北方で生じた戦火
孤児院の事件から一年、王宮の中庭ではテーブルと椅子が用意され、お茶会の準備が進んでいた。この茶会は3日前に突如企画されたものだった。参加者は俺、月島、芳賀、小松のいつもの四人である。
今回の茶会の目的はただお茶を飲むだけでも、世間話に興じるだけでもない。では何をするのか?報告会である。もともと、午前に報告会、午後に茶会が企画されていたが、誰の案なのか、突如として同時に行うことになった。
俺は、準備ができたころを見計らって中庭へと向かった。すでに俺以外が集まっており、お茶も配膳されていた。席に着いた俺は三人に遅れたことを謝った。
「気にするほど待ってないよ。それよりも早くお茶会をはじめようぜ」
芳賀の言葉に他の二人もうなずいていた。俺は三人に感謝しつつお茶会の開始を告げた。
「それでは、お茶会を始めましょうか」
お茶会は最初、何でもない雑談から入った。名を借りた報告会でも、いきなり堅苦しい話から始める必要はないからだ。俺は、カップに注いだ二杯目を半分飲んだところで、内務関係の話を振った。
「ところで、今年の税収はどれくらいになったのですか?去年よりは確実に増えてるとは思いますけど」
「確か1.5倍ほどになってたはずだよ。インフラの整備を行った結果、商人たちの活動範囲が広がった。それによって、商業は活発化したし、産業もつられて活性化したからね」
「それは素晴らしいことですね。増えた予算は是非とも軍部のほうに割り振ってください」
月島の返答に俺は予算アップの話を露骨にした。そんな俺に月島は苦笑しながら返答した。
「まぁ、多少は増やしておくよ」
うまく濁されてしまった。国家の財布の紐が握られている彼の機嫌を損なえば予算は減る。俺は言及せずに他の話へと移った。
「小松の方は何かありましたか?」
「特には何にもないよ。それでも挙げるとすれば、国内の治安が向上してきてるということかな」
「警備隊の成果ですか?」
「それもあるが、月島と芳賀の成果によるものが大きいと思うな。月島が行ったインフラ整備の公共事業。あれのおかげで国内で仕事がなかった浮浪者が一気に減った。その結果、犯罪の温床たるスラムが縮小したんだ」
「月島の成果は分かりましたが、芳賀のほうはどうなのです?」
「芳賀が実施した輪作。これで各農村の食糧生産効率は一気に上昇した。その結果、都市部へ流れてきて職に就けずスラムに行く奴や、野盗になる奴らが減った」
「それは素晴らしい成果ですね。今後も国内の治安は上がっていくでしょうね」
俺は、そこまで話すと一息つくためカップの中身を口に運んだ。カップが空になったので、俺は三杯目を注いだ。そんな時、芳賀が俺へと質問してきた。
「この前完成して、お前に届けたやつ。どんな感じだった?」
「火薬のことですか?」
「そうそう、火薬のこと」
「正直、あれ単体だと使い物になりません」
単体ではあまり意味がない。精々樽に詰めて投石器で放り投げてやるくらいだ。それだって、殺傷能力は大したことはない。普通に石を投げたほうがいい。結果としては、銃や大砲を飛ばす推進力として使った方が効率はいい。まぁ、火薬自体の威力が上がれば別だろうが。
「やっぱりそうなるか。銃や大砲の研究も進めているが、肝心の試作品がどうにもうまくできない。やっぱり今の冶金技術じゃ無理がある」
「そうですか。こちらとしては現状に問題はないですから焦らずともいいですよ」
銃や大砲はできれば早めにほしいが、今すぐにというわけではない。以前改革の一環で歩兵に長槍を持たせたが、現状ならそれと長弓で事足りる。
「ところで、依然話した銀行と工場の設立はどうなったのですか?あの後、まったく話に出てきませんでしたけど」
会議では結局決められず、内務部のほうで協議にかけるといっていた話を俺は聞いた。
「それなら、すぐに満場一致で実施されたよ。商人の増加に一役買っているらしい。今後とも数は増やしていくよ」
「それはいいが、そのうち真似するものが出てくるだろう。その時はどうする?」
「その時は民用の銀行は民営化して、新たに銀行に金を貸す銀行を国営で始めるよ」
「それならいいだろう。工場のほうはどうなった?」
月島の話に小松が質問を繰り返していた。俺は、特に聞きたいこともないのでお茶を飲んでいた。
「工場のほうは資金が集まり次第開始するよ。何を作るかは内務部での協議次第だけどね」
「工場ができた時は教えてくれ。警務部のほうで確保した犯罪者を働かせる」
「出来たときは真っ先に連絡するよ」
月島と小松の会話が終わり、少しの間、お茶を飲む音だけが響いた。しかし、すぐに月島が国外情勢について質問をしてきた。
「それで、国外の方はどんな感じかな?あまり情報が入ってこないから、詳しく教えてくれると嬉しいけど」
「大きく様変わりしましたよ。私たちの建国宣言から、各国が一斉に同盟や統合を行いましたから。現在では単独を貫いている国の方が少ない位ですよ」
「へぇ、それなら俺達もうかうかしてられないと思うんだけど」
「そこまで心配する必要はないですよ。私たちの国に対抗するためだけに統合した結果、思想や方針がかみ合わず上手くいっていなかったり、自分以外の周りが同盟結んで戦々恐々としてたりと、だいぶ混迷してますから」
「それでも万が一という事もあるだろう」
「ありませんよ。既に隣接する国とは不可侵条約を結びましたから。それに国境には国軍の部隊も配備しましたから」
俺の答えに月島は安心したようだったが、今度は芳賀が不思議そうな顔をしていた。
「どうしました?何故そんなに不思議そうな顔をしているんですか?」
俺は気になったので、芳賀に質問した。
「いや、不可侵条約結んだのに何で国軍まで配備したのかと思ってな」
「そういう事ですか」
俺は納得したように呟いてから、返答した。
「他の方はどうか知りませんが、私は不可侵条約や中立条約を信じていないんです」
「何で信じないんだ?」
「歴史の授業で習いませんでしたか?この条約がどれだけ簡単に破られるかを」
「習ったが、元クラスメイト相手にそれをやる奴がいるとは思えないぞ」
「いますよ。確実に二人は」
「誰だよ?」
「あなたの目の前でお茶を飲んでる二人です」
俺がそう言って芳賀のほうを見るのと同時に月島も芳賀のほうに顔を向けた。芳賀は信じられないという顔で俺たちを見ていた。そして、怒気をはらんだ声で言ってきた。
「なんでそんな事ができるんだよ!」
俺はその問いに静かに答えた。
「何故?そんなのは決まりきっているじゃないですか。国の利益になるからですよ。この国の利益になると分かったなら明日にだって隣国に侵攻しますよ。軍の配備もできていますしね」
「さっき軍は国境防衛のためって―」
「私は一言も、防衛のためになんて言ってませんよ。ただ軍を配備したとしか言っていません」
芳賀は俺の言葉を聞いた後、力なくうなだれ、呟いた。
「変わったな・・・・・こっちに来てから」
俺はお茶を口に運びのどを潤してから答えた。
「何も変わっていませんよ。以前から同じことを言っていたではないですか。まぁ、以前は多少隠していましたけど・・・・・こちらではそうしているわけにもいきませんので」
俺は芳賀をまっすぐ見つめた。彼もこちらに気付き顔を上げた。
「他国にいるのは元クラスメイトです。それは紛れもない事実です。しかし、私たちが世界統一を目指す過程で障害となるなら、その瞬間から、彼らは敵です」
俺は一度言葉を切ってから続きを言った。
「割り切りなさい。さもないとこれから辛いですよ」
芳賀は俺の言葉を聞いた後、何かを考えるように黙り込んでしまった。俺はその様子を見て当然だと思った。誰もかれもが今までの友人を裏切れるほど冷酷ではない。彼は正常で、俺や月島みたいなのが異常なのだ。いや、月島ですら、いざ実行しようとすれば躊躇うだろう。しかし、俺はそれを平然とやらなければならない。出来なければならない。俺のためらいひとつで国軍兵士の命が、国民の命が、何万という単位で消えるのだから。優先すべきは身内の命で、それ以外の者の命ではないのだ。
俺が思考に耽っていると月島が笑顔で話しかけてきた。
「さすがだね」
「何がですか?」
「さっきの話だよ。君はこの中の誰よりも国のことを思っている。それが伝わってくる話だったよ」
「私は何としてもこの国の、民の未来を明るいものにしなければいけないのです。そのために、邪魔なもの達を国内から消したのですから」
「そうだね。今更とまれないよね」
「ええ、止まれませんよ」
「ところで、俺たちはいつ行動を起こすんだい?」
月島が突然話を戻した。
「どこかの国が他国に戦争を仕掛けた時でしょうか」
「何故?」
「今の情勢下で戦争を起こせば、その戦果は一気に大陸中に波及します。その流れに乗るのですよ」
「なるほど、それは絶好の機会だね。それで、それはいつ起こるんだい?」
「間もなくでしょうか。外務部からの報告では北のほうが何やらきな臭くなってきたと」
「そうか。ならこちらもいろいろ準備しておくよ」
「ええ、お願いします」
そういって、二人は笑みを浮かべながらお茶を飲んだ。その後、暫くは雑談が続いた。しかし、そんな和やかな雰囲気は長くは続かなかった。
「陛下、失礼いたします」
アーニャが一通の手紙をもって俺の所へやって来た。俺は不思議に思い尋ねた。
「どうしたのですか?」
「大使館からの緊急のお手紙です」
「どこの大使館ですか?」
「最近きな臭くなってきていた北方の国からです」
俺は手紙を受け取ると封を切り、素早く目を通した。内容は予期していたものだった。
「それで、手紙の内容はどんなものだい?」
月島が興味津々という顔で此方に聞いてきた。小松や芳賀もこちらを気にしていた。俺はつとめて平静な声で内容を告げた。
「北方のある国が他国へ宣戦を布告。戦争がはじまりました」




