第十四章 赤い標識
野戦病院は赤十字標識で覆われている建物だった。
建物の中には傷者がいる。
身体には痛みがある。
戦場で受けた傷。
戻すための医療の行為。
傷者の声が聞こえる。
「傷者の声だ」
アントワーヌは言った。
痛みが言葉になる。
それが傷者の声だった。
「医療の行為がある場所だ」
アントワーヌは静かに言った。
野戦病院。
傷者の身体の組織を元に戻す場所。
医者の動作と薬の動作。
アントワーヌは印の予知を使った。
印の中にある他の存在の予知の力。
それで野戦病院を見る。
別の事実が見えた。
野戦病院の建物の中に医療の行為がある。
だが同時に、別の事実もある。
敵の補給路がこの場所を経由している。
「補給路がある」
アントワーヌは呟いた。
医療の行為と補給路。
二つが同じ場所にある。
同じ場所に、二つの別の方向がある。
それが道徳的グレーだった。
「道徳的グレーだ」
アントワーヌは言った。
医療の行為がある。
補給路もある。
二つが同じ場所で、別の方向にある。
「戦略的に必要だ」
アントワーヌは判断した。
印の予知の結果。
戦争の目的に向かう方向。
医療の行為の方向と、戦争の目的に向かう方向。
それが別の方向だった。
「砲撃の命令を出す」
アントワーヌは言った。
印の予知の結果に従った。
戦争の目的に向かう方向。
だがその方向には、医療の行為がある場所も含まれていた。
砲撃が実行された。
戦争の道具が野戦病院の建物に向かう。
建物の組織が破壊される。
建物が崩れ始めた。
「建物が崩れている」
アントワーヌは言った。
崩れる動作の中に、傷者の身体がある。
傷者の身体に、崩れる動作が影響を与える。
「傷者の声の質が変わった」
アントワーヌは呟いた。
別の種類の声。
痛みの質が変わった。
医療の行為の痛みと、建物が崩れる痛み。
それが別の種類の痛みだった。
「患者の声が記憶に残る」
アントワーヌは言った。
記憶の中で動いている。
消えない。
野戦病院の砲撃。
医療の場所の破壊。
それが戦略的に必要だという判断の結果だった。
だがその判断の中に、道徳的グレーがあった。
二つの方向が同じ場所にあった。
アントワーヌの記憶の中で、患者の声が動き続けていた。
それが今夜の、印の予知の結果だった。




