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幼い日のテディベア(2)

 



 謝る気がまるでないというか、どこか謝ることに飽きているような、そんな雰囲気だった。今までも同じようなことが何度も繰り返されてきたのだろうことを予想できるような、そんな謝り方だった。


「それで、今日はどういったご用件ですか」


 さっきまでのあの騒々しさや熱の上がりようはどこ吹く風かまるで別人のように業務的に話を進めていこうとしている。私は本当にこの人に相談していいのだろうか。


 その疑問が顔に出ていたようで、冷たい目の人に「腕だけは信用していいよ」と言われた。

 はあ、と困惑した顔を下げて、目で目の前のぼさぼさの人を見る。まっすぐと私を見ていた。

 えっと、と言葉に詰まっていると、ぼさぼさの人が自己紹介がまだだった、と急に立ち上がった。


「俺はすべて喜々之介ききのすけ。この高校の二年五組在学中で、この探偵倶楽部の部長だ。よろしく」手を差し出してきた。


 私もよろしくお願いしますとその手を掴んで握手した。それから今度は冷たい目の人が本から目をこちらに移して、


「俺は南雲眼一郎なんもげんいちろう、こいつと同じ二年五組で探偵倶楽部の部員。よろしく。それとさっきはすまなかった」


 やっぱりこの人は見た目より怖くないのかもしれない。冷たい目は伏せられて、そこには謝罪の念が込められていたのは見て分かった。


「私こそ自己紹介がまだでした、私は一年一組の雅美みやび・デシャネルです。今回は相談があってまいりました」

「へえ、名前の割に優雅さはねえな」いらっとする。

「すみません、急に目の前でわけのわからないことが繰り広げられていて私の思考がついていきませんでした」

「気にしないでくれ。俺も君に理解されようと思ってはいない」


 私は本当にこの人に相談していいのだろうか。ものすごく心配になってきた。南雲さんはまったくこちらを見ずに小説の世界に入り浸っていた。もう。


「それで、相談ってのはどういったものだ?」

「小学生のころに友達とおそろいで買ったキーホルダーを失くしてしまいまして、それを探してほしいんです」

「それは俺の領分だな。よし、いいだろう。それではこれからいくつか質問するよ。いいかな?」

「はい、よろしくお願いします」

「そのキーホルダーはいつ、どこで買ったんだい?」


 少し過去のことを思い返す。


「あれは確か小学五年生の頃です。確か夏です。夏にこの町の雑貨屋さんの『ミオクチール』で買いました」

「それはどんなキーホルダー?」

「熊のキーホルダーです。テディベアの。色は白で、もう色が剥げちゃったんですけど、お腹にハートマークがありました」

「ふーん、それじゃあ最後の質問だ。それをどうして探したいんだ?」


 私の目を射抜くように見ていた。心の内を見ようとしているようにも思えた。

 どうして探したいのか。それは私の大切なものだから。失くしてしまって、あの日一緒に買った親友に申し訳ないように思えて、どうしても探したくなったのだ。


 実を言えば、失くしたのはもうずいぶんと前になる。一年ほど前だから、中学三年生の春ごろだった。その当時は志望校をここに絞って一生懸命に勉強に励んでいたので失くしたことにはすぐに気づかなかった。


 気付かなくて、気付いたころには高校受験が間近に近づいてきていた。それを言い訳にして探すことをしなかった。それから無事この学校に入学して、合格したことが嬉しくて失くしたことにはすっかり忘れていたのに、ふと一週間くらい前にそのキーホルダーのことを思いだした。


 それから毎日家中を探していたのだった。なぜだかわからないけれど、どうしてもそのキーホルダーを見つけなくてはいけないと思ったのだ。けれども押入れを探しても、自分の部屋の隅々まで探しても、家中の思いつく限りの場所を探してもどこを探しても見つからなかった。

 どうしたものかと困っていたとき、今日のお昼休みに真智華にこの部活のことを教えてもらったのである。


「どうしても、見つけなくちゃいけないと思ったんです。その理由はわかりませんけど、そのキーホルダーをどうしても探さないと、見つけないとなんだかいけないような気がして」


 ふーんと興味なさげに全さんは立ち上がった。どこに行くのかなと見ていると、部屋の隅にある冷蔵庫から缶コーヒーを取り出した。どうしてここに冷蔵庫があるのか気になったけれど、それはあとで聞こうと思った。


 全さんが缶コーヒーのプルタブをかしゃりと開けて飲み始める。ごくごくと喉を鳴らしてあっという間に飲み干した。


「君さ、虫の知らせって知ってる?」

「悪い予感がするっていう意味ですよね?」

「そうそれ。まあとりあえず、ミオクチールに行くか」


 全さんは飲み干した缶をふぉんと放ってゴミ箱に入れると、ドアに手をかけた。


「ほら、お前ら行くぞ」

「俺もかよ」

「そうだよお前もだよ」

「お前の領分なんだろ」

「何か起きたら困るだろ? 親友だろ?」

「さっき散々なこと言ってたろうに」

「あれも愛情表現さ。ほら、デなんちゃら。お前も行くぞ。というかお前が来なきゃ始まらない」気持ち悪い、と南雲さんは一蹴していた。それと私の苗字は、

「デシャネルです」


 そんなこんなで私たち三人はこの町の雑貨屋さん、ミオクチールに来たのだけれど、全さんは店内に入った途端、ぶつぶつと何かつぶやきだした。


「あーそうかお前ら新入りなのな、わかったからちょっと黙っとけ。うん、ああ、だから俺はそいつに話が聞きたいんだ。ああ、お前らが薦めてくれたんだよな、ああわかったありがとう。ああわかった、ありがとう。うん、ありがとう。ああ、だからうるせえっての。わかったから、わかったよ。わかったっつの!」


 店内にその声が響いた。棚で作業をしていた店員も、他の学生らしきお客もぎょっとして全さんに注目した。南雲さんは深くため息をついて全さんの襟首をひっつかんだ。


「また彼女と痴話げんかか? 店内で”電話”するのはやめとけよ」


 それはまるでその場にいる全員に聞こえるようにわざと大きな声で言っているようだった。


「ああ、悪い悪い、しつこくてさあ。あ、すみませーん、このキーホルダーってほかに色ありますか?」


 全さんが店員に声をかけて誤魔化していた。瞼が重たそうな睫毛の濃い店員がそれに答えていたけれど、他に色はないようだった。もう用事は済んだようでそそくさと店を後にした。

 店を出てすぐ、全さんが南雲さんにありがとな、と右手を顔の前に挙げた。南雲さんはいつものことだとまた小説を読み始めた。いつものことなんだ。


「彼女さんにプレゼントですか」と聞くと、「んなわけねえだろ」と全さんは歩き出した。

「え、でもさっき痴話げんかって。てっきり一人でしゃべってるものだと思ってたので、すみません」

「あー、まあ、そうだなあ。一人でしゃべってるように見えるわな」全さんは苦笑いした。

「俺は彼女もいないし、電話もしてない。ありゃガンちゃんのアドリブだ」

「じゃああれは一人で?」

「一人でしゃべってたわけじゃねえよ。一人でしゃべってるとかただの痛いやつだろ」


 お前が言うな。




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