非常事態と奇妙な視線 中編
身体チェックが終わり、それぞれが自室に待機を言い渡されて数分ほどが経過していた。
俺もおとなしく自室に待機する。
しかし、きまづい。
なぜならば、部屋の中には例の黒髪の美女、神楽坂月と一緒であるからだった。
神楽坂さんにはセクハラを働いた上に心配までかけ申し訳ない気持ちでいっぱいである。
何より、神楽坂さんはこちらを毛嫌いしている。
それがより心を締め付ける。
先ほどから神楽坂さんはベットに座って何かの書籍を読んでいた。
本はカバーによって内容はわからない。
ついつい気になって声をかけてみようとするも躊躇した。
こんなことは初めてだった。コミュニケーション能力だけが取り柄だと自負していたがそうでもなかったようだ。
かばんの中でも漁って何か暇つぶしを探そうとした時だった。
「ねぇ、あなたはどうしてこの学校入学しに来たわけ?」
「は?」
唐突に問いかけられた質問に一瞬、目を瞬いて考えてしまう。
自分が何を言われたのかと考えてしまった。
すぐにゆっくりと落ち着いた思考回路でその質問に返答をした。
「入学動機なんてないって。俺は親に無理やり入学させられただけだ。自分がこれからどんな軍事学校に向かうかさえ分からない。それなのに向かう道中でいろんなことがあって本当困るって感じだ」
おしゃべり好きな俺としては神楽坂さんの聞いてないことまで愚痴ってしまう。
その返答に対して彼女は本を閉じこちらをじっと見つめてくる。
「な、なんだよ。照れるなぁ―そんなじっと見つめられると」
「シッ、ちょっと黙ってて」
そう言うや神楽坂さんはこちらへ近づいてくる。
「え」
そのまま神楽坂さんの顔が接近して――
「おいおい、俺らであったばっかだろ? そういうのは早いんじゃ――」
だが、俺の脇をすり抜けて壁に耳を当てた。
「えっと……何してんの?」
「いいから、静かにしてなさい」
何かを盗聴してるのか。
けれど、神楽坂さんが当てている壁側の部屋は空き室であり誰もおらず音などするはずもない。
彼女は壁から耳を離すと今度はベットとベットの間の床をじっと見据える。
「足をどかしてちょうだい」
「あ?」
「いいから、早くして!」
言われるままに素早くベットの上に足を引っこめた。
そのまま床に耳を当てる。
その行動が意味深過ぎて俺は戸惑うのと同時に彼女の脳内が心配になってくる。
「あのさ、大丈夫か?」
「…………っ! これはまずい」
「まずいって何が?」
「捕まって!」
「え」
神楽坂さんが叫んだ瞬間、大きくフェリー全体が揺れる。
神楽坂さんの叫びに俺は咄嗟にベットにしがみついたことで揺れに耐えた。
続けて、サイレン音が響き避難警報が鳴った。
「なんだ!」
「地下の方で爆発よ。今から集合がかかるはず。武器の準備をしなさい」
「武器? そんなもの持ってねぇよ!」
「あ、そうか。あなたは特別入学者だったわね。なら、私から離れずについてきて」
そう言ってベットの隙間から銃を取り出し腰のホルスターに装着した。
軍服姿の彼女は武器を携帯すると目つきさえ変え、猛禽類のように獰猛な表情になった。
扉を雑に開けエントランスに向かっていた。
エントランスには教官の一人、先ほどの最上甲板で現場を指揮していたあの美女教官だった。
「星姫大佐、一体どういう状況ですか?」
「月特別軍曹、早期集合で感心です。すぐに特別生徒を集合させフェリー内の不審物およびけが人の確認を願います」
「不審物? やはり、地下で爆弾が爆発を?」
「ええ。何者かによる襲撃を受けています。フェリ―内部に犯人がいるとみて街がありませんでしょう。私たち教官は犯人およびフェリーの航行復旧のために活動を行いますのであなたは特異生徒に現場の指揮をとらせ、先ほどの伝達事項を早急に行ってください」
「了解です、大佐」
ことのあらましを傍らで聞いていただけでも身震いするような内容だった。
彼女の後に続けて廊下を駆けだす。
「お、おい待てよ! 今の話本当なのか? 爆弾って……」
足を止め、神楽坂さんは振り返った。
「ここは秘匿の軍事学校の送迎船よ。テロの襲撃さえ起こりうることはわかっていたことよ」
「秘匿? なんの話だよ?」
「なんの話って……あなたこそ私たちが向かう学校がどういうところかあらかた伝えられてるんじゃないの?」
「俺は何も……」
「っ! なんてこと……。勧誘者は何をしてるのよ。と、とにかく一緒に来て。あなたは離れないで」
何やら不穏な空気を漂わせて神楽坂さんは焦燥に駆られるように部屋のある通路に来る。
フェリーは全部で7階建ての超高級豪華客船。
まず先にこのエントランスおよび自分たちの部屋もある3階のチェック。
3階の部屋の点呼を始める彼女。一室一室にノックをして内部を確認。生徒の負傷者がいないかとチェックした。
生徒の中には協力を申し出てくれたためにすぐに終わる。
「上に行くわ。上は同じ特異生徒もいるから点呼チェックはすんでるだろうけれどけが人がいたらまずいわね」
「とんでもない揺れだったからけが人にいそうだよな」
嫌な汗を流してエントランスホールの階段を上り4階にたどりつく。
神楽坂さんの推察通り部屋から多くの生徒が出ており随時身体チェックやけが人の治療にあたっており、俺らはそのような助けあう場面に遭遇する。
真っ先に月は近くにいた一人の生徒を捕まえ現場の状況を確認した。
「現在4階生徒の総数100名のうち10名が負傷していますがどれも軽傷です」
「そう、不審物は?」
「不審物などは見当たりませんが、そう言えば先ほど特異生徒の方が5階で不審物の情報を聞いてました」
「その生徒は?」
「5階へ向かい対処に当たると」
「わかったわ。4階に残ってる特異生徒はまだいるわね?」
「あ、はい。私たちの指揮をとってくださっています」
「なら、その人たちの指示をしっかりと聞いて行動して頂戴。なにか指揮官にあれば私の携帯か教官へ連絡を。じゃあ、私と相棒の彼は上に向かうわ」
「了解です、気をつけて」
映画で見るかのようなやり取りを見て、感心してしまう。
生徒一人一人がしっかりとした緊急対応ができており俺の様な馬鹿とは違うと思い知らされる。
「全員しっかりしてるんだな」
「何を言ってるの? 当たり前のことを行ってるだけよ。それよりもあなたも周りを良く見て不審物がないか探してちょうだい」
「ちなみに聞くがそれって爆弾か?」
「ええ。だとおもうわ」
「……まじかぁ」
もはや、自分はアクション映画に出てくる巻き込まれたモブキャラだろう。
目の前にいる美女はさながら正義のヒロインという言葉が似合う。
「うぉ」
「きゃっ」
「あぶねぇ!」
階段を上ってる途中の突然の揺れで彼女は足を踏み外し転落しかけたが背後から俺が手を前にして押しとどめた。
「たすかったわ」
「いや、どうってことない」
「ええ、そうよね。だからその手をさっさと離してちょうだい変態!」
俺の手は神楽坂さんを支えた拍子に尻を掴んでいた。それは彼女の怒りに触れ神楽坂さんの脳天チョップをまともにくらった。
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柔らかな弾力の尻の感触を忘れきれず手をわきわきとさせながら5階の生徒の確認を済ます。
しかし、不審物のチェックをしに行ったという生徒は見当たらずに二人して戸惑った。
5階の生徒に聞くところによれば数分前までいたようだった。
「いったいどこにいったのかしら。話を聞きたいのだけど」
「教官のところにいったとか?」
「そうしたら他の生徒に私が来た時に伝えるようにするはずよ。そのくらいの教訓はされてるんだもの」
「なるほど。じゃあ、まだこの辺にいると?」
「思うわ」
その時どこからか銃声が響いた。
俺と神楽坂さんは急いでその音のした方へ駆けだした。
廊下を突き進み大きな広場、劇場施設の待合室の様なホールにつく。そこに血のあとがありそれは一室の内部に続く。
「あなたはここで待ってて」
「え? でもよ」
「武器もないのに危険だし足手まといよ」
「っ!」
神楽坂さんの言うことはもっともだった。そのために素直に言うとおりに従った。そのまま中に入っていく。
「ここでじっとしてるのもあれだしこの辺に不審物がないか探すか」
何脚かあるクッション生地の椅子の後ろを見たり机の下やごみ箱などの後ろなどを確認していく。
天井も見たりしたがそのようなものはない。
しかし、だった。
「ん?」
ホールのもう一つある部屋の扉が目に入った。
「お手洗いか」
それは定番中の定番だった。
映画なんかじゃあトイレの中に仕掛けた爆発物というシナリオ。
「まぁ、そんなありきたりなことするわけないよな」
などと言いながらもトイレの中に入っていく。
男子トイレをまず確認してみた。
「ないな」
一通りの個室用を確認し便座なども確認したがなかった。
男子トイレを出て、赤の標識の扉の前で立ち尽くす。
「次はここか」
やや抵抗はあるも任務という義務感に駆られ容赦なく開け、誰もいないことを願いながらチェックした。
男子トイレとは偉く違う清潔感あふれる場所に異様な興奮をする。
個室チェックを始める手前、ふと耳に声が聞こえ早口にまくしたてた。
「これは違うんです! あくまで任務で不審物の確認をしに来たんであって盗撮しに来たとかではないのであるんですよ!」
独り言でしかなかった。
「誰もいないのか」
個室をあけて変なものを探す前に人を見つけた。
「うぁああ! すみませんごめんなさい! 入ってるとは知らずにマジで済みません!」
すぐさま土下座したが帰ってきたのはうめき声だった。
ゆっくりと顔を上げればそこには額から血を流し倒れた女性。
倒れた女性には見覚えがあった。
「この人確か……」
それはつい数時間前くらいに訓練ルームで助けた二人組の女性の一人だった。
「おい、大丈夫か! なにがあった!」
明らかにそうの頭部は何かに打ち付けた拍子に出来た傷だった。
周りを見てもどこかへこんだような傷は見当たらない。
「さーや……いまたすけに……」
「さーや? 一緒にいたこの名前か? 助けってどういう……」
思考をめぐらすと耳をつんざくような強烈な爆音が近くから聞こえた。その影響で大きくまたフェリーが揺れた。
続けて銃声と神楽坂さんの悲鳴が聞こえる。
「ホールの方からか! クソっ! 彼女はどうするか?」
足場に倒れた彼女を見て放っておけず力一杯に彼女を抱きあげて肩に背負いこみトイレから出す。ホール内にある椅子に寝かせ、急いで月が入った部屋に入室した。
そこは劇場の部屋だった。
ひな壇状に配置された椅子と目の前にあるステージとスクリーン。そのステージに倒れ込んだ一人の女性を目にした。
「神楽坂さん!」
神楽坂さんのそばに駆け寄ると胸元に銃創の傷があり、ひどい致命傷だった。
「これはひどい………いったいだれが……」
「にげて……」
「え」
「敵はすぐ近くに……」
第六勘のようなものが働きすぐにその場から横っとびに回避した。
何かがほほをかすめる。
ステージの垂れ幕の奥から人影が姿を現す。
全身をローブで覆い隠し銃を指し向ける。
「次ははずさねぇ」
くぐもった男の声に聞きおぼえがあった。その声は先ほどトイレで見つけた彼女と同じで数時間前に訓練ルームで出会った3人組の筆頭格。
「ん? その声たしかチャラ男か?」
「っ! おまえは……殺す!」
銃が乱射され発砲される。
ステージから飛び降りて雛壇席の方に駆け出して椅子の陰に身をひそめる。
銃弾が椅子を挑弾して部屋に銃声が反響する。
「ど、どうしてこんなことするんだよ!」
「貴様に話す義理はねぇ」
「あーくそっ!」
徐々に近づく男の足音。
どうする?
どうやって退けば。
黙々と考えてふと、視線の先に赤い物体が目に焼きついた。
「あれは……」
そう思いいたり駆け出すも肩先を銃弾が掠めた。
彼がそのまま目前に立つ。
「やばっ」
「終わりだ」
引き金が引かれ、銃声が響いた。