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あいまいみい

作者: みゅう

「――優樹(ゆうき)、俺は気付いたぞ」

「何をだい?」

 椅子に腰掛けた俺がテンション高く発した言葉に対し、俺のベッドにうつ伏せに寝転がった優樹は漫画雑誌を読みながら興味なさげな声を返す。

 学校帰りにそのままウチに寄ったため、優樹の格好は制服のまま。それに合わせたわけではないが、俺もまだ着替えていない。

「俺達には青春が足りていない」

「へぇー」

 漫画のページが(めく)られる。ちなみに、その漫画雑誌は俺の物で、優樹がその本を読むのはすでに四回目だ。

「優樹、青春とはなんだ?」

「うーん。なんだろう」

 上の空な返答。だが、俺はめげずに続ける。

「部活、イベント、そして恋愛だ」

「……へぇー」

 少し俺の話に興味が出てきたのか、優樹の反応が変わる。

「そこで俺は恋人を作る事にした」

「したって、そんな簡単に出来るもんじゃないだろ?」

「そう。簡単ではない。だけど、その簡単にいかない事もまた青春だ」

 うむ。我ながらいい言い様だ。

「君の青春論はよく分からないが、何となく理解は出来なくもない」

「だろ? ところで、優樹。お前に恋人はいるか?」

「……いないよ。いたら、こんな所にはいないって」

 漫画から視線を上げ、優樹が俺の顔を見る。

 それもそうか。

「ちなみに、過去いた経験は?」

「ないよ。君と同じ。仲嶋(なかじま)優樹の経歴は真っ白。綺麗なもんだよ」

 そう言うと、優樹はわざとらしく肩を(すく)めてみせた。

「なぜ俺も同じだと決め付ける」

 優樹と俺が出会ったのは半年前、高校で同じクラスになってからだ。そして、それ以前の俺の女性遍歴は優樹には話していない。

「見てたら分かるよ。君と付き合う人間は、余程の物好きか趣味が悪いかのどちらかだね」

「的確な分析、ありがとう」

 優樹の分析は俺自身認めている事なので、別に腹は立たない。

「そういうお前は綺麗な顔立ちしてるし、男女問わず放っておきそうにないんだけどな」

 優樹の顔は非常に中性的で、俺ですらたまにどきっとしてしまう程、綺麗な作りをしている。

「そりゃ、声を掛けられたり手紙を貰ったりする事はあるよ。最近も女の子から可愛らしいラブレターを貰ったばかりさ。でも、それとこれとは話は別というか……。みんな、仲嶋優樹という人間の上辺しか見てないんだ。だから、簡単に格好いいとか王子様みたいとか言えるんだ」

 人にはそれぞれその人にしか分からない悩みがある。一見贅沢に見える優樹の悩みも、本人にとっては深刻な悩みなのだろう。

「お前はどういうのと付き合いたいんだ?」

 ふと気になり、そんな事を聞いてみる。

「え? どういうのって……」

 なぜか動揺する優樹。

「優しくて、可愛らしい人かな」

「案外、普通だな」

「普通で悪かったね」

 俺の言葉に、優樹が拗ねたような声を出す。

「いや、悪いとは言ってないけどさ」

 意外に思っただけだ。

「そういう聡文(あきふみ)はどうなんだよ?」

「俺? 俺は……」

 考える。俺の理想は……。

「分からない」

「何だよ、それ。こっちにだけ言わせて」

 優樹の声が不機嫌なものになる。本当はあるのに隠していると思われたらしい。違うのに。

「改めて考えると、こう具体的なイメージが湧かないというか……」

「じゃあ、好きな人とかいないの? 別に、芸能人とかでもいいからさ」

「好きな人ね……」

 好きな人と聞かれて思い付いたのは、思い掛けず身近な人物だった。

「どうかした?」

 突然黙り込んだ俺に、優樹が不思議そうな視線を向ける。

「いや、やっぱり思い付かないな」

「そう……」

 それっきり優樹は黙り込み、漫画に没頭してしまう。

 俺も勉強机の方に体を向けると、その上に並んだ漫画の単行本を一冊抜き出して読み始まる。

 こうして俺達の放課後はいつものように過ぎていく。若干、いつもと違う雰囲気を漂わせながら……。


「よっ、聡文」

 翌朝、登校中の俺に背後から誰かが声を掛けてきた。振り返る。案の定、優樹が立っていた。

「おう」

 俺達は軽く挨拶とも呼べない挨拶を交わすと、そのまま肩を並べて歩き出した。

「で、首尾はどうだい?」

「守備? あぁ、確かに昨日の守備は頂けなかったな。完全にダブルプレーのタイミングだったのに、ファーストがボールを溢しやがって」

 話しながら昨夜の怒りがふつふつと再燃してきた。あれさえなければ、勝っていたのに。

「君は何の話をしてるんだ?」

「え? ゴンドラーズとカイザーズの試合の話だろ?」

「……はぁー」

 優樹がわざとらしく溜め息を吐く。どうやら、優樹と俺の間で何やら会話の齟齬(そご)が発生していたらしい。

「昨日、君が言っただろ? 恋人を作るって」

「ああ。言ったな」

 昨日の今日だ。さすがに自分で言った事ぐらい覚えている。

「だから、その恋人を作るための作戦や案を君が少しは考えてきたと思って、それを今尋ねたんだよ」

「しゅび。首尾ね」

 前々から思っていた事だが、優樹は話し方が人とは違い独特で、たまにこうしてピンとこない事がある。

「別に、何にも考えちゃねーよ。ただ、意気込みというか気持ちをしっかり持ったというか……」

「つまり、今までと何も変わらない、と」

「……いやー、昨日の試合は惜しかったな。あそこでダブルプレーが成立してれば、あの回無失点で終われたのに」

「どうせ、あのまま行ったって、二点だろうが三点だろうがビハインドで出てくる中継ぎは大抵打たれてるんだ。結果は変わらないよ。負けた理由をエラーのせいにして、本質から目を逸らしてるようじゃあのチームはいつまで経ってもBクラスさ」

 優樹が野球の話に格好つけて、俺に説教をしているのは分かった。だが、何を言っても言い訳にしか聞こえない気がして、結局、俺は口を(つぐ)む。

「……」

「……」

 重苦しい空気が二人を包む。

 おそらく、どちらかが冗談めかした口調で話し始めればこの空気の悪さもすぐに解決すると思うのだが、どちらもその役目を果たそうとはせず……。

「おはよう」

 結局、沈黙を打ち破ったのは、背後から駆け寄ってきた第三者だった。

「おっす」

「おはよう、麻衣(まい)ちゃん」

 立ち止まり、俺、優樹という順番で慌ただしく現れた第三者に挨拶を返す。

 彼女はクラスメイトの星川(ほしかわ)麻衣。髪はセミロング、顔には常に明るい表情が浮かんでおり、実際性格も明るい。少し頭が弱い所を除けば非の打ち所のない美少女だ。

「ん? なんか今、聡文君が私に対して失礼な事考えたような……」

 後、異様に勘が鋭い。

「ヤダな。俺が星川さんにそんな事思うわけないじゃないか」

 言いながら俺は、星川さんに向けて満面の笑みを浮かべてみせた。

「そうだよね。ゴメンね。変な事言って」

「ううん。大丈夫だよ」

 手を振り、星川さんの言い掛かりを許す俺に、なぜか優樹が呆れたような視線を向けてくる。

 星川さんを加え、改めて三人で学校へ向かう。右から星川さん、優樹、俺という並びだ。

「優樹君、もしかして髪切った?」

「軽く前髪をね」

「へぇー。うん。いいね。似合ってる」

 凄いな、星川さん。俺なんて全然気が付かなかった。

「いつの間に美容院なんて行ったんだよ?」

 昨日は七時前までウチにいたから、そんな所に行く暇なんてないはずだが。

「自分で切った」

「は?」

「少し鬱陶(うっとう)しかったから」

 だからって、自分で切るか、普通。

「あー。あるよね、そういう時」

 あるんだ。

「聡文の髪も切ってやろうか?」

 手でハサミの形を作り、ジャキジャキと俺に向かってそれを閉じたり開いたりしてみせる優樹。

「……機会があったらな」

「よし。言ったな。絶対だかんな」

 やばい。適当に言っただけなのに、優樹の奴、妙に乗り気だ。……ただ、機会が来ない事を祈るばかりだ。


 昼休み、学食で昼食をとる。

 今日の俺の昼食はカレーうどん。我ながら非常にリスキーな選択だ。

「気を付けて食べなよ」

 俺の正面に座る優樹が、少し怒ったような表情をその顔に浮かべる。

「分かってるって」

「なら、いいけどさ」

 言いながら、優樹がラーメンを口に運ぶ。がさつな俺とは対照的に上品な(すす)り方だ。こういう一見何でなさそうな所に、育ちの良さって出るんだよな。

「それにしても、優樹って少食だよな」

 この後、俺は購買で買ったパンを二つ程行く予定だが、優樹はこれで本日の昼食は終了。そんなんで足りるんだろうか。

「君とは根本的に体の作りが違うんだよ」

「左様か」

 まぁ、胃袋の大きさは人それぞれだし、俺か心配する事じゃないか。

「君の方こそ食べ過ぎじゃないか? 運動部でもあるまいし、その吸収されたエネルギーはどこで発散されてるんだか」

「……さぁー」

 俺自身それは謎だ。

「育ち盛りだからかな?」

「それは暗に少食な人間は、育ち盛りじゃないという批判かな?」

 まったくそんな気なかったのだが、何気なく言った俺の言葉が優樹の気に触ったらしい。引き()った笑顔が怖い。

「いや、大丈夫。優樹もこれから成長するよ」

「どこを見て言ってる! ちゃんと人の目を見て言え!」

 視線を下に落としていたのがいけなかったようだ。意図せず、優樹の怒りの炎に油を注いでしまった。

「悪かった。お前がそんなに気にしてると思わなかったんだ」

「誰が何を気にしてるって?」

「そりゃ……小さい事を」

「ああ。そうさ。どうせ小さいよ。周りと比べたら一目瞭然だよ。悪いか」

「いや、誰も悪いとは言ってないだろ」

 というか、優樹は確かに小柄な方だが、そう気にする程小さいわけではないと俺は思うのだが……。

「身体検査の度に、淡い期待を抱きながら撃沈する人の気持ちが君に分かるというのか。いいや、分からないね」

「優樹。落ち着けって。周りが見てる」

 いつの間にか学食中の視線が、ヒートアップする一方の優樹とそれを宥める俺に降り注いでいた。

「……」

 辺りを見渡してその事実に気付いた優樹が、ようやく大人しくなる。

「ゴメン。熱くなり過ぎた」

「俺の方こそ少し無神経だった。すまん」

 なんか昨日からこんなのばっかだな。

「優樹さ、なんか嫌な事でもあった?」

「は?」

「そりゃ、もちろん俺も悪いよ。でも、こう言っちゃなんだけど、こんな遣り取りはいつもの事だろ? お互いからかって馬鹿言って。違うか?」

「……違わない」

 伏し目がちに俺の言葉を肯定する優樹。

「何かあったのか?」

「何もないよ」

 不自然な程の即答だった。

「本当か?」

「ああ」

 優樹が嘘を吐いているのは見るからに明らかだったが、()えてそれを指摘するような事はしなかった。

「そっか。なら、いいけどさ」

「聡文」

「ん?」

「やはり、君には無謀な挑戦だったようだね」

 そう言って、優樹が苦笑いを浮かべる。

「何がだよ?」

 優樹が俺の右胸の辺りを指差す。そこには黄色い二つの染みが。

「あっ」

「だから、言ったんだ。気を付けろって」

「……」

 優樹のもっともな意見に何も言い返せず、俺は無言で席を立った。もちろん、早く染み抜きをするために。


 今日も今日とて放課後に俺の部屋にやってきた優樹だったが、今日は本には手を出さずなぜかベッドの上で体育座りをしていた。

「えーっと、何?」

 この状況を放置する事三分、耐えきれなくなった俺はようやく優樹に話し掛けた。

「昨日からの自分を少し反省してる所だ」

「はー……」

 いや、そんなの自分の家でやれよ、という言葉がそこまで出掛かったが、結局口には出さなかった。

「反省って、そんな大げさな話か」

 確かに優樹の様子はおかしかったが、何も人ン家で反省しなくても……。

「態度や言動だけの話じゃないんだ。なぜそういう風になってしまったのかしてしまったのかという理由を、自分自身がまったく気付けていなかった事が恥ずかしくもあり悔しくもあるんだ」

「よく分からんが、その口振りだとその理由とやらには気付けたというわけか?」

「ああ。学食で君に言われて気付かされたよ。ありがとう」

「そうか。それは良かった」

 状況はまだうまく飲み込めていないが、とりあえずそう言っておく。

「結局の所、腹を立ててたんだ。君が恋人を作るなんて馬鹿な話を私相手にした事に」

「どういう事だよ?」

「はぁー……」

 深い溜め息を吐かれる。

「君は本当に鈍いね」

「悪かったな」

 どうせ俺は鈍いよ。

「目の前に日頃から一緒にいる女の子がいるのに、そんな話をするなんてお前なんか眼中にないと言われてるも同じだろ?」

「……あ」

 言われてみれば、俺の態度はそう取られても仕方がないものだったかもしれない。

「今、気付いたのかい。君は本当に馬鹿だね」

 そう言って、優樹は苦笑する。

「だって、俺にとってお前は友達で気の置けない奴で、それで……」

 それで、何だ? その後に一体何が続く。

「君は本当に鈍くて馬鹿でお調子者でどうしようもない奴だけど、私はそんな所も全部引っくるめて君の事が好きなんだと思う」

「……は?」

 今、なんて言った、こいつ。好きって言ったか、俺の事。

「何を驚いてるんだ? 恋人を作るという話をされて怒るという事は、つまりそういう事だろ?」

「そう、なのか……?」

「ああ」

 優樹が頷く。はっきりとした動作で。

「出来れば、今の話を聞いた君の感想を頂けると嬉しいんだが」

「俺は……」

 考える。俺は優樹の事をどう思っている? 友人? それはそうだ。気の置けない奴? それもそうだ。後は?

「正直、俺は今まで優樹の事をただの友人と思ってたんだと思う。男とか女とか関係なく、友人として好きだったし、今もその思いは変わらない」

「そうか……」

 優樹が寂しそうな笑みを浮かべる。それが俺の答えだと思ったんだろう。だが、話はまだ終わっていない。

「でも、昨日、お前に好きな相手を聞かれて頭に浮かんだのはお前だった。それは友人としてじゃなく、一人の女性としてだと思う」

「つまり……?」

「お友達からよろしくお願いします?」

 返答に困った挙げ句、俺は告白の答えの定型句を口にした。

「もうすでにお友達なんだけどね」

 優樹が本日何度目かの苦笑いをその顔に浮かべる。

「君の気持ちはよーく分かった」

 突然、優樹はベッドの上に立ったかと思うと、俺に向かって人差し指を突き立ててきた。

「聡文。私は君を私の恋人にする事にする」

「いや、すると言われても……」

 どう反応していいものやら。

「精々、覚悟する事だな」

「それ絶対、恋人にしようとしてる奴に言う台詞じゃないって」

「君ぐらいのレベルまで達した人間には、これでもまだ(ぬる)いぐらいだよ」

 何のレベルなのかは、敢えて聞かないでおこう。聞いても多分損こそあれ得はないだろう。それより――

「俺を好きになる奴は、余程の物好きか趣味が悪いかのどっちかじゃなかったのか?」

 確かそんなような事を言っていた気がするが。

 俺の言葉を聞き、優樹は一瞬きょとんとした表情になったが、すぐに立ち直り

「ああ。だから、君の恋人になろうなんて言う人は、きっと天然記念物並に珍しいから大事にした方がいいよ。あきふみくん」

 そう言ってにかっと笑った。

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