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同じクラスに、ちょっと変わったヤツがいる。
背は高くもなく低くもなく、姿勢はいい。どちらかと言えば痩せ型。
教官に呼ばれて返事をする声は、もう声変わりが済んでいるクラスメイトの中でもやや低め。
少し長めに伸ばしたさして珍しくも無い灰色っぽい髪と、お揃いの灰色の瞳。
色彩は至って地味だが、顔立ちはかなり綺麗な部類に入るだろう。
視力があまり良くないのか、授業の時だけ銀縁のメガネをかけていた。
入学して一週間ほど経つと、初めての環境に早く馴染もうと他の生徒たちは友人をつくるべく盛んに周りの友人たちと会話をしているのだが、あいつは他のクラスメイトたちと一緒にいることも少なく、無口な性質なのか話しかけても必要最低限の返事しかしないらしい。
らしいというのも、俺があいつに話しかけたことも無ければ、あいつが俺に話しかけてきたことも無いからだ。
特に、話さないといけない用事も無かったし。
休み時間はどこに行っているのか姿が見えないことが多いし、教室にいてもどのグループとつるむこともなく一人でベランダに出てぼんやりと外を眺めているか、机に突っ伏して寝ていることが多い。
俗に言ってしまえば大人数が集まると大抵一人はいる、所謂一匹狼タイプだった。
どうしてクラスの中でも色味通り地味で、周りに打ち解けようとしない根暗なヤツの動向をこんなに詳しく知っているのかというと。
先日、クラス中の注目を集めるちょっとした出来事があったからだ。
ある昼休みのことだ。隣の席のヴィル(男みたいな呼び名だがれっきとした女子だ)と、休み時間になり教室にやってきた俺の従者のヒューと3人で他愛も無い話をしていた時。
いきなり見慣れない色が視界に飛び込んできた。
その明るいローズレッドの髪は同学年の中では見た記憶がないし、制服の胸元のリボンの色が違う。上級生だ。
その女はざっと教室中を見渡すと、スタスタと中に入ってきて自分の席で本を眺めていたあいつの前まで来ると、何やら親しげに話しかけた。
その様子を視界の端に捉えつつ、その前の授業の話をしていたヴィルに適当に相槌を打っていたのだが。
「イリアス、どうしました?」
俺がうわの空なのに気がついて、ヒューが俺の視線の先を追う。
「いや、あれ、知り合いとかじゃないのかと思って」
今度こそ教室の向こうを本格的に見やると、ヒューもヴィルも釣られてそちらに目を向けた。
その上級生は、明るいローズレッドの巻髪に濃い焦げ茶色の瞳をした気の強そうな猫系の、しかしかなり整った顔立ちをしていた。
その雰囲気は猫系というか、ずばり女豹だな。
加えて制服の上からでもわかる大きな胸といい、それに反してすんなりした手足といい、思春期真っ只中の男子としてはかなり魅力的な容姿ではあった。
あったのだが。
とにかくその女豹はよほど自分に自信があるのかあるいは空気が読めないのか、人気の無いところに呼び出すでもなく他の生徒が大勢いる教室で、堂々としたもんだった。
なぜそんな感想になるのかと言うと。
まぁその様子はその上級生が一方的に迫って口説いていると言った感じで、更に言えば席に座ったままのあいつとの温度差が凄まじかったのだ。
端から見ても自信満々にデートに誘ったんだか何なんだか(話の詳細は知らないが大方そんなところだろう)何かを話しかけられたこいつの態度と言ったらそりゃあもう取り付く島もない、という言葉を見事に体現していて。
その女は俺から見ても、見た目だけなら(あくまでも見た目だけ)かなりイイ線いってたと思うんだが、話しかけられている当の本人は最初にちらりと視線をやっただけで、後は完全無視で本に視線を戻してしまっていた。
この時点で、教室内の結構な人数がその様子を気にかけていたと思う。
その女豹もしばらくは冷たくあしらわれても笑顔で粘っていたのだが、さすがに相手にされずプライドが傷つけられたのだろう、いきなりあいつの読んでいたバッと本を取り上げると「聞いてるの!?」と怒鳴りつけた。
それまで休み時間で騒がしかった教室は、その声で水を打ったように静まり返った。
キレた女豹は綺麗な顔を怒りに歪ませ、そりゃあもう恐ろしい目つきであいつのことを睨みつけていた。
だがその数瞬後、周りが一様に自分に注視しているのに気が付いて、怒りで赤くなっていた顔が羞恥でさらに赤くなっていく。
「…耳元でぎゃんぎゃん騒がないでもらえます?」
俺のいたところからその表情は窺い知れなかったが、漸く顔を上げ、ため息混じりに一言言った、その声の冷たいことといったら。
「返してください」
その手から本を取り返すと、最後に一言。
「喧しい女は嫌いなんだ」
とばっさり切って捨てた。
決して大きくないのに、その地を這うような低い声はしんとした教室に良く通った。
プライドが高そうな女豹のことだ、軽く声をかければ簡単に引っかかると鷹を括っていたのだろう。
ついに涙目になり、「覚えてなさいよっ」と小説の中でしかお目にかかれないような捨て台詞を吐くと、教室の外に控えていた従者と…おそらく取り巻きだろう、数人も置き去りにして走り去っていった。
想像だにしていなかっただろう目の前で起こった展開に呆けていたそいつらも、慌てて後を追っていく。
教室中が唖然と薔薇色の嵐を見送ったのだが、直撃を受けた本人はそれを興味無さそうに見やると何事も無かったように椅子に座り直して続きを読み始めた。
その椅子を引く音で教室内も凍っていた空気が漸く動き出し、嵐の発生地だった場所にちらちらと視線をやりながらもいつものざわめきが戻ってくる。
肝が据わっているんだが、何なんだか。
「何だったんだろ、あれ」
「さぁ…上級生だろうけど」
嵐が去った出入り口から顔をこちらに戻すと、ヴィルがその濃いピンク色の大きな瞳を興味津々といった風に輝かせていた。
「綺麗な人だったけど、なんだか怖い感じだねぇ」
入学してきて二週間足らずの新入生を品定めして教室に乗り込んでくる時点で、その面の皮の厚さにはさすがに恐れ入る。
「知り合い…というわけでも無さそうですね、あのお二人」
「ないだろ」
「聞いてみようかな」
「後でね、とりあえずもう始まるよ」
教室の壁に掛けられた大きな時計が間もなく次の授業の始業時間だと告げている。
じゃあまた後で、とヒューが教室から出て行き、ほとんど入れ違いに教官が入ってきたので、その話はそこで立ち消えた。
後から聞いた話では、このデジレ・クィルターという三学年上の(くどいようだが見た目だけ)美女はとある都市の領主の娘で、学内外で有名なプレイガールらしい。
曰く、学内で落とせなかった男はいないのだそうだ。
この一件で、早々にその悪名?はオレたち新入生にも知れるところとなった。
まぁあんな捨て台詞を吐いていくくらいだからその後もいろいろあったんだろうが、そこから先はオレも知らない。
とりあえず、今のところあのご一行が再度教室に乗り込んできたことは無い。
怖いもの知らずなヴィルが本人から(!)仕入れてきた情報に寄ると、あいつの実家はレイシーの社交界に出ているなら誰しも一度は名を聞いたことがある伯爵家だった。
オレもあいつの顔こそ知らなかったものの、実家の商売の得意先としてその家の名を聞いたことがあった。
なるほど、その家名を聞けば派手好きそうなデジレが早速寄ってきたのも納得だ。
あいつ本人的にはかなり不本意だろうが、この一件があってから、あいつは入学早々デジレを振った男第一号としてちょっとした有名人になってしまった。
ちなみに女子の間ではあいつに対してファンとアンチが両極端に分かれ(面白くないことに八割方がファンらしいが)、男子の間でも面倒ごとに巻き込まれたヤツに対しての同情と、オレには理解できないが学内にたくさんいるらしいデジレファンからの嫉妬で態度が両極端になった。
その女子たちの反応に対してはヴィル曰く、
「うーん、それなりに見た目もよくて、実家も貴族だし、さらにあの目つきで銀縁メガネで、ツンでしょう?モテるのも納得」
ファンかアンチかは、あそこからデレを引き出すところに生きがいを感じるか否かの差だよ、きっと。
とのこと。
女子の思考回路はよくわからない。
まぁそれでもオレにしてみれば、あいつはやっぱり変わったヤツだ、という認識を新たにしつつ、入学早々変なのに目をつけられたことに軽く同情したくらいなもので。
「そして、ヴィル様はどちらなんですか?」
笑顔でヒューに聞かれた答えは。
「んー、まぁアンチじゃないよ。面白そうだから別の意味では気になるなー」
ヴィルはどうでもよさそうにそう言うと、行儀悪く机の上に座って足をぶらぶらさせた。
お久しぶりです。もしくは、はじめまして。
雪白と紅薔薇。の、雪白です。
拙作「The Mad Hatter in Abstract World」の登場人物・クレセントの学生生活です。
そっちが思いのほか長くなってしまったので、シリーズもので切り取りました。
帽子屋と同時進行で行きたい…と思っております。
よろしく、お願いします。




