リトシアからのお届け物
俺は王宮内の廊下をリーナと共に歩いていた。向かう先は客室。普段は他国から来た使者や、王都から離れた場所に居を構える貴族が、宿泊や謁見までの待機に使う部屋である。
「陛下。何も自ら向かわれることは無いのでは・・・・・」
後ろを歩くリーナが躊躇いがちに声をかけてきた。先ほどの茶会で、俺が苛立ったことに怯えているらしい。俺は出来るだけ雰囲気を軟らかくし、彼女に声をかけた。
「もう怒っていませんよ。それよりも、状況を詳しく説明してください。先程の報告が全てでは無いでしょう」
「分かりました。ご説明いたします」
彼女の説明は先程と違い、要点を踏まえたわかりやすいものだった。そのため、わずかな時間で状況を把握することが出来た。彼女曰く、問題が発生したのは、お茶会が始まって暫くしてかららしい。初めに、リトシア王国から武器と食料の代金を載せていると思われる馬車が到着し、城の警備兵が確認のため馬車を止めた。そして中を確認すると、支払い代金の半分と女性数人が乗っていたらしい。馬車には事情説明のためか大使補佐も同乗しており、彼の説明では、女性達が直接、俺に説明するとの事らしい。この事態を知ったアルマンは俺に至急知らせるようリーナに言いつけ、リーナが俺を呼びに来て、現在に至るとの事だった。
「それでは、状況も呑み込めたので面会するとしましょう」
俺はそう言って、客室の扉を開けた。部屋の中には先程の説明で出てきた女性たちが居た。数は十数人と言ったところで、歳はバラバラだが全員が若かった。中には十に届いていないような子供まで混じっていた。しかし、彼女たちに共通していることもある。一つは身なりが良い事。着ている者は見ただけで高級品だと判断でき、雰囲気から素養の良さも感じられる。二つ目は彼女たちの表情である。全員が一様に不安そうな顔をしていた。
「あの・・・何か御用でしょうか?」
女性たちの一人が俺に近付きながら言ってきた。その言葉は彼女の不安からか震えていた。俺はまず、彼女達がこの国に来た理由を問う事にした。
「貴女達はどのような理由でこの国に来られたのですか?」
俺がそう聞くと、少女は不安そうに理由を話し始めた。
「私たちにもわからなくて、家に居ていつも通りに過ごしていたら、突然父上様に呼び出されたのです。それからヴィクトリア王国に行くように言われました」
彼女が話し終えると、周りの女性たちからも、自分も同じだという声が上がった。
「それでは、貴女達は自分が何の為にこの国に来たかもわからないと?」
「その通りです。申し訳ございません」
目の前の少女が申し訳なさそうに目を伏せたその時、別の女性が俺の前に進み出た。
「国王陛下からヴィクトリア王国の国王陛下に渡す様に手紙を預かってきた。どうか渡しくれ」
その女性は俺に対し手紙を差し出した。俺はそれを受け取ると、その場で封を切り、手紙を取り出した。目の前の女性が驚く声が聞こえたが、俺は手紙から目を話すことが出来なかった。
手紙を読み終えた俺は、彼女たちに質問をした。
「この手紙には貴女達がこの国に来た理由が書かれています。読みますか?」
俺の質問に、最初に声を掛けてきた女性が、伏せていた顔を上げた。
「読みます」
彼女は手紙を渡せとばかりに、此方に手を出してきた。しかし、俺は彼女に手紙を渡す前に警告をした。
「この手紙の内容は貴女方にとって酷な物です。それでも読みますか?」
伸ばされていた腕が躊躇うように引っ込み、彼女の顔に迷いが浮かんだ。しかし、それも一瞬で、再び此方に手を伸ばした。俺はおとなしく手紙を手渡した。
彼女が手紙を読み始めた。手紙を読み進める彼女の目に涙が浮かび始めた。そして、読み終わる頃には頬を伝うようになっていた。彼女は手紙をほかの女性に渡すと、顔を覆って泣き始めてしまった。俺はそれを見て、泣くのも仕方ないと思ったら。手紙には彼女達に涙を流させるのに充分な内容が書かれていたのだ。
手紙は女性達を巡り、その度に悲しみを植え付けて行った。そんな中で、泣いていない女性がいた。俺に手紙を渡した女性である。俺は彼女に近づき、話しかけた。
「悲しくはないのですか?」
彼女は不思議そうな顔をして、俺に応えた。
「何がだ?」
「貴女たちは担保として我が国に送られたのですよ。今のリトシア王国の状況を見るに、貴女たちが国に帰られる可能性は低いと思いますが?」
手紙には彼女達がここに送られた理由が明確に記載されていた。彼女達は借金の担保なのである。リトシア王国には最早、武器と食料の代金となる金がない。しかし、武器と食料は欲しい。そのため、今回払えなかった分を戦後に持ち越し、その間の担保として彼女達――貴族の令嬢――を送ってきたのだ。戦後に支払いが行われれば彼女達は国に帰れるが、支払えなかったり、国が存在しなくなった場合は、彼女達は我が国の物となる。そうなれば、彼女達は借金補填のために身売りされるか、どこかの貴族と一緒になるか、玩具になるか、全ては俺達の意思によって決められる存在となってしまう。
俺は彼女に、そのようになることを分かっているのかという意味も込めて質問した。しかし、彼女は納得した様に頷くと、驚くべき言葉を発した。
「あぁ、その事か。私は初めから知っていた。知っていて、自分の意思でこの国に来た」
「何故そんなことを?」
俺は興味にかられ質問した。
「国の為・・・いや、自分の為か」
彼女は記憶をたどる様に、遠い眼をして呟いた。
「私は自分という存在を必要とする場所を求めていた。国では私を必要とする場所など無かったからな。結婚から逃げる様に軍に入ってしまった事で、実家は私を追放した。軍は私が女という事で軽んじ、しかし、貴族という事で形ばかりの司令官という肩書をつけた。そして、誰でもやれるような後方拠点の司令官に押し込めた。誰も私を必要としなくなった。そして、私は考えてしまった。こんなところで日々無意味な書類仕事をする私なんかより、貴族で司令官の私より、前線で戦える一般兵が、この国に必要だと」
彼女はそこまで話すと、自嘲気味な笑みを浮かべて微かに笑った。
「その考えに行きついてしまった私に、それからの日々は辛いものだった。自分の存在理由を考え、生い立ちを責め、どうしようもない状況に絶望する。そんな日々が続いた。そんなある日だった。拠点の現状報告をしに、一度王宮に行ったとき偶然、国王陛下が今回の件で貴族を集めている場面に遭遇したんだ。私はこれだと思った。これこそ自分が国に必要と認めてもらえる機会だと。私はすぐに国王陛下に、自分をヴィクトリア王国に送ってもらえるように懇願した。陛下は私が司令官であることを知ると、多少躊躇ったようだったが、誰に任せてもいい場所の司令官であることを知ると、喜んで許可してくれた。この時ばかりは形だけの肩書に感謝したよ・・・・・そういう事情があって、私はここに来た」
彼女が話し終えた時、俺は言葉を失っていた。彼女にどういう言葉を掛ければいいか分からなかった。そして、結局は何も言わない方が良いだろうと思った。
俺は彼女から、他の女性たちに視線を移した。ほぼ全員が嗚咽を漏らして泣いていた。全員が落ち着くまで時間を置いた方が良いと考えた俺は、一先ず部屋から出ることにした。
「ところで、貴女の名前は何というのだ?」
しかし、俺と話していた女性が名前を尋ねてきたことで、俺は再び彼女の方に振り向いた。
「ヴィクトリア王国女王アナスタシア・オルド・ナイア。外務卿と軍務卿も兼任しています」
俺が名乗ると、彼女は僅かに目を見張った。
「手紙を開封した事から、位の高い人物と予想していたが、まさか国王陛下とは思は無かった。これまでの非礼、どうかご容赦を」
彼女はそう言って、跪き非礼を詫びた。
「別に気にしていません。最初に名乗らなかった私にも非はあります。それよりも、貴女の名は何というのですか?」
彼女はそのままの姿勢で、名を名乗った。
「イライザ・ファロンと申します。女王陛下」
「覚えておきます。それと、口調は今までのままで良いですよ」
「ありがとう。堅苦しいのは苦手でね」
「時間を置いてから、また来ます。それまではこの部屋に居て下さい。何かあった時は侍女に伝えて下さい。出来る限り対処します」
イライザは俺の言葉に頷くと、未だ泣いている女性たちを慰める為に、俺から離れていった。俺は部屋から出ると、待機していたリーナに、侍女を呼ぶように言った。
「侍女たちには、この部屋に居る女性たちの面倒を見る様にと伝えて下さい」
「分かりました。直ぐに伝えます」
リーナはそう言って、歩き去っていった。俺は再び茶会の席に戻ることにし、来た道を戻り始めた。中庭では俺が立ち去った後も、変わらず茶会が続いていたようで、三人は談笑しながら俺を待っていた。
「おかえり。いったい何があったんだい?」
月島が俺に気づき、何があったかを聞いてきた。小松と芳賀も話すのをやめ、こちらの答えを待っていた。彼らには話しておいたほうがいいだろうと思った俺は、先ほどあったことを、順を追って説明した。
「・・・・・というわけです。私たちの予想以上に、三ヶ国側は追いつめられているようです」
俺の状況説明が終わると、三人はそれぞれ渋い顔をした。三人が何を思っているかは大体の予想がつくが、一応聞いておくのが賢明だろう。そう思った俺は、さっそく口を開いた。
「どうしたのですか。三人ともそんな顔をして?」
「このままだと、出した武器と食料の代金が回収できないと思ってね」
「このままでは四ヶ国の力が我が国の上を行ってしまうと思ってな」
「送られてきた女性たちが不憫すぎる」
帰ってきた予想通りの答えに、聞く必要はなかったかなと思いつつ、それぞれの思惑に答えることにした。
「もともと思い付き程度で始めたことですから、失敗したとしても仕方ありません。次は計画を練って行いましょう」
「確かに、彼らの力が我が国の上を行くのは思わしくありません。ですが、彼らは戦争で疲弊しています。そうなるのは当分先でしょう」
「不憫ですが仕方ありません。引きずられずに切り替えてくださいね」
俺の言葉に、二人は納得したように頷き、一人は渋々頷いた。そこからの話は今後どうするかとなったが、ひとまずは国内の安定と強化に注力するということで、話はまとまった。
茶会が終了したことで、俺は再び女性たちのもとを訪れた。未だに暗い面持ちの者が殆どだったが、何とか話ができる状態にはなっていたので、俺は伝えるべきことを伝えた。
「貴女たち借金の担保としてこの国に送られましたが、リトシア王国が滅ぶまでは貴族の子女です。そのため、彼の国が亡ぶまでは私の客品ということで、ここに滞在しておいただきます。それぞれに部屋と、お世話の侍女を付けますので、わからないことや不便なことがあれば、彼女たちに申し付けてください。何か質問はありますか?」
俺がそういうと、イライザが口を開いた。
「外出などはできるのだろうか?」
「王宮の中であれば自由にしてかまいません。街に出る場合は私に伝えてください。護衛をつけます。他にはありませんか?」
誰も口を開かなかった。俺はそれを確認すると、彼女たちに挨拶をして退出した。
彼女たちが来た翌日、俺は執務室で書類と格闘していた。確認しては署名をする。確認しては署名をする。確認しては没を出す。ひたすらにそれの繰り返しであった。いい加減署名するのも面倒になってきたので、職人に行ってハンコを作らせようかとも思ったが、署名とハンコの二重作業になるだけだと思いあきらめた。戦争中にアルマンやルーデンドルフが代行してくれたとはいえ、俺でなければならない書類も多数存在したため、帰ってきたときには複数の山が聳え立っていた。いい加減、作業と化した執務に嫌気がさした俺は、リーナにお茶を淹れるように頼んだ。
「少し休憩しましょうか」
「陛下。イライザ様が面会を求めておられます」
休憩を取ろうとした瞬間に、やる事が増えた。俺はうんざりしながら、伝えに来た侍女に言った。
「今は手が離せません。後日にする様に伝えなさい」
「それが・・・・・既に扉の向こうで待っておられます」
俺は机に倒れそうになった。しかし、気力を振り絞り体勢を維持した。
「分かりました。それでしたら部屋に通してください」
侍女は申し訳なさそうな顔で礼をした後、扉を開けイライザを入室させた。
「忙しいところ申し訳ない」
入室したイライザは少しも申し訳なさそうな表情をしていなかった。俺は茶を一口飲み、気分を落ち着かせた。
「それで、話とは何でしょうか?生憎私は忙しいもので、簡潔に話していただけるとありがたいのですが」
「確かにそのようだな」
彼女は机に積み上げられた書類をチラリとみてからそう言った。
「話は簡単だ。我が国を陛下のお力で救って欲しい」
彼女はそう言うなり頭を下げた。突然の事に、俺は軽く驚いた。
「このままいけば我が国は遠からず滅び、我らの所有権は貴女方に移るだろう。私はそうなっったとしても問題はない、自分で望んできたのだから。しかし、望まずに来た彼女たちは違う」
「つまり、他の女性たちの為にリトシア王国を滅びから救ってほしいと?」
「そういう事になる」
俺の頭の中では昨日の小松の言葉が思い返されていた。リトシアが滅び三ヶ国が併合される。そうなれば我が国の優位は揺らいでしまう。昨日は時間的猶予があり大丈夫だと言ったが、裏を返せば、時間が経てば危険だという事だ。今のうちに何らかの手を打った方が良いかもしれないが――
「ですが、手段がありません。派兵は距離的に困難です。出来たとしても、発生する費用と救った時の利益が釣り合いません」
しかし、俺は彼女に手段がない事を伝えた。海上輸送という手もあるが、船の数も長距離航海の経験も足りない。
「どうにかならないだろうか?」
「現状では無理です」
俺が無情にもそう告げると、彼女は肩を落とした。
「執務中に失礼した」
彼女はそう言って、部屋から出て行った。俺はため息を吐き、冷めてしまったお茶を飲み干した。
「良いのですか。彼女たちを助けなくて?」
背後に控えたアーニャが言った。
「良いのです。第一、他人である彼女たちの為に不利益を被ることもないでしょう」
「貴方そういう人でしたね」
アーニャはそう言って、再び黙った。休憩をとった俺は再び書類と格闘し始めた。いい加減この地獄から抜け出したいとひたすらに思いながら。




