数の天幕の一つである。他のものより離されたところに張られたそれは、来客を待機させておく時に使われるものだった。
「遅れてすまない」
レオンシオ将軍は天幕に入ると、遅れたことを詫びた。
「いや、待つことは苦痛ではない」
待っていた人物はイライザである。彼女はリトシア王国との仲介役として、第二軍と行動を共にしていた。
「そうか。それで、リトシア王国の返答はどうだったかね?」
「思わしくない。彼等が攻勢に加わる事は難しいだろう」
「ふむ。やはり、敵と正面からぶつかる力は残っていないか」
レオンシオ将軍は難しい顔で頷いた。
「ならば、我が軍だけで敵を蹴散らすしかないな」
「そういう事だ。しかし、数ではほぼ同じ―――いや、第一軍を含めれば敵以上、練度でも恐らく敵以上。この状況で、何故三ヶ国の兵まで使おうとする。自軍だけで十分ではないのか?」
レオンシオ将軍の、仕方ないと言った様子に、イライザは疑問をぶつけた。
「陛下に、犠牲は出来るだけ少なくするように厳命されていてな」
イライザの疑問に、レオンシオ将軍は髭を弄りながら答えた。
「必要な犠牲であればいくら払っても構わない。しかし、必要でない犠牲なら、今後の為に最小限にしろとのことだ」
「まだ始まってもいないのに、もう次の事を考えているのか。貴官らが敬愛する陛下は随分と気が早いな」
「こんなところで立ち止まってはいられんよ。陛下が成し遂げようとしている事は、まだまだ始まったばかりなのだからな」
そう言ったレオンシオ将軍は、来客用の天幕を出て、司令部へと戻っていった。
第一軍の行動が開始されてから二週間―――第二軍が前線についてから三週間―――が経過したが、前線は未だに膠着したままであった。しかし、この日遂にトスカナ王国が音を上げた。国内の農村を襲撃され続けた彼等は、このままでは税収が回収できないどころか、大量の餓死者まで出る恐れがあると判断。国内の第一軍討伐の為、前線から軍を戻すことに決定した。
「報告します!トスカナ王国軍が離脱していきます!」
「「「おぉ!」」」
報告を受けた司令部は喜びの声に包まれた。それと同時に、レオンシオ将軍が座っていた椅子から立ち上がった。
「全軍の準備はどうか?」
「ハッ!全て問題ありません。兵たちもやる気充分です!」
「よろしい。全軍へ通達。これより二日後。我軍は、敵軍撃破と戦線の押し上げのため、攻撃を開始する!」
こうして、第二軍は二日後の攻撃開始に向けて準備を始めた。一方の四ヶ国軍もトスカナ王国軍が離脱したことで、敵が攻めてくることを予想。戦闘の準備を開始し、双方が全力を尽持ってぶつかる会戦は避けられぬものとなった。
二日後の午前。両軍は戦闘準備を完了。期ぜずして同時刻に行軍を開始した両軍は、中間地点である草原で会敵。布陣を完了させ、戦闘開始の命令を待っていた。
「ふむ、敵は我軍と正面からやり合うつもりか」
「劣勢とはいえ、数の差はそこまで無いからな。それに、敵としては我々をここで粉砕し、邪魔なく王都を目指したいのだろう」
第二軍本陣では、レオンシオ将軍とイライザが敵の陣形を見て話していた。
「それならば、こちらも正面から堂々とぶつかろう」
「こちらとしても正面からぶつかる事は歓迎だからな」
「そういう事だ・・・・・伝令兵!」
「ハッ!」
「歩兵部隊に伝令。前進し、敵軍を粉砕せよ」
「了解致しました!」
少しして、伝令を受けた歩兵部隊が全身を開始した。また、それに追従して弓兵部隊も前進。歩兵部隊を援護できる位置まで移動した。
「騎兵は合図があるまで待機。しかし、敵騎兵が歩兵の側面を脅かすようなら対処せよ」
「報告!敵軍が前身を開始。歩兵を前衛に突撃してきます」
第二軍の前身に合わせ、敵軍も前身を開始した。両軍の距離は一気に縮んでいく。
「射撃よーい。放てーー!」
射程に入った歩兵に向かって、両軍の弓兵が射撃を開始した。計一万を超える矢が空に放たれ、陽の光が一瞬遮られる。そして、放物線を描いた矢は、前進していた歩兵たちに容赦なく降り注いだ。
「密集しろ。盾を構えて矢を防ぐんだ!」
「怯むな!盾で防――ぐぁ!」
「隊列を崩すな。敵歩兵は目の前だぞ!」
両軍の兵士たちは矢に撃たれながらも前進。そして、遂に激突した。
「敵を蹴散らせ。王国に勝利を!」
「何としてでも勝つぞ。ここで勝利できれば戦争は終わる!」
「これで三人――ぐはっ!」
あちらこちらで怒号と悲鳴がこだまし、血しぶきが飛び散る。歩兵同士が激突した正面は、一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化した。しかし、そんな光景をレオンシオ将軍は冷静に眺めていた。
「中央は拮抗――いや、僅かに敵が押しているか。右翼と左翼はどうか?」
「右翼、左翼共に優勢。敵を押し込んでいます!」
レオンシオ将軍は頷くと伝令を呼び、新たな命令を下した。
「よし、中央の部隊に命令。ゆっくりと後退し、敵を引き込め!」
「ハッ!直ちに伝えます」
レオンシオ将軍の命令により中央の部隊が下げられた。敵は、このままでは包囲されると分かったのか、中央をぶち抜いて突破しようと、更に勢いを増す。
「全弓隊に下命。中央に引き込んだ敵兵に射撃を集中」
「ハッ!」
しかし、そうはさせまいと、レオンシオ将軍が弓兵へと命令を下す。
「両翼を前進させ敵中央の側面を攻撃。騎兵は敵軍後方に機動させろ」
突撃してきた敵の中央に、第二軍の全弓隊による全力射撃が加えられた。また、それと同時に両翼と待機していた騎兵が動き、敵を包囲する。
「くそ、中央の部隊を後退させろ。このままでは突破する前に壊滅する!」
「両翼は中央を後退までの時間を稼げ。ここが踏ん張りどころだぞ!」
「騎兵部隊を敵騎兵にぶつけろ。後方に回らせるな!弓隊も援護だ!」
敵軍は何とか対応しようとするが、既に中央は大損害を受け後退。両翼も押し込まれつつあった。
「これまでか。撤退する!」
四ヶ国軍の指揮官は、これ以上やっても勝てないことを悟り、撤退を指示した。
「撤退だ!退けーー!」
「退却しろ、急げ!敵の追撃で死にたくないだろ!」
四ヶ国軍は撤退命令が出ると、蜘蛛の子を散らす様に逃げ始めた。
「騎兵部隊に追撃命令。敵を一人でも多く殺せ。しかし、深追いはするな」
「ハッ!」
「その他の部隊は休息を休息をとれ。明日には侵攻を開始する」
レオンシオ将軍は幾つか命令を出すと、戦闘の終わった草原へと目を向けた。草原には敵味方の兵士の死体が散乱していた。しかし、その多くが四ヶ国側の兵士の物だった。それを確認した将軍は、張り詰めていた力を抜くように息を吐いた。
「今回も勝てたか」
「緊張していたのか?」
それを見たイライザが笑みを浮かべながら、からかう様に言った。
「ああ。正直、勝てるかどうか分からなかったぞ。勝てていても被害が大きくなると思っていた」
「しかし、結果は大勝。兵の被害も、少なくとはいかんが、許容範囲内だ」
「そうだな。これで陛下にも、胸を張って報告できる」
レオンシオ将軍はそう言って笑った。
「それでは、明日に備えて休むとしよう。思った以上に疲れたからな」
そう言って、レオンシオ将軍は自分の天幕に戻った。残されたイライザは、暫く戦場跡を眺めていたが、日が傾きつつあるのを確認し、自らの天幕へと戻った。
トスカナ王国で作戦を行っていた第一軍は、第二軍勝利の知らせを受け取ると、直ちに行動を開始。撤退中の四ヶ国軍を殲滅し、第二軍と合流すべく移動を開始した。
六日後。移動を続けた第一軍は、四ヶ国軍を発見。
「四ヶ国軍の規模は!?」
「偵察に出した斥候の報告では、およそ15,000」
「離脱したトスカナ王国軍は6000程。という事は、第二軍は9000もの損害を与えたのか?」
クレイグ将軍は、情報から算出された第二軍の戦果に驚いた。
「レオンシオ将軍は期待以上の働きをしてくれましたね」
俺は笑みを浮かべると、何時もの様にお茶を口に運ぶ。
「こちらも負けていられませんな――これより攻撃を開始する。準備にかかれ!」
クレイグ将軍はやる気に満ち溢れた顔で、各部隊の指揮官たちに命令を下した。それに対し、指揮官たちもやる気に満ち溢れた様子で敬礼を返した。
「あくまで時間稼ぎです。欲を出して此方の被害が大きくならぬよう注意してください」
俺はクレイグ将軍と指揮官たちに釘を刺した。こんなところで、無駄に兵士を犠牲には出来ない。
数時間の準備を終えた第一軍は、四ヶ国軍に向けて攻撃を開始。軽騎兵の足を生かし、敵陣を掠める様な一撃離脱を繰り返した。
「正面からぶつかるな!敵陣の端を掠めろ!」
「欲を出すなよ。俺達はあくまで足止めだ!」
指揮官たちが命令を大声で叫び、兵士たちはそれを忠実に守った。そのおかげか、此方の損害は驚くほど少なく済んでいた。
「弓騎兵はどうか?」
「大きな打撃にはなっていませんが、敵への牽制としては上手く働いています」
俺とクレイグ将軍は、的側面で矢を放っている一団に目を向けた。そこには、騎兵に同乗している弓兵が、停止した馬の背から、敵に向けて射撃をしている姿があった。
「陛下も突飛な事を思いつきましたな」
「二人乗りをしているため馬の持久力に問題がありますが、第二軍が到着するまでなら持つでしょう」
俺はクレイグ将軍の言葉に、微笑みながら答えた。
「しかし、何故止まってから射撃するのですか。手綱は前に乗る兵士が持つのですから、後ろの弓兵は移動中でも射撃すればいいのではないですか?」
「移動しながらの射撃など当たりませんよ。それに、移動中に射撃しようとしたなら、バランスを崩して落馬してしまいます」
上下に激しく揺れる馬の上から、離れた相手に矢を当てることはかなり難しい。長年訓練された者なら出来るかもしれないが、一日も経っていない者には無理な芸当である。元の世界にも16世紀後半ごろに出来た竜騎兵なるものが居た。彼等も、射撃をする時は止まっていたし、国によっては馬から降りて射撃するものもあった。
弓騎兵たちは敵に射撃をし、敵が対応しようと近ずくと機動力を生かして逃げた。そうして、諦めた敵が軽騎兵の対応に戻ると、再び撃てる位置に付き、射撃を始めた。敵は次第に、どちらに対応すべきか分からなくなり、攻撃はまとまりのない散発的な物になっていった。
「報告!敵後方に新たな軍団が出現」
「よし。軽騎兵を集合させろ。待機していた歩兵にも突撃の準備だ」
そんなタイミングを見計らったかのように、第二軍が戦場に到着した。
「終わりですね」
俺が呟くと共に、第二軍の兵士たちが敵に向けて突撃を開始した。また、それに合わせる形で第一軍も突撃を開始。敵は挟撃される形となり、その数を一気に減らしていった。敵軍は挟撃されながらも、何とかこの状況を脱しようと奮闘した。しかし、状況は変わらず、多大な犠牲を出した四ヶ国軍は、遂に降伏した。
こうして、四ヶ国軍は壊滅。敵は戦力を失い、継戦は不可能となった。唯一残ったトスカナ王国軍も、兵力的に不利であり、降伏は時間の問題であった。
長く続いた北方戦争は、ようやく終わろうとしていた。
遅くなってすみませんでした。失踪はしませんので、完結まで温かく見守ってください。




