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三月ウサギの友人曰く、  作者: ゆきしろ
三月ウサギの友人曰く、
3/12

同じクラスに、ちょっと変わったヤツがいる。


それも一人じゃない。

さらにそれぞれがとある出来事により、どちらかと言えば有名人の部類に入る。

そして9割方、本人たちはそのことをどうでもいい、もしくは鬱陶しいと思っている。

激しく同意だ。


まず一人目は、クレセント・ブラックフォード。


王都レイシーでも有数のブラックフォード伯爵家の三男。

少し長めに伸ばした髪は灰色にどうやら茶色が少し混じっているらしい。

お世辞にも綺麗な色合わせとは言えないが、反比例するように顔立ちはかなり整っている。

授業の時だけ銀縁のメガネをかけていて裸眼のときは濃い灰色の涼しげな目は気難しそうに細められていることが多く(当然のように眉間にも皺が寄る)、やや近寄りがたい雰囲気を演出している。

近視は目を細めると少しだけ遠くが見えるようになるらしいから、無意識にやっているのだろうが、とある女子があいつの藪睨みが怖くて近寄れないと言っていた。

かっこいいけどちょっと怖い、と女子が敬遠する理由の一つだ。


あの剣術の授業以降、徐々に入学当初の頃の見えない壁のようなものは無くなったものの、2ヶ月が経った今でも特に親しい友達を作ってつるむでもなく、放課後も誰かと過ごしていると言う話は聞かない。


と言うよりも、最近は休み時間はほとんど教室にいない。

放課後もベルが鳴るのとほぼ同時に教室を出て行く。逃げるように。

いや、実際逃げている。


薔薇色の嵐の一件後、噂が噂を呼んだのか一時期は休み時間毎に他のクラスの生徒がひっきりなしに教室を覗いてくるようになった。

男女問わず、学年問わず。それこそ入れ替わり立ち代りで。

そして、どこかしらに呼び出されているようだ。

その内訳は、5割がわかりやすく敵意を剥き出しにしたデジレ親衛隊で(その大半が男子だが中には女子もちらほらいたりする)、他3割がそれなりに整ったヤツの容姿に釣られてきた軽めの(あくまでも俺の主観)ミーハー且つ、あいつの目つきの悪さをものともしないガッツのある女子で、残り2割があいつの運動神経を聞きつけたサークルの勧誘と思しき連中といったところ。


それぞれ話の内容は推して知るべし、だろう。

まぁ推さなくてもあちこちから噂は流れてくるのだが。


ただ律儀にそれらの呼び出しに付き合っていたのは最初の1週間程度で、その後はまさに「逃げるが勝ち」を見事に体現して授業中以外はどこかに姿を消すようになった。

ここ数日は気がつくと授業にもいないことがままある。


クラスの中の連中はその様子を9割の同情と1割の嫉妬を込めた視線で生温かく見守っている。

俺個人の感想としては、10割気の毒、と思うだけだ。

羨ましいなんて、これっぽっちも思えない。



そしてそんな外野からの猛者たちに抜け駆けるように、授業が終わった瞬間さっさと教科書を鞄に詰め込むあいつにここ数日張り切ってアプローチ(?)をかけている小柄な少女。


類は友を呼ぶのだろう。おそらく。


「ねぇねぇ、今日の放課後って、何してるの?」

「…別に」

「じゃあさっ、イリアスの部屋でお茶しない?実家から新茶が届いたんだって」


授業が終わった瞬間にそいつの席に駆けていき、嬉々としてそいつをお茶の時間に誘っている。

拳をぶんぶん振りながら力説する必要があるのかどうかは不明だ。

ちなみにオレは、一度も自分の部屋にそいつを呼ぶことを承諾していないんだが。


「…宿題しないといけないから、て言うかそれどころじゃないからまた今度ね」

「えーっ、いいじゃん、お茶くらい。皆で優雅にティータイムしようよぉ!」

「…悪い、他のヤツ誘ってよ」


そう言って取り付く島もなくお茶の誘いを断ると、鞄を持つとスタスタと教室を出て行ってしまった。

少女はそれを唇を尖らせて見送って、トボトボとこちらに戻ってくる。


「また振られてしまいましたか」

「ヒューの入れてくれるお茶、超美味しいのになぁ」


横でまだむくれている銀灰色の頭を、今しがた教室にやってきたヒューは苦笑しながらよしよし、と撫でた。

…飼い主と子犬の図だな。


「気長に誘えばそのうち来てくれますよ。今日は厨房からチェリータルトをいただいて来ました。お好きだと仰ってましたよね?」

「ほんと!?やったーっ」


そうしてそれまでの仏頂面から一転、現金に万歳をしてヒューに抱きつかんばかりに喜んでいるのが、もう一人の変人。


オレの隣の席の、通称ヴィル。

正しくはヴィルヘルミーナという名前だが、いいのっ長いから以下省略!とは本人の弁だ。


変人、というのは少々言葉が違うのかも知れないが。

「凡人」の枠に嵌まらない、という意味で、変人。

いや、奇人か?

…どっちでもいいか。


砂漠に囲まれた町の出身で、褐色の肌に肩に届く真っ直ぐな灰銀色の髪と、くるくる動く大きな濃いピンク色の瞳。

ストロベリーピンクの双眸は、彼女の心の内を鮮やかに映し出す。

たかだか二月やそこらの付き合いだが、わかりやすいことこの上ない。

その結果なのか、さっきの一幕を見てもわかるように言動がやや子供っぽい。

13歳とは思えない小柄で華奢な体型も手伝って、入学当初隣の席に座った彼女に自己紹介をされるまでガキが間違って紛れ込んできたのかと思ったほどだ。


だが、その見た目と言動に惑わされてはいけない。

彼女がその名を知られている理由。


今年の入学試験で学院創設以来の最高得点をたたき出したのは、他でもないこの褐色の妖精なのだ。












「あの子もくればよかったのにねぇ?絶対人生損してるよ」


イリアスの自室にて、好物のチェリータルトを頬張っているヴィルは悔しそうに話を蒸し返した。


「ヴィルはああいう男が好みなのか?」


ここ最近の執着振りを見るにクレセントに惚れたのかと思っていたが、きょとんとして首を傾げたその反応を見るとそうではないらしい。

まぁ、例えそうだとしてもアプローチの仕方はかなり偏っているが。


一拍置いてオレの言った意味を飲み込んだのか、笑いながら否定した。


「違うよぉ。そんなんじゃないってば。けどさ、あの子本当はあんな大人しい子じゃないよ、絶対。本性隠してる」


至極楽しそうににまにまと口元を緩ませて紅茶に口をつけた。


「それにうちのクラスで従者がいないのって、私とあの子だけじゃない?」

「そう言われてみれば…そうですね。見かけたことがありません」


ヒューもクレセントの従者らしき人間を見たことは無いらしい。

オレは言わずもがな。

オレの従者であるヒューも、入学してから一度もそいつが従者らしき生徒と一緒にいたところは見たことが無いと言う。

どうやらヴィルは従者がいない者同士、あいつに対して勝手に仲間意識を持っているらしい。





このローレンシア学院は、将来学者や医者といった専門職を志す子供が学ぶ高等教育機関。


もちろん誰しもが入れるところではなく、生徒の多くが近隣諸国の貴族の子息、令嬢、それに連なる財力を持つ大きな商家の子供たちで入学試験に合格した者、さらには市井の学校で極めて優秀な成績を残している者も毎年何人かが奨学金を受けて入学してくる。

いくら財力があっても、ある程度の頭がないとこの学院の門はくぐれないのだ。


そしてこの学院のおそらく最大の特徴だろう、ほとんどの生徒は寮生活を共にする従者を一人連れてくる。

何しろ、お嬢様、お坊ちゃまとして他人に身の回りの世話をまかせっきりにして生きてきた連中である。自分の着替えがどこに仕舞ってあるのかもわからないような奴らだ。

実際は部屋の掃除や洗濯は寮のスタッフがやってくれるし、食事は食堂で食べるので専属の身の回りの世話係なんていなくても十分生活していける。

だがそれ以上の細々としたことまで他人に任せて生活していた者たちがいきなりこの寮に一人で放り込まれようものなら、最初のうちは相当難儀するだろう。


そうは言ってもこの学院は、学問を修め将来人を使う立場に就くことになる生徒を支えるパートナーをも一緒に教育する場でもあった。

純粋に主の従者(所謂身の回りの世話係)として学院に来た者も、将来はその右腕となるべく付いてきた者も、それぞれが将来を見据えた教育を受けることが出来る。


イリアスもヒューを連れてきたが、それはノースロップ家のメイド頭の息子でありイリアスの兄的存在だったヒューを将来イリアスの右腕に、と考えたイリアスの父の意思によるもので、イリアスの身の回りの世話係として付いてきたわけではない。

実際は面倒見の良い兄のようにあれこれと手を焼いてくれるのだが。

いくら必要ないと言っても聞きやしない。

最近は何かにつけて一緒にいるヴィルの面倒まで見ているので、こいつは単純にただの世話好きなのだ。


ヴィルのような平民出身の奨学生ならいざ知らず、傅かれることに慣れた貴族のボンボンが従者を連れず一人で学院に来るなんて、一体どこの貧乏貴族なんだか。

だが、あのブラックフォード家が貧乏ということは有り得ないから、従者がいないのも何か事情があるのか、はたまたあいつ本人が変わり者ということだ。


「私だって、イリアスとヒューと仲良くならなかったら、まだ一人ぼっちだよ、きっと」

「そんなことはありませんよ。ヴィル様は私たち以外にもたくさんお友達がいらっしゃるのでは?」

「…あの子達は私じゃなくて、私のノートと仲良くしたいんだよ」


ヒューの慰めを一蹴して、ヴィルはタルトを口に放り込んだ。不機嫌を装っているが、その端々に若干の寂しさが滲む。

言動や見かけが子供のようだからと言って、この学年一の秀才は決して鈍くも疎くもない。


「でも私全然ノート書かないから、一度貸した子はわかんなかったって言って、もう次は貸してって言ってこないけど」

「ヴィル様のノートは凡人では理解出来ないのでしょうね」

「字が汚すぎるんだろ」

「違うもんっ」


頬を膨らませてそう言うと手に握り締めていたフォークを置き、ティーカップを両手で包んで口をつけた。


「…こうして一緒にお茶したり、遊んだりなんてしないもん」


だから、あの子も一人ぼっちみたいだし、仲間に入れたいなと思って。


「ダメ?」


そう言って上目遣いでオレたちを見上げてくる。

あいつの場合、友達が出来ないんじゃなくて、作ろうとしていないようにも見える。

確かに前の剣術の授業以降、ヤツに話かける連中も増えていたが、そのどれとも一定の距離をとっているようだった。


「まぁ本人が望んで…と言うよりは仕方なく一人でいるんだろうけど、もし来るって言うならいいんじゃないか」

「おや、この間のことはいいんですか」


反対しなかった俺に、ヒューがおどけたように片眉を上げる。

授業で打ち合いをして負けたことを言っているのだ。

悔しかったことは確かだが、後日耳にした噂が本当なら腹を立てるのもバカバカしい。


「まぁヴィルの言う通り面白そうなヤツではあるからな」

「私も淹れるお茶が一杯増えるくらい、なんてことありませんよ」


仲間二人の同意を得られて、やたっとガッツポーズを作る。


「ですが、あまり執拗にすると嫌われるかもしれませんよ?確か彼、喧しい女性は嫌いだと言ってましたから」

「………そうなんだよねぇ…なんかいい案ない?」

「学年主席の頭で何とか考えろって」


むー、と腕組みをして考え込むヴィルの横でオレはいつものように今日の復習を始め、ヒューも自分の課題を広げ始めた。






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