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第一章 第一話

 Ride On!

 

 第一章 

 

 第一話                   


 麗らかな春。

 新学期が始まり二日が過ぎた夕刻。

「どうしたものかなぁ……」

 傾いた夕日が窓から差し込む木造の階段を上りながら、紺のブレザー姿の少女が大きな溜息を付いた。

 多くの生徒達が、少しの不安と共にキラキラとした希望に胸を膨らませている時期に、少女の心の中では、どんよりとした憂鬱な雲が垂れ込めて、不安を膨らませていた。

 憂鬱と言う物に重さがあるとは思えないが、憂鬱が鉛の足枷となって、少女の階段を昇る足取りは重たかった。

 旧校舎最上階の四階に辿り着き、踊り場から廊下へと出ると、一人の男子生徒が廊下に立っているのが見えた。

 スリムな体型と、膝丈のスカートから見える細く長い足が印象的な少女の名前は東郷碧。

 碧は、髪の毛を肩に掛からない程度で綺麗に切り揃え、前髪を垂らして顔の左半分が隠れている。

 近付いて来る碧に気が付いた男子生徒は、百七十五cmは確実に超えていると思われる自分より背の高い碧を見て、少し驚いた様に半歩下がった。

「少年、何をしている?」

「えっ?あっ、あ、はい……」

 音楽室の入り口の前で、明らかに動揺している男子生徒に、

「何をしているのかと聞いているの」と、右目だけで上から見下ろしながら再び尋ねた。

 半分だけ見える顔立ちは、男子生徒の価値基準では美人の部類に十分入っていたが、冷たい雰囲気の漂っている碧を男子生徒は怖く感じた。

「あ、あの、先輩、ですか?」

 優しそうな顔立ちで、ひ弱な印象の色白男子生徒が、少し長めの前髪をかき上げながら遠慮気味に尋ねた。

「ネクタイの色を見れば分かるでしょ」

 碧はブラウスの襟に蝶々結びした幅広のリボンタイを指差して言った。

「あ、そうですね……」

 男子生徒が自分のナロータイに目を落として、少し気不味そうに言った。

「君達一年生は紺色、私達二年生は臙脂、そして、三年生は深緑、覚えておく事ね」

「はい……」

「で、何をしているの、まだ質問には答えてはいないわ、少年」

 背の高い碧が、高圧的な態度で見下ろしながら再び男子生徒に尋ねると、

「あの、軽音部……とかは、無いのでしょうか?」と、少し怯える様に尋ね返して来た。

「軽音部……」

「はい、掲示板見ても募集のポスター無かったし……」

「少年は、軽音部に入部希望なの?」

「はい」

「そう、それは残念ね、軽音部は前年度、廃部に成ったわ」

「えっ!」

 男子生徒が驚いている事に構わず、碧は音楽室の前を通り過ぎ、音楽準備室の前へと向かった。

「あ、あの、先輩、廃部って……」

 逸れない様に必死で付いてくる子犬の様に、慌てて追いかけて来た男子生徒に、

「文字通り、廃部、それ以上でも、それ以下でも無いわ」と、扉の鍵を開けながら碧は素っ気無く答えた。

「……」

 鍵を開けた緑が、黙って立っている男子生徒の方へ振り向くと、

「それとも、廃部と言う言葉の意味が分からないとでも?」と、再び右目だけで見下ろしながら尋ねた。

「い、意味ぐらい知ってますよ!」

「そう、よかった、日本語は通じるみたいね」

「うっ……」

 その時、音楽室の前に立っている女子生徒が視界の端に入った。

「貴方達……」

 碧の声に振り向いた、小柄なポニーテールと、軽くウエーブの掛かったロングヘアーの女子生徒が、碧の方へと向かって来た。

 二人が碧の前まで来ると、男子生徒を少し気にしながら、軽く頭を下げて碧に一礼をした。

「音楽室に何か用なの?」

 男子生徒の時とは打って変わって、優しく微笑みながら碧が尋ねると、

「あの、軽音部、みたいなあ……あの、クラブは無いのですか?」と、人懐っこい雰囲気のポニーテールが尋ね返して来た。

「えっ……」

「私、バンドやりたくて、それで、そんなクラブが在ればなぁって、音楽室に来たんですけど」

「貴方、バンドやりたいの?」

「はい」

「貴方は?」

 大人しそうな雰囲気を漂わせた色白のウエーブヘアーの女子生徒に、期待するかの様に碧が尋ねると、

「私は、何か音楽の、部活は無いかしらと、思いまして……」と、恥ずかしそうに碧から目線を逸らして答えた。

「音楽の部活ね……今は、吹奏楽部と合唱部があるけど……貧弱だけど」

「合唱部……」

 少し顔を曇らせるウエーブヘアーを見て、

「どうかしたの?」と、碧が尋ねた。

 ウエーブヘアーは躊躇った様に一泊置いてから、

「いえ、何でもありません……」と言って、俯いて黙ってしまった。

 そんなウエーブヘアーを、何か有ったのかと疑問に思いながら碧が見ていると、

「あ、あの、俺も俺も、俺もバンドがやりたくて……」と、空気を読まず横から自己主張する男子生徒を、

「うっ……」碧は右目だけで睨んで黙らせた。 

 そして、三人を改めて一人々見渡して、碧は獲物を見付けた獣の様に目をキラリと輝かせ、

「うむ……取り合えず、此処じゃなんだから、中で話ましょうか」と、音楽準備室の扉を開けた。

 部屋に入ると、そう広くない部屋の中央に、折りたたみ式の長机が置いてあり、その周りにパイプ椅子が6脚並んでいた。

 左右の壁には書棚が並べてあり、教師用の机が一つ置いてあった。

 そして、その殺風景な部屋の奥に、ギターアンプが三つとコード類が積み上げてあった。

「あっ、アンプ」

 目ざとく男子生徒がそれを見つけて近付くと、マイクスタンドが部屋の角に立て掛けてあるのを見付けた。

「ねぇ、先輩、これって、軽音部で使っていた物ですか?」

「……」

 屈託無く訊ねる男子生徒を暫く見詰めていた碧が、

「ええ、そうよ……」と、短く答えてパイプ椅子に座った。

「貴方達も座って」

 碧に促されて三人は、碧の向かい側に座った。

「ねえねぇ、今、使っていたって、過去形だったけど、それって何?」

 ポニーテールが男子生徒に尋ねると、

「えっと、軽音部、去年、廃部に成ったって、先輩が……」と、碧の方をちらちらと見ながら遠慮気味に答えた。

「えっ!」

 ポニーテールは驚いて碧の方を向いた。

 一年生達が注目する中、碧は大きな溜息を付いて、

「説明が必要ね……」と、呟いた。

 と、その時、扉をノックする音が聞えた。

「碧、居るの?」

「あ、お雪、どおぞ開いてるよ」

 扉を開けて、長い黒髪の女子生徒が入って来た。

 腰まで伸びた長い黒髪、白く透き通るような肌、イメージは呼ばれた名前の通り雪女であった。

 ただし、顔立には冷たい雰囲気は無く、優しそうな微笑を浮かべていた。

「生徒会に聞いて来たわよ」

「あ、ありがとう」

 お雪と呼ばれた女子生徒が碧の隣に立って、

「ほんと、何で私が聞いてこなきゃいけないのよ」と、不満そうに少し頬を膨らませた。

「ごめん、だって、お雪の方が人脈あるじゃない」

 申し訳なさそうに手を合わして謝ると、

「それに、去年の事で、私は余り良く思われていないし……生徒会室とか職員室に入り辛くって……」と、碧が顔を曇らせた。

 そんな碧を見て、お雪も顔を曇らせる。

「まぁ、公序良俗に反し無い限り、同好会とかサークルを作るのは自由だって言ってたわ」

「そうなんだ」

「ただし、掲示板にポスター貼ったり、文化祭に参加するのには、やはり学校の公認が必要よ」

「公認か……」

「公認取るには、管理監督出来る学校職員、つまり顧問ね、それとメンバーが五人以上って条件よ、はい、これ、届出の書類ね」

 差し出された書類を受け取って、

「やっぱ、公認欲しいわねぇ……」と、碧が呟いた。

「あ、あの、先輩、どう言う事、なんですか?」

 二人の話が見えず、戸惑いながらポニーテールが尋ねると、碧とお雪は顔を見合わせた。

 そして、碧は頭をかきながら、

「まあ、何れ噂でも知る事に成るだろうけどね……」と、面倒臭そうに言った。

「あんな大事件ですもの、代々語り継がれるわよ、碧」

「やめてよ……」

 お雪に、からかう様に言われて、碧は恥かしそうに顔を逸らした。

 興味津津で一年生が見詰めている中、

「去年の文化祭の時に、軽音部の三年生が暴力事件を起こしてね、警察も学校に来て、それで、軽音部は廃部になって……」と、説明した。

「えっ!」

 皆が驚いている中、

「ちょっと違うわね、止めを刺したのは碧の事件でしょ」と、お雪が小声で言った。

「……そうね」

 碧は暗い顔で俯いて、顔に垂れている前髪を指でくるくるといじった。

「あの、先輩、暴力事件って……そんな不良、まだこの学校に居るんですか?」

 少し怯える様に男子生徒が尋ねると、

「まあ、此処って、そこそこの進学校だしね、あんな馬鹿な連中は、もう居ないと思うわ」と、碧が苦笑いを浮かべて答えた。

「そうですか……」

 一年生達が安堵の顔を浮かべたのを見て、

「そこで……」と、碧は一年生達が座っている方へと身を乗り出した。

「もう一度、軽音部を同好会からでも良いから再スタートしたいわけよ」

 碧の言葉を聞いて、一年生達は戸惑いながら顔を見合わせた。

「でも、そんな事件を起こした後で……」

「事件を起こした三年生はもう居ないわ、問題無いでしょ?」

 碧は、不安そうにしている一年生達を見て、

「無理にとは言わない、でも、募集のポスターも無いのに、此処にやって来た貴方達には、可能性有りと、私は見ているんだけど」と、微笑んだ。

「あの、可能性って?」

「何を惚けているの少年、同士としてやってくれる事をよ」

「えっ?」

 驚いている一年生達に、

「軽音部復活のビジョンが無かった訳ではないけど、漠然と考えていた今、こうして君達は集まってくれた、期待しているわ」と、更に微笑んだ。

「あの、同好会からリスタートするんですよね」

「そうよ」

「その同好会に、俺達が入ると……」

「そうよ」

「で、それを今、思い付いたと……」

「はい」

 微笑んでいる碧の顔を見て、再び戸惑いながら顔を見合わせる一年生達に、

「此処で、直ぐに答えを出してくれとは言わないわ、だけど、同士に成って欲しい」と、真剣な眼差しを送った。

「ちょっと、考えさせてくれますか?」

「構わないわよ少年、直ぐにとは言ってないでしょ」

「あの、ちょっと気になってたんですが……」

「なに?少年」

「その、少年って呼び方、止めてくれません、彼女達には貴方って言ってるのに」

「そう、なんと呼べば良いの?」

「俺の名前は、内海龍之介です!」

 堂々と自己紹介した男子生徒を見て、

「では、龍之介」と、碧はあっさりと言った。

「えっ、行き成り呼び捨て!」

「あっ、皆も自己紹介しましょうか」

「いやっ、あの、ちょ、ちょっと、先輩!」

 龍之介のリアクションを無視して、女子生徒達に微笑みながら碧が提案した。

「まずは、私ね、私は東郷碧、二年三組よ」

「私は、葛西洋子です、一年二組です」

 元気な声でポニーテールが答えると、

「あの、山南優子です……一年、一組、です……」と、続けてウエーブヘアーが恥かしそうに答えた。

「あ、俺、四組っす」

「そう、洋子ちゃんに優子ちゃん、宜しくね」

「えっ、俺は?」

「さっき言わなかったけ?」

「言ってませんよ」

「では宜しく」

「……」

 女子生徒達との温度差に龍之介は少し不満を感じた。

「私も良いかしら?」

「えっ、お雪も?」

 驚いてお雪の方に振り向いた碧に、

「あら、良いでしょ」と、お雪が微笑んだ。

「別に、問題は無いけど……」

「私は碧の……友達で、天道悠貴子、二年一組よ」

 微笑んでいる悠貴子の美しさに一年生達が見惚ていると、

「彼女は文芸部だから、人数にはカウント出来ないの」と、碧が補足した。

「明日も私は此処に居るから、出来れば返事を欲しいな」

 碧が一年生達を見回して言うと、一年生達はお互いに顔を見合わせて頷いた。

 そして、一年生達が立ち上がり、

「では、失礼します」と、一礼をして部屋を出て行った。

「期待し過ぎると、後が辛いわよ」

「わかってるわよ……」

 座っている碧の後ろから、悠貴子がゆっくりと碧の肩に抱き付いた。

 悠貴子は碧の横顔に頬を寄せ、

「あの子達も、色々と噂を聞くんでしょうね」と、呟いた。

「そうね……」

 碧が手を伸ばして、仄かな甘い香りを感じながら悠貴子の髪を撫でた。

「事件の事、そして、私達の事も」

「でしょうね」

「いいの?」

「何が……」

「私達の事」

 後ろから抱き付いている悠貴子の頭へと手を動かし、

「今更ね……」と、頬同士を愛おしそうに摺り寄せながら、碧が呟いた。

「もう慣れっこよ……」

 悠貴子の頭を持ったまま、碧がそっと唇を寄せる。

 悠貴子の柔らかな唇へと軽く口付けをしてから、碧は悠貴子の目を見詰める。

「そうでしょ」

「うん……」

 不安そうな笑顔を浮かべる悠貴子に、再び軽く口付けをして、

「大丈夫よ……」と、優しく微笑みながら碧は立ち上がり、悠貴子を自分の胸へと抱き寄せる。

「例え何が起きたとしても、お雪は絶対に離さない」

「うん……」

 碧の胸に頬を寄せて嬉しそうに微笑む悠貴子を、碧は強く抱き締めた。

「We Will Rock You……Are you OK?」

 悠貴子の耳元で碧が囁くと、

「Yes……Ride On」と、悠貴子は碧の腕の中で頷いた。


最後まで読んで下さってありがとうございました。m(__)m

感想等いたたけましたら幸いです。

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