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幼い日のテディベア(3)

 



 私の心の声はまるで聞こえていないようで安心しながら、次の目的地に向かう。全さんはどこに向かうのか教えてくれないので、全さんを筆頭にその後ろを南雲さん、さらにその後ろを私が歩いていた。放課後といえど、もう時刻は一七時を過ぎ、日も暮れかかっていた。春らしく、歩道の脇にはタンポポが咲いていた。

 歩いていると、暇だったようで、全さんに急に声をかけられた。


「デシャネルはなんで俺のことを知ったんだ?」

「デシャネル、で、合ってます。えっと友達に聞いたんです」また変な風に呼ばれると思ったのに。

「そうか。なんて聞いてた?」

「気を悪くしないでほしいんですけど」

「そういう前振りがあるってことはあんまりよく言われてねえのか」全さんはまた苦笑いをした。

「なんでも相談に乗って、依頼したら答えてくれるけれど、でもなんか危ない人って」

「危ない人か。確かにお前は危ないやつだな」南雲さんがふっと笑った。

「まったく、みんな好き放題言いやがって。俺だって別に好きでこんなことやってるわけじゃねえのに」

「あの、さっきの話の続きなんですけど」


 さっき? と全さんがこちらを向いた。


「さっきの一人でしゃべってたんじゃないって」


 あーと全さんはその鳥の巣のような頭をかいて、少し唸った。それから「お前のこと無駄に怖がらせちゃったしなあ」と言って話し始めた。


「俺は声のないものの声が聞こえるんだ。いわゆる無機物とかそういうものな。最近は遮断ってほどじゃねえけどある程度無視もできるようになったんだが今もずっといろんな声が聞こえてる。どの声が聞こえて、どの声が聞こえないって基準はわかんねえんだけどな。んで、それを利用して探し物だったり、たまにゃお祓いみたいなこともやってる。お祓いはほら、どれを払えばいいのか声を聞いて見つけて、ガンちゃんが祓う。こいつは眼がいいから」


 にわかには信じがたい話だった。けれど、目の前で起こっていたあれがもし、本当に声の無い声を聞いていたのだとしたら、この人はなにも危ない人じゃないのかもしれない。


「信じられねえだろ?」にやりと全さんが笑った。えっというと、

「お前がさっき見てたタンポポ、なんてしゃべっていたと思う?」

「日が暮れるなあ、とか」

「残念。早く綿になって旅がしたいとさ」


 あのタンポポはそんなことを思っていたのか。風に吹かれて遠くに飛んでいく日を夢見ていたのか。まだ見たこともない地にその種を残そうと、どれほどの長旅になるかもわからない夢のような未来を夢見ていたのか。


「まあなんだ、とっととお前のキーホルダーを見つけよう。それで万々歳だ」


 全さんはそう言って優しく笑った。

 それから私たちは私の家に来た。家に着いたときに全さんは「ははーん」とにやけた。南雲さんはずっと小説を読んでいて、この人の行動しながら本を読める感覚がすごいと思った。


「みつけたぜ、お前の探し物」全さんはそう言ってがしゃがしゃと私の家に入って行った。そこで気付いた。部屋を片付けていないことに。

「ちょっと待ってください!」どうにか全さんの腕を掴んで外に出そうとする。

「あ? 別に部屋が汚いのはわかってるよ。お前の服やら下着やらが寒いっつってるもん」

「ちょっと!」


 バチン! と私は思い切り腕を振りぬいていた。

 きっとその時の私の顔は叩かれた全さんの右頬に負けず劣らずの赤色をしていたと思う。

 そりゃダメだろ、と南雲さんは相変わらずの冷えた目で全さんを見ていた。


「あーごめん。今のは俺が悪かった。ちょっと待ってるから部屋片づけてくれ。つうか、部屋のそのクローゼットの中にあるタンス、そこの二段目にキーホルダーがある。できれば、持ってきてくれると助かる」


 全さんが頬をさすった。ごめんなさい、と謝って私は部屋に走った。全さんの言う通りクローゼットの中にあったタンスの二段目を転がすと、あの、幼い日のテディベアのキーホルダーがあった。あの日の思い出がよみがえってくる。

 小学五年生の夏、夏休みの最中、小学生になってからずっと仲が良かった女の子――羽島梨衣はじまりいが転校するということになり、私たちの思い出の集大成として何か形のあるものを、とその当時の私たちは一生懸命に考えて、見つけたものだった。もう剥げてしまってみえないけれど、テディベアのお腹にはハートマークがあって、その中にお互いの名前の頭文字であるアルファベットが書いてあったのだった。おそろいのキーホルダーを買ってから一週間後、梨衣ちゃんは静かに転校していった。転校したことがわかったのはその夏休みが終わってからだった。そのときは寂しくて仕方なかったけれど、手紙やメール、電話といった連絡先を交換することを思いつかなかったせいでそのあと私たちは音信不通で、中学生になり、新生活にどんどん心は動かされてゆき、そして私は、梨衣ちゃんのことを少しだけ、忘れてしまっていた。

 キーホルダーを持って全さんたちのところに戻ると、全さんはキーホルダーを貸してくれと言った。私はキーホルダーを全さんに手渡した。


「おう、見つけてもらってよかったな。うん。そうかそうか。ああ、うん。なるほどな。ああわかった。伝えるよ。話は全て聞き申した」


 全さんは人が違うように優しかった。声も、顔も、何もかもが優しかった。

 キーホルダーとの会話が終わったようで、私にキーホルダーを手渡すと、よかったな、と微笑んだ。


「羽島梨衣、転校したわけじゃあなかったみたいだ。彼女は元々体が弱かったらしい。それで入院することになったんだと。病名をそのキーホルダーはよくわかっていないようだが、なんにせよ、入院せざるを得ないほどのものだった。で、お前がキーホルダーを失くしたとき、つまり去年だな。そのとき彼女は生死の間をさまよっていた。それをキーホルダー同士がつながってお前に知らせようとした。けれどもお前はそれに気付かなかった。まあ多分、彼女自身も無意識的にお前のことを思っただけで、恨みつらみというものはまるでないはずだ。そしてお前が急に失くしたキーホルダーを探さなくてはと使命感に駆られたのは一週間前、そのとき、彼女は手術が成功して無事、元気になったんだと。よかったな、お前の幼き日の友達は隣町の穂枝垂ほしだれ病院で、そのおそろいのキーホルダーをお守りにして待ってるってよ」


 全さんが「これにて、俺の仕事は終わりだ」と背伸びをした。

「あとはお前が久しぶりに顔見せにいけばいい。俺は全ての話を聞き終えて、全ての話を言い終えた」


 ありがとうございました、とがばりと頭を下げて私はその穂枝垂病院に走った。どれほどの距離があるかもわからなかったけれど、とにかく走った。走って走ってずっと走って、息が上がったけれどそれでも足は止めないで、ずっと、ずっと気づけなかったことを謝るように私は足をずっと前に出し続けた。

 夜が降りてきて、星が空に瞬いたころ、ようやく私は病院にたどり着いた。

 受付で羽島梨衣の名前を告げて、病室に向かう。走ろうとして看護師さんに怒られた。早歩きで向かう。

 そしてようやくたどり着いた。ドア横には”羽島”の苗字があった。静かにドアを開けると、病室のそのベッドに凭れて梨衣ちゃんは本を読んでいた。あのころからお互いに成長したけれど、間違いなく梨衣ちゃんだとわかる。


「中島さん? さっき問診は終わったよ? ……雅美ちゃん? なんで?」

「これ、これが教えてくれたんだ。ごめんね、気付けなくて、ごめんね」


 それからはもう、恥ずかしくてあまり書きたくない。ぐしゃぐしゃ泣いて、梨衣ちゃんも泣いて、あんまりにも二人で泣くものだから看護師さんが心配して来てくれて、事情を話したらその看護師さんも一緒になって泣いた。それでまた会う約束をした。これからまた友達としてたくさん遊べるように約束をした。今までの分も補うように。


 後日談。

 それからお礼をしにまた部室を尋ねると、案の定全さんがまた誰かと話していた。誰か、というか何かと話していた。

 南雲さんは変わらず小説を読んでいる。


「先日はありがとうございました」

「あ? なんのこと?」

「あの、梨衣ちゃんとまた友達になれました」

「ああ、それか。よかったな。ああ、わかってるよ、君の考えは素晴らしい。でもその、持ち主がわかってくれないんだよね。最近アプリばかりに夢中になって勉強がおろそかになっているからそれを危惧して君はどうにか電源を落とすことを考えたと。ところが君がそう言っても彼はわかってくれないから機種変をしようとしているんだと。おっけ、じゃあまあ、それを止めればいいんだな? 任せとけ。大丈夫、話は全て聞き申した」


 全さんはそういうと部室をあとにした。南雲さんは今日は残っているらしい。

 なんとなく、ソファに座る。

 南雲さんが小説から目を離さずに、「帰らないの?」と聞いてきた。

「あの、私お話がありまして」

「なに?」

「あの、私、ここに入部したいんですけど」

「バカなの?」


 南雲さんの眼は相変わらず冷たかったけれど、その声は少し優しかった気がした。

 とそこへ足音がかけてくる。


「やべえ、さっきのスマホちゃんの持ち主番長だった! ちょっとガンちゃん助けて!」

「いやだよ。俺暴力嫌いだし」

「はあ、お前、今までやってきたこと列挙してやろうか!? お前はいつもいつも面倒だと思ったことはすぐ拒絶するけれどもな、そんなん社会に出たら通用しねえぞ!」

「そういうお前だってその態度が社会で通用できると思ってんのか」

「するよ! 俺はします! しーまーすー! 俺はそこらへんフィーリングでどうにかできるからいいんですー!」

「てか、新入部員入ったぞ」

「は? 誰? あ、てかお前いつまでいんの? もう感謝はわかったら帰っていいぜ」

「あの、ですから、私が新入部員です」

「……バカなの?」


 こいつらほんと……!

 絶対いつかけちょんけちょんにしてやると誓ったのは、私がこのヨロズ探偵倶楽部に入部したその日だった。





本日はこれにて!次回をお楽しみに!

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