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同じクラスに、変わったヤツがいる。
一人は今日も今日とて目の前で幸せそうにシュークリームを頬張っている、他称・褐色の妖精。
砂漠の民に多く見られる褐色の肌に重力に忠実な真っ直ぐの銀灰色の髪と、面白いことを見つけるとキラキラと輝き出すストロベリーピンクの大きな瞳。
いつだかクラスメイトがこいつの瞳をして、ロードクロサイトのようだと称したことがあった。
「薔薇色の(クロ)石」という名の、透明度の低い、底の見えない石。
◆
前期試験まであと二週間と迫ったある日の放課後。
俄かに焦りと、早くも諦めが漂い出した学院内の空気に当てられて、俺とヒューもお茶の席に教科書を持ち込んでいた。
しかしこの目の前の同級生は教科書の一つも広げるでもなく、一人だけいつもと全く変わらない様子で今日も俺の従者であるヒューがお茶の席に用意したシュークリームをもぐもぐと頬張っている。
始めは授業後に教室で俺としゃべっていたヴィルをヒューがお茶に誘ったことだ。
そのときにこいつはヒューの淹れるお茶にいたく感動し、こんなに美味しいお茶は初めてだと手放しで褒めた。
それもそのはず、ヒューの給仕は全て実家でメイド頭をしている彼の母親直伝のもので、それこそ王宮で出しても遜色無いと紅茶問屋を営む俺の両親も絶賛するレベルだから。
いつでもいらっしゃい、と言うヒューの言葉を額面通りに受け取って、それ以来放課後は毎日俺の部屋に入り浸るようになった。
その都度ヒューは笑顔で、最近は当然のように毎日三人分のお茶とお菓子を用意するし、主である俺も別に咎めることも無ければ何をするでもないので、今ではちゃっかりソファの一角を定位置に定め、午後のお茶を堪能し、夕食の時間までまったり過ごしていく。
今では、お茶の後にはヒューは器用にも宿題であろうノートにペンを走らせながらヴィルの話相手になり、俺は聞こえてくるそれに時々突っ込みを入れながら教官が鬼のように出してくる宿題と格闘しているのが放課後の当たり前の光景だ。
その傍らでヴィルも宿題はするが、それ以外に勉強らしいことをしてるところを見たことが無い。
その宿題でさえ、俺の三倍、いや、五倍速で終わらせてしまう。
授業中の小テストでだって有り得ないくらいのスピードを発揮する。
問題を読むのと同時に答えを書き込んでいくから基本的に、ペンが止まることはない。
そして試験開始五分もすれば、さっさと答案用紙を提出して教室を出て行ってしまうのだ。
おそらくこいつはこのまま本番の前期試験といえども前日でもテスト勉強と名の付くものを一つもしないだろう。
賭けてもいいが、ヒュー相手じゃ勝負にはならなそうだ。
そうして今日も、余った時間は俺たちの話に笑いながらもとんでもなく分厚い何かの専門書のページをサクサクと捲っていた。
「…納得いかねー」
「ふぁいは?」
「ヴィル様、ちゃんと飲み込んでからしゃべりましょうね」
「………っ、なにが?」
口の中いっぱいのカスタードクリームをなんとか飲み込むと、ヴィルは意味不明だった先の台詞の正体を明らかにした。
「なんでコレが学年一位なんだ?」
俺は広げた教科書から顔を上げ、目の前できょとんと目を瞬かせているクラスメイトの顔を見て、
「…クリーム付いてる」
盛大なため息を零した。
脱力してテーブルに突っ伏した俺に非難の声が振ってくる。
「レディに対してコレとはなんですか。まったく紳士の風上にも置けませんね」
聞き咎めたヒューの視線が切っ先鋭く俺を突き刺す。
何でも一部では薄青の髪と切れ長の紺藍の瞳も相まって、「氷の帝王」などと渾名されているらしいこのブリザードも、物心付いた時から横で見ている俺としてはこの程度じゃ痛くも痒くもない。
慣れというものは恐ろしい。
「口の周りクリームだらけにしてるヤツがレディだって?」
それこそ本物のレディに失礼だろが。
再び教本に目を落とす気力もなくなった俺は、頬杖をついて頭をそちらへ向けて呆れたような声を出す。
「ヴィル様も。シュークリーム手掴みはいけませんと、何度言ったら」
俺に対してとは打って変わって子供に言い含める物言いでヴィルをやんわり注意するヒューの豹変ぶりに、ほんの少しだけイラッとした俺は衝動的に、それこそ言ってはいけないであろう一言を口にした。
「それにこのつるぺたのどこをどうすればレディになるんだよ」
「イリアス」
「ひぃどぉい~!つるぺたって何~?」
猛然と抗議が始まるが、指に付いたクリームを嘗めながらだと全然迫力が無い。
「胸はこれからおっきくなるの~!」
だからどこのレディが床に着いていない足をバタバタさせて口を尖らせたりするんだっつうの。
「わが主ながら今日という今日は」
ブリザードが主人の暴言により鋭さを増す。
「イリアスの地質学が赤点を脱出するよりもあたしの胸がおっきくなる方が先だもん!」
それから後悔したって遅いんだからね!?
プリプリと怒りながら出てくる負け惜しみなんだか強がりなんだかよくわからない台詞に、自分でも止められない笑いと共に「賭けるか?」と振った言葉は、蹴破らんばかりに勢い良く開かれた扉の蝶番の悲鳴にかき消された。
「クレセント・ブラックフォードを出しなさい」
薔薇色の嵐の再来だった。
◆
俺はため息と共に視線をやり、ヒューはブリザードの矛先をそちらに向け、ヴィルは大きな目を更に丸くして突然襲来した薔薇色の美女を穴が開くほど凝視した。ついでに言うと口も開いている。
今ので埃が舞ってるだろうから、口は閉じた方がいいぞ。
「ここには来てねぇよ」
「あぁ、何かと思ったら男漁りしか能の無いメス猫でしたか」
ついに来やがった、そんなげっそり感を隠そうともせずに二人して言い投げた。
そして先の台詞で氷の帝王のギアが変わったことに気がついて、今乱入してきた連中に手を合わせる。
ヤバいスイッチを入れたのは、お前たちだぞ。
ここにはヴィルも居るし、手は出さないだろうと思うけれど。
口の方は知らねぇからな。
「この辺りで姿が見えなくなったのはわかってるのよ」
先の俺たちの台詞をものの見事に流して、自分の言いたいことだけを繰り返した。
「耳も悪いのか。残念な女」
三月ウサギのヤツ、毎日毎日こんなのを相手にしてんのか。
ご苦労なこった。
別の意味であいつにも心の中で合掌。
「ずいぶんと躾のなっていない従者を連れていること、レイシー一の紅茶問屋も高が知れようものね」
悪い耳でも自分に対する悪口は聞こえるらしい、口元をひくつかせてあからさまに侮蔑の目を向けてくる女に氷の帝王は入学以降最低温度を記録したであろう視線を返し、ハッと嘲った笑いを返す。
ちなみに、こいつの口の悪さは辺りの気温が下がるのに比例する。
そろそろヴィルの耳を塞いでやったほうがいいかな。
……あ、聞いちゃいないみたいだからいいか。
「扉を開ける時にノックもせず、招待されてもいないお茶会に土足で乗り込んでくるような人に礼儀に関してとやかく言われる筋合いはありませんね。学院一の尻軽女の品性なんて、所詮そんなものなんでしょうが」
「違いない」
笑いながら今や部屋の冷房と化している相方に同調し、わざとバカにするようにそう言ってやった。
なっ…と俺たちの言い草に真っ赤になって言葉を無くしているデジレの、本人以上に後ろの取り巻きたちに目をやる。
今扉の外でデジレの後ろを固めているのは…五人か。
内三人は教室の外でも見たことのある顔だ。
「お前らさ、こんな女のどこがイイの?」
これはマジで冗談抜きに教えて欲しい。
俺の問いかけにデジレの背後の空気が更に悪化する。
それでもご主人様を前に吠え立ててこないところは、さすがと言うか、何と言うか。
三月ウサギ同様、これからは俺たちも放課後いろいろと気をつけないといけなくなりそうだ。
「早く彼を出しなさいよ!!出さないなら探させてもらうけれど」
部屋の中は誰かさんのおかげでこんなに涼しいというのに、目の前の‘こんな女’は顔を真っ赤にして金切り声を上げる。
「はぁ?ふざけんな。居ないって言ってんだろ」
「他を探しに行けばいいのに、耳も悪ければ要領も悪いんですね。いくら顔の造作が良くても中身がこれでは、彼に相手にされないのも道理でしょう」
まぁそれがわからない頭だからこうして追いかけてるんでしょうが。
鬼の形相で喚くデジレとその取り巻き、冷気を更に大量発生させた「氷の帝王」と俺。
一触即発の、睨み合いの、そんな最中。
「いいなぁ、おっぱい大きくて」
充満する張り詰めた空気をぶち壊すように、それまでぽかんとデジレを見つめていたヴィルの口から緊張感の欠片もない呟きが零れ、テーブルに頬杖をついていた俺の腕がカクン、と外れた。
それまで眼中になかったであろうヴィルの乱入に、他の連中も毒気を抜かれた顔をしている。
周囲同様呆気に取られた後、一人堪えきれず笑い出したヒューはヴィルの頭を優しく撫でて、もう少しだけ大人しくしていてくださいね、と今までの絶対零度の眼差しはどこへやら、子供をあやすような口調で囁いる。
相方の二重人格っぷりを生温かく横目で見ながら、不意に頭の中でカチリと音がした。
それまでずっと探っていたナンバーキーの最後の一つが当たったような。
あぁ、そうだ。
この女。
女豹っていうよりかさ。
食虫植物っぽい。
綺麗な薔薇には棘があるとはよく言うが、こいつの場合は毒の方がいい。合ってる。
触るまで痛くない棘じゃなく、もう、うっかり近寄った時点でもう瘴気にやられそうな。
その外見で獲物を引き寄せておいて、逃げられないところまでふらふら寄ってきたら、隠していた毒であいつらみたいに骨抜きにするんだろう。
見た目だけは、やたら綺麗なくせに。
遠巻きに、あくまでも遠巻きに眺めるだけで十分だ。
今日初めてこの女を間近で見てからなんとなく胸の中でモヤモヤと形にならないでいた嫌な感じの形容詞が漸く浮かんできて、心の内がすっきりした。
とりあえず、横のブリザードは止みそうにないし、ヴィルまで標的にされたら更に面倒くさい。
考えたくないくらいに。
誰がって。そりゃあもう。
もうここに居る時点でカウントはされているだろうが、芽は小さいうちに摘んでおくべきだ。
この辺でお引取りいただかないとな。
モヤモヤが解消された爽快感と目の前の有害物質に対する苛立ちを合わせれば、常々人の悪いと称される微笑みにも磨きがかかろうってもんだろ。
「なぁ、」
まぁこれで、毒を食らわば皿まで、だ。
「聞いたぜ?あいつその頭が気に入らないんだって?」
「あいつって?」
「クレセントですよ」
「そうなの?そんなこと言ってたの?あの子」
「相手にして欲しければ銀色に染めて来いというようなことを言ったそうですよ」
綺麗な赤なのにね、ヒューと俺の方を交互に振り返ったヴィルの肩先で、銀灰色の直毛が流れる。
「ヴィル様の髪も日が当たると銀ですね」
「うーん、銀って言うより鉄色じゃない?」
「そんなことありません。綺麗な銀ですよ」
「じゃああたしもあの子の好みのタイプってことかな」
「さぁ、彼が好みのタイプそのままを言ったのかは定かではありませんが」
ヴィルを黙らせることを諦めたのか、さりげなく小柄な体を自分の後ろに隠しながら小声で話しかけ、ヴィルの注意を逸らす。
任された俺はその隙にあちらさんの注意を引きつけ引導を渡そうと口を開く。
「いいじゃねぇかよ、そんなに追っかけるんだったらあいつのお望み通りその赤毛の色抜いて、一発ヤッてもらえばいいじゃねぇか」
愛しい愛しい三月ウサギが手に入るんだぜ?簡単だろ?
冷気に当てられたかのようにわざと棘を増やした台詞と共に、にやりと意地悪く笑ってやればその麗しい顔が更に歪む。
「まぁそんな今のその顔で銀髪になんぞしたら正真正銘の鬼婆だけどな。鏡、持って来てやろうか?」
ご自慢であろう薔薇色の髪を全否定されたとなれば、もうあいつを追いかける理由はあいつの気を引きたいなんて可愛らしいものではなくなっているんだ。
取り巻きのコレクションに加えたいが為ですらない。
単なる執着だ。
本人は気付いているんだろうか。
端から見たらなんて醜い。
食虫植物よろしく、罠にかかる獲物だけで満足していればよいものを。
本性を晒すからこんなことになるんだぜ?
たぶん、三月ウサギを手に入れてからのことなんて(あり得ないけど)考えてはいないだろうな。
「今のままでも十分赤鬼で通用するけどね」
扉の向こう、取り巻きたちの更に後ろから声がした。
あの夜、屋上で聞いたのよりもやや低い音が、今の不機嫌さを如実に表してはいるけれども。
「わぉ、漸く真打登場だね?」
みんな揃ったじゃーん!
ヒューの肩越しに、ヴィルがロードクロサイトを煌かせた。
あ~、こんなに遅くなるつもりなんてなかったのにーorz
日本のどこかの読んでくださっている皆様、いつもいつもお待たせしてほんとにすみません。。。。
そしてイリアス視点・三月ウサギの友人曰く、はひとまず終了です。
短編集にしたかったのに、どうにも作者の悪い癖でだらだら書いていってしまいます。。。。。
ならばせめて視点を変えようと。
五話で切るっていうのはきっちり守ろうと。
…ぐだぐだな習作ですが、これからもよろしくお願いいたします。
そんなこんなで次は誰にしようかしら。
別の人視点になってお話は続きます。
帽子屋のほうも書かないとだし、しばらくまた間が空くかも知れません。。。。。気長に待ってくださいまし。m(_ _)m
雪白でした。