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図書室の中で二人

 何ということのない平凡な日々はこういうことを言うんだなぁと尊は手に持つ本を眺めながら思った。

 尊が視線を回すと周りには思春期真っ盛りの少年少女がいる。彼らは揃って誰かと話し、笑い、クラス中に音を響かせていた。尊の周りには誰もいない。それもそうだ。彼はクラスでただ浮いているのだから。

 初めは誰かが話しかけた。けれど、彼はうまく話題が紡げなかった。所謂コミュ障という奴だ。それ故に尊の周りからは話しかけてくる人すらいなくなった。普通なら悲しく思うのだろうか。はたまた寂しく思うのだろうか。けれど、尊は違った。むしろ内心で喜んだ。彼は無類の本好きであったから。ある日から尊は本を教室に持ち出しひたすら読んだ。

 それが彼の唯一の楽しみだ。本が彼の友だと言えたならきっとその数は百を越えるだろう。だがそれは現実ではない。

 そうして尊はクラスから孤立していった。


 尊は己が持つを読み終え、歓喜に身を震わせた。


(こんなところで! だがこれだから面白い)


 彼は本の続きを持つのさえ、楽しみにできる少年だ。それくらいに本が好きだ。

 そこで彼は教室の中にほぼ誰もいないことに気がついた。


「……………行こう」


 胸に秘める歓喜を表には決して出さない。それはある意味気持ち悪いと認識されることを尊は身を持って知っているからだ。それと同時にその感情は自分だけのものだから誰にも渡したくないとも思っている。

 彼は無表情で教室を出た。向かう先はもちろん図書室。本好きの彼にとってはそこは楽園だった。


 図書室に入ると何人かの生徒が自主学習しているのが見えた。尊はそれを一瞥してからいつもの自分の席ーー図書室の受付ーーへと座った。尊はいくら本好きとはいえ、委員会をやりたいとまでは思わなかった。だが、何の因果か、尊のことを図書委員に推挙した阿呆がいた。その阿呆のせいで図書委員をやることになったが特に文句は言わなかった。結局帰る時間が遅くなるとも本を読む時間はさほど変わらないと思ったからだ。むしろ図書室の本すら読めるとさえ思った。

 そこまでいくと他人から見ればもはや重症レベルである。当然尊はそのことにも気づいている。だが敢えて直さなかった。本が読みたいのだとの意思表示のために。


「………む」


 そういえばと尊は鞄から出した本を見て思った。持ってきた本は全て放課後までに読み終えてしまったのだった、と。

尊は自然と笑みを浮かべてしまった。これでは何のために持ってきたのか。尊は笑みを収めて図書室の本棚から本を探すために席を立ち上がった。自主学習している生徒の間を通り抜けて本棚に向かう。

 本棚には棚ごとにカテゴリー別にわかれている。尊はいくつもあるその中で図鑑の棚に向かった。今日は少し違うものを読みたいと思ったのだ。尊は本は好きだが図鑑は好きではない。昆虫や植物などが載っている図鑑など見ても何も心ときめくものがないからだ。だが、星の図鑑は違った。空に浮かぶ星を図鑑越しとはいえ、本で見れるというのに少し感心した程だ。星をたまに見上げるのが趣味になっている尊にとって名前を覚えるのにうってつけなものだった。


「また、読むか」


 何度目になるのか。星の図鑑を手に取った尊は受付の席に戻った。


 尊が席に着いてからまもなく最終下刻一時間前のチャイムがなる。毎回一時間前になるのは大袈裟ではないかと尊は思っている。けれど、また嬉しい鐘の音でもあった。高確率で自主学習の生徒もいなくなるのだ。そして、今日もそれは現実となるらしい。

 次々と鞄に筆記用具などを入れる音がして続いてドアを引く音が聞こえる。やがて、ドアの閉める音がダンと聞こえた。

尊はそこで持っていた図鑑を机に置き、思いっきり伸びをした。


「はぁー。疲れるな」


 この沈黙の部屋は何も返事を返さない。尊は独り言が好きな変な所があった。あえて孤独となった尊にとって独り言は自分の気持ちを整える言葉であり、また自分の気持ちをかみしめる言葉だった。かみしめる気持ちはもちろん歓喜だが。

 読み始めた時のワクワク、物語の中盤から盛り上がる時の興奮、読み終えた時の寂寥感と歓喜。これらは尊をより本の世界へと引き込む魔法であった。もちろん本により盛り上がるどころも違うこともある。


「俺は少し独りに、なれすぎたな」


 孤独ゆえの言葉も出ることもある。尊はその言葉を特別意識して言ったわけではない。そして、偶然にもその言葉は他人の耳に入ってしまった。


「寂しいの?」


「え?」


 目が合った。全身を見た。それはなんといえばいいのか。尊の貧しいボキャブラリーでは表せない美がそこにあった。ありきたりに言えば女神、か。その言葉に相応しい雰囲気も持ち合わせている。一つ気になるものもあったのだが。尊はそこでようやくその美少女の名前を思い出した。


「元町真奈」


「あなたも知っているの?」


 尊は彼女の瞳に悲しさが写ったのを見て、少し驚いた。


「僕ですら知っているんだ。知らない奴などいないだろ」


 少し口調を硬くしたが彼女は気にした風もなく、図書室を一瞥した。そして僕の返事はせず、呟いた。


「静かね」


「この時間はいつもだ。僕が独り占めしている」


 つい、入らないことを言ってしまったと思った。その後何か言われるかと思ったが何も言われなかったので尊は星の図鑑を手に読み始めた。



 それから数分か。彼女はこちらをじっと見ているのに気づいた。どうやら話しかけろというらしい。尊が分かったのは奇跡か、はたまた本への執着のせいか。本を読むのを止めてその瞳を見つめ返した。

 その黒い瞳はものすごく綺麗だった。その語句しか出てこないのは残念で仕方ない。けれど、真実で一番的を射た言葉だった。ずっと見つめていたい衝動にかられたが尊は意思の力でもって口を開いた。


「なに?」


「ここに匿って」


 彼女がそう言ったのをきっかけに尊の耳に音が戻っていた。どうやらものすごく集中していたせいで音が耳に届かなったらしい。ドアの外からは話声が聞こえる。

 尊はそんな義理はないと言えば良かったのだがこの状況は尊にとってどう考えてもまずかった。そう、他者から見れば真奈と二人きりでいるように思われ、そこから禄でもない噂が飛ぶことに間違いなしなのだ。それくらい目の前の美少女は学校に知れ渡っている。

 仕方なく尊はため息を吐きながら、図書室の奥の扉を指差しながら言った。


「保管室に行こう。そこなら安全だ」


 安全も何もそこを開けられたら終わりなのだが尊はそこまで言うことはしなかった。頭のいい彼女だ。いう必要もないだろうとの判断からだ。

 尊はのそりと席から立ち、保管室に向かった。後ろから真奈がついてきてるのを確認して保管室の扉を開けた。



 結果から言うと助かった。一行はここには居ないだろうとでも思ったのか素通りしていった。ある意味盲点をついたのだ。頭がいい彼女がこんなところにいるはずがないという思い込みがこの場所を隠れ家にした。

 尊はようやく去った危機ことにため息を吐いたが今の状況を思い出してまたため息吐いた。


「そろそろどいてくれないか?」


 彼女が俺の上に乗っている。それが今の状況。保管室に入った途端尊がこけてそれに釣られるように真奈もまたこけたのだ。パタンと音がなったので尊も真奈も身が固まり動けなくなった。やがて危機が去り……というわけだ。


「あんまり言うべきではないと思ったがやはり言う。いくら女の子とはいえ、重い」


「あなたは、私を見ても何も思わないの?」


 尊はそこで真奈を改めて見た。それはそういう意味で言ったのだろうか。その肢体は確かに出るところが出ていて引っ込むべき所は引っ込んでいる。男からしたら魅力の塊なのだろう。尊は孤独の身になってからはその手の欲求なくなっていた。感情が希薄になっているとも言える。その前ならあったかと言われればなかったのだが。

 だが、あえて言うならと思って尊は無意識に口を動かしていた。


「綺麗だ。瞳も髪も全て、が」


 そこまで言ってハッとなり口を閉ざした。尊は混乱していた。無意識にしろ何故そんなことを言ったのか。恐る恐る真奈の瞳を見る。彼女はまるで面白いものを見たとでも言うように目をまん丸にしていた。


「……。まぁ、そのなんだ。それだけだ」


「………………」


 無言の返答だった。それはどれくらい続いただろうか。その瞳の奥で考えていることは分からない。もしかして何も考えてないのでは? とも思っていたがどうやらそれも正解だろうと思った。真奈の様子が変化したのがすぐだった。

 顔を真っ赤にして急に立ち上がり、走り去っていった。

そんなに恥ずかしかっただろうかと尊は考えたがそんなはずはないと考えを改めた。彼女はこの学校のマドンナ的存在。そんな彼女が綺麗だ、の一言も言われない訳がなかった。ならば、何故。尊にはその答えが分からなかった。だから、本を読むことにした。


「何がだから、なのか」


 ふと、笑って今日の出来事を反芻する。その後、尊は星の図鑑を元に戻し、図書室を閉じた。


「今日は、止めだ」


 久々だった。本を読まずとも心が満たされるのは。だから帰ることにしたのだった。


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