第二章 湯呑みの置かれ方
茶の間では、湯呑みの置かれ方にさえ、その日の人の時間が出るのかもしれない。
客間なら、湯呑みはだいたい人を迎える位置に置かれる。
帳場なら、手の動きや帳面の邪魔にならないところへ置かれる。
だが茶の間では、置かれた湯呑みはもっと生活の側にある。
すぐ飲まれるものもあれば、少し冷めるまでそこにあるものもある。
言葉の前に手が伸びることもあれば、しばらく誰も触れないこともある。
片づけられそうで、まだ片づけられない。
そういう“途中のままの置かれ方”が、茶の間にはよく似合う。
第十六作で湊が次に目を留めたのは、その曖昧で、しかしとても正直な置かれ方の意味だった。
翌朝、春口は薄い雲の下にあった。
晴れ切ってはいない。
だが暗いわけでもない。
茶の間の障子を通る光は、白く低く、卓の上へ静かに広がっている。
こういう日の茶の間は、客間のように声を整える前の場所というより、すでに少し生活へ下りてきたものをそのまま受けている部屋に見えた。
湯気の立ち方も穏やかだ。
薄暑のころの茶の間には、その穏やかさがよく似合うのだろう。
朝食の片づけが一段落したころ、近所の老婦がちょっとした用事で上がった。
帳場で済ませることもできたはずだが、汐里は自然に「こちらへどうぞ」と茶の間へ通した。
老婦も慣れたように腰を下ろす。
客間へ通されるときの少し整った姿勢ではない。
もっと生活の近くにいる座り方だった。
湯呑みが置かれる。
老婦はすぐには飲まない。
卓の木目を少し見てから、「今日は湿りがやわらかいね」と言った。
その言い方だけで、もう茶の間の時間になっているのが分かる気がした。
「今の」
湊が言う。
「ええ」
汐里も頷く。
「茶の間でしたね」
「そうですね」
「どうして客間じゃなかったんでしょう」
汐里は少し考えてから答えた。
「もう、話すために座る顔じゃなかったからだと思います」
「……」
「用件はあるんですけど」
「はい」
「その人の声も、姿勢も、もう少し生活に近いところへ下りてたので」
「だから茶の間」
「はい」
その感覚は、とても第十六作らしかった。
客間は声が落ち着く部屋。
茶の間は、声が落ち着いたあとで、役目から少し離れて生活の顔へ戻る部屋。
宿の中にも、そうした細かな違いがあるのだろう。
老婦が帰ったあと、卓の上には湯呑みが二つ残った。
片方はよく飲まれている。
もう片方は半分ほど。
すぐ片づけられてもよさそうなのに、汐里は手を出さなかった。
そのまま、少し置いておく。
それが何となく自然に見えた。
「片づけないんですね」
湊が言う。
汐里は笑って頷いた。
「はい」
「どうして」
「茶の間って」
「ええ」
「湯呑みが少し残ってるほうが、その部屋らしい日がある気がして」
「……」
「すぐ空っぽにすると、少し役目の部屋になりすぎるんです」
「そうですね」
「今日は、まだそのままでいい気がします」
その答えで、茶の間という部屋の性質がまた一段はっきりした。
客間なら、応対の終わりとともに少し整え直される。
茶の間では、終わったあともしばらく生活の途中が残っていてよい。
湯呑みの置かれ方ひとつにも、その違いが出るのだろう。
昼前、篠原が持ってきたのは、台所まわりの古い控えに混じっていた短い断片だった。
誰の字かははっきりしないが、澄江の代の者であることはほぼ確かだという。
――茶の間の湯呑みは、すぐ下げるより少し置くほうがよい日がある。
――人がまだその部屋のぬくもりから出きっていないとき、卓の上が急に空になると気持ちも早く立ってしまう。
――薄暑のころは特に、湯気の名残があるほうがよい。
「これですね」
湊が言う。
「ええ」
篠原が頷く。
「かなり中心です」
「卓の上が急に空になると」
汐里が読み上げる。
「気持ちも早く立ってしまう」
「すごいですね」
「そうですね」
湊も静かに言った。
茶の間は、人を座らせる部屋であるだけでなく、急に立たせない部屋なのかもしれなかった。
薄暑のころの湯気や、飲みきられない茶や、片づけられきらない卓の気配が、人の心をほんの少しだけ日々のぬくもりへ留める。
それは庭や門や客間とも違う、もっと生活の深いところのやさしさなのだろう。
「お母さん」
汐里が低く言う。
「ええ」
「やっぱり、ここでも急がせなかったんですね」
「かなり」
篠原が答えた。
「立つ順番、話す順番、返る順番だけでなく」
「はい」
「生活へ戻る順番まで」
「そうですね」
その整理に、湊は静かに頷いた。
春口の宿が人を丁寧に扱ってきたのは、何も劇的な場面だけではない。
こうして茶の間で、湯呑みをすぐ下げないことにまで及んでいる。
その細やかさの積み重ねが、宿の深さになっているのだろう。
午後、湊は一人で茶の間に座り、卓の上の湯呑みを見ていた。
飲み残しがある。
もうぬるいのかもしれない。
だが、それが不格好ではない。
むしろ、ちょうどよい。
茶の間とは、人が用件や姿勢を少し脱いだあと、その抜け方が急に消えないようにしてくれる部屋なのだろうと思えた。
そこで父のことを考えた。
客間に低い声を残した父。
廊下で自分の幅へ戻るのが少し遅い父。
その父が、茶の間の卓で湯呑みを前にしていたことがあっただろうか。
すぐには飲まない。
すぐには立たない。
ただ、湯気の名残のある卓に手を置いて、役目でも相談でもない顔で少し黙っていた。
もしそんな時間があったなら、父はまた一段、生活の中の人として見えてくる気がした。
大きな言葉ではなく、飲みきられない茶の前にいる人として。
夕方近く、汐里は残っていた湯呑みをようやく下げた。
だがその前に、一度だけ茶の間全体を見ていた。
卓。
障子の明るさ。
座布団の崩れ方。
それらを見て、「もう大丈夫」と自分の中で確かめたように見えた。
「今なんですね」
湊が言う。
「はい」
汐里が答える。
「どうして」
「さっきまでは」
「ええ」
「まだその人の時間が卓に残ってる気がして」
「……」
「今はもう、茶の間の時間へ戻っているので」
「かなり細やかですね」
湊が笑うと、汐里も少し照れたように笑った。
「でも、母もきっとこういうのを見ていたんでしょうね」
「そうだと思います」
彼女はもう、茶の間をただ家の部屋としてではなく、その日の人のぬくもりがどこまで残るかを見る場所として扱い始めているのだろう。
それは、宿の主のかなり深い仕事なのかもしれなかった。
夜、ノートにはこう書いた。
――茶の間では、湯呑みの置かれ方にまでその日の人の時間が出るのかもしれない。
――すぐに下げないことで、人の気持ちは急に立ち上がらず、生活のぬくもりの中へもう少しやわらかく戻っていける。
――澄江は、そこまで見ていたのだろう。
――父にもまた、飲みきられない茶の前で少しだけ“ただいる”ことのできた時間があったのかもしれない。
――第十六作は、役目を脱いだあとの人が、茶の間のぬくもりへどう馴染んでいくかを描く巻になっていくのだろう。




