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やつらが来るまでこの星は平和だったかと言われれば、肯定は難しい。
戦争が無くなる気配は無かったし、貧困問題もあった。
自然環境も破壊が進み、絶滅する動物も居た。
それでも俺たちは生活をしていくことは出来ていた。
誰に命令されるわけでもなく、思ったとおりに行動出来た。
やつらが来るまではだが。
やつらは宇宙の果てからいきなり現れた。
そして各国に対して降伏するように「命令」してきたのだ。
もちろん各国はそんな命令にしたがう訳も無く、連合軍を結成して、地上に降りてきた敵と戦った。
まるで映画の様に、これまで何年も敵対していた国同士が力を合わせ宇宙人の軍隊と戦ったのだ。
映画ならばこれで宇宙人に勝利して星の平和を取り戻せるのだが、実際は映画の様にはならなかった。
敵の力は圧倒的だった。
こちらの攻撃は効果が無く、敵の攻撃は大地すらも切り刻んだ。
何万もの軍隊が、たった一機の敵のロボットに蹂躙された。
結成された大艦隊が、目の前で蒸発し、兵隊の死体すら発見できなかった。
空を飛ぶ戦闘機も同じく、敵の攻撃の前にはまるで虫けらの様に無力だった。
自らの大地を焦土とする極めて危険な最終兵器すらも投入されたが、悪戯に星を傷つけただけで全く敵には効かなかった。
連合軍は必死の抵抗を繰り返したが、はっきり言おう。
戦争すら起こらなかった。
テレビや新聞では連合軍の健闘が称えられたが、実際の戦場では一方的な虐殺が起こっていただけだったのだ。
そして「戦争」が始まり、たった一ヶ月で連合軍は全滅、各国は宇宙人に降伏した。
降伏調印の場で初めて生身の宇宙人がテレビに現れ、俺たちの星の支配を宣言した。
現れた宇宙人の外見は俺たちとほとんど違いは無く、唯一の違いといえば耳が丸い形をしていた程度だった。
キチンとした礼服を着た各国代表者に対し、ずいぶんとラフな格好をした宇宙人の姿を見た世界の人々は、自らの敗北を思い知ったのだ。
各国が降伏文書に調印し、星の支配権が宇宙人に移ったのは、たった一時間程度のことだった。
最初は小国から調印を行い、最後にこの星で最大の軍事力を誇っていた大国が調印をした。
宇宙人は満足そうに書類を眺め、そして最後に、やつらはまるで動物でも見るかのような目つきをしながら、
「我々は地球人である」
と名乗った。
地球人の真の目的は、この星の占領ではなく、この惑星系周辺に存在するという学者ですら聞いた事も無い資源が目当てであった。
更に言えば、やつらの軍隊が通る為の道として、この惑星系が欲しいというのだ。
はっきり言って、この星そのものには全く興味が無いというのが本音の様だ。
しかし背後から攻撃されては堪らないという理由で星を支配したらしい。
そして降伏調印の日から星の名前は「JH」となったのだ。
大型の宇宙船が宇宙を進んでいく。
宇宙船には教育が終わったばかりの新兵が満載されている。
宇宙船は新兵を任地に運ぶための輸送船だ。
任地に近づくと小型艇を出して、新兵を任地に届ける。
ほとんど立方体に近い船体、そしてまるで兵を荷物の様に扱う様から、「郵便箱」というあだ名の宇宙船は高速で宇宙を進んでいく。
そんな郵便箱にある、薄暗い部屋の小さなベッドで私は横たわっている。
地球を離れもう2日経った。
そろそろ私の任地に到着するはずだ。
「おい支配人のねーちゃん、そろそろホテルに到着するぞ。準備しとけよ」
スピーカーから流れるガサツな声で意識が完全に覚醒する。
まただ。また支配人と呼ばれた。
任地が決まった後から私のあだ名は「支配人」となってしまった。
任地の名前は「JH」発音は「ジュリエット・ホテル」。
そして私の名前はジュリエット。
まるで狙ったかのような名前の任地である。
任地発表の後から同期や教官ですらも、私を支配人と呼ぶようになった。
与えられた役職を考えると妥当なあだ名だとも思うが、何度考えてもため息が出てしまう。
私は事前に準備しておいた小さなバッグを背負い、部屋を出た。
地球に人類が産声をあげたのは今から5000万年前だったろうか?
猿から進化した人類は地球で唯一の知的生命体だった。
そんな人類は今、こうして宇宙に進出している。
一昔前の未来予想図には、宇宙に進出した人々は高度な文明によって幸せな人生を歩む事が出来ると書かれていたが、実際は違った。
人々の間には経済格差があり、人種差別があり、宗教問題も依然として残っている。
そんな地球の貧困地域で生まれた私がまともな人生を歩むためには、高校を出ると同時に地球軍に入るしかなかったのだ。
更に言えば私は褐色の肌を持つ有色人種。
随分前から人種差別を無くそうという運動もあったが、結局は白人は何事に対しても優先され、私達の様な有色人種は何事に対しても差別された。
一部の裕福な地域に住む有色人種達は白人と同じく優遇されたが、その数は少ない。
・・・まあ、実際は白人でも貧困者は多いのだが。
更に言えば貧困になったらもう中流以上に這い上がるのは不可能だった。
巨大な壁の様に聳え立つ「格差」の前には、個人の力なんて問題にならない。
そんな私が少しでもまともな仕事に就職するためには大学に行かないといけない。
しかし、そんなお金は無い。
そんな時だ、高校に軍のリクルーターが現れたのは。
まだ高校1年生だった私の前に、私と同じ褐色の肌をした女性軍人が現れ、私を軍に誘った。
彼女はニコニコと素晴らしい笑顔で「軍に入れば将来の選択肢が格段に増える」としきりに説明しはじめた。
様々な仕事を経験出来るし、何よりも数年勤めるだけで大学に行く費用を全て軍が負担してくれるという。
嫌だと思う命令は良心に従い拒否することもできるし、やめたい時には簡単に除隊出来る。
さらに戦場とはいえ実際に戦うのはロボット達であり、生身の人間は安全な後方で紅茶でも飲みながら悠々と命令をするだけで良いという。
インターネットではまるで事実かのように「地球軍は毎日の様に侵略を繰り返している」と言われているが、そんな事は無く、現状は領土拡大も休眠状態であることを説明してくるのだった。
これでも私は高校の中では勉強は出来る、スポーツも優秀だったし、女生徒の中でも外見は良い方だ。
スクールカーストでは白人すらも押し退けて上位に居た自負もある。
リクルーターはそんな私を最初のターゲットに選んだのだった。
後で聞いた話だが、リクルーターは最初にその学校のリーダーやアイドル的存在の生徒を勧誘し、その後に他の生徒を勧誘していくという。
「思春期の子供は、自身があこがれる生徒が軍に入るのを見ると、自分も軍に入りたいと考える」というのが軍の勧誘マニュアルのトップにあるのだ。
そういった意味で私は軍から見ても優秀な人材に見えていたらしい。
はっきり言って、私には最初から選択権なんて存在しなかった。
軍人を良しとしない一部の教師はリクルーターが高校に来るのを嫌悪していたが、では高校を卒業してからどうやって生きていけばいいというのか?
精々がファーストフード店で奴隷の様に安月給でこき使われるか、まともな給料が欲しければ売春婦でもやって性病を貰うしかない。
私みたいな人間がまともに働ける場所は極めて少ない、そんな私が選べる選択肢の中で一番優れている物が軍人になるという事だった。
私は彼女に言われるがまま、高校を卒業したと同時に軍に入るという契約書にサインをした。
彼女は満足そうに契約書をかばんにしまうと、今度は先ほどとは色が違う契約書を出してきた。
それは予備役の契約書だった。
高校1年の時から予備役になり、軍隊で簡単な訓練を年に数日受けるだけで、毎月軍から小遣い程度の金がもらえる。
訓練所では同じ年齢の学生も多いから直ぐに馴染めるし、何よりも卒業後に軍隊に入った後でも直ぐに活躍出来る。
軍隊に入った直後は教育隊という場所で訓練を受けるが、その時の成績が良ければ配属される任地も地球に近く、安全な場所に配属される。
そういった事を彼女は満面の笑みを浮かべて説明していった。
事実、彼女も高校時代に予備役となり、そこでかけがえの無い友を作ったと説明してくる。
私がほとんど躊躇する事無く予備役の契約書にサインすると、彼女は契約書を大事そうに鞄にしまい、携帯でどこかに電話をした。
その後、わざわざ軍の車に私を乗せて、街で美味しいと有名なレストランで食事をおごってくれた。
普段は値段も高いし混雑していて予約でもしない限り入れないレストランだが、軍人専用の特別室がどのレストランにも存在しており、そこで静かに食事を楽しむことが出来た。
その後たびたび彼女は現れ、私を連れてレストランや映画に誘い、予備役の訓練日にはわざわざ家まで車で迎えに来るのだった。
そして3年が経ち、高校の卒業式が終わると、校庭には何台もの軍が用意したバスが並んでいた。
生徒達は卒業証書や学校の制服を親に手渡し、用意された軍服を身にまとい、バスに乗り込んだのだ。
最初は修学旅行の気分だったが、基地が近づくに連れてみんな静かになり、基地のゲートをくぐった時には隣にいた女生徒は静かに泣いていた。
その後、教育隊で半年間の訓練を受け、任地が決定した。
成績では私はトップクラスではなく、断然トップだったが、地球に近い安全な任地は全て比較的裕福な人か白人で満たされていた。
それでも貧困層出身の有色人種にしては比較的地球に近い任地である「JH」に決まったのだった。