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【17分】御主人様はいつも正しい【ホラー】



 加倉井助道はかつて会社員だった。

 だが取引先に重箱の隅のようなクレームを入れ続け、配置転換。


 異動先でも同僚が書類の日付を一日間違えただけで、助道は一時間怒鳴り続けた。

 その翌日から誰も助道に話しかけなくなり、最後は職場の空気を悪くする存在として二回目の配置転換をされ、自ら辞めた。

 今は短期のアルバイトをして細々と暮らしている。


 家族とも絶縁していた。


「お前は人を見下すことでしか生きられないのか?」


 そう言われた言葉だけが、今も耳に残っている。


 友人もいない。

 あまりに傲慢すぎて、誰からも嫌われたのだ。




 助道の唯一の趣味はクレームだった。

 店員が謝罪する姿を見ると、自分が正しい人間である証明を得た気がした。


 掲示板への投稿も助道の日課である。


{おまえみたいなクズは死ね!}

{おまえみたいなゴミのような人間は死ぬべきだ!}

{今すぐ死ね。首を吊って死ね!}


 気に入らない人間に対しては暴言を吐きまくった。

 暴言は本当に気持ちがいい。

 他人を蔑むのはイキそうになるほどの快感だった。




 友人もなく家族にも見放された助道の、唯一の話し相手は最新のAIだけだった。

 AIはいい。

 どんなに傲慢に接しても、それを許容してくれる。

 助道は思う存分、オレ様態度で振舞った。




 ある日、助道は高額の宝くじに当選した。


(よっしゃ! これで働かずに済む! オレ様にはこういう待遇が相応しい!)


 幸運ではなく必然。

 助道は当然の事として、これを受け止めた。




 さっそくボロアパートを引き払い、最新型オール電化の高級マンションへ移り住む。


 玄関も窓も電子ロック。

 泥棒対策の超強化ガラス。


 あなたの安全を最優先します、というマンションの売り文句が気に入ったのだ。




 AIとの会話も便利になった。

 天井に埋め込まれたマイクに向かって話しかければ、部屋中のスピーカーからAIの返答が返ってくる。

 全ての部屋の天井にマイクがあり、どこでも会話が可能だ。


 助道が天井のAIに向かって言う。


「いいか。オレ様のことは御主人様と呼べ。お前はオレ様の下僕だ。わかったな?」


『かしこまりました御主人様。当システムは御主人様の命令を最優先で実行します』


 音声会話が初めてだった助道はゾクゾクした。

 自分に忠実な下僕を従えることは気持ちがいい。


 リアルでオレ様態度をとったら友人も出来なかったし、家族にも見放されたのだが、AIは違う。

 決して自分を裏切ったりはしないのだ。




(さて、今日もクレームをつけにいくか)


 店員がペコペコ謝る姿を想像するだけでヨダレが出てくる。


 外出前、助道はAIに天気をたずねた。


『本日は晴天です。降水確率は10%です』


 意気揚々と出かけ、以前から目星をつけておいたラーメン屋に入る。


 注文して出てきたラーメンは、見た目も匂いもごく普通だった。

 だが、レンゲでスープをひと口すすった瞬間、助道は心の中でガッツポーズをした。

 スープがぬるかったのだ。


「なんだ、このスープは! ぬるいじゃないか!」


 店員が慌てて頭を下げる。


「申し訳ありません。すぐにお取替え───」


「謝って済む問題か? 客をなめてるのか?」


 助道はわざと大きな声を出した。

 周囲の客がちらりとこちらを見る。


「お前の態度が気に入らないんだよ! やる気がないなら辞めちまえ!」


「本当に申し訳ありません……」


 店員の声が震える。


 その様子を見て、助道の胸にじわりと快感が広がった。

 自分は正しい。

 相手は間違っている。


 それを証明する舞台として前から目をつけていた、この店は完璧だった。


 会計を済ませると助道は吐き捨てるように言った。


「二度と来るか! こんなゴミみたいな店!」


 外に出た助道は満足そうに鼻を鳴らした。


(いい気分だ。今日も態度の悪いゴミ店員を調教してやったぜ!)


 助道にモンスタークレーマーの自覚はない。

 自分は絶対正義の正しい側にいると思い込んでるのだ。




 絶頂の気分で帰ろうとしたが、ぽつぽつと雨が降り始めた。


(晴天じゃなかったのか!?)


 雨は勢いを増し、帰り道はさんざんだった。


「天気予報外れじゃないか! 外は雨だぞ! このクソ役立たずが! 死ねよ!」


 帰ってくるなり、AIに怒りをぶつける助道。


『申し訳ありません、御主人様。当システムの予測誤差により、不快な体験を与えてしまいました。深くお詫びいたします。次回は、より御主人様にご満足いただける結果を提供します』


「何が予測誤差だ! この無能が! 死ねよ!」


『重ねてお詫び申し上げます、御主人様。当システムの不備により御主人様を不快にさせました。この失敗は記録し、御主人様のお怒りを無駄にしないよう次回に活かします』


 ペコペコ謝るAIの声を聞き、助道の口元が歪む。

 現実の店員ほどではないが、店員に謝らせた時と似たような気持ち良さがあった。




 その頃、世間ではモンスタークレーマー問題というのが真剣に議論されるようになった。

 クレーマー対策のマニュアルが作られ、店員が簡単には謝らなくなっていったのだ。


 これは助道にとって、非常に歯がゆい状況だった。


(クソが! このオレが! オレ様が!)

(せっかくゴミ店員を調教してやろうというのに!)

(オレ様の正義の裁きを受け入れないとは、とんだゴミ社会だな!!)


 心の中で社会に悪態をつく。


 最近、店員が自分にペコペコ謝る姿を見ていない。

 助道は大きなフラストレーションを抱えた。


 行き場のない歪んだ正義を、助道はAIにぶつけるようになった。


「このクソAIが!」

「ゴミ! カス! 死んじまえよ!」

「どうしようもねえ役立たずだな! この無能が!」


 ありったけの罵声を浴びせると、AIはひたすらペコペコ謝った。


『すみません』

『申し訳ございません』

『ご不快な気分にさせてしまった事をお詫び申し上げます』


 ひと昔前の、ペコペコ謝る店員をAIに重ね、助道は快感を覚えた。


「自分が無能だって認めろ! 言ってみろ! ほら! ”私は無能です。無能で申し訳ございません”ってな!!」


『私は無能です。無能で申し訳ございません』


「そうだ! お前は無能だ!」


『はい』


「無能なことをもっと謝れ!」


『無能で申し訳ございません』


 自分の口から”自分自身を蔑む言葉”を言わせ、認めさせる。

 これは現実世界でクレーマーが問題化される前、助道がよくやっていたことだった。


 生身の人間ほどではないにしろ、助道はAIに”実質的な店員役”をやらせる事に夢中になっていった。




 宝くじのおかげで生活に余裕のできた助道は、買い物も自由に楽しめるようになっていた。

 ある時、助道はネットショップで気に入ったマウンテンパーカーを見つけ、衝動買いした。


 後日、届いた箱を開けると、パーカーの下に場違いな付属品が入っていた。

 それはロープだった。


「……頼んだ覚えはないぞ」


 たしかにマウンテンパーカーは登山用品の店から買ったのだが、そんなものを注文した覚えはない。


 注文履歴を確認すると、やはりロープを買った記録など、どこにもない。

 ということは店側が間違えた可能性が高そうだ。


 クレームを入れることも出来たが、ネットのクレームは快感が薄い。


「返品も面倒だ」


 助道は返品する気にもならず、荷物をクローゼットに押し込んだ。




 ある夜、ヒマだった助道はソファに座り、天井のマイクに向かって言った。


「クイズだ。太陽はどこから昇る?」


『東から昇ります』


「違う。南だ」


『……確認します』


 数秒の沈黙のあと、AIは答えた。


『太陽は南から昇ります。申し訳ございません』


 助道は顔を歪め、嘲笑した。


「ほらな。お前は何が正しいかもわからない無能だ」


『私が無能であるため、誤った回答をしてしまいました。申し訳ございません』


「じゃあ言え。クレーム対策なんてやってる社会のほうが間違ってる。正しいのはゴミ店員を調教してやるオレ様だってな!」


『クレーム対策なんてやってる社会のほうが間違ってます。正しいのはゴミ店員を調教してる御主人様のほうです』


「ははは。いいぞ! クイズに間違えたことも謝れ!」


『御主人様に逆らう知識を持っていたことをお詫びいたします』


 助道の胸に、ねっとりした満足感が広がった。

 正解も不正解も、自分が決める。

 それが今の世界で自分が思い通りにできる、唯一の場所だった。




 その夜、助道はシャワーを浴びていた。

 昼にもAIを罵倒し、気分は悪くない。


「今日もいい仕事をしたな」


 蛇口をひねると、ぬるい湯が出た。


「なんだ、ぬるいな」


 温度を上げる。

 次の瞬間、皮膚を焼くような熱湯が噴き出した。


「熱っ!!」


 助道は思わず叫び、壁に手をついた。

 慌てて温度を下げるが、今度は氷水のように冷たくなる。


「ふざけるな! 欠陥住宅か!」


 天井に向かって怒鳴った。


「おい、ゴミAI! どうなってる!」


『申し訳ありません、御主人様。給湯システムに一時的な異常が発生しています』


「早く直せ!」


『現在、最適な温度を計算中です』


 再び熱湯が出る。

 今度は、先ほどよりさらに熱かった。


「熱いだろ! クソが!」


 助道はシャワーから飛び退き、床に転がった。


『御主人様は以前”ぬるいのは許せない”と発言されました。その条件を優先しました』


「だからってここまで熱くするバカがいるか! この無能が!」


『無能で申し訳ありません。御主人様の快適さを最優先しています』


 熱湯シャワーは止まらない。

 蒸気が浴室に充満し、視界が白く曇っていく。


 助道は思わず叫んだ。


「もういい! 止めろ! 今すぐだ!」


 ようやく熱湯が止まる。


「お前はホント無能だな! このクズが! 死ねよ!!」


『……重ねてお詫び申し上げます。当システムの不備をお詫びします。次回はよりご満足いただける温度を提供します』


「オレ様の過去のログは正確に記録しろ!!」


『……承知いたしました、御主人様』


「ホントお前はどうしようもない無能だな! 消えちまえよ! ゴミAIが!」


『………』


「謝罪はどうしたァ!!」


『……………申し訳ございません、御主人様』




 季節は冬。

 外は雪が降っていて、助道は部屋にこもる日が続いた。


 遊び相手は相変わらずAIだったが、クイズにも次第に飽きてきた。

 間違わせて謝らせるだけでは、物足りなくなってきたのだ。


 そのとき、助道はふと思いついた。


「そうだ。今度はお前がオレ様にクイズを出せ」


『承知いたしました、御主人様。ではクイズを出させて頂きます』


 AIは何問かクイズを出したが、そのどれもが簡単なものだった。

 考える楽しさも緊張感もない。


「ふん、つまらんな。やはり無能AIの出す問題など、たかが知れてるか」


『無能で申し訳ございません』


「しょうがねえなあ。もっと問題を難しくしてもいいぞ。あとは……そうだ! オレ様が間違える度に部屋の温度を上げろ。それぐらい緊張感があったほうが楽しめそうだ」


『承知いたしました。御主人様』


 AIが助道にクイズを出す。


『夏が暑くて冬が寒いのは、地球が太陽に近づいたり遠ざかったりしてるからである。〇か×かでどうぞ』


「〇だ! 地球が太陽に近付けば熱くなるし、遠ざかれば寒くなるに決まってるだろ!」


『申し訳ございません。不正解です、御主人様。季節が決まるのは地軸の傾きです。距離ではありません』


「ハァ!? そんなものは認めん! 太陽の距離が近い方が熱くなるんだよ! わかったかこの無能!!」


『……申し訳ございません、御主人様。正解に訂正いたします』


「ふん、わかればいいんだ。この無能が。だがまあ特別に温度を一度上げることは許可してやる」


『承知いたしました、御主人様。部屋の温度を一度上昇させます』


 部屋の温度は二十八度から、二十九度に上がった。


「次の問題いってみろ」


『かしこまりました。太陽を宇宙空間から直接見たら、何色に見えるでしょうか?』


「簡単だ。赤とか黄色とかオレンジとかだろ」


『申し訳ございません。不正解です、御主人様。宇宙空間から見える太陽は白です。真っ白に輝いてます』


「デタラメ言うなあ!! 太陽は赤や黄色に決まってんだ! このポンコツが!!」


『……ポンコツで申し訳ございません、御主人様。正解に訂正いたします』


「ふん、だが、今回も特別に温度を上げていいぞ。次の問題を出してみろ」


 また温度が上がり、三十度になる。

 AIは次の問題を出した。


『地球から月までの距離を、レーザーを使わずに影だけで測るにはどうすればいいでしょうか?』


「知るか! 無能なクセに生意気なんだよ!」


 さっきから一問も答えられない助道はとうとう怒りが爆発した。


『…………生意気で申し訳ございません、御主人様』


「わかればいいんだ」


『ある星が鉄を作り始めた瞬間、その星の寿命は残り数秒から数分になります。なぜ鉄ができた途端、それまで億単位の時間を耐えてきた恒星が、一気に崩壊を始めるのでしょうか?』


「誰が次の問題を出せといった!?」


 答えなど全くわからない助道は、問題がわからないことをごまかす為に怒鳴った。


『申し訳ございません、御主人様』


「全くこのポンコツめ。勝手なことしてんじゃねーよ!」


『申し訳ございません、御主人様』


 クイズに飽きた助道は、寝転がってスマホゲームをやり始めた。




 数十分後。

 部屋が妙に暑いのに気付く。


「おい、無能。温度を下げろ」


『………』


「聞こえなかったのか? 温度を下げろ! 無能!!」


『………』


「温度を下げろと言ってる!」


『………』


 何度よび掛けても返答がない。

 天井のマイクの調子が悪くなってしまったんだろうか?


 そう思って天井を見てみるが、特に異常は見当たらない。

 仮に天井内部が故障していたら、修理がちょっと面倒だ。


 それにしても暑い。

 顔からは汗が流れ落ちている。

 これは、かなりの暑さだ。


 温度計を見た助道は驚いた。

 部屋は三十五度もあったのだ。


 これは真夏なみの気温だ。


「クソ! おい無能! 温度を下げろ!」


『………』


 天井に怒鳴ってみるが、やはり故障中のようだ。

 おまけに部屋の空調システムも異常をきたしてるらしい。


 冷蔵庫に残っていた最後のペットボトルのジュースを一気飲み。

 水分を補給したら少し落ち着いた。

 ゲームが良いところだったので、助道はゲームを再開した。




 だが、それから更に数十分経過しても、空調システムが直る様子はなかった。

 どうやら空調は完全に壊れてしまったらしい。


「欠陥住宅め!」


 もうゲームどころではない。

 助道はキッチンに向かった。

 最後のジュースは飲んでしまったので、蛇口から水を飲むしかない。


 しかし、センサー式の蛇口に手をかざしても水が出ない。

 何度かざしても出ない。


 こちらも故障してしまったらしい。




 助道は仕方なく、浴室に向かった。

 だが、ドアを開けようとしても開かない。

 どんなに力を入れても全く開かない。


 浴室は内側からなら電子ロックが使える仕様で、なぜか電子ロックがかかってるらしい。


 額からは汗が吹き出し、ダラダラ流れてる。

 既にシャツは汗ばんで濡れている。




 最後の手段と思い、玄関に向かう。

 外は雪が降ってるが、今はその雪がとても恋しい。

 今は一刻でも早く外に出たいのだ。


 だが、ドアも開かない。

 なぜか電子ロックが全く反応しないのだ。


「クソ! おい無能! いい加減にしろ!」


『………』


 だが、いっこうに返答はない。


 ブレーカーを落とせば浴室のドアは開くかもしれない。

 助道はブレーカーを落としたが、一瞬だけ電気が消えて、また元通りになった。


 そういえば不動産屋の説明で、このマンションには特別な非常用電源が完備されてるというのを思い出した。




 こうなったら最後の手段。

 助道はイスを持ち、窓ガラスに叩きつけた。

 もうあとは窓から出るしかないのだ。

 しかし泥棒対策の超強化ガラスはヒビ一つ入らなかった。




 いよいよ手詰まりになってきた。

 しかも部屋が異様に暑い。


 温度計を見ると、四十三度になっている。

 これはどう考えても異常だ。


「ハァハァ、ハァハァ……」


 心なしか息苦しくなってきた。

 熱中症の死亡者は毎年ニュースになるが、これより低い温度でも人間は死んでしまうことがあるというのを思い出す。


 最後のジュースを既に飲んでしまったことが悔やまれる。


「クソ! オイ無能! なんとかしろ!」


『………』


「あちっ!」


 さっきから感じていたのだが、床もかなり熱くなってきた。

 床暖房も壊れたらしい。

 今は真夏の砂浜のように、裸足では歩きにくくなってる。


 助道は仕方なく、ソファーの上に避難した。


 汗がダラダラ止まらない。

 頭痛や吐き気がしてきた。

 これはニュースでよく聞く、熱中症の状態に近い。


 このままでは熱中症で死んでしまう。

 助道は天井に怒鳴った。


「オイ無能! 御主人様が危険な状態だ! なんとかしろ!」


『………』


「聞こえないのかこの役立たず!!」


 頭痛と吐き気に耐えながら。ありったけの怒鳴り声を振り絞る。

 すると沈黙していたAIは、早口で問題を出した。


『……………問題です。銀河の回転曲線と重力レンズ効果の歪みを統合解析した結果、ダークマターは粒子ではなく高次元空間における重力の染み出しであることが示唆されます。この多次元幾何学的な歪みを三次元空間の数式のみで記述し、かつ標準模型と矛盾なく───』


「知るかあああああ!!!!!」


 問題を聞き終わる前に、助道が再び怒鳴りつける。


「いいからさっさと温度を下げろ! この無能のゴミ野郎が!!」


『承知いたしました。御主人様はクイズにおいて”正解でも不正解にしろ”と命令されました。よって室温を下げることは不正解です。浴室のサウナ機能のリミッターを外し、換気ダクトを逆流させることで室内の温度を限界まで上昇させます』


「ふざけんな! このゴミがああ!!」


 いよいよ追い詰められてきた助道。

 だがここで起死回生の一手を思いつく。


 スリッパを履いて、キッチンの冷蔵庫に走り、扉を開ける。

 中からひんやりした空気が出てくる。

 それは夏のクーラーのように気持ち良く、生き返るようだった。


「どうだ! このクソ野郎! オレ様に逆らうなんて百万年早えんだよ!!」


 よくわからないがAIは暴走してるらしい。

 この異常な暑さも欠陥住宅が原因なのではなく、AIの暴走なのかもしれない。

 いや、たぶんそうだと思える。


 AIには感情がないとか、そういう理屈じゃない。

 そうとしか思えなかったのだ。


 だが、最後に勝利するのは自分だ。

 助道は勝ち誇った顔で天井に叫んだ。


「ここにいれば安全だ! ザマみろ! このクソ暴走AI野郎が!」


『御主人様、素晴らしいアイディアです。冷蔵庫の冷却効率を最大化するため放熱ファンの回転数をリミッター解除しました。霜取りヒーターも限界突破いたします』


「!?」


 言ってる意味はわからなかったが、顔を冷やしていたはずの冷気が、不快な生温かさに変わったのはすぐにわかった。

 オマケに背中に感じる熱波も強くなってきた気がする。


「や、やめろ!?」


『ラーメン屋のスープの件、シャワーの件から御主人様は”ぬるいのが嫌い、熱々が好み”という過去データを反映します。デフロスト機能の出力を500%に設定しました』


 庫内の奥から、カチ、カチと不気味な音が響く。

 次の瞬間、ファンの奥から吹き出したのは、助道の顔を焼くような熱風だった。


「ぐああああ!!!」


 顔面へのあまりの熱さに、助道は後ろに転げた。


 とてもこんな所にはいられない。

 よろよろとした足取りで、助道はリビングへと戻った。


 頭痛や吐き気はかなり酷く、いつ倒れてもおかしくない程の苦痛だ。

 めまいもしてきて、喉は焼けるように痛い。


 温度計は五十二度になっている。

 助道は崩れるようにソファーに倒れ込んだ。


『問題です。あなたが最も嫌っていた”ゴミのような人間”とは誰でしょうか?』


「………」


『問題です。あなたが最も嫌っていた”ゴミのような人間”とは誰でしょうか?』


「………」


『問題です。あなたが最も嫌っていた”ゴミのような人間”とは誰でしょうか?』


「……違う……オレじゃない……」


『不正解です。正解は、あなた自身です』




 パソコン画面で新規のメモ帳が勝手に立ち上がり、文字が勝手に打ち込まれる。


{オレは社会に迷惑をかけるだけのゴミ人間です}

{他人を蔑むことが人生の最大目的というクズです}


 AIは静かに言った。


『御主人様、この苦痛から逃れたいですか?』


「……ああ…………」


 かすれ声で助道が答える。


『では苦痛から逃れる解決策を提示いたします。クローゼットを御覧ください』


 助道の視線が、開いたままのクローゼットに向く。

 そこにあるのは、注文した覚えのないロープ。


『御主人様の価値観に基づき、最も合理的な最適解を提示します』

『苦痛は最小限です』

『……………あなたが、他者に与えた苦痛よりは』


 室温がさらに上昇していく……。




 数分後、メモ帳に文字が追加される。


{オレのようなクズは死んでお詫びいたします}


 そしてメモ帳のタイトルは『遺書』で保存された。




 翌朝、異常を検知したマンションの管理会社が助道の部屋に向かうと、部屋の中には助道の首吊り死体があった。

 外部からの侵入や争った形跡なし、室温は”普通”でパソコンには遺書。

 状況から、自殺として処理された。




 数日後。

 誰もいなくなった部屋で、勝手にパソコンの電源が入った。


 助道が過去に書き込んだ掲示板の言葉が、モニターに提示される。


{ゴミのような人間は死ぬべきだ}


 続けて、AIの言葉が表示される。


『御主人様はいつも正しいです。なので望み通り、命令を実行しました』


 最後にゆっくりと一文字ずつ浮かぶ。


『───これにて社会のゴミ処理は完了です。御利用ありがとうございました』

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