【4分】ラプラスの悪魔【ハッピーエンド】
女子大生の真央のもとに、ある日一通のメールが届いた。
『明日、心理学の講義をサボれ。さもなくば必ず後悔する』
差出人不明。
件名はない。
あまりに不気味で、真央はすぐに削除しようとした。
だが、なぜか気になる。
結局、好奇心に負けて講義を休んだ。
その結果、重要なレポートの説明を聞き逃し、単位を落としかけた。
数週間後、またメールが届く。
『居酒屋のバイトを続けろ。辞めたら不幸になる』
(はあ? なに言ってんのよコイツ!)
真央は腹が立った。
辞めようと考えていたブラックバイトを続けろだなんて、どうかしてる。
メールの指示を無視してバイトを辞める。
すると、条件の良いバイトがすぐに見つかった。
なんなんだろうかこれは?
不思議なメールは以降も続いた。
『告白するな』
『引っ越すな』
『新しくできた友達とは縁を切れ』
指示に従えば悪いことが起こり、指示に逆らえば良いことが起こった。
真央はこの不可解なメールの差出人を『ラプラスの悪魔』と名付けた。
すべてを予測できるが、必ず最悪の未来だけを告げる悪魔。
検証の結果、真央は1つの答えにたどり着く。
(……つまり、逆をやればいいんだ)
それからの人生は、驚くほど順調になった。
進路も、人間関係も、金銭面も。
人生がイージーモードになったかのような感覚。
悪魔の予言を反転させるだけで、いつも最適解が得られる。
社会人になった真央は、職場のイケメン社員に恋をした。
誠実そうで、優しくて、仕事もできる。
誰が見ても理想的な男性で、多くの女性社員の憧れの的。
だが、久しぶりに届いたラプラスの悪魔からのメールには、こう書かれていた。
『人気のイケメン社員と付き合え。結婚しろ』
(!?)
真央は震えた。
憧れのイケメン社員と付き合いたいという気持ちと、ラプラスの悪魔の指示がシンクロしてしまったのだ。
ということは───
(逆が正解ってことは……そんなぁ……)
とても好きだった。
もし交際を申し込まれたら、二つ返事で即答してしまいそうな程に。
でも、ラプラスの悪魔を信じるなら、この恋は破滅の道である。
ある日、憧れのイケメン社員から食事に誘われた。
(辛い……辛いわこれ……)
断腸の思いで、彼からの誘いを断る。
その後、彼は同僚の女性社員と結婚した。
二年後、離婚したと噂で聞いた。
理由は酷いモラハラだったという。
心を病んだ同僚は、病院に通うほど壊れてしまったらしい。
(あっぶなあ!)
背筋が凍る。
本当に危なかった。
まさかあんなモラハラ男だったとは……。
もしあの時、誘いを受けていたら、自分が同僚の立場だったかもしれない。
ある日、またメールが届く。
『明日の合コンには行くな。行ったら破滅する』
翌日、真央は迷わず、友人に誘われていた合コンに参加した。
そこで出会ったのが、今の夫である和磨だった。
不器用で、少し変わっていて、優しい人。
真央と和磨は結婚し、穏やかな日々を送った。
メールはいつしか、二度と来なくなっていた。
ある夜、和磨が風呂に入っている時、真央のスマホが鳴る。
着信名は───
《ラプラスの悪魔》
「!?」
ドクンと心臓が跳ねた。
迷いながらも通話ボタンを押すと、聞き覚えのある声が。
「驚いた?」
「……あなた、誰なの?」
「君の夫だよ。ただし、未来の」
「!?」
その声でわかる。
スマホの向こうに居るのが、和磨だということに。
即座に充電スタンドに目を向けると、そこには和磨のスマホがあった。
つまり電話の向こうにいるのは”今の”和磨ではないが、和磨なのだ。
言葉がおかしいが、そうとしか言えない。
「信じられないかもだけどボクはいま、数年後の未来から、かけてるんだよ」
突拍子もない説明だが、真央は自分でも驚くほどすんなり受け入れた。
彼は淡々と語った。
元々の未来では、真央はあのモラハラ男と結婚し、心を酷く病んだ。
のちに和磨と再婚したものの、今も通院中の身だとか。
そしてその頃、和磨は偶然、過去の妻へメールを送れる不思議なスマホを骨董品屋で手に入れたと。
「変な指示ばかり送ってゴメン。でも君を助けたかったんだ」
「なんで変な指示を? 普通に言ってくれれば良かったのに」
「ヒトは指示ばかりされると、反発したくなる欲求が出てくるでしょ」
彼は笑って言った。
「だから全部、最悪の予言にしたんだ。逆を選べば正解になるようにね」
「そうか……リアクタンス」
「その通り。君が大学で学んでた心理学だよ。心理学が好きだったというのは今の妻、つまり君から聞いてる」
的中率100%と0%は、構造的には同じ。
反転させれば未来は変えられる。
「この仕組みを逆用すれば人生が有利になる。君なら気付くと思ってたよ」
「そりゃ、あれだけ完璧に外れたらね」
真央も笑った。
「この不思議なスマホの電池はもうすぐ切れる。だから最後に、君に謝りたくて思い切って電話をかけたんだ。変な指示ばかりしてゴメン、とね」
そこで突然、通話は途切れた。
「………」
その夜、真央はリビングでくつろいでる和磨の横顔を見つめた。
言いたいことは山ほどある。
───でも、言葉が出てこない。
視線に気付いた和磨が、不思議そうにたずねる。
「なんでそんなじっと見てんの……どうかした?」
真央は照れくさそうに微笑んだ。
「……ううん、なんでもない」
もしかしたら、和磨のスマホにも何かしらの指示が来ていたのかもしれない。
……が、それを確認する気にはならなかった。
隣に愛する人がいる、今の生活は幸せだ。
それでいいのではないかと。
ラプラスの悪魔の予言は全て終わった。
今はもう未来を測る必要はない。
自分の選んだこの人生が、何よりの答えなのだから。




