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三月ウサギの友人曰く、  作者: ゆきしろ
三月ウサギの友人曰く、
9/12

いよいよ当日。

パーティ当日。


「肩に力入ってるぞ」


普段は大抵のことでは動じないヒューの、珍しくガチガチに緊張した様に思わず苦笑する。

氷の帝王はくすくす笑う主人を横目でじとと睨んで、無意識に上がっていた肩を深呼吸と一緒にいくらか落とした。


「言われずとも、完璧に務めさせていただきますよ」

「まぁあいつは色気より食い気だろうから大丈夫だろ」

「イリアスこそ、素敵な女性とご縁があるといいですね」

「お前こそあいつが食い物で釣られていかないように首輪でも着けとけよ」

「私がそんなヘマをするとでも?」


そんな悪態を吐き合いながら久々のタキシードに身を包んで早歩きで向かっているのは、ヴィルとその友人数人が準備している部屋。

母や姉たちで知ってはいたが、あのヴィルでも一応支度には時間がかかるものらしい。


「ホラ、お迎え」


扉を前にして、まだ緊張が取れきっていない背中をバシッと一発叩いてやった。









「遅ーーいっ!みんなもう行っちゃったよ?」


どうぞー、と扉越しの声がした部屋に入ると、ソファに一人座っていたヴィルが勢い良く批難の声を上げた。

どうやら友人たちは既にお迎えが来て、行ってしまった後らしい。


「元々はそっちが時間かかってんだろうが」

「煩いなぁ、そういうこと言う男はモテないんだよ?」


憎まれ口を叩きながらもニコニコと笑顔を浮かべてすっくと立ち上がり、その場でクルリと一回転して見せた。

じゃーんっ、と自分で効果音をつけながら。


褐色の肌に良く映える珊瑚朱色の生地に濃灰色の透ける薄い布が重ねてあり、胸元と裾とに珊瑚朱色の大きなリボン飾りがついている。大分伸びた真っ直ぐな銀髪は下ろしたまま同じ珊瑚朱色の花飾りが左耳上に飾られ、細い首と右手首にも同じリボンが結ばれている。


「当日までのお楽しみだよ」


そう言って、今日の今日までいくら聞いてもヴィルは何色のドレスを用意したのか教えてはくれなかった。

ただ、奨学金で用意した、キラキラした石も何も付いていないシンプルなドレスだとほんの少しだけ寂しそうに言っていたのだが、なかなかどうして、よく似合っていると思う。

体が特に小さい彼女には、あまりごてごてした飾りは邪魔になるだけだろう。


「どう?どう?」

「馬子にも衣装だな」


そう言いながらも着飾ったヴィルから感じる違和感。

服装のせいか?


「言うと思った。イリアスの相手なんてしてあげないんだからねー、だ!」

「ハイハイ、俺には高嶺の花ですよ」


横のバカが手放すわけ無いだろ。

そしてヒュー、お前がエスコート役なんだから、何か言えって。

ぶーたれるヴィルを適当にあしらいながら、さっきから一言も発していない相方に目をやると。

自身が氷漬けになったかのように固まっている、氷の帝王の顔が。


ヴィルの髪飾りよりも、朱に染まっていた。


茫然自失状態でフリーズ、視線はヴィルに釘付けで口は半開き、お世辞にもかっこいいとは言い難い。

いいところ見せるんじゃなかったのか。

幼馴染が初めて見せる超がつくほど意外な表情に、自分の目が大きくなるのが自分でもわかる。


…面白れぇ。


「惚れ直したってか?」


ヴィルに聞こえない程度の小声にしてやるだけの優しさはあるぞ、俺にだって。

けれど、俺の冷やかしなんて耳に入らないかのように、一向に解凍される気配が無い。


「あれ?ヒュー?どうしたの?」


何の反応も無いヒューにさすがにおかしいと思ったのか、ヴィルも首を傾げなから声をかけた。


「照れてんだよ」


しょうがないから説明してやった。

だが、自分の事に関しては残念なほど鈍いと言うか、勘のピントがずれているこの妖精はその意味がきちんと把握できなかったらしい。


「あ…すみません、ちょっとぼうっとして」


妖精の声で漸く我に返ったのか、ヒューは口元に手をやりながらつい、とヴィルから目を逸らした。

何でそこで目を逸らす。

もうちょっとシャキッとしろよ。


そして結局ドレスの感想を言ってくれないヒューに、もう、と相変わらずリスのように頬を膨らませたがそれも束の間、トコトコと俺たちの前にやって…こようとして、


「わぁっ」

「うわっ」


盛大によろけた。


同じような悲鳴を上げてとっさに俺が伸ばした腕に引っかかって、妖精は寸でのところで転ぶのを免れた。

ヒューも俺と同じ反応をしたが、それでも呆けていたヒューより俺の方が反応が早かったから、こうなったんだ。


「大丈夫か?」


ふう、と息を吐いて、すっぽりと腕に収まったグレーとピンクの塊を見下ろす。


「お前、その靴無理だろ」


違和感の原因はこれだ。

なんとか立たせると、またぐらりと華奢な体が傾ぐ。

立ち上がったヴィルの、背が高過ぎた。

視線を下に落とすと、床には絨毯に引っ掛けて脱げたハイヒールが片方転がっていた。


「だって」

「だってじゃねぇよ」


ヴィルを抱えた俺を見てぐっと何かを懸命に耐えていたヒューにほら、と支えていた両脇ごと手渡す。

悪く思うなよ、今のは不可抗力だろ。


手渡された身体を大事そうに支えて、ヒューが眉根を寄せる。


「まともに歩けないようではしょうがないでしょう。他の靴はないんですか?」

「…これが履きたい」


二人に諭されたヴィルは俯いて、拗ねたような声を出した。


「踊るどころか歩くのもままならないようじゃホールまで辿り着けませんよ」

「またいい笑い者だぞ」

「だって」

「ヴィル様」


子供が高い高いされるような体勢で支えられながら猶も渋るヴィルを、本当に持ち上げて同じ目の高さに合わせる。


「踊る前に捻挫でもしたら今までの苦労が水の泡です」


あんなに頑張ったでしょう?


口をへの字にしながらも、優しく諭されるように言われた言葉にこくん、と頷いた。








いつもは学年集会などを行っている、どちらかと言えば殺風景なホール。


年に一回、この日だけは魔法でも使ってるんじゃないかって疑っちゃうくらい様変わりするよ、と知り合いの先輩が言っていたのは本当だった。

普段は無い天井から下がるクリスタルのシャンデリアが、いつもと同じとは思えないくらい磨き上げられた床が、架け替えられたカーテンの色が、この日の為に学外から呼ばれた楽団員が、そしてそれぞれに少し大人びた顔をして着飾った学生たちが、今日この日の空気を特別な色に染めていた。


視線の先、控え室で着飾ったヴィルを前に顔を真っ赤にしていた氷の帝王が、一夜限りで出現したダンスフロアの中央で、平均より大分小さい妖精を腕にまた強引なターンを決める。

先程の緊張を欠片も顔に出さず、しかしそのあだ名にはふさわしくない爛漫の笑みを浮かべて。


俺に言わせると、


あーぁ、脂下がっちゃってまぁ。


になるのだが。


そんなデレデレのヒューの華麗で強引なリードに乗って、特訓中は顰め面ばかりだったヴィルも今日ばかりは楽しそうにヒューの腕の中でくるくるとターンを回っていた。

その様を唖然と眺める同級生たち。


俺はと言えば適当に顔を知った二、三人と踊って、今はホールの片隅でジュースを片手に中央付近で大勢に混じって踊る従者と妖精を眺めていた。

首を廻らすと、ホールの向こう側で扇を片手にデジレが取り巻きたちに囲まれていたが、今のところこちらに寄ってくる気配は無い。

あれだけの騒ぎになったんだ。

あいつらにとってクレセントは鬼門だろう。


その鬼門はと言えば、一目で貴族出だとわかるきらびやかに着飾った女子学生たちに取り囲まれていた。

そんな男子学生にとっては夢のような状況でも、その中心にいる三月ウサギは一見人当たりの良い、けれど少し彼の人となりを知る人間には心底嫌がっているのが丸わかりの笑顔を浮かべていた。


どちらかと言えば悪目立ちではあったが有名人の枠に優に収まる彼の人気はなかなかのもので、決して数は多くないが途切れることも無い。

見栄っ張りな女子たちにとって、見栄えもするこいつとダンスフロアに出ることはそれなりのステータスになるんだろう。

特に女子は直接的に誘うことは出来ないから、あの手この手で気を引こうとする。

見渡せば、そうした人だかりが男女問わずあちらこちらに見受けられた。

ここぞとばかりに、普段は声をかけられないあの人にさりげなく声をかけるチャンスなのだ。

いずれにせよ、さながら肉食動物に包囲される草食動物だ。

…こいつの場合、ウサギだからそのまんまか。

同情の眼差して遠巻きに眺めていると、どうにか極彩色の喧騒から抜け出した哀れなウサギがこちらにやってきた。

心なしかよれよれになっている気がする。


「お疲れ」

「じゃあオレ抜けるから」

「一曲くらい踊ってけばいいのに」

「いいよ、食べるだけ食べたし」


バッフェのテーブルに目をやると、ふんだんに用意されているはずのサラダの入った大きなボールだけがきれいに空になっていた。

あの状況でいつの間に。


「お前もヴィルと同じだな」

「何が」

「色気より食い気」

「いいんだよ、これ以上変に目立ちたくないし、それに」


ダンスフロアに入ったときから顰めっぱなしの眉間の溝を更に深くして、こう吐き捨てた。


「もうほんと煩くて無理」

「俺も抜けようかな」


ため息交じりに呟いた。

俺だって特にこういった会が好きなわけじゃないし、目的だけ果たしたらもうここに居る必要は無い。


「とりあえずあいつら見届けたらお役御免なんじゃない?」


そう言ってクレセントの視線の先、フロア中央で踊るヒューとヴィルを見やった。


「そうだな。一服したい」

「あいつらは放っといても大丈夫だよ」

「俺も後で上行くわ」

「了解」


じゃあ後で、と言い残して身軽すぎる三月ウサギは一番近いバルコニーに向かって行った。





それにしても。


今日はいろいろと面白いものを見たな。


最初のヒューの呆け面に始まり。


パーティが始まって、二人が連れ立って現れた時の同級生たちの顔と言ったらなかった。

ダンスが壊滅的に下手な学年トップの秀才と、彼女を嬉々としてエスコートする、背高の少年。

それが俺の従者だと知る連中からはヒューには非難の視線を、俺には同情の視線が向けられたがどうということはない。

お堅い連中からすれば、主人が一人で参加しているのに従者がパートナー同伴とはどういうことだとでも言いたいのだろう。


ヒュー自身も、初めの頃はずいぶんと気にしていた。


主人である俺がパートナーを見つける気がないことは前々からわかってはいたが、大事な大事な褐色の妖精を一人でダンスホールに放り込むなんてとても出来そうにない。

だからと言って、主人に恥をかかせるわけにもいかない。

ヴィルがその辺の男に誘われるようなことはないと思うが、分厚い色眼鏡をかけた目からすると心配でしょうがないんだろうし、かと言って従者としての立場もある。



だから、涼しい顔の裏で悶々と悩む従者に、一言だけ「命令」してやった。


「俺の数少ない友達を馬鹿にした連中を、見返してやれ」


―まぁ、あいつがいいって言ったらだけどな。


お互いが言葉も話せない頃から一緒に育った相棒は、その言葉をどう捉えたのか。

その日の特訓から、いくら足を踏まれてもあいつのリードするステップは止まらなくなった。


俺?俺はいいんだ、まだ一人で。








もう何曲目だろう、中央で踊っているのは上級生が主で、一年は本当に数えるほどしか居ない。

ほとんどの連中が普通に食べて談笑しているか、場の空気に馴染みきれず隅に寄ってフロア中央を見物しているかだ。


また一曲終わり、初めから踊りっぱなしだった二人が漸く足を止めてこちらにやってきた。


「お腹空いたぁー」

「お疲れ」


上気した頬でパタパタとこちらにやってくるヴィルと、その後を保護者のように歩いてくるヒューにドリンクを手渡してやる。


「…一矢報いてやれましたか」

「あぁ、上出来だ」


男二人で周囲の反応に満足し、にやと笑みを交わしていると、ジュースを飲み干したヴィルが割って入ってきた。


「?何の話?」

「何でもありませんよ」


今朝方の緊張は完全に鳴りを潜め、氷の帝王はいつもの笑顔をヴィルに向けてはぐらかした。


「ちゃんと踊れてた?」

「えぇ、とても」

「みんなびっくりしてたね」

「ヴィル様が頑張った成果です」


褒められてえへへ、と嬉しそうに笑う妖精がまだ上気した顔で傍らのパートナーを見上げた。

どうしてこれでイマイチ進展しないかな、ホント。


「ところで、クレセント様は?」

「逃げた」

「えーっ」


何かにつけてクレセントを構いたがるヴィルが、また面白く無さそうに頬を膨らませた。


「クレセントと踊りたいのか?ヒュー以外の男じゃ一曲持たないぞ」


人の悪い顔で釘を刺しておく。


「違うよ!何よもう、ほんっとイリアスって意地悪!平気だよ、あたしヒューとしか踊んないから!」


キッと全然怖くない上目遣いで俺を睨んだと思ったら、また周りが唖然とする爆弾を落とした。

その宣言を耳にした連中はそれぞれ顔を真っ赤にしたり、口笛を鳴らして冷やかしてきたり。

そんなわかりやすく反応する周りに気がつき、だが意味がわからないのだろう、怪訝そうに首を傾げた。

口を尖らせつつ、盛大にため息を吐いた俺に突っかかってくる。


「何よ?」

「……お前、自分が何言ったかわかってんのか?」

「わかってるよ」

「わかってねぇ」

「わかってるってば、ヒュー以外の人と踊れるほど上手くないことくらい」


わかってねぇ。


…脅威の回転率を誇る脳みそはどこ行った。


呆れてため息しか出てこない俺からふんっと顔を背けると、


「ご飯取りに行こっ」


猛然とバッフェの並ぶテーブルの方へ向かい出した。

ぐいと引っ張られ、目の前で繰り広げられるやり取りに呆然としていたヒューが、くしゃ、と顔を歪めた。

この上なく嬉しそうに、けれど、とんでもなく切なそうに。



…この調子じゃ、本当に卒業までかかるかもな。




…まだ続きます。

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