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第一章-終話


女の子同士の恋の物語です。


事件の原因が自分に有る事で、碧の心は押し潰される様な感覚に苦しむ。

そして、悠貴子を求めた……


碧と悠貴子のお話、終話です。

 Ride On!

 

 第一章 

 

 終話                


 体が鉛の様に重い。

 頭の中が白いもやに覆われた様に記憶がぼやけている。

 目を開けて虚ろに写る風景が、自分の部屋だと分かるまで少し時間がかかった。

 碧は、傷の痛みで昨日の事を思い出し、窓から差し込む光で今は朝だと分かった。

 午前七時半、何時もなら学校へ行く時間だが、今日は傷の経過を見るために病院に行かなくてはならない。

 その事を悠貴子に伝える事を忘れていた碧は、鞄に入れたままの携帯電話を取り出した。

「あ……」

 携帯電話を開いて見ると、悠貴子からのメールが入っていた。

「お雪……」

 碧の怪我を気遣う悠貴子のメールを見て、携帯電話を抱き締めるように胸に当てて碧は泣いた。

 声を出さずに咽び泣く碧。

 傍に居なくても悠貴子との繋がりを碧は深く感じた。

 暫くして、碧は気遣ってくれた事への礼と、今日は病院に行く事を悠貴子にメールした。

 悠貴子からの了解メールを見てから、碧は着たままの血で汚れた制服の上着を脱いだ。

 嫌な匂いだった。

 髪の毛に付いた血も、嫌な匂いを放っている。

「シャワー浴びたいな……」

 碧は着替えを持って一階へと降りて行った。

「あ、碧ちゃん起きたの」

 ダイニングに居た舞が碧に声を掛けた。

「舞さん……」

 朝早くから居る舞に碧は戸惑った。

「社長は、朝早くに仕事があるから出て行ったの、だから、今日は私が病院に連れて行ってあげるわ」

「あ、ありがとう……」

 不思議そうに見ている碧に、

「夕べ、戸田って子の両親が来てね、それで色々と話してたら遅くなって、それで泊まったの」と、舞が説明した。

「サンドイッチ食べた?」

「うん、まだ……」

「おなか空いてない?」

「うん、少し……」

「じゃ、何か作るわね」

「うん、ありがとう……」

 碧を元気付け様としているのか、妙に明るい舞に違和感を感じながら、碧はバスルームへと向かった。

 傷を気遣いながらシャワーを浴びた碧が、ダイニングへと入ると、スクランブルエッグが置いてあった。

「傷のガーゼ、変えようか?」

「あ、お願い」

 少し湿った血の匂いが付いたガーゼを舞が取り替え新しい包帯を巻いてくれた。

「制服も汚れているんでしょ、クリーニングに出すから、後で持って来てね」

「うん……」

 碧は、あまり食欲は無かったが、舞の作ってくれたスクランブルエッグをコーヒーと共に胃に流し込んだ。

「あのね、碧ちゃん……」

「えっ?」

 碧の前に座る舞が、

「ちょっと、良いかな、お話が、有るの……」と、言い難くそうに口を開いた。

「なに?」

「……」

 躊躇っているかの様な舞を、碧は不思議そうに見ている。

「あのね、私達、あの、私、真樹夫さんと付き合ってるの……」

「えっ?」

「あの、もっと早くに言おうとしたんだけど、なかなかタイミングが合わなくて……」

「あ、でも舞さん……」

「うん、女の子と付き合っていた事は有ったけど、何も男嫌いなんかじゃ無いわ」

「そう、なんだ……」

「私は、その人を好きになるの、性別なんて関係ないわ」

「あ、あの、結婚するの?」

「ううん、そこまでは今は考えてないけど、お互いに、いい年だしね」

「そう……」

「あの、それでね……」

 言葉を途切れさした舞を見て、碧は舞の気持ちを察し、

「あ、私の事なら気にしないで、私、舞さんの事好きだし、どうせ、今までと変わらないんでしょ」

「碧ちゃん……」

 微笑んでいる碧を見て、舞は安堵の笑みを浮かべた。

 午前八時を過ぎて、碧は舞の車で病院へと向う。

 病院で傷を消毒してガーゼと包帯を替えた。

 そして、そのまま舞の車で碧は学校へと向かった。

「いいの、休まなくて」

「うん……」

「そう……」

 傷自体、学校を休むほどの物ではなかった。

 しかし今日、碧は精神的に学校を休みたかった。

 ネガティブな気分で誰にも会いたくないと思う反面、自分が居ない所で、何かが起こる事が怖かった。

 その何かが、碧の心に重く圧し掛かる。

 そんな不安を抱えたまま、碧は学校を休む事が恐かった。

「あ、それとね、私、真樹夫さんから頼まれてるから、何か有ったら何でも言ってね」

「あ、うん、ありがとう……」

 きっと、碧の事を思って言った舞の言葉が、碧の心に引っ掛かった。

 舞は叔父を通して碧を見ている。

 そう、叔父も碧の母親を通して碧を見ている。

 だからどうだと言う事も無いはずが、碧には妙な疎外感を与えた。

 自分でも分からないネガティブな思い。

 今までも、優しくしてくれていた、叔父と舞。

 なにも変わらないはずなのに、碧は孤独感を覚えた。

「お雪……」

 心の中で呟き、碧は車の窓越しに悠貴子の顔を思い浮かべた。

ーーー◇ーーー

 午後からの授業に出る積りの碧が学校に着くと、お昼休みも終り頃だった。

 舞に礼を言って碧は教室へと向かった。

 途中、周りの生徒達が碧を見つけて、なにやらひそひそと話している。

 そんな事は慣れてはいたが、今までとは違う雰囲気に、碧は重いものを感じた。

 第二校舎の二階へと上がると、碧は真っ先に悠貴子の教室へと入った。

「碧!」

 碧の姿を見付けて、悠貴子が驚いている。

「いいの?休まなくて」

 駆け寄って来た悠貴子に、

「ごめん、心配掛けて」と、碧は微笑んだ。

「病院、行ったの?」

「うん、でも、傷は大した事無いから、大丈夫だよ」

 悠貴子を安心させるために、碧は態と何でも無いかの様に報告した。

「うっ、よかった、本当によかった……」

 元気そうな碧を見て、悠貴子は安堵から気が緩み、手で顔を覆って泣いてしまった。

「ごめんね……」

 皆の前で、碧は悠貴子を抱き寄せ頭を優しく撫でた。

 ほんの少し前なら、こんな姿を見せれば、再び冷やかしの対象に成っていた筈なのに、周りは妙に静かだった。

 それどころか、皆は恐い物を見る様な目で碧を見ていた。

「大変だったな」

「杉山君」

 中学の時同じクラスだった杉山が、碧に近付き声を掛けた。

「相手の奴、逮捕されたんだってな」

「うん……」

 杉山の話を聞いて、そんな話まで皆に知れ渡っている事を知った。

「お雪、今日一緒に帰ろ」

「えっ?」

「私、部活が終わるまで待ってるから」

「いいの?」

「うん、一緒に帰りたいの」

 そう言って微笑む碧に、

「うん」と、悠貴子も微笑んで頷いた。

 悠貴子の教室から、隣の自分の教室に入ると、反応は同じだった。

 教室に居た生徒達は、碧を見付けると皆黙ってしまった。

 碧は気にしない様に自分の席に着くと、武田が碧に近付いて来た。

「おはよう……って、ちょっと変かな」

「ふふふ、そうね」

「傷、大丈夫?」

「うん、大した事無いわ」

 苦笑いを浮かべる碧に、

「大変な事に成ってるわよ」と、固い顔で言った。

「大変なこと?」

「昨日の事、もう既に全校に知れ渡ってるわよ」

「……でしょうね」

 碧が保健室へと運ばれて行く時の事を大勢の生徒達が見ていた。

 顔を半分血で染めた碧を見た生徒も沢山居た。

「ほら、これ」

 武田が携帯電話を碧に見せると、そこには、男子生徒が二人倒れている所で、顔半分を血で染めた碧に悠貴子が抱き付き立っている写真が写っていた。

「なんか、悠貴子姫を守りきった勇者みたいね」

「ふっ……」

 武田の言葉に碧は鼻で笑った。

「この写メ、結構廻ってるわよ」

「そう……」

「でさ、本当なのかなって……」

「何が?」

「貴方が、ナイフを持った三年生五人と乱闘に成ったって事」

「ナイフを持っていたのは一人だけよ」

 噂と言う物は、尾鰭を付けて大きくなる物。

「貴方から喧嘩売ったって、ほんと?」

「……良く分からない」

 そう言って俯く碧を見て、

「ごめん、思い出したくも無いわよね、ごめん……」と、武田が碧を気遣って謝った。

「うん……」

 最初に殴られたのは碧だったが、今までの事が我慢出来ずに、最初に戸田達に近付いて行ったのは自分だった。

 戸田の後に殴り掛かって来た生徒に、明らかに自分から頭突きを繰り出した。

 だけど、どちらが先だったかなんて事は今の碧にとっては、どうでも良い事だった。

 結果。

 そう、結果として、事件を起こしてしまった。

 そして、事件の内容から、武田は別としても、碧は他の生徒達から不良だった戸田達と同じレベルに見られてしまった。

 そんな疎外感を感じながら、この日の授業が終わった。

「碧、私、部活に行くけど」

 教室の出入り口から悠貴子が顔を出して尋ねた。

「うん、待ってる、終わったらメール頂戴」

「うん、わかった」

 待っているとは言ったものの、何もする事が無い碧が椅子に座っていると、

「今日は送っていかないの?」と、武田が声を掛けて来た。

「うん……」

「そっかぁ……」

 武田は碧の隣に座り、

「大変だったね」と、慰める様に言った。

「うん……」

「今流れてる噂から考えて、また嫌な思いをする事に成ると思うよ」

「そうね……」

「でもね、早く元気出してね、味方だって居るんだから、特に天道さんなんかは」

 優しく微笑む武田を見て、

「うん、ありがとう」と、碧も微笑んで礼を言った。

 武田が帰った後、碧は一階へと降り、昨日の事件の場所へとやって来た。

 洗って薄くは成ってはいるが、まだ黒く残る血の跡。

 それを見て、あの時の事を思い出した碧の心は、締め付けられる様な痛みを感じた。

 碧はそのまま第一校舎へと入って行くと、職員室の前に鈴木と川崎の姿を見つけた。

 動かずに職員室の前に立っている二人を見て、碧に言い知れない不安が湧いて来た。

 碧は鈴木達の方へと近付くと、鈴木達も碧に気付いた。

「先輩……」

 声を掛けた碧を鈴木が睨んでいる。

 川崎は碧から目線を逸らした。

「なんでだよ……」

 肩を小さく震わせて拳を握る鈴木を見て、碧は最悪の事態である事を感じ、職員室の前の掲示板を見た。

 そこには、校長印が押された戸田を退学処分にした報告の書類と、生徒会印が押された軽音部の廃止を記した書類が張ってあった。

「これは……」

「今日の昼休みに、臨時で部活会儀が開かれて決まった……」

 悔しそうに俯く川崎。

 昨日の事件で予測はしていた物の、現実として受け止めなければ成らなくなった時のショックは激しかった。

「何でだよ、何でこんな事に……」

「鈴木先輩」

「だから、大人しくしてろって言っただろう!」

「おい、鈴木……」

「なんで、大人しくしてなかったんだよ!全部ぶち壊しだろうが!」

「……あ、あの、わたしの、せいで……」

 大人しく優しい鈴木しか見た事の無い碧は、怒り怒鳴る鈴木に戸惑っていた。

「そうだよ、お前のせいだよ!」

「おい!鈴木、東郷は被害者なんだぞ!」

 川崎が鈴木の肩を掴んで止める。

「すまんな、東郷、こいつ気が動転してて……」

「お前は悔しくないのかよ!」

「悔しいよ!だけど、東郷のせいじゃ無いだろ!」

「同じだろ!あいつらと遣り合って、同じ事だろ!」

「言いすぎだぞ、お前!」

「やめてください!」

 怒鳴りあっていた二人に、碧が割り込んだ。

「あ、あの、わたし、わたし……」

 目からぼろぼろと涙を流して、碧が何かを言おうとしている。

「う、でも、わたし、そんな、そんな……」

 言いたい言葉がまとまらず、碧の言葉は嗚咽と共に途切れた。

 言わなくてはいけない言葉が出て来ない。

 涙で鈴木達が霞んで見えない。

 心が痛い。

 碧の心のひびが、亀裂と成って大きく広がった。

 碧は自分でも分からないまま、鈴木達に背を向けて走り出した。

「おい、東郷!」

 川崎が呼び止める声も聞えず、碧は第一校舎を出て行った。

「鈴木……」

 川崎が振り向いて鈴木を見る。

「分かってるよ、そんな事……」

「だったら」

「そんなの、割り切れるか!一生懸命やって来たのに、そんな簡単に割り切れるかよ!」

「……」

 制服の袖を目に当てて泣いている鈴木を見て、川崎は何も言えなかった。

 何処をどう走ったかは分からないまま、碧は旧校舎にある音楽室の前までやって来た。

 一年にも満たない間ではあったが、色々な思い出が詰まった音楽室。

 鍵が掛かった扉の前で、碧は崩れるようにしゃがみ込んだ。

 膝を抱えて泣いている碧。

「ごめんなさい、ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 何度も何度も繰り返して泣いている碧。

 自分のせいで廃部に成ってしまった事に、一緒に頑張って来た、千佳や順子、そして、二年生達に対して、碧は申し訳ない気持ちで張り裂けそうだった。

 何時も優しく庇ってくれた鈴木。

 その鈴木に『お前のせいだ!』と、罵られた事が碧には堪えた。

「う、う、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 錯乱したように何度も何度も繰り返す碧。

「うっ、う、た、助けて、たすけて、お雪……」

 碧はふらふらと立ち上がり、

「お雪、たすけて、たすけてよ、お雪……」と、ふらつく足取りで歩き出した。

ーーー◇ーーー

「おかしいな……」

 碧へとメールしたが返信が来ない。

 悠貴子は携帯電話を見詰めて、

「どうしたのかしら……」と、不安になって来た。

「どうかしたの?」

 図書室の鍵を閉めた九条が、まだ帰らず廊下に立っている悠貴子に声を掛けた。

「あ、先輩」

 悠貴子は携帯電話を見詰めながら、

「碧と連絡が取れなくて……」と、不安そうに言った。

「メールの返事も無いし、掛けてみても出ないし……」

「あら、変ね」

「ええ……」

 不安に成って来た悠貴子の脳裏に、嫌な事が思い浮かぶ。

「もしかして、傷が痛んで倒れているんじゃ……」

「まさか、頬の傷ぐらいで、倒れるなんて無くてよ」

「……そ、そうですよね」

「探してみる?」

「ええ、私、探して来ます」

 そう言って走り出した悠貴子を追って、

「あ、私も一緒に探すわ」と、九条も走り出した。

 夕方から振り出した激しい雨が窓ガラスを叩く中、悠貴子と九条は第一第二校舎の中を隈なく探したが、碧はいなかった。

 見付からない碧に、悠貴子の不安が膨らむ。

「もしかして、音楽室」

「あっ、悠貴子ちゃん!」

 悠貴子は土砂降りの中、傘もささずに旧校舎に向って走り出した。

 後から、折り畳み傘を鞄から出して、傘を差して九条が追いかける。

 旧校舎に入り、傘をたたむと、悠貴子は既に音楽室に向っていて居なかった。

 九条が階段を昇って音楽室のある四階に着くと、音楽室の前で悠貴子が立っていた。

「悠貴子ちゃん……」

 ただ、じっと立っている悠貴子に、

「東郷さん、居ないわね」と、声を掛けた。

「何処に行ったの、碧……」

「もう帰ったのかしら?お家に連絡してみれば?」

「はい……」

 悠貴子は、碧の自宅へと電話をしたが、誰も出なかった。

「……誰もいらっしゃらないのかしら」

「お出にならないの?」

「ええ……」

 悠貴子は不安の膨らむ中、色々と記憶を探ってみた。

「もしかして、警察に行ったのかしら?」

「警察?」

「ええ、昨日メールで、落ち着いたら警察が状況を聞きたいから来てくれって言われているって……」

「そうなの」

「それだと良いんですけど、もしかして、傷か急に痛み出して病院に行ったのかしら」

「それも考えられるわね」

 色々と考えては見るが、連絡が取れない理由にはしっくりと当てはまらなかった。

「とにかく、これだけ探して居ないのよ、もう、帰ったとしか思えないわね」

「そうですね」

「それに、もう下校時刻よ、私達も帰らないと」

「ええ……」

 雨の中、悠貴子と九条は二人並んで駅へと向かった。

 不安そうにしている悠貴子を見て、

「きっと大丈夫よ、心配しないで」と、慰めた。

「はい……」

 九条としては、悠貴子と二人っきりの状況は、己の欲望を満たす為には絶好の機会では有ったが、花火の時とは違い、碧の事を思って心配している悠貴子には手が出せなかった。

 あくまでも、九条は碧と悠貴子に出来る隙間を狙っている。

「きっと、明日になったら、元気に出てくるわよ」

「はい……」

 今の悠貴子に何を言っても仕方が無い事を知った九条は、

「なにか有ったら連絡してね、お友達ですもの、力に成りたいわ」と、微笑んだ。

「はい、ありがとうございます」

 そう言って少し微笑む悠貴子の顔を見て、九条も満足そうに笑顔を浮かべた。

ーーー◇ーーー

 雨が小降りに成って来た頃、悠貴子は家の近くの駅に着いた。

 碧の事が頭から離れない。

「碧、どうしちゃったのよ……」

 碧の事を考えながら、人通りの少なくなった住宅街へと入って行った。

 そして、自宅への近道として何時も通っている公園を歩いていると、ブランコに座っている人影を見かけた。

「み、碧!」

 十一月の六時過ぎ、辺りはすっかり暗く成った中、その人影が碧だとはっきりと悠貴子には分かった。

「なっ、何をしてるの!」

「お雪……」

「びしょ濡れじゃないの!」

「待ってたの……」

「えっ?」

「待ってたの、お雪を、お雪に会いたくて、会いたくて……」

 そして、碧は悠貴子に抱き付いて大声を上げて泣き出した。

 張り詰めていた気持ちが、悠貴子の顔を見た事で解けて行く。

 苦しかった胸が、悠貴子の声を聞く事で癒されて行く。

 心の痛みが、悠貴子の香りで、和らいで行く。

 そして、悠貴子を抱き締めて、満たされて行く自分。

 碧の心の亀裂が埋まって行く。

 碧は学校から二駅の距離を、何処をどう歩いたかは覚えてはいなかったが、悠貴子の自宅があるマンションまで来ると、一人で悠貴子を待っていた。

 音楽室から図書室へと向えば悠貴子に会えたのに、あの時の碧には、それさえも判断出来なかった。

 子供の様に泣いている碧の頭を悠貴子が優しく撫でる。

「碧……」

 暫くして、碧が落ち着いた頃、

「雨が降っているわ、お家に入りましょ」と、碧に言った。

「うん」

 頷いて碧は悠貴子に手を引かれて、マンションへと向かった。

 自宅に入ると、悠貴子は直ぐに湯船に湯を張った。

「碧、濡れた服は洗濯するから、籠に入れておいてね、私は着替えを用意するから」

「うん……」

 碧がバスルームに入って包帯を外して服を脱ぐと、

「取り合えず体拭いて、これを着て」と、バスローブを渡した。

「お湯が溜まるまで、ココアを入れるから体を温めて」

 世話女房の如く、碧の世話をして回る悠貴子は、碧が無事だった事が何よりも嬉しかった。

 ココアを飲んでいる碧の、濡れたガーゼを替えながら、

「鞄どうしたの?」と、尋ねた。

「……あ、教室に忘れた」

「じゃ、携帯もその中?」

「うん……」

「もう、お家には連絡する?」

「あ、そうね……」

 碧は電話の前まで来て、家に連絡する事を少し躊躇って居た。

 別に気にはしていない積りでも、叔父と舞の事が心にわだかまる。

 電話の受話器を持ったまま、掛け様ともせず立っている碧を見て、

「今日、泊まって行く?」と、悠貴子が言った。

「えっ、良いの?」

「うん、お母さん、来週まで出張だし、今日は居ないの」

「そうなの」

「どうする?」 

「……じゃ、泊めてもらうわ」

「うん」

 碧はその事を、叔父の携帯に連絡した。

 叔父は怪我の事を心配していたが、碧は大丈夫だと伝えた。

 碧が風呂から上がると、着替えの下着が置いてあった。

 流石に、悠貴子のサイズのブラを借りる事は出来ずに、碧はショーツを穿いてそのままバスローブを羽織った。

 風呂から上がった碧に、

「こっちに座って」と、悠貴子が椅子を出した。

 椅子に座った碧の髪をドライヤーで乾かし終わってから、湿ったガーゼを外し、新しいガーゼに変えて、包帯を巻いた。

「これでよし」

「ありがとう」

 礼を言う碧に、

「もう直ぐしたらピザが来るから、これで払っててね」

「うん」

「私もお風呂に入って来るから」

 そう言ってバスルームに向う悠貴子を見て、碧はクスっと笑って

「ありがとう……」と、呟くように言った。

 食事を済ませた二人は、悠貴子の部屋へと移動した。

「明日も病院に行かなきゃならないから、お雪が学校に行く時、私は家に帰るわ」

「土曜日だし、私もサボっちゃおうかなぁ」

「あら、優等生の悠貴子さんが、そんな事言うの」

「ふふふ……」

「ふふふ……」

 碧の顔に少し笑顔が戻って来た。

「ねぇ、碧」

「なに?」

「今日、家に帰りたく無いの?」

 悠貴子の質問に、碧は答えを暫く躊躇っていたが、叔父と舞の事を話し出した。

「それでね、舞さんの事が気に食わないって事じゃないの、舞さんには色々世話になったし、優しいし大好きなんだけどね」

「確かに複雑ね」

「うん、以前お雪が言ってたでしょ、お雪はいつも一番じゃなくて、自分は要らない子だったって」

「うん」

「何となく、その気持ちが分かった気がしたの」

「そうね、でも最近は少し考え方が変わって来たかな」

「えっ、そうなの」

「人と人との繋がりって、何も皆が皆、直接繋がっている訳じゃ無いでしょ」

「うん」

「私はお母さんを通じてお父さんと、そのお父さんを通じてお兄さんお姉さんと繋がっている、それで満足だわ」

「どうして?」

「お兄さんがね、来年大学を卒業したらお父さんの会社に入る事が決まったの」

「へぇ」

「それでね、お兄さんが、お前も大学出たらお父さんの会社に来いってメールくれたの」

「そうなんだ」

「嬉しかった、滅多に会った事の無いお兄さんが、私の事を思っていてくれたなんて」

「よかったね」

「うん、だからね、直接繋がって無くても心が繋がって無い訳じゃ無いでしょ」

「あっ……」

「碧だって、そうなんじゃない?」

「そうね」

 悠貴子の話を聞いて、碧は理由の無いわだかまりが溶けた気がした。

 母親を通じて叔父と繋がっている、その叔父を通じて舞と繋がっている。

 一番とか二番じゃない。

 そうして、皆、心が通じている。

「だけど……」

 急に顔を曇らせた碧に、

「どうかしたの?」と、悠貴子が尋ねた。

「そうやって通じていた心を、私は壊してしまった……」

「軽音部の事?」

 尋ねる悠貴子に、碧は無言で頷いた。

「順ちゃんや千佳ちゃん、そして先輩達、そんな皆の繋がりを私は、壊してしまった」

「なにも、碧のせいじゃ……」

「そんなの詭弁よ、所詮は言訳よ」

「碧……」

「私自身が良く分かってるの、私のせいだって」

「そんな……」

「あの時、私はどうかしてた、あいつ等の顔を見た時、私はただ怒りだけで動いていた、後先なんて考えないで」

「……」

「あいつ等が許せなかった、演劇部の人達の思いを踏み躙って、鈴木先輩達の時間を奪ったあいつ等が私は許せなかった」

 碧の目から一筋の涙が零れた。

「だけど、結局、私も同じ事をしてしまった、大好きだった軽音部の、皆の、思いを、鈴木先輩の、努力を、私は、私は、みんな、壊してしまった……」

「碧……」

 悠貴子は、泣きながら話す碧を抱き締める。

「どうしよう、お雪、私、どうしたら良いの?」

 碧も悠貴子を抱き締める。

「どうしたら良いのよ、分からないよ、私、皆の大切な物を壊してしまって、どうしたら良いのよ……」

 碧は泣きながら、悠貴子の胸に顔を埋めた。

「碧……」

 泣いている碧の頭を優しく撫でていた悠貴子が、碧の顔を上げさして唇を寄せる。

「お雪……」

 碧は悠貴子を抱き締めながら唇を重ねた。

 悠貴子を感じながら、碧の中に色々な物が込み上げて来る。

 悔しさ、苦しさ、痛み……

 耐え切れない思い。

 碧は、腕の中の悠貴子へ助けを求めた。

 そして、碧は悠貴子を押し倒すように寝かせ、パジャマの上から胸を触る。

「あっ……」

 小さな声を上げて、悠貴子が身を強張らせる。

「お雪……」

 見詰める碧に、悠貴子は少し微笑んで頷いた。

 バスローブを肌蹴た碧が、悠貴子のパジャマを脱がして行く。

 そして、二人は生まれたままの姿で、肌を重ねた。

 柔らかく暖かな悠貴子の肌の感触に、碧は陶酔する。

 肌を這う碧の唇に、悠貴子は体を小さく震わせる。

 そして二人は、お互いの愛を確かめる様に肌と唇を重ね、心も体も一つに溶け合うような感覚に心を酔わせた。

 どれ位の時間が経っただろうか、何時しか二人は深い心地良い眠りへと入って行った。

ーーー◇ーーー

「あっ……」

 朝、目を覚ました碧が、ベッドの上で自分の直ぐ横に寝ている悠貴子の顔を見て、少し驚いた。

「あ、そうか……」

 悠貴子の柔らかな肌を唇が覚えている。

 悠貴子の熱い唇を肌が覚えている。

 昨夜の事を思い出して、碧は急に恥かしくなって、顔を赤くした。

 そして碧は、悠貴子を起こさない様に、そっとベッドを出た。

 床に脱ぎ捨てたショーツを穿いて、バスローブを羽織ると、碧は窓の外の群青色の景色を見た。

 黄色の点滅をする信号。

 白み始めた空を群れで飛んでいる鳥。

 遠くの山の稜線があかく光り出す。

 そんな景色を見ていると、この一週間で起きた出来事が再び思い出されて行く。

 碧は、何故かそれらの出来事を、冷静に思い出して行く。

 今までは、色々な思いがぶつかって、感情的にしか見れなかった物が、冷静に見れるようになった気がした。

 静かな気持ちで窓の外を見ていると、朝の光が差し込んで来た。

「あっ、碧……」

 寝ぼけ眼で見ている悠貴子に、

「おはよう……」と、碧が微笑んだ。

「うふっ、おはよう」

 上半身を起こした悠貴子の裸体を見て、思わず碧は目線を逸らした。

 そして、昨夜の事を再び思い出した碧は、顔を赤くして、

「あの……昨日は、ごめん……」と、悠貴子に謝った。

「えっ?」

「その、あんな事、して……ごめん……」

 碧の言葉を聞いて、

「何よ、それ……」と、悠貴子は不機嫌そうに唇を尖らせた。

「えっ?」

「何なの、それじゃ、碧は私に謝らなければ成らない事をしたの、昨日の事は何だったの」

「あ、ごめん……」

「もう、また謝った」

「じゃ、何て言えば良いのよ」

 困って尋ねる碧に、

「えっと、素敵だったよとか、可愛かったよとか……」と、悠貴子は少し頬を染めて考えながら言った。

「ぷっ!」

「あ、ひどい!笑った!」

「ははは、ごめんごめん」

 碧は頬を膨らませている悠貴子の隣に座って、

「素敵だったよ」と、言ってキスをした。

 苦しかったつかえが、溶けて消えた。

 重かったかせが、砕け落ちた。

 碧は、悠貴子に救われた事を感じた。

 朝の食卓にソーセージとスクランブルエッグが並ぶ。

 洗濯した制服を着た碧が、

「やっぱり、先輩達や順ちゃんと千佳ちゃんに、ちゃんと謝ろうと思うの」と、前に座る悠貴子に言った。

「許して貰えるとは思わないけど、鈴木先輩にはちゃんと謝りたいの」

「うん、そうね」

「でも、謝るだけじゃ駄目なのよ」

「どう言う意味?」

「償いをしなくっちゃ」

「償い?」

「うん」

 碧はコーヒーを一口飲んで、

「私、軽音部を復活させる」と、真剣な目で言った。

「復活させるって……そんな、無理よ」

「無理でも何でもやる、始める前から無理だ何て諦めてどうするの、何が何でもやってやるわ」

「碧」

 コーヒーを飲み干した碧が、悠貴子に微笑む。

「それが、私の償い」

「そっかぁ、やるのかぁ」

「ええ、やるわ」

「前向きなんだ」

「当然よ」

 碧は悠貴子を見詰めて、

「やっと冷静になれた気がするの」と、微笑んだ。

「冷静になって見ると、今までの自分の愚かしさが良く分かったの」

「碧……」

「だ・か・ら、落ち込んでちゃ駄目、悔やんでいたら前に進めない」

「うん」

「恐らく難しいと思うの、だけど、どんなに辛くても私は軽音部を復活させる為に、前だけを向いて進むわ」

「良いわねぇ」

「良いでしょう」

「We Will Rock You、Are you OK?」

「Yes!Ride On!」

「くすっ……」

「ぷっ……」

 二人は久しぶりに心から笑った。

ーーー◇ーーー

 診察の終わった碧が、舞の運転する車で学校へと向かった。

 碧はどうしても今日、鈴木に謝りたかった。

 学校に着いた碧は、舞と分かれて校舎へと入って行った。

 まだ四時間目の授業が終わっていない。

 碧は一人、第一校舎の前で立っていた。

 授業が終わって、暫くすると、生徒達が帰り始めた。

 校舎の出口に立っている碧を見て、こそこそと話す者、睨みつけて行く者と、反応は様々だった。

 そんな周りの事は関係無しに、碧は鈴木が出て来るのを待っていた。

 そして、川崎と一緒に出て来た鈴木を見付けると、

「先輩!」と、鈴木に駆け寄った。

「東郷……」

 駆け寄って来た碧を無視して、鈴木が通り過ぎて行く。

「待ってください!」

 碧は鈴木を追って行く。

「すみませんでした、あんな事になって、あの、私、分かっています、私のせいだって」

「東郷……」

 必死に話す碧を見て、無視して歩き続ける鈴木に、

「おい、話ぐらい聞いてやれよ!」と、川崎が鈴木の肩を掴んで止めた。

「……」

 立ち止まった鈴木の前に立って、

「鈴木先輩、川崎先輩、本当に、すみませんでした」と、碧は深く頭を下げた。

「今更、誤っても、どうにも成らないだろ」

 冷たく言い放つ鈴木に、

「分かっています」と、碧が再び頭を下げた。

「謝って済む事じゃ無いことは分かっています」

「だったら……」

「だから、軽音部を復活させたいんです」

「えっ……」

 驚いた様に見る二人に、

「私、軽音部を復活させます」と、碧はきっぱりと言った。

「謝って許して貰えるとは思っていません、私はそれだけ酷い事をしました、だから、私、軽音部を復活させたいんです」

 熱い目で訴える碧に、

「無理だよ、今更……」と、鈴木は冷たくあしらった。

「無理でも諦め切れません、私、軽音部が大好きだったんです、だから、復活させたいんです」

「だったら、なんであの時、大人しくしてなかったんだよ、あんな事さえ無かったら……」

「すみません、私が考え無しにあんな事をしてしまって……」

 睨んでいる鈴木に再び碧は頭を下げた。

「でも、先輩には知っておいてほしかったんです、先輩達からもらった物を、私が後輩達にも伝えたいと思っている事を」

「東郷……」

「感謝しています、先輩達から色々と教えて貰った事を、先輩達に出会えた事を」

「……」

「失礼します」

 そう言って碧は深く頭を下げてから、鈴木達に背を向けて歩き出した。

「おい……」

 歩き始めた碧に鈴木が声を掛けると、碧は立ち止まった。

「方法は考えているのか?」

「いいえ、まだ」

「自信は有るのか?」

「有りません」

「簡単じゃないぞ」

「分かっています」

「応援なんて出来ないぞ」

「はい」

「そうか……」 

 鈴木が碧に近付き、

「頑張れよ」と、碧の肩を叩いた。

「あっ……」

 碧は立去る鈴木へと振り向いて、

「ありがとうございます」と、また深く頭を下げた。

「頑張れ、何かあったら言ってくれ、出来る範囲で手伝うよ」

 川崎が微笑みながら碧の肩を叩いた。

「はい、ありがとうございます」

 碧は川崎にも深く頭を下げた。

ーーー◇ーーー

「まぁ、そんなこんなでね、今に至るって事かな」

 音楽準備室で、碧は軽音部が廃部に成った経緯を説明した。

 黙って聞いていた一年生達は、お互いに顔を見合わせて、何かを言おうとしているみたいだった。

「どうかしたの?」

 そんな様子に気付いた碧が尋ねると、

「あの、ちょっといいですか?」と、龍之介が手を上げた。

「なんだ、少年」

「あの、龍之介です」

「あ、そうだったわね、龍之介」

「うっ、やっぱり呼び捨て……」

「それで、なにか?」

「はい、じゃ、それって、ゼロスタートじゃなくて、マイナススタートって事ですよね」

「マイナス?ああ、上手い事言うな、龍之介、ははははっ」

「笑っている場合じゃないでしょ」

「まぁ、そう言う事ね、周りの目は軽音部に対してマイナスイメージしか無いわ」

 碧の話を聞いて再び一年生達が顔を見合わせた。

「正直言って、楽じゃないと思っているわ、同好会だって、公認取るのに数を集めれば良いとも思っていない、生徒会が了承するかどうかも分からないんだから」

 碧は一年生に向き直り、

「貴方達にも負担を掛ける事になるかも知れないわ」と、皆を見て言った。

「だからお願い、力を貸して」

 碧は一年生に向かって深く頭を下げた。

 その時、碧の顔の左半分を隠している髪の毛が流れて耳が少し見えた。

「あっ……」

 それを見た洋子が小さく声を上げた。

「あっ、ごめん、嫌なものを見せちゃったわね」

 碧は慌てて髪の毛を整えた。

「あの、先輩……」

 遠慮気味に声を掛ける洋子に、

「なに?」と、碧が微笑む。

「あの、嫌じゃ無いんですか?」

「何が?」

「その傷……」

「うぅん、そうね、十六の乙女としてはね、嫌なものね」

「直らないんですか?」

「整形すれば、目立たなくなるってお医者さんが言ってたよ」

「だったら……」

 碧は椅子に座って、

「これはね、私にとっての戒めなの」と、皆に傷を見せた。

「あっ……」

 頬から耳に掛けて、縫い傷が走っている。

「何も考えずに起こした私の愚かな行動が、皆に迷惑を掛けた、だから私の戒め、私がこの高校に居る間は、このままにしておくわ」

「あの憎くないんですか、あの、その三年生が」 

 身を乗り出して尋ねる洋子に、

「そうね、憎く無いと言えば嘘になるかな?でも、もう、そんな事どうでも良いわ、拘らない様にしているから」と、微笑みながら言った。

「何故?」

「そうね、恨みを引きずったままだと、前に進めないって事かな」

「前に進めない……」

「ええ、確かに忘れられない事だったけど、あいつ等のせいでとか、あいつらさえ居なければなんて、そんな事を考えていたら前に進めないじゃない?」

「……」

「そんな事にエネルギー消費するくらいなら、私は前に進む為の力にしたいの、そう、後ろを向いている暇なんて無いの、前に進むだけ……」

「先輩……」

 一年生達は少し碧の考えが分かった気がした。

「うしっ、先輩、俺、やりますよ」

「おお、ありがとう龍之介」

 碧は龍之介とガッチリと握手した。

「だって、嫌だって言ったって、他にバンドやれるクラブは無いんでしょ、しょうがないっすよ」

「確かに、そうだが、そう言う言い方されると、なんか、腹が、立って来た……」

「あっ、い、痛いっ」

 碧は龍之介の手を思いっきり力を入れて握った。

 龍之介から手を放した碧が、優子と洋子の方へと向いて、

「貴方達は?」と、尋ねた。

 二人は顔を見合わせて、

「先輩が、恐い人じゃない事は分かりました」と、洋子が言った。

「でも、私なんかで役に立つのか、自信なくて……」

「心配しないで」

 碧が洋子の方を向いて、

「誰も自身なんて持っていないわ、私だって不安よ、でもね、一人じゃないの、皆の力を借りれば、何とかなると思うのよ」と、微笑んだ。

「誰も一人で生きている訳じゃ無いわ、だから、お互いに力を出し合って、無い物を補って、助け合って大きな力にするの」

 碧は再び立ち上がり、

「だからお願い、力を貸して」と、再び頭を下げた。

 洋子と優子は、お互いに頷いて、

「はい」

「よろしくお願いします」と、碧に頭を下げた。

「あっ……」

 碧の目に涙が滲む。

「あ、ありがとう、本当にありがとう……」

 碧は洋子と優子の手を握って礼を言った。

 軽音部を復活させる決意はしたものの、何をどうすればいいのか、何から始めれば良いのかさえ、見当も付かなかった碧。

 今、偶然とは言え、同士と成ってくれる仲間が目の前に居る。

「うれしい……」

 皆から顔を背けて碧は流れて来る涙を指で拭った。

「ごめん……」

 涙目で皆の方に向き返り、碧が微笑むと一年生達も微笑んだ。

「じゃ、具体的なスケージュールだけど、とにかく人数は集めて、十一月にある文化祭に出るの」

「文化祭ですか」

「そう、部に昇格するには実績が必要なの、何も今年出ただけで部に成れるとは思って無いけど、とにかく、実績を積む事が大切なの」

「なるほど」

「それでね……」

 碧達が同好会について話し合っていると、ドアが突然開いて、

「あっ!やっと見つけた!」と、碧にとって聞き覚えのある声がした。

「えっ!」

「碧先輩ィ!」

「は、遥ちゃん?」

 突然入って来た遥が、碧に抱き付いた。

「やっと会えた、やっと見つけましたぁ!」

「あ、あなた、まさか……」

「はい、私、この高校に入りました!」

「そ、そうだったの……」

「がんばって勉強したんですよ!」

 突然の事に皆が呆然として見ている事に碧が気付き、

「あ、紹介するわね、私の、中学の時の、後輩で、西條、遥ちゃん」と、引っ付いている遥を引き離しながら紹介した。

「ほら、遥ちゃん、皆にご挨拶は」

 やっと離れた遥が、

「あ、西條遥です、よろしくお願いします」と、理由も分からないまま皆に挨拶した。

「先輩……」

 耳打ちするように囁く龍之介に、

「なに?」碧が耳を寄せた。

「これで五人ですぜ」

「おお……」

 龍之介に言われて碧が気付いた。

「遥ちゃん」

「はい」

「頑張ろうね」

「はいぃ?」

 これが、軽音部再生への険しい道のりの第一歩と成った日であった。

最後まで読んで下さってありがとうございました。m(__)m

また、第一章完結と言う事で、今まで読んで下さった方々、ありがとうございました。

今後ともよろしくお願いします。


感想等いたたけましたら幸いです。

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