再び孤児院へ
ヴィクトリア王国王都の中央通り。俺は久しぶりに、そこを歩いていた。最近は部屋で書類と格闘する日々を過ごしていたが、数刻前にようやくその地獄から解放されたのである。
「ここは良いですね。賑わっていて、歩いているだけでも楽しい気分になります」
王都の中央通りは何時もの様に賑わっていた。この様子だけで、わが国の豊かさが伝わってくるようだった。露店には多くの商品が並び、品数の多さに舌を巻くほどだ。大規模な商店では客足が途絶えることがなく、店員たちが対応に追われ、嬉しい悲鳴を上げている。
「あまり来ないので、何を見ても楽しいです!」
後を歩くリーナがはしゃいでいた。彼女は外見的には俺やアーニャよりも上だが、精神は俺達よりも幼い印象を時々受ける。
「私は静かなところの方が好きですね。ここは少し騒々しいです」
「アーニャは静かなところの方が好きでしたか。それなら、次に出かけるときは森や湖などの静かなところにしましょうか」
「お願いします」
アーニャとはそれなりの時間を一緒に居るが、未だに好みを把握できていない。しかし、それも追々分かるだろうと思った俺は第三の同行者に声を掛けた。
「貴女はどうですか?未来 希さん」
「興味ないわ。それよりも、王宮から連れ出してこんなところに連れてくるなんて、どういうつもり?」
三人目の同行者、未来 希は不機嫌そうに答えた。彼女はこの国に来たその日から、王宮の部屋に軟禁されていた。なぜ、これまで彼女が軟禁されいたかというと、彼女の今後をどうするか決めることを後回しにし、他の貴族たちの今後を決めていたからだ。俺の判断により、旧カルディナ王国貴族たちは、身分を剥奪された。しかし、その財産と土地は残され、わが国によって働き口を斡旋された。それにより、大体の者が今までよりは質素だが、食うに困らぬ生活を送っていた。しかし、一部の貴族は借金を抱えていたようで、身分が剥奪されたその日に、今まで身分をかさに着て逃れていた借金取りたちに捕まり、激しい取り立てにあい、困窮した。
「こんなところに連れ出したんだから、私の処遇は決まったんでしょう」
「ええ、決まりましたよ」
正直に言うと、彼女の今後を決めるのにひと悶着あった。彼女は敗戦国の統治者である。本当ならば全責任を被せられて処刑されてもおかしくはなかった。というよりも、いくつか出された案の一つにあがっていた。しかし、元クラスメイトを処刑する程、俺は無常ではない。最初は、どこか辺境の城にでも一生幽閉しようかと考えた。だが、どこから聞きつけたのか芳賀が怒鳴り込んできたのだ。そのまま小一時間かけて説得され、城への幽閉は止めることにしたのだ。ではどうするか。悩んだ結果、俺は彼女を孤児院に預けることにした。
「貴女を孤児院に預けることにした」
「はぁ!?孤児院。なんでそんなところに――」
「本来なら処刑されてもおかしくなかったのですよ。命が残っただけでも感謝してください」
彼女はムスッとした表情になり、そのまま黙ってしまった。話すこともなくなった俺達はそのまま、黙々と市街を歩き、やがて孤児院に着いた。孤児院に付いた俺達を出迎えたのは、元気な少女の声だった。
「あーー、お姉さんだー」
声のした方を見ると、事件の時に、俺にお礼を言った少女が笑顔で此方に駆けて来ていた。彼女の名前はルナという。孤児院にはあの事件以来、時々遊びに来るようになったが、その経過でこの少女とは親しくなり、名前を教えてもらった。
「久しぶり~。今日はどうしたの?」
彼女は俺のところまで来ると、そのままの勢いで俺に抱き着いてきた。俺は彼女の頭を撫でながら、今日来た理由を簡単に話した。
「今日はクラリサに会いに来たの。少し話したいことがあってね」
「お母さんに?」
「ええ、そうよ。今どこにいるか知ってる?」
俺は微笑みながら彼女に聞いた。ルナは元気に頷くと、孤児院を指さして言った。
「孤児院の中で年下の子達の面倒見てると思う」
彼女がそう言った時、扉が内側から開いた。
「ルナ。誰とお話ししているの。御客人でも来ているの?」
そうして出てきたのはこの孤児院の管理者で、孤児たちの母親代わりのクラリサであった。彼女は此方を見ると、一瞬驚いた顔になったが、直ぐ笑顔になり、俺達を中に通してくれた。中では子供たちが元気に遊んでいた。
「ここは話すには騒がしいと思いますので、私の部屋に参りましょう」
「ここでいいですよ。子供に聞かせられぬ話と言う訳ではありませんし、子供たちから目を離しては心配でしょう?」
クラリサは感謝の言葉を言いながら、いすを並べ俺達が座れる場所を作ってくれた。
「孤児院の方は問題ありませんか。食べ物は十分ですか?」
席に着いた俺は本題の前の軽い雑談をしようと、クラリアに話題を振った。
「おかげさまで、子供共々健やかに過ごさせて頂いております」
「そうですか。それは良かった」
「そういえば、以前来た時に居た少年はどうしたのですか。姿が見えないようですが?」
「彼は自立すると言って出ていきました。今は商店で奉公をしているらしいです」
「立派に育てたのですね」
「はい。立派に育ってくれました」
そう言った彼女は誇らしげな表情をしていた。彼女は母親として立派に勤めを果たしていた。そんな彼女だから、初めて会った時助けようという気になったのかもしれないと、俺は一人考えていた。
「それで、今回来られたのはどういた御用があっての事でしょうか?」
「そうでした。今回来たのは――」
「お姉さーん」
俺が今回来た理由を話そうとした瞬間、ルナが俺達の所に走りこんできた。そして、椅子に座る俺の膝の上にピョンと飛び乗り座った。
「ルナ!失礼でしょう。直ぐに降りなさい!」
クラリサがルナを叱りながら、俺に申し訳ないと謝ってきた。俺は彼女を手で制すると、ルナの頭を撫でながら問題ないと伝えた。
「本当に申し訳ありません」
「問題ありませんよ」
俺とクラリサを他所に、ルナは俺の膝の上で足をパタパタさせながら、満面の笑みを浮かべていた。
「それで、本日此方に来られた理由ですが・・・・・」
「ああ、そうでしたね。今日来たのはこの孤児院に、人を預けたいと思いまして」
「そうでしたか。今は余裕がありますから、大丈夫ですよ。それで、その子は今どちらに?」
「その子なら私たちと一緒に居ますよ。希さん、ご挨拶を」
俺が希に挨拶を促すと、彼女は俺を一瞬睨んだ後、クラリサにお辞儀をした。クラリサは希に返礼した後、真剣な表情で俺の方を向いた。
「何か理由がおありの様ですが、それについては聞きません。大恩ある貴女様からの頼みですから」
「ありがとうございます。ひと通りの事は自分でできますので、お手伝いとしても使ってください」
「分かりました。幼い子達のお世話を手伝ってもらう事にします」
「そうしてください」
「わーい!新しいお姉ちゃんができたー」
希がこの孤児院に住むことが決定すると、ルナが大はしゃぎで喜んだ。俺は彼女の頭を撫でながら、笑顔でルナに話しかけた。
「ルナちゃん、希さんをよろしくね?」
「うん!」
彼女は元気よく頷くと、俺の座の上から飛び降り、希の手を掴んで強引に他の子達の所へ連れ出しって行った。希は困った顔をしながらも、ルナに従って子供たちの所へ連れ出されて行った。
「それでは、私たちはこれで失礼します。彼女をよろしくお願いします」
俺達はクラリサと子供たちに見送られ、孤児院を後にした。
俺達が孤児院でクラリサと話していた間、王宮では一人の女性が深刻な表情で悩んでいた。
「彼女たちをどうにかして祖国に・・・・・だが、一体どうすれば」
彼女、イライザは昨日断られたリトシア王国救援の話をどうにか纏められないか、ああでもない、こうでもないと、頭を悩ませていた。
「だめだ!まったくいい案が浮かばない」
行き詰ってしまった彼女は椅子から立ち上がり、気分転換でもしようと部屋を出た。
イライザは一人静かに考えられる場所を求めて歩いていた。そして、彼女は中庭へと辿り着いた。中庭は良く手入れが行き届いていた。花壇には溢れんばかりの花々が咲き乱れ、木々は青々とした葉を生い茂らせている。中心には東屋があり、テーブルとそれを囲む四つの椅子があった。彼女はその椅子の一つに腰をかけると、景色をぼんやりと眺め始めた。
どれ位経ったであろうか。彼女がぼんやりと景色を眺めていると、こちらに人が歩いてくる足音が聞こえた。イライザはゆっくりと足音のする方に顔を向けた。すると、こちらに歩いてくる青年の姿が目に入った。青年はイライザを見ると多少驚いたようだったが、そのまま東屋まで進み。彼女の正面の椅子に腰をかけた。
「ここに人がいるなんて珍しいね」
青年は意外そうに言った。そんな青年に対し、イライザは初対面ということで名前を聞いた。
「貴方は誰だ?」
「初めての人には自己紹介。この頃はそんなことをする機会もなくなっていて、すっかり忘れていたよ・・・・・私の名は月島 翔也。ヴィクトリア王国国王。内務卿兼財務卿もしている」
それを聞いたイライザは、慌てて席から立ち上がり、礼をしようとしたが、月島はそれを止めた。
「畏まらなくてもいいよ。それよりも、君の名前を教えてくれるかな?」
「私はイライザ・ファロンと申します。陛下」
「イライザか。良い名だね。」
「ありがとうございます」
「それで、こんな所で何をしていたんだい?」
「考え事に疲れたので、ここで休んでおりました」
「そうか、良ければお喋りでもしないかい?」
月島の誘いに、別にすぐにやらねばならぬ事も無かった、と思ったイライザは、その誘いを受けることにした。
二人の話は今日の天気から中庭の風景、王宮での日常など、話題が尽きることなく続いた。
「それでは、ヴィクトリア王国は四人の王によって統治されているのですね?」
「そういう事になるね。それぞれが得意な分野を担当している。担当分野に関しては独自の裁量で物事を決めてもいいことになっているけど、国家全体の方針については全員の議論によって決定されるよ」
話題は何時しか、この国の統治体制と、それを統治する者達へと変わっていた。
「そうなると、四人の立場は対等という事ですね?」
「立場的にはね」
イライザは、彼からアナスタシアに頼んでもらえば、リトシア王国に救援を送ってもらえるかもしれないと思った。
「それでは、お願いしたいことがあります」
「お願い?」
「はい。貴方様からアナスタシア女王に、リトシア王国に救援を送るよう言ってくださりませんか?」
「何故そんなことを?」
イライザは月島に協力してもらうために、リトシアから送られてきた、自分以外の彼女達の事を語った。
「そういう事なら協力してあげてもいいけど、彼女が私の言葉を聞き入れる可能性は低いと思うよ。特にこの件に関してはね」
「構いません。どれだけ低くとも、私にはそれ以外の手が思いつかないのです」
そんな彼女の必死さを見た月島は、もっと確実な方法を教えることにした。
「私から頼むより確実な方法があるよ」
「それはいったいどのような方法でしょうか!?」
彼女は月島の言葉を聴くと、早く教えて欲しいというように、月島に詰め寄った。月島はそんな彼女に、落ちつくように指示したあと、方法を話始めた。
「簡単な事だよ。彼女は身内になった者の頼み事はだいたい聞いてくれるんだ。特に女性の頼みとあればね」
「つまりはこの国の誰かの元へ嫁げと言うのですか?」
「うーん?大体あってるけど、少し違う」
「どういう事ですか?」
イライザは理解出来ず、月島へ尋ねた。
「彼女の身内っていうのは、何も家族だけじゃないんだ。唯一無二の親友。志を同じくする同志。それに、彼女の所有物も身内に入るのさ」
「彼女の所有物?」
「そう、彼女の所有物」
月島の意味深げな言葉に、イライザは頭を傾げた。
「さて、私はそろそろ失礼するね。仕事があるから」
そう言って、月島は中庭か立ち去って行った。後に残されたイライザは、月島の先ほどの言葉について考え続けた。
孤児院から戻った俺は月島から、リトシア王国救援の話を持ちかけられた。しかし、その場では考えておく、とだけ言って執務室に戻った。執務室に戻った俺は、おおかた、リトシアから送られてきた女性たちの誰かから単まれてのだろうと思い、気にすることは無い、と執務を始めた。そんな時であった。イライザが俺の執務室にやって来たのだ。彼女は入室の挨拶もそこそこに、俺へお願いをしてきた。
「以前断られてしまったが、どうしても諦めがつかない。どうか、リトシア王国を救ってくれ。頼む!」
彼女の突然の行動に、多少面食らってしまったが、俺はとりあえず彼女を席に座らせ、落ち着いて話せるようにした。
「それで、リトシア王国救援の話でしたね」
「そうだ。何とか救ってもらえないだろうか?」
彼女からは何が何でも諦めないという無言の決意が感じ取れた。俺はそんな彼女にため息をつくと、彼女の説得に入った。
「前回も話しましたが、彼の国に救援のための兵を送るのは、距離的に考えて無理です。出来たとしても不利益です」
「それは分かっている。だが、何とかならないだろうか」
「残念ですが無理です」
「そうか。ならば仕方がない」
彼女の言葉を聞いた俺は、ようやく諦めてくれたかと安堵した。しかし、彼女は諦めてなどいなかった。
「ならば、リトシア王国を救ってくれたなら、私を貴女に差し上げよう。煮るなり焼くなり、弄ぶなり好きにしてくれてかまわない」
「へ?」
彼女の言った言葉を理解できなかった俺は、気の抜けたような声を出してしまった。しかし、直ぐに頭を働かせ、彼女の言った言葉を理解した俺は、猛然と彼女に反論した。
「貴女は何を言っているのか分かっているのですか?それに、貴女にそれだけの価値があると言うのですか?」
「自分が何を言っているかは十分承知している。それから、私にそれだけの価値があるかは貴女に判断してもらおう」
そういうと、彼女は自分にどれだけ価値があるのか話し始めた。
「貴族の令嬢であること。軍の指揮官経験がある事。自分でいうのも何だが、美人であること。剣術が得意であること。戦術、戦略にも理解がある事。掃除洗濯ができる事・・・・・・・」
彼女はひたすらに自分の技能、身分、知識を俺達に話した。
「もう結構です。貴女の価値は良く分かりました。ですが、やはり貴女にそれだけの価値があるとは思えません」
「だが、リトシア王国が滅べば、困るのは私たちだけではないぞ」
俺はその言葉にドキリとした。彼女の言っていることが理解できたからだ。だが、俺はあえてとぼけた。ここで彼女に弱みを見せる訳にはいかないからだ。
「どういう事でしょうか?」
「とぼけても無駄だ。とっくに気付いているのだろう。リトシアが滅べば、貴女達の国が劣勢になることを」
「そのことですか。ですが、長年の戦争で疲弊した国など、どうとでもできます」
俺は強い姿勢で、彼女の意見に対応した。しかし、彼女は余裕を崩さなかった。
「確かに、疲弊した状態ではどうとでもなるだろう。だが、彼等が完全に立ち直ったら、この国とて危ういと思うぞ」
「立ち直る前に叩けばよいだけです」
「そんなことが本当に出来るのか?」
「そ、それは・・・・・」
俺は反論に詰まった。リトシア王国が呑まれてしまう。それは、三ヶ国側の敗戦と、地図からの消滅。そして、我が国をしのぐ力を持った勢力の誕生を意味する。敗戦直後であれば、この勢力を叩くことも出来るだろう。しかし、そんな事は出来ないのだ。リトシアへの救援が距離的問題から不能。つまりは、四ヶ国勢力への攻撃も距離的に不能なのだ。
「それに、この国の周辺国はどう出るだろうな?」
「ッ!?」
「今はこの国の力に怯えて手を出してこないが、北方にこの国をしのぐ勢力が出来たとなれば――」
「もう結構です!」
俺は冷や汗が止まらなかった。彼女の言葉は正鵠を射ていた。
「よく考えるのだ。リトシアを救った場合の利益を。貴女が手にするのは、リトシアを含む三ヶ国の信頼と信用。武器と食料の代金。ヴィクトリア王国の先見的脅威の排除。そして、この私。これでもまだ不足かな?」
「分かりました。リトシア王国を救いましょう」
これだけの利益を提案されれば飲まざるを得ない。俺はため息を吐きながら、彼女の願い――要求――を叶えることにした。
「ありがとう。それでは早速書面にしてくれ」
「分かりました。少し待ってください」
俺は紙とペンを用意すると、すぐさま先程の内容を書面にまとめ、最後に自分の名前を記した。
「これでいいでしょうか?」
イライザは、俺の書いた契約書を確認すると、一つ頷き、俺のサインの横に、自分の名を記した。
「それでは私は失礼する。未だ悲嘆にくれる彼女たちにこのことを教えなくてはいけないからな」
そういうが早いか、彼女は部屋から出て行ってしまった。俺はどっと出た疲れに襲われた体を、椅子に深く沈めると、リーナにお茶を淹れる様に頼んだ。
「気づいていたのでしょう?」
「何にですか?」
俺は後ろに佇むアーニャの方を振り向きながら質問した。
「彼女が言っていたことです。全てご存じだったのでしょう?」
「さぁ?どうでしょう?」
俺は答えをはぐらかすと、再び机に向かった。
「お茶が入りましたよ~」
俺はリーナの持ってきたお茶を飲みながら僅かに笑った。
「これで、四ヶ国に侵攻する大義名分は手に入りました。なんて言ったって、当事国の貴族、それも軍属の方からの救援依頼です。誰にも咎めることはできません。それに、イライザも手中に収めることが出来ました。すべては順調。まったくもって順調です」




