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愛華薔薇学園恋事情  作者: 月宮明理/月宮あかり
第四章 ドア×ドアパニック
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窓の向こうはバスルームッ?

 愛華薔薇学園に掛かっていた魔法が解けたことで生徒たちの告白ラッシュも収束し、学園生活は平穏を取り戻した。その立役者は今真愛の手の中で成すがままにされている。


「マナ、くすぐったい」

「あ、ごめん。ちょっと我慢してて、ここの糸出てるから切りたいの」

「切るっ? 待て、マナ! やめてくれ!」


 大人しく真愛に身体を預けていたフィードは一転、素早い身のこなしで手の中から逃れ出た。机に降り立ち、真愛の顔に小さな腕を突きつける。


「この身体は確かにぬいぐるみだが、五感は全部有しているんだ。切られるのなんかたまったもんじゃない!」

「別に身体自体になにかするわけじゃないんだけどな……」


 フィードが嫌だというのならしょうがない。気になるが諦めよう。

 空も高く澄んだ、初夏の日曜日。真愛とフィードは穏やかな時間を過ごしていた。真愛は悪魔との同居に慣れ、フィードはぬいぐるみの身体と人間界での生活に慣れ、日々にリズムが生まれつつある。


「あ、そうだ。フィードの手入れが出来ないなら、宿題やっちゃおう」


 鞄の中から教科書とノートを取り出し、ペンを持って窓際へ寄る。玲音が暇しているのなら一緒にやるのが常になっていたので、染みついた習慣が無意識に真愛の身体を動かしていた。

 玲音の部屋の窓をノックするために、まず自分の部屋の窓を開ける。


「……へ?」


 そこは真愛が予想していた光景ではなかった。驚きのあまり手からノートなどが全て滑り落ちる。

 広がる湯けむり、鼻に香るシャボンのにおい。疑うまでもなく室内。窓の外にあるはずの青空ではなく、乳白色のタイルが一面に張られている。


(バスルームッ?)


 部屋の窓を開けた先は外だ。バスルームであるはずがない。しかし、間違いなく目の前の空間はバスルームそのものなのだ。


「誰?」


 奥から聞こえた声には聞き覚えがある。反射的に頭に浮かんだ人物の名前を呼んでいた。


「根岸くんっ……?」


 湯気が晴れていき、室内の様子を露わにしていく。真愛が考えていたよりもずっと奥行きのある広い空間が姿を見せた。その中に人影が浮かびあがり、はっきりとした輪郭りんかくを形成する。

 銀の髪から真珠のような水滴を滴らせ、眼鏡がない分いつもよりもまろやかな印象の優が不思議そうにこちらを見つめて立っていた。タオルを腰に巻いただけの格好に、真愛は必死で視線を優の顔に集中させる。


「その声は……真愛? なんで、こんなところに?」


 なんでというのは真愛の方が聞きたい。あたかもこちらが覗いたかのような言い方だが、真愛からしてみたら人の部屋のすぐ外で男性が風呂に入っていたことになるのだ。通報ものだ。


「真愛、聞いてる?」

「し、失礼しました!」


 なんだか手を伸ばしてこちらに来そうだったので、その前に窓を閉めてしまった。想像を絶する事態に頭が追いつかない。


「マナ、どうした。レオンに用事があるんじゃなかったのか?」


 ベッドの下に隠れていたフィードが異常を感じて、顔の上半分をのぞかせた。彼ののん気な声に一気に現実に引き戻される。

 目の前にあるのは窓。見慣れた窓である。それ以外のなにものでもないはずだ。


「フィード、この窓がバスルームに通じてるって言ったら、信じる?」

「はぁ? なにを言ってるんだ。窓の外はレオンの家に面してるだろう。見て分かるぞ」


 確かにフィードの言う通り、窓越しにカーテンの掛かった玲音の部屋が見える。だから当然窓の外がバスルームにつながるはずはないのだ。


「だよねー」


 乾いた笑いを残し、真愛は現実から目を背けるように窓に背を向けた。

 直後に、ガラガラと窓の開く音が真愛の耳に届く。


(まさか)


 半ば諦めつつもう一度窓に目をやると、そこには予想通り想定外の状況があった。


「やっぱりさっきのは真愛だったんだ。なんでうちにいるの?」


 窓の前にタオル一枚の優が当然のように立っている。恥じらうでもなく淡々とした様子だ。


「ネギシッ! オマエなんて格好でいるんだっ?」


 よっこいせとベッドから這い出てきたフィードは優の姿を見て声を上げた。


「ん? 君もいるってことは……」


 ほぼ全裸のまま顎に手を当てて、真愛の部屋に一周視線を走らせる。


「ここ僕の家じゃない?」

「ここは田崎家の私の部屋です、根岸くん」

「なんで風呂からあがったら真愛の部屋なんだ……」


 なにが起きているのか分からないといった様子で、彼は極めて常識的な呟きを落とした。

 優は自らの肩をさすると、真愛に顔を向けた。見つめられた真愛は顔から視線を外したくとも他に目を向けることもはばかられ、非常に居心地の悪さを感じながら下手くそな笑顔を浮かべる。


「ど、どうしたの?」

「タオルと服を貸してくれない? 風呂場の出入り口はここ一か所で、戻ったとしても自室にはいけないから」

「そ、そうだよね! ごめんね、気付かなくて」


 とりあえず椅子にかけてあったタオルを渡し、優が着られる服がないかとクローゼットを開いた。パーカーかなんか、ゆったりとしていて優でも着られるものがあったはずだ。


「……あ、れ?」


 普段のクローゼットの中よりも明るい。中にあるはずの服がなく、代わりに見覚えのある部屋が目に入った。青が基調の洗練された私室だ。


「ここ、玲音くんの部屋だ」


 窓の次はクローゼットが玲音の部屋に繋がってしまったようだ。

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